アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン
日韓米のハンサム揃い踏みが話題のこの映画、予想に反してかなりエグくて痛いシーンが多くて、ブリジットジョーンズの日記がR-15でこっちがPG-12ってのは絶対間違っている。もしや動員を気にしたジャニーズの横槍では?と下衆の勘ぐりをしてしまったのだが、木村拓哉人気で映画の動員を狙うとしても、今ではSMAPのメインのファン層は30歳以上なので12でも15でもどっちでも良さそう。
その木村拓哉、これまでの映画もテレビドラマも観た事がないので今回が初めてマトモに彼の演技を見たのですが、いや~、役者やのうキムタク。あの虫のシーンは思わず「ひえ~」と叫んでしまった(本当)。
「アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン」はキリストの受難を、肉体への痛みをモチーフに表現しているのだろう。しかしキリスト教的なアンテナがない自分としては高尚なテーマはあくまでもフリで、実際には男の裸を堪能する映画に見える。「必然性があれば脱ぎます」という奴である。しかし男の裸を映すにおいて上半身に限定したのは、さすが「青いパパイヤの香り」で確かな美的センスを披露したトラン・アン・ユン監督。男の足はもう言い訳できないレベルで不格好だからな。これが女性の足となると、リリ役のトラン・ヌー・イェン・ケーのようにスレンダーと思いきや意外とムッチリとした太ももが魅力的で、自分の奥さんをここまで晒すのもどうかと思いつつ、男ばっかりのこの映画の中で一服の清涼剤になっております。
ただ、これが男の裸を見せる映画ならば、最後のゴルゴダの丘を模したシーンで木村拓哉が脱いでないのが最大の謎でありました。ストーリー上は脱ぐ意味がないのだが、途中で意味なく登場する芸術家は要は最後に木村拓哉をキリストに見立てるためだけに存在していたのだから、あの程度の金粉ショーで観客の心を動かそうと思ったら大間違いである。だから映画としてはあのシーンは「裸+インパクト」で見せるのが正しいハズ。ジョシュ・ハートネットのパートにおけるフランシス・ベーコンの絵画をオブジェにしたものと同じ意味を持つべきだと思うのだが、なんか半端なキリストのコスプレって程度だったのは残念。
そもそもフランシス・ベーコンの引用が良いか悪いか?という問題もあるのだが、自分が思うに、この映画は時系列をシャッフルして展開するタイプなのでストーリーが追いにくく、ボーッと見ていると訳わからないままに終わってしまう怖れがある。そこでフランシス・ベーコンの世界を使って最大の見せ場にしたのではないだろうか。下手にオリジナリティを出すよりも、この映画はこれで良かったのだと思う。
こんな人にオススメ:韓流大好き+SMAP大好き+グロ平気=オバサンというイメージが・・・
その木村拓哉、これまでの映画もテレビドラマも観た事がないので今回が初めてマトモに彼の演技を見たのですが、いや~、役者やのうキムタク。あの虫のシーンは思わず「ひえ~」と叫んでしまった(本当)。
「アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン」はキリストの受難を、肉体への痛みをモチーフに表現しているのだろう。しかしキリスト教的なアンテナがない自分としては高尚なテーマはあくまでもフリで、実際には男の裸を堪能する映画に見える。「必然性があれば脱ぎます」という奴である。しかし男の裸を映すにおいて上半身に限定したのは、さすが「青いパパイヤの香り」で確かな美的センスを披露したトラン・アン・ユン監督。男の足はもう言い訳できないレベルで不格好だからな。これが女性の足となると、リリ役のトラン・ヌー・イェン・ケーのようにスレンダーと思いきや意外とムッチリとした太ももが魅力的で、自分の奥さんをここまで晒すのもどうかと思いつつ、男ばっかりのこの映画の中で一服の清涼剤になっております。
ただ、これが男の裸を見せる映画ならば、最後のゴルゴダの丘を模したシーンで木村拓哉が脱いでないのが最大の謎でありました。ストーリー上は脱ぐ意味がないのだが、途中で意味なく登場する芸術家は要は最後に木村拓哉をキリストに見立てるためだけに存在していたのだから、あの程度の金粉ショーで観客の心を動かそうと思ったら大間違いである。だから映画としてはあのシーンは「裸+インパクト」で見せるのが正しいハズ。ジョシュ・ハートネットのパートにおけるフランシス・ベーコンの絵画をオブジェにしたものと同じ意味を持つべきだと思うのだが、なんか半端なキリストのコスプレって程度だったのは残念。
そもそもフランシス・ベーコンの引用が良いか悪いか?という問題もあるのだが、自分が思うに、この映画は時系列をシャッフルして展開するタイプなのでストーリーが追いにくく、ボーッと見ていると訳わからないままに終わってしまう怖れがある。そこでフランシス・ベーコンの世界を使って最大の見せ場にしたのではないだろうか。下手にオリジナリティを出すよりも、この映画はこれで良かったのだと思う。
こんな人にオススメ:韓流大好き+SMAP大好き+グロ平気=オバサンというイメージが・・・
スター・トレック
新たにスター・トレックを製作するにあたって、J.J.エイブラムス監督はスター・トレックのファンにもスター・トレックを知らない人にも面白い映画を目指すと語っていた。しかしこれは「言うは易し行うは難し」の物凄い高いハードルであります。自分は「スタートレック カーンの逆襲」のカーンて誰?という微妙に知っている程度なので、今回のような仕切り直し的な内容は大歓迎です。そうか、スポックってバルカン人と地球人の混血だったのね。
この映画のSF的な設定、ブラックホールや並行世界など、そういえばこういうスペースオペラが流行っていたのはもう20年以上も前のことで、だから今の時代には逆に新鮮に映るのだろう。掘削用のドリルを宇宙船から延ばして惑星に打ち込むアイディアなんて、ホントに往年のSF小説的なネタだし、今のCGの技術があったればこそ違和感なく映像化できている。スペクタクルな要素もふんだんに用意しながらも、宇宙船のクルーの衣装が色違いのニットだったり、そもそも現代の感性でエンタープライズ号を再現するならば、もっとコンピューター化され省人化した宇宙船にするだろうが、やたらと右往左往する人々がワンサカ乗り込んでいたりして、当時の野暮ったい雰囲気もキチンと残している。
スポックの母親役でウィノナ・ライダーが登場していたのが軽いオドロキで、これはエイブラムス監督が若い頃に彼女のファンだったからだと信じたい。初老の役なので老けメイクではあるのだが、「17歳の地図」以来なんと10年ぶりに話題作への映画出演で、女盛りの30代を棒に振ってしまったのは残念であります。しかし結局「スター・トレック」の扱いもゲストみたいなもんだし、彼女が見事に復活するかどうかはまだまだ今後にかかっている状況だよなあ。今更ティム・バートンの映画に出て欲しいとは思わない(あっちはあっちで昔とは違っているし)けど、何かポーンとしたキッカケさえあれば・・・やっぱり今のうちに脱ぐべきだな。
こんな人にオススメ:スペースオペラと聞いて懐かしさがこみあげてくる人なら是非。
この映画のSF的な設定、ブラックホールや並行世界など、そういえばこういうスペースオペラが流行っていたのはもう20年以上も前のことで、だから今の時代には逆に新鮮に映るのだろう。掘削用のドリルを宇宙船から延ばして惑星に打ち込むアイディアなんて、ホントに往年のSF小説的なネタだし、今のCGの技術があったればこそ違和感なく映像化できている。スペクタクルな要素もふんだんに用意しながらも、宇宙船のクルーの衣装が色違いのニットだったり、そもそも現代の感性でエンタープライズ号を再現するならば、もっとコンピューター化され省人化した宇宙船にするだろうが、やたらと右往左往する人々がワンサカ乗り込んでいたりして、当時の野暮ったい雰囲気もキチンと残している。
スポックの母親役でウィノナ・ライダーが登場していたのが軽いオドロキで、これはエイブラムス監督が若い頃に彼女のファンだったからだと信じたい。初老の役なので老けメイクではあるのだが、「17歳の地図」以来なんと10年ぶりに話題作への映画出演で、女盛りの30代を棒に振ってしまったのは残念であります。しかし結局「スター・トレック」の扱いもゲストみたいなもんだし、彼女が見事に復活するかどうかはまだまだ今後にかかっている状況だよなあ。今更ティム・バートンの映画に出て欲しいとは思わない(あっちはあっちで昔とは違っているし)けど、何かポーンとしたキッカケさえあれば・・・やっぱり今のうちに脱ぐべきだな。
こんな人にオススメ:スペースオペラと聞いて懐かしさがこみあげてくる人なら是非。
重力ピエロ
ガンジーの言葉を引用し、女の子を寄せ付けず、しかし女の子が酷い目にあいそうになると多数を相手でも怯まない家族思いのイケメン。ナンだこの全非モテ男の敵は!!と、原作未読の自分は初手から怒りゲージMaxだったが、そんなオッサンから見ても「重力ピエロ」自体は面白かったです。この春という青年を演じているのが最近活躍が目覚ましい岡田将生。「魔法使いに大切なこと」ではフツーの兄ちゃんにしか見えなかったが、この映画ではこういう全非モテの敵を非常にナイーブに演じていて、このあり得ない設定の男を非常に魅力的に見せていた。
伊坂幸太郎のフィールドである純文学は荒唐無稽さを納得させるだけの説得力が必要な分野で、この春という特異な青年を存在させるには、どうしてそういう存在なのかというバックボーンが必要になる。イケメンは天性のものとしても何故女を遠ざけるのか?ホモなのか過去に何かあったのか、何故ガンジーの言葉を引用するのだ?マゾなのか過去に何かあったのか、この年頃の男は普通家族をウザがるものなのに、何故家族思いなのか?「重力ピエロ」はDNAと放火の関係という小ネタではなく、春の存在そのものがストーリーの成り立ちと一致するプロットがミステリー的である。
映画では非常にアッサリと描かれているが、この話は殺人を扱った物語であり、犯人側から見た犯罪小説である。何故彼が人を殺さねばならなかったのか、そこまで被害者を憎む理由は何かをミステリーの中心にすれば、松本清張の「砂の器」のような話になる。アガサ・クリスティーの言葉に、犯人はクリスティ自身が人殺しが出来ると納得できる人物じゃなきゃ駄目というのがあるのだが、映画を見た限りでは、岡田将生演じる春のエキセントリックさは良かったが、さりとて人殺しまでできる人間かいな?というと疑問が残る。原作ではその点をちゃんとフォローしているかもしれないが、家族愛がテーマのこの映画のラストだけが浮き上がってしまっている感じがする。
もうちょっと言うと、春は兄貴がいないと勇気が持てないという一面があるが、それこそが落書きとDNAを結びつけた理由であり、春が殺人を犯せる説得力であり、「重力ピエロ」がこういう物語となった肝になっている。けれども兄貴がいれば人も殺せるという程に、この出来た弟は平凡な兄貴にどれだけ頼っているかという描写が足りなかったように思う。まあ、こういうのはやりすぎるとホモっぽくなっちゃうので匙加減が難しいのだろうけど。
こんな人にオススメ:腐女子が好みそうなテイストであります。
伊坂幸太郎のフィールドである純文学は荒唐無稽さを納得させるだけの説得力が必要な分野で、この春という特異な青年を存在させるには、どうしてそういう存在なのかというバックボーンが必要になる。イケメンは天性のものとしても何故女を遠ざけるのか?ホモなのか過去に何かあったのか、何故ガンジーの言葉を引用するのだ?マゾなのか過去に何かあったのか、この年頃の男は普通家族をウザがるものなのに、何故家族思いなのか?「重力ピエロ」はDNAと放火の関係という小ネタではなく、春の存在そのものがストーリーの成り立ちと一致するプロットがミステリー的である。
映画では非常にアッサリと描かれているが、この話は殺人を扱った物語であり、犯人側から見た犯罪小説である。何故彼が人を殺さねばならなかったのか、そこまで被害者を憎む理由は何かをミステリーの中心にすれば、松本清張の「砂の器」のような話になる。アガサ・クリスティーの言葉に、犯人はクリスティ自身が人殺しが出来ると納得できる人物じゃなきゃ駄目というのがあるのだが、映画を見た限りでは、岡田将生演じる春のエキセントリックさは良かったが、さりとて人殺しまでできる人間かいな?というと疑問が残る。原作ではその点をちゃんとフォローしているかもしれないが、家族愛がテーマのこの映画のラストだけが浮き上がってしまっている感じがする。
もうちょっと言うと、春は兄貴がいないと勇気が持てないという一面があるが、それこそが落書きとDNAを結びつけた理由であり、春が殺人を犯せる説得力であり、「重力ピエロ」がこういう物語となった肝になっている。けれども兄貴がいれば人も殺せるという程に、この出来た弟は平凡な兄貴にどれだけ頼っているかという描写が足りなかったように思う。まあ、こういうのはやりすぎるとホモっぽくなっちゃうので匙加減が難しいのだろうけど。
こんな人にオススメ:腐女子が好みそうなテイストであります。
梅シロップ
今年も梅の季節がやってまいりました。
などというと、たいてい「え?梅って二月か三月でしょ?」という風流な答えが返ってくるのですが、うんにゃ、梅は五月と六月です。この時期に出回る青梅小梅完熟梅をしこたま買い込み、梅干し梅味噌梅酒に梅シロップと山のようにこさえては一人ガッツポーズを作る、いわゆる「必殺梅仕事人」が心中穏やかでないのがこの季節です。
こまめにスーパーをチェックし、まだ走りだから値段が高いだの、でも黄熟する前に仕入れておこうかだの、梅干しのための漬物樽を眺めつつ今年は重しを追加しておこうか塩加減はどうしようかなど、悩ましくも非常に楽しい時を過ごすのでありました。
自分が梅を手に入れて真っ先に作るのが梅シロップです。うちは子供はもちろん大人も酒を飲まないため梅酒は作らないのですが、代わりに梅シロップで梅ジュースや梅ゼリーを作るための、夏には欠かせないアイテムです。5Lの果実酒ビンに、2Kgの青梅と2kgの氷砂糖で作ってます。
梅を洗って、なり口のほしを竹串で取り出し、水気をふいたらエキスが出やすいように梅に穴をあけます。その梅をビンに敷いてその上に氷砂糖をかぶせ、梅→氷砂糖と層にしていきます。けれどもエキスが出てしまえばどのみち氷砂糖は溶けるため、テキトーに混じっていればいいのではないかと。

ジャストフィットでございます。
数時間後には梅のエキスがしみ出してきます。2、3日である程度溜まってくるので、ビンを逆さにしたりグルグル振ったりして、梅のエキスを上部にもいきわたらせます。3週間でエキスが出切りますので、梅を取り出して完成です。
その夏に飲み切るならばそのまま常温保存OKです。というか、年を越しても大丈夫なのかもしれませんが、やっぱり梅シロップはその夏に消費して、また来年になったら来年の梅で仕込むというのがあるべき姿ではないかと思います。今年は都合6キロの梅をシロップにしました。

2週間後の状態。この時点でも飲めますが、あともうしばしガマン。
などというと、たいてい「え?梅って二月か三月でしょ?」という風流な答えが返ってくるのですが、うんにゃ、梅は五月と六月です。この時期に出回る青梅小梅完熟梅をしこたま買い込み、梅干し梅味噌梅酒に梅シロップと山のようにこさえては一人ガッツポーズを作る、いわゆる「必殺梅仕事人」が心中穏やかでないのがこの季節です。
こまめにスーパーをチェックし、まだ走りだから値段が高いだの、でも黄熟する前に仕入れておこうかだの、梅干しのための漬物樽を眺めつつ今年は重しを追加しておこうか塩加減はどうしようかなど、悩ましくも非常に楽しい時を過ごすのでありました。
自分が梅を手に入れて真っ先に作るのが梅シロップです。うちは子供はもちろん大人も酒を飲まないため梅酒は作らないのですが、代わりに梅シロップで梅ジュースや梅ゼリーを作るための、夏には欠かせないアイテムです。5Lの果実酒ビンに、2Kgの青梅と2kgの氷砂糖で作ってます。
梅を洗って、なり口のほしを竹串で取り出し、水気をふいたらエキスが出やすいように梅に穴をあけます。その梅をビンに敷いてその上に氷砂糖をかぶせ、梅→氷砂糖と層にしていきます。けれどもエキスが出てしまえばどのみち氷砂糖は溶けるため、テキトーに混じっていればいいのではないかと。

ジャストフィットでございます。
数時間後には梅のエキスがしみ出してきます。2、3日である程度溜まってくるので、ビンを逆さにしたりグルグル振ったりして、梅のエキスを上部にもいきわたらせます。3週間でエキスが出切りますので、梅を取り出して完成です。
その夏に飲み切るならばそのまま常温保存OKです。というか、年を越しても大丈夫なのかもしれませんが、やっぱり梅シロップはその夏に消費して、また来年になったら来年の梅で仕込むというのがあるべき姿ではないかと思います。今年は都合6キロの梅をシロップにしました。

2週間後の状態。この時点でも飲めますが、あともうしばしガマン。
ラスト・ブラッド
この映画のオリジナルであるアニメ「BLOOD THE LAST VANPIER」について、うろ覚えなので間違っているかもしれないが、確かこれは、当時押井守が主宰していた脚本のワークショップの成果として作られた脚本を元にアニメ化したという経緯だった。けれども出来上がった作品は、脚本の巧拙よりもグロテスクにメタモルフォーゼしていく鬼が一番の見所の、プロダクションI.Gの作画力の高さを見せつける映画だった。それを実写化するというからにはどんなしつこい生命力を持った鬼の描写をするのだろうと期待していたら、「ラスト・ブラッド」に登場する鬼たちは単なるゾンビのようなザコ扱いで軽くガッカリ。実写映画化を企画した人は一体どこに目をつけていたのだろう。
きっと絶対にヒロインのセーラー服姿に目をつけていたに違いない。「猟奇的な彼女」のチョン・ジヒョン演じるヒロイン小夜の雰囲気は、かなりオリジナルの雰囲気に迫っている。おさげの三つ編みやオーソドックスなセーラー服が今どき新鮮で、彼女の肝の据わった目つきと合わせて非常にいい雰囲気でした。そんな彼女が日本刀を振り回すシーンがつまらない訳はない!と思いきやこれが案外乗れず。チョン・ジヒョンは非常に頑張っているのだが、コマ飛びさせた慌ただしい演出は、せっかくの彼女のアクションを隠そう隠そうとしているように見える。
出番は少ないものの、鬼のボスであるオニゲンに扮する小雪が存在感ありました。白い着物姿で薄く笑う姿がカッコいい。二人が対決するクライマックス以外に、もっと圧倒的な力を誇示するようなシーンがあると良かったが、この「もっと小雪が見たかった」と思わせる辺りで止めておくのも丁度いい感じがする。ただ、彼女が血を吐いた後の顔が、口の端から血をたらすのではなく、口の幅全体でダラーっと黒い血を吐かせており、その顔がひげ面のオッサンみたいで美しくなかったな。
「BLOOD THE LAST VANPIER」は香港とフランスの合作でヒロインが韓国人、ほぼ全編英語と、かなり世界市場を意識した作りになっています。日本のマンガやアニメに目をつけた外国勢に対して「なぜ日本で実写にしようとしないのだ」という思いがあるのなら・・・「BALLAD」を観る前からけなしちゃダメなのか。クサナギ君も復帰したし、これはやっぱり期待しておこう。
こんな人にオススメ:ヒロイン2トップの存在感がナカナカなので、キャットファイト好きな人ならば。
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出番は少ないものの、鬼のボスであるオニゲンに扮する小雪が存在感ありました。白い着物姿で薄く笑う姿がカッコいい。二人が対決するクライマックス以外に、もっと圧倒的な力を誇示するようなシーンがあると良かったが、この「もっと小雪が見たかった」と思わせる辺りで止めておくのも丁度いい感じがする。ただ、彼女が血を吐いた後の顔が、口の端から血をたらすのではなく、口の幅全体でダラーっと黒い血を吐かせており、その顔がひげ面のオッサンみたいで美しくなかったな。
「BLOOD THE LAST VANPIER」は香港とフランスの合作でヒロインが韓国人、ほぼ全編英語と、かなり世界市場を意識した作りになっています。日本のマンガやアニメに目をつけた外国勢に対して「なぜ日本で実写にしようとしないのだ」という思いがあるのなら・・・「BALLAD」を観る前からけなしちゃダメなのか。クサナギ君も復帰したし、これはやっぱり期待しておこう。
こんな人にオススメ:ヒロイン2トップの存在感がナカナカなので、キャットファイト好きな人ならば。