人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五』について 18
「無垢(むく)清浄の光あって 慧日(えにち)諸の闇を破し」
汚れていない清浄の光があって、太陽が闇を照らすように
「能く災の風火(ふうか)を伏(ふ)して 普(あまね)く明かに世間を照す」
能く不幸な風火(ふうか)を消して、普(あまね)く明かに世間を照す
雨風がやみ、太陽がでてきて世間を照らせば、全て見えます。
「悲体(ひたい)の戒(かい)は雷震(らいしん)のごとく 慈意(じい)の妙は大雲(だいうん)のごとく」
「絶対に人を救います」という戒を観世音菩薩は身に付けていて、雷が鳴り響くように確実に効くのです。「可哀そうだな」と思っている観世音菩薩の慈悲の声は、大きな雲のようです。
「甘露(かんろ)の法雨を澍(そそ)ぎ 煩悩の焔(ほのお)を滅除(めつじょ)す」
甘露の法雨を注ぐと、悩み苦しんでいる貴方の煩悩の炎を消してくれるのです。
生長の家の教義である「甘露の法雨」は、法華経から出ているのです。谷口雅春は、「甘露の法雨」という経典をつくったのです。その経典を戦争にもっていった信者は、「弾が経典に当たって死ななかった」というのです。
生長の家は、そのような話をたくさんしています。「甘露の法雨が貴方を守るのだ。甘露の法雨の原点は、『妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五』に書いてあるだろう。この甘露の法雨が貴方に働いてくるのですから、谷口雅春が書いた経典を大事に持ちなさい」と言ってきたのです。
ただし、甘露の法雨を注いで、煩悩の炎を消してくれるのは、法華経を正しく信じている人です。「成長の家の信者になったから、甘露の法雨で守られる」というわけではありません。
「諍訟(じょうしょう)して官処(かんじょ)を経(へ) 軍陣(ぐんじん)の中に怖畏(ふい)せんに」
訴訟して、官処(かんじょ)を経(へ)て、軍陣(ぐんじん)の中において、戦に恐怖して、
「彼の観音の力を念ぜば 衆の怨(あだ)悉(ことごと)く退散せん」
彼の観音の力を念ぜば、衆の怨(あだ)悉(ことごと)く退散したのです。
「妙音観世音 梵音(ぼんのん)海潮音(かいちょうおん)」
妙音観世音、梵天王の声、、海の波の音、
「勝彼世間音(しょうひせけんのん)あり 是の故に須(すべから)く常に念ずべし」
彼の世間つまり「過去の世界よりも、今日の方が良いのだ」という声あり。是の故に須(すべから)く常に念ずべし。
「念念に疑を生ずること勿(なか)れ 観世音浄聖(じょうしょう)は」
念念に疑を生ずること勿(なか)れ。観世音浄聖(じょうしょう)は
「苦悩死厄(しやく)に於いて 能く為に依怙(えこ)と作(な)れり」
苦悩や、死ゆく病を払って、能く為に貴方にとって頼りになるのです。
「一切の功徳を具して 慈眼(じげん)をもって衆生を視(み)る」
一切の功徳を具して、慈悲の眼(じげん)をもって衆生を視(み)る。
「福聚(ふくじゅ)の海無量なり 是の故に応に頂礼(ちょうらい)すべし」
福聚(ふくじゅ)の海無量なり、是の故に応に頂礼(ちょうらい)すべし。
このような功徳があるので、一心に観世音菩薩を信じるべし。
「爾の時に持地菩薩(じちぼさつ)、即ち座より起(た)って、前(すす)んで仏に白して言さく」
爾の時に持地菩薩(じちぼさつ)、即ち座より起(た)って、前(すす)んで仏に白して言さく
持地菩薩(じちぼさつ)とは、密教で、胎蔵界曼荼羅の地蔵院九尊のうち、東方から第七位におかれる菩薩です。功徳、智慧にすぐれて、大慈大悲をもって、一切衆生の救済をすること、大地のすべてをその上に持するが如くであるというところからの名称です。
弥勒菩薩 (みろくぼさつ)の異名ともいい、観音とも地蔵ともいう。
「世尊、若し衆生有って、是の観世音菩薩品の自在の業(ごう)、普門示現(ふもんじげん)の神通力を聞かん者は、当(まさ)に知るべし。」
世尊、若し衆生有って、是の観世音菩薩品の自在の業(ごう)、普門示現(ふもんじげん)の神通力を聞かん者は、当(まさ)に知るべし。
「是の人の功徳少(すくな)からじ。」
是の人の功徳は少(すくな)くありません。
「仏、是の普門品を説きたもう時、衆中の八万四千の衆生、皆無等等(みなむとうとう)の阿耨多羅三藐三菩提の心を発(おこ)しき。」
仏、是の普門品を説きたもう時、衆中の八万四千の衆生、皆無等等(みなむとうとう)の阿耨多羅三藐三菩提の心を発(おこ)したのです。
観世音菩薩様の智慧を教えてもらい、次に何を思うのかというと、あらゆるものを恐れない仏様の智慧にふれるのです。
そして、「これ以上の法はありません。私も阿耨多羅三藐三菩提を得て、観世音菩薩と同じような神通力を賜りたい」と言いました。
『妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五』
無垢(むく)清浄の光あって 慧日(えにち)諸の闇を破し
能く災の風火(ふうか)を伏(ふ)して 普(あまね)く明かに世間を照す
悲体(ひたい)の戒(かい)は雷震(らいしん)のごとく 慈意(じい)の妙は大雲(だいうん)のごとく
甘露(かんろ)の法雨を澍(そそ)ぎ 煩悩の焔(ほのお)を滅除(めつじょ)す
諍訟(じょうしょう)して官処(かんじょ)を経(へ) 軍陣(ぐんじん)の中に怖畏(ふい)せんに
彼の観音の力を念ぜば 衆の怨(あだ)悉(ことごと)く退散せん
妙音観世音 梵音(ぼんのん)海潮音(かいちょうおん)
勝彼世間音(しょうひせけんのん)あり 是の故に須(すべから)く常に念ずべし
念念に疑を生ずること勿(なか)れ 観世音浄聖(じょうしょう)は
苦悩死厄(しやく)に於いて 能く為に依怙(えこ)と作(な)れり
一切の功徳を具して 慈眼(じげん)をもって衆生を視(み)る
福聚(ふくじゅ)の海無量なり 是の故に応に頂礼(ちょうらい)すべし
爾の時に持地菩薩(じちぼさつ)、即ち座より起(た)って、前(すす)んで仏に白して言さく
世尊、若し衆生有って、是の観世音菩薩品の自在の業(ごう)、普門示現(ふもんじげん)の神通力を聞かん者は、当(まさ)に知るべし。
是の人の功徳少(すくな)からじ。
仏、是の普門品を説きたもう時、衆中の八万四千の衆生、皆無等等(みなむとうとう)の阿耨多羅三藐三菩提の心を発(おこ)しき。
※これで『妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五』は、終わりです。
次回は『妙法蓮華経観陀羅尼品第二十六』です。ご期待ください!
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