今日も定時ダッシュ -109ページ目

ディセント2

 1作目は「何の映画か分からずに観に行ったら、まさかこんなモンを見せられるとは思いもしなかった」と不意打ちを食らったようなインパクトがあった。けれどそれゆえに「ディセント2」は心配だった。1作目でビックリしたら、もう続編では驚けない。それどころか、過去数々のパワーダウンした続編を思い出すにつけ、ディセントも同じ轍をたどるんじゃあないだろうか。

 そういう訳で、期待半分不安半分で観たのですが、しっかり面白かったのでひと安心。確かに1作目のインパクトは無いのだけれど、地底人とのバトルは今回も常軌を逸しており、数日前まで普通の中年女だった主人公が、まるでランボーのごとき戦闘マシンに変化していて、インパクトが薄れた分、正しいB級映画として心置きなく楽しめました。ビデオカメラを回収して映像を確認していると、初めは3人だったのがいつの間にやら4人組に・・・なんて、ベタすぎて大笑いしてしまった。あのシーンの地底人はちょっとかわいらしい。

 自分は割と閉所恐怖症というか狭い所が苦手なのですが、この映画は容赦なくその弱点を突いてくる。水が溢れる通路を天井のわずかな空間を使って通るシーンなんて、観ているこっちも酸欠気味で金魚のような気分。この狭っ苦しさは映画としてはマイナスなのだが、ディセントではより一層の狂気を煽る役割にもなっている。捜索隊に加わる保安官の老人がこれまた狂気じみたジジイで、中盤で彼が焦っていた理由も明かされるのだが、それでもやっぱりジジイの最期も含めてイヤーな気分になってしまう。この不快感とジェノサイドの興奮とが両立できてしまうのが優れたB級映画たる所以だと思います。

 1作目のラストは、アメリカでは救いが無さ過ぎるという理由で最後のオチはカットされて、それゆえ続編につながる形になったのですが、今回のラストはどうだろう。自分の見立てでは「ディセント3」を作る気満々のラストに思える。三度目も同じ手が通用するか、はたまたバカ映画となりはてるのか、どっちにしろ地底人が大挙して地上に攻め上って来る展開はイヤだな。

こんな人にオススメ:たまに地底人がラブリーに見えてしまう、そんな歪んだ目の持ち主ならば是非

2012

 だいたいエメリッヒなんてさー、映像ばっかで中身スッカラカンの見た目だけ映画じゃーん。あんなもん観るだけムダムダ!


 などと思っていた時期が私にもありました。


 正直いうと今でもそれは多少思っていて、ワタクシがマイ・ベスト3のうちの1本に選んでいる「トゥモロー・ワールド」を、「子供が生まれない理由が分からないクソ映画!」という感想を見聞きするにつけ、反射的に「テメェは一生エメリッヒ以外観るな」と思ってしまう。それでもまあ、「2012」ほど徹底的にビジュアルで驚かしてくれるのなら、それはそれで尊いことじゃないかと思うようになってきました。

 個人的な見所は後半よりも前半で、ロス・アンゼルスの街が大崩壊するカタストロフっぷり(←変な文)に大興奮。これって結構過去の実際の災害や、もっというならば9.11も引用したりして、これはなかなか露悪的なエメリッヒ。それを観てコーフンしているワケだから、自分だってもろともに同罪なんだけど。前半のビルは崩れ、火山岩が人体を直撃し、バチカンは横殴り的に地滑りして(でもって祈りを捧げる敬虔な教徒をガガガガと押しつぶしちゃう皮肉付き)、という破壊のバリエーションに比べると、後半はほぼ水攻めオンリーのため、だんだんとダレてきたのですが。

 主人公であるジョン・キューザック一家は、要は映画における観客の目の役割を果たしている。そのために彼らはありとあらゆる災害の局面を体験する訳なのだけれど、映画の終盤で彼ら自身にスポットが当たってしまうと、ドアに挟まれそうになっただのロープがギヤにからまっただのと、この大舞台に対して申し訳ないほどの小粒なピンチっぷり。地球が崩壊していく様のリアルな描写と合わせて考えると、きっとエメリッヒ映画は中身が無いのではなくてスケールがデカすぎて人間にフォーカスが当たらないのだと思う。

こんな人にオススメ:今年の冬の大型映画はこれと「アバター」しかない訳で、もう選択の余地なし。

ロボゲイシャ

 「片腕マシンガール」の外国から見た日本のイメージを日本人がパロディ化した世界観をさらに強化して、フジヤマ!ゲイシャ!ニンジャ!とまあ存分に分かりやすいアイテムを散りばめてます。一方でショッカー的な改造人間や姉妹が大映ドラマ的に相争う物語など、なんとなく自分が子供のころに観ていたテレビ番組のネタもブチ込んで、見てるほうは呑気に楽しめましたが、よくぞこれで1本の映画としてまとまったものだなあと思ってしまう。拉致問題も引っ張ってきてるし。

 アクションの魅せ方がカッコ良く、メインキャストのチャンバラシーンはもとより、生田悦子がピストルを撃つシーンまでも決まっておりました。「マシンガール」から続投の亜紗美のボディが非常にシェイプされていて、腹筋の浮いた腹部がなまめかしくもイカす。もっとも、井口監督の演出からはエロさというより、天狗の面を付けたビキニの女がお尻から手裏剣を出すという、ぶっ飛んだフェティシズムを感じてしまうのですが。

 体を張ったギャグも個人的にかなりヒットして、特に尻刀のシーンでは「今ここで笑い死んでも悔い無し!」てほど笑った笑った。竹中直人のオーバーな演技が違和感なかったのも初めてのことで、「山形スクリーム」よりもよっぽど上手くマッチしている。素人丸出しの老人エキストラもブサイクな看護婦も面妖な味わいとなって映画の雰囲気作りに寄与しており、予算が少ないことを逆手にとってチープさを面白さに変換している。メインキャストよりも、こういう端々の人々のほうに井口監督の愛情を感じてしまう。自分がこういうのが大好きってだけの話かもしれないが、まるでクジラのように無駄がない映画です。

 低予算といっても「マシンガール」に比べてフィルム撮りになってグッと色味が良くなり、大掛かり(?)なVFXの見せ場もあったりして、映画として格段にグレードが上がっている。井口監督にはもっと大きな予算で存分にアクションを魅せて欲しいと思う反面、ニッチだから出来たエログロ風味が削がれるのも心配で、ああ、いっそタランティーノと組んでくれないかなあ、と夢を見てしまう次第でございます。

こんな人にオススメ:とにかく面白い映画が見たい!という人へ。

トワイライトサーガ ニュームーン

 このヒロインってすっげーズベ公ですぜ

 などと39のオッサンは思ってしまうのですが、これがハリーポッターに次いで人気があるというのだから、きっとこのシリーズは女の子の物凄くコアな部分に突き刺さる魅力があるのだろう。10代のハーレクインだとか、アメリカのケータイ小説とか、そりゃまあこの物語の対象ではない自分はいくらでも半笑い的なスタンスをとれるのだけれど、自分だってさんざん「異世界でヒーローになる」的な物語を読み耽ってきたワケで、この物語が女の子に与える癒しを馬鹿にできる立場じゃあございません。

 1作目の成功を引き継いだのがクリス・ワイツ監督。「ライラの冒険」の大失敗の記憶も生々しいのだが、この監督の個性の弱さが大作には不向きでも、「ニュームーン」では原作の個性を殺さずにスペクタクルなシーンを織り込んで、男が観ても楽しめる映画になっております。スペクタクルとはちょっと違いますが、この映画で都合4回(4人)、崖から飛び降りるシーンがあるのだが、それぞれの飛び降り方をカメラワークを変えて演出しているあたりに細かい配慮が感じられました。

 前作では仏頂面が気になったクリスティン・スチュワートは今回も無愛想ながらも割と可愛く撮られており、その他のキャストも見た目にわかりやすい魅力のある美男美女で、うまく個性化されている。当て馬的に登場する狼男がムキムキの上半身をコレでもかと見せつけて、ロバート・パティンソンの出番が少ない分、女性客を大いに惹き付けております。狼男の仲間達が上半身裸で森をウロつくシーンでは、あまりの肉色の多さに笑ってしまったのだけれど。

 ヒロインとキスをするロバート・パティンソンの表情が切なそう、といえば聞こえはいいけれど、ぶっちゃけて言えば猛る性衝動を必死に抑えている様子が見ていて可哀想になってしまいました。そりゃ好きあった若い男女だもんねえ、酷な話だよなあ、と珍しく男の側に肩入れしながら、でもこういう「愛し合った男が、それでも自分を大切にするために必死に我慢している」というシチュエーションが女子の好物だとしたら、男女平等がいきわたっていると思っていたアメリカでも暗くて深い川が存在するのだなあ、と感心した次第でございます。

こんな人にオススメ:今回は男も結構楽しめるのでデートムービーとしてもオススメ(ただし若者に限る)

栗のババロアインペリアル

 DSのレシピソフトの中から実際に作ってみるシリーズ。今回は「まるごと帝国ホテル」のババロアインペリアルを栗を使ってアレンジしました。

 苺のババロアインペリアルと基本は同じですが、ババロア液に栗のシロップを入れるので、栗のシロップと栗の渋皮煮と牛乳少々をミキサーにかけて、渋皮を濾してやります。もちろんババロアの具(←って言うのか?)も刻んだ栗を投入。

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ババロアは秋色

 栗のシロップを水で好みに薄めてソースにすれば、なんとも栗々しいババロアの完成でございます。

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