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ゲーム&ワリオ GAMER

 クラブニンテンドーで予約ボーナスの申し込みをした「ルイージマンション」を買わずに、買うつもりがなかった「ゲーム&ワリオ」を購入しました。なんとなくメイドインワリオのチームだったら、タブコンを使った目の覚めるような珍奇なゲームを作ってくれそうだと思って。

 で、ありました、その名もGAMER!!

 ゲーム&ワリオには、一人やみんなで遊ぶゲームが16種類入っていて、GAMERは一人であそぶタイプのゲームです。内容は、タブコンでは従来のメイドインワリオ的なゲームを遊びつつ、テレビ側では、お母さんが見張りに来るタイミングを計って上手くメイドインワリオを中断するという、タブコン側とテレビ側が関連しながらもそれぞれで違うゲームをやっているような感じです。

 これは、古いたとえで申し訳ないですが、1970年代に「底抜け脱線ゲーム」っていうテレビ番組があってね。線路の上に風船を置いて、その線路に針を付けた汽車を走らせておくと線路を一周して汽車が風船を割ってしまう。ゲームのチャレンジャーは他のところでクイズに答えたり手を使わずに粉の中の飴を探したりしながら、汽車が一周する前にそっちを中断して風船を持ち上げて汽車が風船を割らないようにする・・・という企画と同じ構造になっている。

 ゲームでも過去にこの手のものが全く無かった訳ではなく、これまた古い話で申し訳ないですが、1980年代初頭に、ゲームウォッチのマルチスクリーンって奴があってね。それの「オイルパニック」というのが似ていると思う。上の画面でオイルを落とさずに集めて、集めたオイルを下の画面で左右にランダムに動く人に受け渡す、上の画面でオイルを受けられないか、下の画面でオイルを渡し損ねるとミスになるという、これなんかも構造的には一緒だと思う。

 このGAMERは、同じことを例えば3DSでもやれば出来るのだろうけれど、タブコンとテレビという、それぞれ独立したデバイスで同時進行するというのが肝で、両方とも同時に視界に入れることが難しい。たいていはメイドインワリオを遊びながら、お母さんがやって来ないかどうかチラチラとテレビを見て確認するというスタイルになると思う。コレの緊張感がかなり凄いのだ。メイドインワリオ的な絵柄がオバカな分救われているのだが、これを真面目なホラーでやると緊張感と怖さで泣き出してしまいそう。

 16種類全部という訳ではないけれど、他にも面妖なゲームがあってかなり楽しめます。

ゲームと映画を比べること その2

 プレステ時代に全盛だったRPGは、ゲーム機が進化するにつれてどんどん映像を取り込んで行った。けれども、この時期のゲームに対する批判に「ゲームをやろうとしたのにムービーばかり見せられてダレた」というものもあった。

 考えてみれば、これは非常にトンチンカンな事態である。遊んだゲーム自体がつまらない、というのなら仕方が無い。でもコレは言ってしまえば「サンドイッチを頼んだのにオニギリが出て来た」とか、そういう類いの話である。ゲームを作りたいのかムービーを作りたいのか、そんなもん作る段階で何故気付かないのだと思ってしまう。
 
 プレステからプレステ3の進化で例えると、ファイナルファンタジー7ではイベントシーンに限られていたムービーが、遊び手の「ストーリーが面白かった」という感想と、「ストーリーをもっと味わって欲しい」という作り手の思惑が奇妙に一致した結果、FF13ではキャラを少し動かすとムービー、また少し動かすとムービーというシロモノになってしまった。FF13がああなったのは色々要因があるとは思うが、少なくとも「遊び手はストーリーをムービーで見たがっている」という思い込みが製作側になければ、決してあそこまでムービーを詰め込みはしなかったハズだ。

 製作者が考えたストーリーをムービーで表現できることがゲーム機が進化した最大の恩恵であると日本のゲームの多くが勘違いして突っ走ってしまった結果、海外でストーリーの表現はそこそこにして、代わりにゲームの世界の中を自由に楽しめるオープンワールド形式のゲームが一気に広まった。

 自分の見立てでは、諸悪の根源はムービーそのものではなく、なぜか日本人に多い「ストーリー至上主義」である。物語があって、キャラクターのドラマがあって、ゲームの世界観の説明があって・・・と、全ての表現をムービーに丸投げした結果、ダラダラと長いだけで製作者だけが面白いと思ってそうなムービーゲーが量産されてしまった。

 つまらないムービーについてもうちょっと突っ込んで考えたいけれど、とりあえず次こそは神谷ゲーについて語りたいと思います。

ポケモンセンターナゴヤ プレオープンに行ってきました

 二月某日、その案内は届いたのでした。


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 ポケモンセンターが引っ越す記念のプレオープンご招待ハガキであります。平日にこんなもん行けるかい!と思いきや、このために会社を辞めたと言っても過言ではない(半分嘘)ワタクシには問題なし。

 こういうのって、来ない分を見越して主催者が予想した集客数より多くハガキを出すものだと思っていたけれど、受付の名簿をチラ見すると大体100組程度しか招待していないような感じ。(実際には150組だそうな)


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 4時の会場前に待つ事しばし。開店前のミーティング中っぽいポケセンの様子。4時になって会場したポケモンセンターは、さすがに前よりも広く通路もゆったりとしていてイイ感じ・・・ですが、てっきり松坂屋の5F全部がポケセンになるとばっかり思っていたのに。

 敷地内においてあるピカチュウとイッシュ御三家のオブジェの裏に何やら落書きが・・・


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 近づいてみると、これはもしや(株)ポケモンの石原社長のサインではありませんか。日付が3月20日になっているのとピカチュウがあんまり似ていないのはご愛嬌。


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 そういえば、店内をスーツを着てフラついていた、どっか(主に社長が訊く)で見たような人がいたな~と思ったら、きっとアレが石原社長だったに違いない。普通の客のようにカゴにポケモングッズを入れて買い物中のようでしたが、自分ところの製品なのに、しかも内覧会の最中に一般客に混じって買い物に勤しんでいるなんて、なんとなくイイ人っぽい。


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 内覧会だからダメかも・・・と諦めていた、オリジナルフィギュア付きポケモンスクランブルの予約も行っていました。当然即予約。


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 勿論金のコイキングもゲット。ブラック、ホワイト、ブラック2、ホワイト2の都合4本分ダウンするオッサンは、ポケセンスタッフの目にどう映ったか。


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 今回の買い物では、去年の暮れのイーブイコレクションで速攻で売り切れていたブランケットをゲット。もう春だけどな。イーブイクッションもあったので、買いそびれた人は是非。

 さて今回のプレオープン。この様子が来週のポケモンスマッシュで放映されて、ひょっとかして自分もちゃっかり映っちゃうカモ。と思い、以前に買ったヤドンのしっぽを尻にぶら下げてみたのですが・・・さて、ワタクシの心意気を取材スタッフは拾ってくれますことやら。


ゲームと映画を比べること

 ゲーム機の主流がスーパーファミコンからプレイステーションに移って、メディアがROMカセットからCDに変わると、容量が飛躍的に増えてゲームで表現できる幅が大いに広がった。その頃は、映画にひけをとらない映像とゲームならではのインタラクティブ性でもって、ゲームは映画を観ている以上の没入感をもたらすメディアになるという、「ゲームは映画を超える」と言われていた時期だった。当時のゲームはその可能性が感じられるような新しさが確かにあった。

 しかしその後、ゲームからインタラクティブ性が抜け落ちて行き、ムービーゲーと呼ばれて揶揄されるような、やたら長い映像ばかり見せられて実際のゲームがショボくてガッカリ、みたいな例も多く出て来て、ゲームにおけるムービーが否定的に捉えられるようになってきた。そんな中で「ゲームは映画を超える」という発想自体が、そもそも映画のほうがゲームより上等であるという感性によるものである、映画につまらないコンプレックスを持ったせいでゲームがダメになったのだ、というゲーム原理主義みたいな意見も出て来て、ゲームと映画を比較すること自体がゲームを不当に貶めているという雰囲気もある。

 この流れを振り返ってみると、ゲームで表現できる幅が飛躍的に広がったというのに、どういう訳かいつまで経ってもゲームか映像かどちらか一択みたいな考え方が、作り手にも受け手にもあったのではないかと思う。この二つを組み合わせて上手く落とし込んだゲームだって沢山あるのに、「ゲーム部分が面白いから良いゲームだった」という評価が未だになされている。そうこうしている間に、インタラクティブ性と映像表現のどちらも上手く盛り込んだ洋ゲーが世界で主流になってしまった感がある。

 これはどうも、やっぱりどこかで間違っちゃったんじゃないかい?ということを、もう少し考えてみようと思います。今回のエントリは全然神谷ゲーに繋がらなかったわ・・・

大神・べヨネッタ

 去年の年末から今年の年始にかけて、Wiiで「大神」を、360で「べヨネッタ」をプレイして両ゲームのディレクターを務めた神谷英樹氏のセンスに今更ながら魅せられた次第であります。これを何とかブログに書こうと思いながらもズルズルと過ぎてしまいました。

 何となく「ワンダフル101」が世に出る前に神谷ゲーの魅力を自分なりに語っておきたい。とりあえず結論から先に言いますと、自分が感じたのは



 神谷英樹はゲーム業界のクエンティン・タランティーノである



 物凄くドヤ顔で言いたいところだけれど、もしかしてもうとっくに誰かに言われていたら恥ずかしい。大慌てでググってみたところ、既にGAME・SCOPE・SIZE様にて神谷英樹=ロバート・ロドリゲス説があって、ああそっちか、そっちのがアリかとほだされかけた。まあロドリゲスかタランティーノかというのは神谷ゲーを語りたいという上での本質ではないのだけれど。ああでも宮本茂はスピルバーグじゃなくてキューブリックだと思う。ちょっと違うか?

 とりあえず、自分にとって神谷ゲーがどう面白かったのか。つらつらと語ってみたいと思います。