ああ、なつかしい名前。三浦和義。


自殺したんですね。


自分の年齢を考えさせられます。


彼も相当おじいさんになっていましたね。




では、西尾和美の「今日一日のアファメーション」より




あやまり方を学ぶ

 あやまり方を学びましょう。何も悪いことをしないのに、あやまり続ける必要はありません。


「ゴメンナサイ」を乱発すればするほど意味がなくなり、自己評価が落ちるばかりです。


植木にぶつかっても「ゴメンナサイ」とあやまる人は、自分がいつも悪いことを


してまちがっていると信じるのが、癖になってしまっている人でしょう。

 小さいとき、あやまらないと、もっと怒鳴られたせいかもしれません。


親や他の大人から、罪の意識を植えつけられて育ったせいかもしれません。


むやみやたらとあやまるのは、もうよしましょう。

 あやまることを知らない人は、あやまる練習をしましょう。こういう人にとっては、


相手にあやまることは至難のことです。自分がまちがっていたことを真に認めるには


、自信がいります。本当に自分がミスをしたときは相手のせいにしないで、


さっぱりと直接にあやまりましょう。


私は、なんでも謝ってしまうほうです。


そのほうが楽なような気がするからです。


でも、それはまちがいなんですよね。


謝らない人の代表が三浦和義かな。

ニューシティ・レジデンスが倒産しましたが、


港区で賃貸営業をしていた頃、ここの物件をよく案内していました。


なんて表現すればいいのかわからないのだけれど


飛ぶ鳥の勢いだったのに


あっという間にこんな状況になって。


これは不動産業界全体にいえることなんだけれど。


あの頃不動産の証券化がおおはやりだった。


それもどうなるのかしら。ただの紙くず?






引越しでやっとインターネットが使えるように


なりました。


仕事が忙しく後回しになったのです。


お店はとても忙しく、外国の方も多いところです。


当然お客様にも外国の方がいらっしゃいます。


おもしろいところです。



では西尾和美の「今日一日のアファメーション」より




コントロールされているとき、愛を感じたら

 コントロールされているとき、誰かが心配して自分を離さないとき、


自分のことをあれこれとかまってくれるとき、自分は愛されていると思い込んでいませんか


。共依存されているのと本当の愛を、同じものだと受けとめていませんか。


自分がコントロールされていないと愛されていないと思い、寂しくなってしまっていませんか。


共依存症の人は、相手をコントロールしたり、べったりくっついて世話をするのが愛すること


だと思い込んでいるので、反対に、自分もコントロールされていないと、


愛されているとは感じられなくなってしまいます。ところが当の相手は、


共依存の人が何もかもやってくれるのでますます身勝手に自己中心的になり、


自分がしてもらっているように相手を気づかい、目を離さず、かまってあげるということはしません。


それで、共依存の人はいつも空っぽの愛をかかえこんでいるという事態になるわけです。

 こんなときには、少し距離をおきましょう。お互いに、だいたい同等なエネルギーを


使いあっているかどうか、コントロールしたりされなくても自分は大丈夫かどうか。


自分に聞いてみましょう。


これは仕事でよく感じることです。


自分のやり方がまちがっているかどうか


わからないと取りあえず面倒をみてくれる人の


やり方でやってみようと思うのです。


ただ、とても疲れます。


だって人の脳ってそれぞれ違うからです。