THE CODE/暗号
「THE CODE/暗号」は歌舞伎界の女形のポープである尾上菊之助が探偵役で主役であるので、自分は菊之助が当然捜査上の都合で女装するシーンがあるものと思っていたが、初めから終わりまで探偵の黒スーツ姿でしか出てなかったので少々ガッカリでありました。おかしい、公式サイトではチャイナドレス姿の菊之助がいたのになあ・・・って、アレは稲森いずみだったのか!この写真における二人の顔立ちは妙に似ており、私同様に見間違いをした人は多いハズ。ただ、菊之助って誰かに似ている・・・睫毛が濃くて下ぶくれの面長な感じはコロッケっぽいが、もっと誰かズバリとした・・・そうだ!マスオさんだあ!!ああ、スッキリ。
で、その稲森いずみでありますが、これまで見て来た中でこの映画の稲森いずみが一番お美しい。形のよい瞳や大粒の涙にライトが反射してキラキラ光っており、これぞシネマ・マジック。背中の暗号を菊五郎に解読されている最中の「黒子が多くて恥ずかしいわ」というセリフが色っぽい。惜しむらくは上海の歌姫という設定ながら歌唱がイマイチだったことで、いっそ宮沢りえの「華の愛~遊園驚夢」のように歌だけでも吹き替えればいいのにと思ったのですが、この歌がその後のストーリーに非常に絡んで来ているため、舞台だけを京劇風の節回しにする訳にもいかず。
林海象監督は自分が見てきた銀幕のスターに対するリスペクトを全開にする人のようで、この映画では宍戸錠と松方弘樹を主人公以上に活躍させております。鰐淵晴子も出ている(けど見逃した)し。しかし、かつてのプログラムピクチャー全盛時の世代ではない自分にとっては宍戸錠の手元の覚束なさが気になってしまった。まだまだ動きにキレがある松方弘樹よりも宍戸錠のほうが10年以上若いという設定には流石に無理を感じた次第です。
この映画は関東軍の軍資金の隠し場所を娘の背中に暗号にしたというストーリーなのだが、映画の途中で「なぜ宝の在処を暗号にする必要があるのだ?」と疑問に思っていた。同じ疑問は「K-20」でも感じたが、「THE CODE/暗号」では最後にキチンと稲森いずみの背中に仕込んだ理由も含めて暗号であるべき理由が明らかにされていており、タイトルがそのものズバリなのでここまで気を配っているのは好印象でした。全体的にCGを極力使わずに役者の魅力やアクションで見せていき、急かされずじっくり味わえる映画でした。
こんな人にオススメ:忙しないテンポの映画が苦手な方に
で、その稲森いずみでありますが、これまで見て来た中でこの映画の稲森いずみが一番お美しい。形のよい瞳や大粒の涙にライトが反射してキラキラ光っており、これぞシネマ・マジック。背中の暗号を菊五郎に解読されている最中の「黒子が多くて恥ずかしいわ」というセリフが色っぽい。惜しむらくは上海の歌姫という設定ながら歌唱がイマイチだったことで、いっそ宮沢りえの「華の愛~遊園驚夢」のように歌だけでも吹き替えればいいのにと思ったのですが、この歌がその後のストーリーに非常に絡んで来ているため、舞台だけを京劇風の節回しにする訳にもいかず。
林海象監督は自分が見てきた銀幕のスターに対するリスペクトを全開にする人のようで、この映画では宍戸錠と松方弘樹を主人公以上に活躍させております。鰐淵晴子も出ている(けど見逃した)し。しかし、かつてのプログラムピクチャー全盛時の世代ではない自分にとっては宍戸錠の手元の覚束なさが気になってしまった。まだまだ動きにキレがある松方弘樹よりも宍戸錠のほうが10年以上若いという設定には流石に無理を感じた次第です。
この映画は関東軍の軍資金の隠し場所を娘の背中に暗号にしたというストーリーなのだが、映画の途中で「なぜ宝の在処を暗号にする必要があるのだ?」と疑問に思っていた。同じ疑問は「K-20」でも感じたが、「THE CODE/暗号」では最後にキチンと稲森いずみの背中に仕込んだ理由も含めて暗号であるべき理由が明らかにされていており、タイトルがそのものズバリなのでここまで気を配っているのは好印象でした。全体的にCGを極力使わずに役者の魅力やアクションで見せていき、急かされずじっくり味わえる映画でした。
こんな人にオススメ:忙しないテンポの映画が苦手な方に
天使と悪魔
映画の公開に際して世界中のキリスト教徒からの反発を食らった「ダ・ヴィンチ・コード」でしたが、「天使と悪魔」はノークレームのよう。今回はラングドン教授がカトリックの味方だからというのもあるのでしょうが、それよりも二作目でようやく「こんなトンデモ映画に真面目にケチを付けるほうが恥ずかしい」と悟ったのではないだろうか。話題性としては前作のほうが上で、おそらく興行収入も前のほうが良いのではないかと思いますが、途中から一体何のために飛び回ってんだかわからなくなった「ダ・ヴィンチ・コード」よりも、ヴァチカンを守るために短時間で反物質爆弾の在処を探り当てる「天使と悪魔」のほうが目的がハッキリしていて楽しめました。
反物質爆弾の在処を突き止めるため、4つのチェックポイントを探り当てるのがメインプロットなのですが、ラングドン教授ってば物凄い勢いで次のポイントを探り当てていくため、まるで大食い選手権のわんこそば対決を見ているよなせわしなさ。勢いだけで突っ走ったせいで、こちとらローマ観光どころではなかったが、考える隙も与えられなかったおかげで見ている最中はアラが全然気になりませんでした(笑)。反物質爆弾の威力なんて実際誰も見たことないんだし。
一時期は絶えず主演映画が公開されていたイメージがあったトム・ハンクスですが、そういえばここんとこしばらくはご無沙汰で、さすがにちょっと飽きられたのか。前作の紫のバラの人みたいな髪型は内容以上に非難囂々だったに違いなく、今回はいつものトム・ハンクスで登場です。彼と行動を共にするヒロインが前作のオドレイ・トトゥ以上に何もしておらず、いくら女っ気がない映画とはいえさすがにこの立場は哀れすぎる。「天使と悪魔」はストーリーの展開を急ぐあまり、その他の要素が疎かになっている感は否めず、大作なのかB級なのかハッキリしない、なんとも面妖な味の映画でした。
こんな人にオススメ:トンデモ上等!な剛の方々
反物質爆弾の在処を突き止めるため、4つのチェックポイントを探り当てるのがメインプロットなのですが、ラングドン教授ってば物凄い勢いで次のポイントを探り当てていくため、まるで大食い選手権のわんこそば対決を見ているよなせわしなさ。勢いだけで突っ走ったせいで、こちとらローマ観光どころではなかったが、考える隙も与えられなかったおかげで見ている最中はアラが全然気になりませんでした(笑)。反物質爆弾の威力なんて実際誰も見たことないんだし。
一時期は絶えず主演映画が公開されていたイメージがあったトム・ハンクスですが、そういえばここんとこしばらくはご無沙汰で、さすがにちょっと飽きられたのか。前作の紫のバラの人みたいな髪型は内容以上に非難囂々だったに違いなく、今回はいつものトム・ハンクスで登場です。彼と行動を共にするヒロインが前作のオドレイ・トトゥ以上に何もしておらず、いくら女っ気がない映画とはいえさすがにこの立場は哀れすぎる。「天使と悪魔」はストーリーの展開を急ぐあまり、その他の要素が疎かになっている感は否めず、大作なのかB級なのかハッキリしない、なんとも面妖な味の映画でした。
こんな人にオススメ:トンデモ上等!な剛の方々
セブンティーン・アゲイン
ザック・エフロンが「ハイスクール・ミュージカル」の後、どんな人生をたどったのか?というディズニーのヒット映画にワーナーが便乗したようなこの映画。内容がどうこうよりマーケティング的な成り立ちを邪推すると非常に面白い。
まずザック・エフロン。この映画は彼が主演するアイドル映画というフォーマットなので、ザック・エフロンのファンをガッチリキャッチ。中にはまだまだ親にねだって連れてこられる子もいるだろうから、同伴の母親のためにザック・エフロンは37歳の二児の父が若返ったという年増のための夢物語。ザックと年増女のロマンスも漂わせ、これで同伴のおっ母さんのハートもガッチリキャッチ。ザック・エフロン目当ての一番の見所は、オープニングで半裸でフリースローをして、試合前にチアリーダーに混じって浮かれて踊るシーンでしょう。好物は真っ先に。
中には父親が引率することもあるだろうから、父親に見せるべき物語として離婚調停中のダメ親父が最後には妻の愛を取り戻すというストーリーになっている。この父親は18歳の娘の誕生日に小学生がひしめくアイスクリーム屋でお祝いするというズレっぷりなので、リアルオヤジが見ても映画に登場する父親を「ダメだこりゃ」と馬鹿にできる親切設計。
ザック・エフロンの親友がパソコンのソフト開発で大成功したオタクなので、ザックのハイスクール・キングのオーラに反発するオタク層への目配せも忘れない。もっとも10代の負け犬野郎共が連れ立ってこの映画を観るとは思わないので、これも父親向けのキャラなんだろう。彼が一目惚れする高校の校長が、何気にニコール・キッドマン風のメイクで笑える。この二人が親密になるきっかけが「ロード・オブ・ザ・リング」なのは製作がニューラインだからでしょうか?トンガリ耳はミスター・スポックかと思ったが、エルフ族だったのだな。
そしてザック・エフロンが保健体育の授業で「しっかり自立して結婚した後にセックスすべき」と主張しコンドームを投げ捨てるシーン。これはもう、キリスト教原理主義者に対する露骨なリップ・サービスであります。前ブッシュ政権を支えアメリカの見識を後退させた奴らも入場料を払えばお客様。とにかく親に「こんなくだらない映画を観るんじゃない」と言わせない配慮は万全です。
自分はもちろんザック・エフロンではなくオタクの友人の立場が一番近く(財力は全然近くないが)、戻れるなら若い頃に戻りたいと思わないではないが、やっぱり今が一番いいなと思う。先の事はわからないが、このご時世でそう思えるのは幸せなことであります。「セブンティーン・アゲイン」は手堅い作りで万人が楽しめる、いかにもハリウッドらしいコメディでありました。
こんな人にオススメ:ゴールデンウィーク開けで行楽疲れのご家族は映画でも。インフルエンザ騒ぎさえなけりゃあ・・・
まずザック・エフロン。この映画は彼が主演するアイドル映画というフォーマットなので、ザック・エフロンのファンをガッチリキャッチ。中にはまだまだ親にねだって連れてこられる子もいるだろうから、同伴の母親のためにザック・エフロンは37歳の二児の父が若返ったという年増のための夢物語。ザックと年増女のロマンスも漂わせ、これで同伴のおっ母さんのハートもガッチリキャッチ。ザック・エフロン目当ての一番の見所は、オープニングで半裸でフリースローをして、試合前にチアリーダーに混じって浮かれて踊るシーンでしょう。好物は真っ先に。
中には父親が引率することもあるだろうから、父親に見せるべき物語として離婚調停中のダメ親父が最後には妻の愛を取り戻すというストーリーになっている。この父親は18歳の娘の誕生日に小学生がひしめくアイスクリーム屋でお祝いするというズレっぷりなので、リアルオヤジが見ても映画に登場する父親を「ダメだこりゃ」と馬鹿にできる親切設計。
ザック・エフロンの親友がパソコンのソフト開発で大成功したオタクなので、ザックのハイスクール・キングのオーラに反発するオタク層への目配せも忘れない。もっとも10代の負け犬野郎共が連れ立ってこの映画を観るとは思わないので、これも父親向けのキャラなんだろう。彼が一目惚れする高校の校長が、何気にニコール・キッドマン風のメイクで笑える。この二人が親密になるきっかけが「ロード・オブ・ザ・リング」なのは製作がニューラインだからでしょうか?トンガリ耳はミスター・スポックかと思ったが、エルフ族だったのだな。
そしてザック・エフロンが保健体育の授業で「しっかり自立して結婚した後にセックスすべき」と主張しコンドームを投げ捨てるシーン。これはもう、キリスト教原理主義者に対する露骨なリップ・サービスであります。前ブッシュ政権を支えアメリカの見識を後退させた奴らも入場料を払えばお客様。とにかく親に「こんなくだらない映画を観るんじゃない」と言わせない配慮は万全です。
自分はもちろんザック・エフロンではなくオタクの友人の立場が一番近く(財力は全然近くないが)、戻れるなら若い頃に戻りたいと思わないではないが、やっぱり今が一番いいなと思う。先の事はわからないが、このご時世でそう思えるのは幸せなことであります。「セブンティーン・アゲイン」は手堅い作りで万人が楽しめる、いかにもハリウッドらしいコメディでありました。
こんな人にオススメ:ゴールデンウィーク開けで行楽疲れのご家族は映画でも。インフルエンザ騒ぎさえなけりゃあ・・・
チェイサー
2003年に起きた実際の連続殺人事件をベースにしたこの映画、てっきり犯人の殺人の動機を掘り下げていくような話かと思いきや、これが純然たるエンターテイメントで少々面食らってしまった。おそらく事件発覚時に犯人の生い立ちや犯行の手口などは韓国ではイヤというほど報道されたのだろうから、今更映画(フィクション)で繰り返す意味がなかったのかもしれない。「チェイサー」は犯人の過去について言及せず、あくまでも彼と対峙する元刑事で現デートクラブの元締めの男が彼を追跡するとなる話になっています。下手に犯人像を解釈をしようとしなかったのは観る者に色々想像させる効果があって良かったと思う。
抑制された犯人の描写の中で、一番その人となりに迫っているのが彼が壁一面に描いた絵なのだが、この絵の全体像を見せないので何が描いてあるのかサッパリ分からず、衝撃を受けたのは主人公のみというのが残念。「チェイサー」も「ザ・バンク」で難癖をつけたように、セリフを喋る人物だけをフレームにおさめる構図が多い。「ザ・バンク」と違って主人公も犯人も顔の表情の演技に鬼気迫るものがあり見応えはあったのだが、それでもやっぱり映画が細切れになった感じは拭えず。もしかしてこの撮り方が流行ってるのだろうか?
この映画はおそらく意図的に観客をイライラさせる話の展開をしている。映画の冒頭では主人公はモロに人間のクズであり、行方不明になった女を「手付け金を持ち逃げされた」と決めつけて憚らない。しかし観客は物語を俯瞰して見ている訳だから女たちが殺された事は分かりきっているので、主人公が殺人を疑い映画としてピントが合うまで非常にフラストレーションが溜まる。その分、主人公が犯人を追いつめるシーンでは堰を切ったように感情が溢れ、主人公の車の中で被害者の娘が泣くシーンでは、彼女のこれまで我慢してきた気持ちや母親を心配する思いに自分まで泣けてしまった。「チェイサー」はこのようにイライラとカタルシスを繰り返して映画を引っぱり、現実にはまず起こりえない最後の主人公と殺人犯との一騎打ちが説得力を持つように見事に観客を誘導している。だから警察のあり得ない無能ぶりも、映画の中ではフラストレーションを催す要素として誇張されているのだと思う。
映画とは関係ないのですが、「チェイサー」を見てミルウォーキーの食人鬼ことジェフリー・ダーマーの被害者の一人を思い出した。このラオス人の少年は殺されそうになって一度は逃げ出すも、ホモの痴話喧嘩だと判断した警察によって再びジェフリー・ダーマーの元に戻されてしまい、結局彼は助からなかった。この事件を初めて読んだのは当時の写真週刊誌だったが、一度逃げ出して助かったと思いきや再び殺人鬼の手に渡される時の思いやいかばかりか、絶望というのは何と無慈悲なものだろうかと、この時の被害者の気持ちを折にふれ考えることがある。さすがにここしばらく忘れていたのだが、この映画を見て久々にそれを思い出し、その後は映画そっちのけでドンヨリとした思いに捕われてしまった。
こんな人にオススメ:ハードな展開が好物な貴兄に
抑制された犯人の描写の中で、一番その人となりに迫っているのが彼が壁一面に描いた絵なのだが、この絵の全体像を見せないので何が描いてあるのかサッパリ分からず、衝撃を受けたのは主人公のみというのが残念。「チェイサー」も「ザ・バンク」で難癖をつけたように、セリフを喋る人物だけをフレームにおさめる構図が多い。「ザ・バンク」と違って主人公も犯人も顔の表情の演技に鬼気迫るものがあり見応えはあったのだが、それでもやっぱり映画が細切れになった感じは拭えず。もしかしてこの撮り方が流行ってるのだろうか?
この映画はおそらく意図的に観客をイライラさせる話の展開をしている。映画の冒頭では主人公はモロに人間のクズであり、行方不明になった女を「手付け金を持ち逃げされた」と決めつけて憚らない。しかし観客は物語を俯瞰して見ている訳だから女たちが殺された事は分かりきっているので、主人公が殺人を疑い映画としてピントが合うまで非常にフラストレーションが溜まる。その分、主人公が犯人を追いつめるシーンでは堰を切ったように感情が溢れ、主人公の車の中で被害者の娘が泣くシーンでは、彼女のこれまで我慢してきた気持ちや母親を心配する思いに自分まで泣けてしまった。「チェイサー」はこのようにイライラとカタルシスを繰り返して映画を引っぱり、現実にはまず起こりえない最後の主人公と殺人犯との一騎打ちが説得力を持つように見事に観客を誘導している。だから警察のあり得ない無能ぶりも、映画の中ではフラストレーションを催す要素として誇張されているのだと思う。
映画とは関係ないのですが、「チェイサー」を見てミルウォーキーの食人鬼ことジェフリー・ダーマーの被害者の一人を思い出した。このラオス人の少年は殺されそうになって一度は逃げ出すも、ホモの痴話喧嘩だと判断した警察によって再びジェフリー・ダーマーの元に戻されてしまい、結局彼は助からなかった。この事件を初めて読んだのは当時の写真週刊誌だったが、一度逃げ出して助かったと思いきや再び殺人鬼の手に渡される時の思いやいかばかりか、絶望というのは何と無慈悲なものだろうかと、この時の被害者の気持ちを折にふれ考えることがある。さすがにここしばらく忘れていたのだが、この映画を見て久々にそれを思い出し、その後は映画そっちのけでドンヨリとした思いに捕われてしまった。
こんな人にオススメ:ハードな展開が好物な貴兄に
グーの惑星
昨年末あたりから任天堂の不調やWiiの販売不振がニュースになりだして、それはライバルのPS3やPSPが好調になってきたこととセットで語られている側面もあるのだが、そういったパワーゲームは置いといて、PS3は持ってないので分からないがWiiについての不満は、「リモコンで新しいゲーム体験を」とか言っておきながら、新しいゲーム体験ができるゲームが全然出てこないことである。
そんな「Wiiダメかも・・・」という雰囲気の中で登場した救世主が「グーの惑星」。いや、このゲームがDSにおける「脳トレ」のようなゲームになるとは誰も思っちゃいないのですが、それでもWiiを購入した時に漠然と感じた、これまでのゲームとは全く違ったゲームが出来るんだというイメージにピッタリとハマるゲームでした。
どういうゲームかは下手クソな説明よりYouTubeのプレイ動画を見た方がいいかと思います。解法のネタバレにもなっちゃうんですが、このゲームの面白さや不気味な感じが一番出てるレッドカーペットの面をご覧あれ。
「グーの惑星」はPC版が元にあってそれをWiiウェアに移植したものなので、「これぞWiiならではのゲーム」というのは厳密には間違っているのですが、まるでWii用に作ったんじゃないかと思える程リモコン操作と相性がいい。実際のところ、リモコンよりもダイレクトにグーを動かせるマウスのほうが操作性はいいに決まっているのだが、しかしソレはソレ。多少動作にもどかしさがあったほうがゲーム性が高まるってものよ。
「グーの惑星」は思いのほかアクション要素も高く、パズルを解くために思考をしつつ反射神経も使う。頭をまんべんなく使っている感じが好印象であります。誰でも簡単に操作が出来て、ゴールまでの試行錯誤も一様でなく、しかも1面をクリアする時間もスムーズに進めば5分くらいなので、サクッと遊べてサクッと終われる。初期のティム・バートンの映画のような、キッチュな中にもうら寂れた感じの世界観も目を引いて、新鮮さを保ったまま次々に新しい仕掛けを解いて行くのがとても楽しい。
Wiiに遊べるソフトが無いなんて嘆いている場合ではなかった。やるべきゲームはまだまだある。小さい規模のトンがったPCゲームは(マウス操作ならば)Wiiが一番移植しやすいハズ。などなど、「グーの惑星」はWiiの色々な可能性を感じさせてくれるゲームです。
そんな「Wiiダメかも・・・」という雰囲気の中で登場した救世主が「グーの惑星」。いや、このゲームがDSにおける「脳トレ」のようなゲームになるとは誰も思っちゃいないのですが、それでもWiiを購入した時に漠然と感じた、これまでのゲームとは全く違ったゲームが出来るんだというイメージにピッタリとハマるゲームでした。
どういうゲームかは下手クソな説明よりYouTubeのプレイ動画を見た方がいいかと思います。解法のネタバレにもなっちゃうんですが、このゲームの面白さや不気味な感じが一番出てるレッドカーペットの面をご覧あれ。
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「グーの惑星」は思いのほかアクション要素も高く、パズルを解くために思考をしつつ反射神経も使う。頭をまんべんなく使っている感じが好印象であります。誰でも簡単に操作が出来て、ゴールまでの試行錯誤も一様でなく、しかも1面をクリアする時間もスムーズに進めば5分くらいなので、サクッと遊べてサクッと終われる。初期のティム・バートンの映画のような、キッチュな中にもうら寂れた感じの世界観も目を引いて、新鮮さを保ったまま次々に新しい仕掛けを解いて行くのがとても楽しい。
Wiiに遊べるソフトが無いなんて嘆いている場合ではなかった。やるべきゲームはまだまだある。小さい規模のトンがったPCゲームは(マウス操作ならば)Wiiが一番移植しやすいハズ。などなど、「グーの惑星」はWiiの色々な可能性を感じさせてくれるゲームです。