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本の虫凪子の徘徊記録

新しく読んだ本、読み返した本の感想などを中心に、好きなものや好きなことについて気ままに書いていくブログです。

【再読】  ディクソン編『アラビアン・ナイト 上』中野好夫訳 岩波少年文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

ひらがなが多め、子供向けです。小さい頃によく読んでいたので、今でも時々読み返したくなります。

原作の『千一夜物語』そのままではないため、本来の語り手であるシェヘラザードは全く登場しません。

有名な「アラディン」の他、全部で四つの作品が収録されています。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

『船乗りシンバットの航海』

主人公の名は「シンドバッド」という読みの方が有名ですが、こちらでの表記は「シンバット」です。
内容は基本的に
航海→遭難→見知らぬ島で冒険→帰還→もう航海は懲り懲り→退屈でまた航海→遭難→見知らぬ島で冒険
この流れの繰り返しです。
毎回死ぬような思いをしているというのに、懲りずにまた海に出てしまうシンバット。もういっそ、定住せずにずっと海を漂流していた方が良いんじゃないでしょうか。
しかし航海を終える度に、いつも彼の手元には金銀財宝や貴重品がどっさり。命懸けなぶん、一度の航海で得られるリターンも大きいのが特徴です。夢がありますねえ。

「一回目の航海」はほぼチュートリアル。
「二回目の航海」。ロック鳥とダイヤモンドの谷。この島では、大蛇に怯えつつも大量のダイヤモンドを入手しました。
「三回目の航海」。一つ目の人食い巨人から逃げ、次の島では大蛇から逃げ、なんとか商船に救助されて一命を取り留めます。一緒に航海に出た他の仲間は、食われたり溺れたりで全員死んでしまいましたが。
「四回目の航海」。人食い族から逃げた後、とある国の王に気に入られ、美しい女官と結婚します。夫婦の片割れが死んだらもう一人も一緒に埋葬する、という慣習に従い、妻の死後共に生き埋めにされましたが、上手く脱出。ついでに墓所の棺から金目の物を掻き集めて本国に持ち帰ります。これはちょっと倫理的にどうかと思いました。
「五回目の航海」。ロック鳥を怒らせて船が大破。流れ着いた無人島では海坊主に捕まりましたが、上手く殺して逃げます。その後は他の島で椰子の実や胡椒、沈香、真珠を入手しました。
「六回目の航海」。無人島で仲間たちが餓死していく中、最後まで生き残り、宝石や竜涎香を持って島を脱出することに成功します。その後セレンディブ島の王に気に入られ、更に立派な贈り物をたくさん貰って帰還しました。
「七回目の航海」。これが最後の航海です。帰路で賊に襲われて売り飛ばされ、象狩りをしている主人のもとで奴隷として働く羽目になりましたが、最終的には象牙を貰ったりして大金を得ました。

どのお話も好きですが、特に好きなのは「五回目の航海」でしょうか。人間に寄生する海坊主は結構好きなキャラクターです。


『アラディン―魔法のランプ―』
ディズニーの『アラジン』とはほとんど別物です。放蕩息子のアラディンはかなりどうしようもないダメ人間で、お母さんに迷惑をかけてばかり。が、まあ、お馬鹿なだけで悪人ではありません。何だかんだ親孝行もしていますし。

アラディンがランプを取りに行く途中にある、宝石のなる木の描写が好きです。ダイヤ、ルビー、エメラルド、サファイア。木ごとに、異なる種類の宝石がたわわに実っています。素敵。

ランプの魔物を従えてから、アラディンとお母さんの貧乏暮らしは一変します。
魔物に直接金を出してもらうのではなく、出してもらった品を売って生計を立てるのが面白いポイントだと思います。ここら辺の人たちは本当に商売大好きですね。
アラディン自身も、商売をする中で知識や礼儀を身に着け、人間として少し成長しました。
そして一目惚れしたバドロルブドル姫を手に入れる際には、惜しみなくランプの力を使いまくります。姫と婚約者を別れさせたり、大量の奴隷や宝石類を出したり、豪奢な婿入り行列を整えたり、果てには金銀や宝石をふんだんに使った、これ以上ないほど華美な宮殿を一夜にして建ててしまったり。ランプの魔物は働き通しです。
若干、姫を「金で買った」感は否めませんが、ラストでは二人共幸せそうで、お母さんや皇帝も幸せそうなので一応ハッピーエンドと言って良いでしょう。ほとんど魔物のおかげじゃん!という気もしますが、まあ、アラディン本人も立派な人間になるために色々と努力はしていたと思うので、素直に祝福してあげましょうか。
魔物が与えてくれたこの借り物の富が、いつか消え失せてしまったら、と想像するとかなり怖いですが。

ちなみに私は、ディズニーのアニメ版も好きですが、実写映画版も好きです。ウィル・スミスのジーニーは良かった。


『ペルシア王と海の王女』
ペルシア王が商人から買い取って妃にした美人奴隷は、実は海の王国の王女でした。
彼女の名前はグルナーレ(海のバラ)。母と兄と共に暮らしていましたが、ある日兄と口論になって家出した際に、地上の人間に捕まってしまったのです。

初めはペルシア王に対して冷淡な態度を取っていたグルナーレですが、彼に心を開いてからは偽らずに自身の出自について語り、母や兄のサーレハ王を地上に呼び寄せて、夫に紹介します。
海の国の民というと人魚を想像してしまいがちですが、彼らの見た目はごく普通の人間で、地上を歩くように海底を歩くことができます。
水陸のどちらでも生きられるというのは羨ましい。

このお話は次の話に繋がるプロローグのようなものなので、少し短めです。
穏やかで優しいペルシア王と、気丈ながらも慎み深いグルナーレは良い夫婦でした。素敵。


『ベーデル王とジャウワーラ姫』
前話の二人の息子・ベーデル王が主人公です。
彼は美しく賢く、王として申し分のない立派な人物なのですが、恋愛、というか結婚話が持ち上がった際に問題が生じてしまい、その結果ひどい苦労をすることになりました。

彼が恋したのは、海の王国の姫で超絶美人のジャウワーラ姫。グルナーレからも認められるほどの美貌の持ち主で、サーレハとは別の海王の娘です。ただ、この海王も娘のジャウワーラ姫も少し傲慢なところがあり、ベーデル王との結婚を断ったために争いが勃発してしまいます。そして、べーデルは恋い慕ったジャウワーラ姫その人に呪われて、鳥に変えられてしまいました。

その後のべーデルは、親切な別の国の王に助けられたり、残酷な魔女のラーベ女王と対決したり、様々な冒険をすることになります。
そして最終的には元通りの姿で家族と再会し、ジャウワーラ姫やその父王とも和解した後、念願叶ってようやく姫を妻として迎えることができました。めでたしめでたしです。

ラーベ女王が出てくる場面は読んでいて特にワクワクしますね。緊迫感があって。
鬼神を従えるアブダーラ老人が格好良い。
それから、前の国でベーデル王を鳥から人間に戻してくれた魔法使いの王妃も好きなキャラクターです。ラーベ女王とは違い、善き魔女でした。ラーベ女王の悪辣さもあれはあれで好きですが。

 

 

以上、全部で四作品でした。

相変わらず金銀財宝の描写がすさまじい。大陸国家には随分お金があるようです。

中東の文化や慣習がうっすらと学べるのも良いですね。

難しい言葉がないので、本当に子供向きだと思います。でも大人が読んでも十分に面白い。

良い作品です。

 

それでは今日はこの辺で。

 

 

 

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【再読】  乙一/ミヨカワ将『山羊座の友人』 ジャンプコミックス 集英社

 

本日はこちらの作品を再読しました。

原作・乙一さん、漫画・ミヨカワ将さんの作品です。

現代日本が舞台ですが、ストーリーの中心にはファンタジー要素があります。私の主観ですが、全体の雰囲気が何となくアニメ版『時をかける少女』に似ている気がしました。まあ、内容は全く違いますし、あちらはどちらかというとSFですが。

それでは内容について書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公の松田ユウヤは高校一年生。ごく普通の男子高校生です。正義感はありますが、学校ではその他大勢の生徒同様、不良もいじめも見て見ぬふりの事なかれ主義でした。若槻ナオトという男子生徒がいじめられているのを目にしても、目を逸らして素通りしています。

しかしある晩ユウヤは、いじめの主犯だった金城を撲殺した直後の若槻と遭遇してしまいます。今まで若槻がいじめられていることを知りつつ、関わらないよう無視していたユウヤでしたが、そこで初めて、彼を助けるために行動することを決めました。
容疑者として疑われている彼を匿い、一緒に逃亡します。

このユウヤの行動ですが、実は彼の持っている「未来の」新聞の切れ端が原因となっています。風に乗ってユウヤのもとに流れ着いたそれには、今回の事件のこと、そして「事情聴取中の高校生が、容疑を認めた後、首吊り自殺した」ということが書かれていました。
ユウヤがその切れ端を手にしたのは、金城が殺される前です。書かれている通りに殺人事件が起きた以上、放っておけば若槻は新聞の結末通りに自殺してしまうことになります。
その未来を変えるため、今まで見て見ぬふりを続けてきたことへの罪悪感もあって、ユウヤは若槻を救うための道を探すことにします。

ちなみに、自宅の彼の部屋には未来の新聞の他にも、不思議なものがいろいろ吹き飛ばされてきます。袖が四つあるシャツとか、子犬とか、賞味期限が二百年前のスナック菓子の袋とか、昭和七十五年度の卒アルとか。昭和は六十四年までのはずですが。それからタケコプターらしきものもありました。これらは一体どこの異世界から流れ着いたんでしょうね。
風の通り道にある部屋の、異世界の物が漂着するベランダ、なかなかロマンがあります。

東京に逃亡した二人でしたが、結局、ユウヤは若槻の自首を止めることはできませんでした。
実際には金城殺害の犯人は若槻ではなく、彼は真犯人を庇って罪を被るつもりなのだ、というところまで看破し、その後、真犯人の女子生徒・本庄ノゾミを問い詰めたユウヤ。
若槻を救うため、ユウヤも必死です。
この場面は何度読んでも辛い。
ユウヤと本庄は友人同士でした。正義感が強く真面目な本庄を尊敬していたユウヤ。ユウヤに好意を抱いていた本庄。本庄に好意を抱いていたからこそ、彼女の罪を被った若槻。

金城に弄ばれて自殺した家族(おそらく姉)の仇を取るため、同じく家族を彼に殺された男子生徒と共謀し、今回の事件を起こした本庄ノゾミ。
最終的に彼女は自首することを選びました。
その後にユウヤと本庄の過去回想場面が挟まれるのが本当に心を抉ってきます。

新聞の切れ端に、「容疑を認めた後、首吊り自殺した」高校生の性別が書かれていなかったのが重要な点でした。
結果としてユウヤは若槻を救うことに成功しましたが、もう一人の友人を失いました。

ユウヤはどうすれば良かったんでしょうね。
あの新聞には高校一年生(性別不明)としか書かれていなかったわけで、もし本庄が自首しなければ、やっぱり若槻の方がそのまま自殺していたのではないでしょうか。ユウヤがどんな行動を取っていたとしても、本庄、若槻、佐々木の誰かは必ず死ぬ運命だったのでは、と私は思っています。
ラストシーンの本庄さんの笑顔が切ない。


非常に読み応えのある一冊です。
物語としての完成度が滅茶苦茶高い。
冒頭の、いじめにより自殺した中高生の例を挙げていくシーン、あれが全て男子生徒だというのもミスディレクションの一つでしたね。
山羊座、アザゼルの山羊、駅に現れた山羊、要所要所に散りばめられた「山羊」というキーワードも印象的でした。
絵も綺麗で、特に人物の表情が非常に上手かったです。泣きそうな顔、呆然とした顔がリアルで、思わず引き込まれます。
ユウヤも若槻も本庄さんも皆優しい子で、だからこそ三人とも幸せになって欲しかった。本当に切ないお話です。

推理要素もあるので、ミステリが好きな方にもおすすめです。興味がある方はぜひ。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

 

【再読】  乙一『夏と花火と私の死体』 集英社文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。
乙一さんのデビュー作『夏と花火と私の死体』です。ちなみに執筆当時は十六歳だったそう。すごい。
もう一つ、『優子』という作品も収録されています。
それでは早速、感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

『夏と花火と私の死体』
地方のとある村が舞台です。主人公は九歳の「わたし」。最初の方で親友の弥生ちゃんに殺されてしまいますが、それ以降は死体役兼語り部という特殊な立ち位置で活躍してくれます。
この作品では、弥生ちゃんとその兄・健くんが「わたし」の死をなんとか隠蔽しようと試行錯誤する様子が、死体となった「わたし」による語りで淡々と描かれていきます。

死者の一人称小説というのはなかなか斬新ですよね。それでいて視点的には完全に第三者、神の視点なのが面白い。初めて読んだときにはかなり衝撃を受けた記憶があります。

お兄ちゃんのことが大好きな弥生ちゃんは、「わたし」が彼に対して恋愛感情を抱いていると知り、衝動的に木の上から突き落として死なせてしまいました。嫉妬や兄を奪われるかもという焦りの感情が暴走してしまったのかもしれません。ここまでは理解できます。
理解できないのは、その後、五月(わたし)の死体と泣きわめく弥生ちゃんを目にしたときの健くんの反応です。
優しげな微笑みを浮かべながら、
「どうしたんだ、弥生。五月ちゃん、死んでるじゃないか」
と冷静に問う健くん。いやいやいや。
「死んでるじゃないか」じゃあないでしょう。
リアクション薄すぎます。
そしてごく自然に「五月ちゃんが滑って落ちた」のだと主張する弥生ちゃんに、それをあっさり受け入れる健くん。そのまま二人は、流れるように「わたし」の死の隠蔽を決定します。

この二人、というか健くんの精神構造が異常。
首折れ死体を前に一切動揺しないところもそうですが、その後、死体を完全に「物」扱いして冷静に処理方法を考えるあたり、彼には犯罪者の才能があると思います。最悪の場合、死体の目撃者は殺せばいいと考えてそうなところが恐ろしい。完全に殺人鬼のメンタルです。
そしてその後何事もなかったかのように日常に戻れるのも怖い。
この子、本当に十一歳なんでしょうか。
不安と恐怖で始終ビクビク怯え通しの弥生ちゃんは、まあ普通の九歳の子供っぽいですが。
健くんが一番怖く見えたのは、終盤の夏祭りの場面ですね。茣蓙で包んだ「わたし」の死体を抱えながら、娘の失踪で憔悴している「わたし」のお母さんを励ますシーン。何度読んでもぞっとします。罪悪感とか全く感じないんでしょうか。

森やら押し入れやら、あちこちに引きずり回される「わたし」はただただ可哀想でした。最終的にアイスクリーム工場の冷凍室に入れられてしまうので、お墓にも入れずじまいです。

健くんはそうでもありませんが、緑さんのことはキャラとして結構好きです。優しくて綺麗な緑さんが実は本物の殺人鬼で、男児連続誘拐事件の犯人だったことがラストで判明しました。彼女と健くん、弥生ちゃんがいとこであることを考えると、健くんの異常性も血筋のせいなのかもしれません。
この三人はこれから平穏で幸せな日常を送っていくのでしょうか。
五月ちゃんやお母さんの気持ちを思うと、何かしらの罰を受けて欲しい気もします。
緑さんはバレたら即死刑だと思いますが、この人のことですから、何だかんだ上手く隠し通せそうです。本当に怖い人です。


『優子』
戦後まもなくのお話。
鳥越家に奉公に来た女中の清音が主人公です。若く、眉目秀麗で優しい主人・政義に惹かれていく清音は、人前に全く姿を見せない彼の妻・優子を徐々に不審がるようになります。

こちらはなかなかトリッキーな作品ですね。
作中に何度も登場する「人形」がミスリードのポイントになります。江戸川乱歩の『人でなしの恋』を読んだことがある人は、余計に引っかかりやすいのではないでしょうか。私も初めて読んだときにはまんまと騙されました。

「ベラドンナ」の章で謎が全て明らかになるのですが、そのスピード感といったらもう、圧巻の一言に尽きます。怒涛の畳み掛けです。若干無理矢理な部分もありますが、勢いに押されて納得してしまいます。

清音が恋敵(?)の人形を破壊するのは『人でなしの恋』の京子と同じですが、こちらでは清音が正気を失ってそう思い込んでいただけで、実際には「優子」は本物の人間だった、つまり清音は殺人を犯してしまった、ということでした。不幸な事件です。
政義の過去や、呪いという単語が出てくるのが個人的に好きなポイントです。
そして政義と医者が善人すぎる。
後味の悪い話ではあるのですが、少しだけ希望が見える終わり方だったのは良かったと思います。


正直、わたしはこの『優子』の方が好きです。
時代設定やキャラクター像、ストーリーの展開もより洗練されているように感じます。
もちろん『夏と花火と私の死体』の方も好きです。乙一感はこちらの方が強いですね。

解説は小野不由美さんです。これもまた面白かった。
表題作が夏のお話なだけあって、暑い日に読むにはピッタリの一冊でした。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

 

【再読】  スウィフト『ガリヴァー旅行記』平井正穂訳 岩波文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

スウィフトの『ガリヴァー旅行記』。定期的に読みたくなる作品です。

小学校二、三年生くらいの頃に、子供向けの要約版を読んだのが始まりでした。確か、それには小人国と大人国しか描かれていなかった気がしますが。

それでは早速、内容について書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『リリパット渡航記』
商船の船医だった「私」は遭難し、小人たちの国リリパットに流れ着きます。
彼らの身長は通常の人間の十二分の一程度。動植物も同様のミニチュアサイズです。
数学と機械工学に秀で、文化水準も高い、サイズ以外はまるっきり当時のイギリスに酷似した文化を持っています。ハイヒール党とローヒール党の政治派閥があったり、卵の割り方で別の国と戦争をしたり、国家問題の規模まで「小さい」のが面白い点です。踵の高さや卵の割り方など、わざわざ下らないことを暗喩で持ち込むあたりに、作者の皮肉っぽいユーモアセンスが垣間見えます。流石は風刺作家。
この国で主人公は、皇帝や閣僚たちの会議の末、「クィンバス・フレストリン(人間山)」という呼称を与えられ、国内の古い神殿で飼われることになりました。九ヶ月と十三日間の滞在のうちに慣習や言語を学び、それなりに悠々と過ごしていましたが、そのうちに皇帝や諸大臣の不興を買ってしまったため、慌ててリリパットを脱出し、敵国ブレフスキュへの亡命を経て、イギリスに帰還します。とある高官が陰謀のあらましを教えに来てくれなければ、主人公は処刑されるところでした。彼の義理堅さには感動します。主人公の人徳が報われました。

特に好きな場面は第二章の食事とポケット検査のくだりです。何度読んでもわくわくします。それから、法律や習慣、思想などを纏めた第六章も面白いです。就職の際に、個人の能力よりも人徳を重視するのは興味深い特徴だと思いました。その割には皇帝も貴族たちも若干意地悪でしたが。
彼らの文化や思想には納得できるものも多々あるのですが、実の親に対して産んでくれたことへの恩義など感じる必要はない、という思想だけは全力で間違っていると主張したいところです。


『ブロブディンナグ国渡航記』
小さい頃はリリパットよりブロブディンナグのほうが好きでした。こちらは大人国、全ての人間・動植物が通常の十二倍の大きさ、という国です。
私は、要約版を初めて読んだときから九歳の少女・グラムダルクリッチ(小さな乳母)が大好きでした。悪戯好きの侏儒も、傍から見る分には良いキャラしていると思います。それから、王妃も上品で優しいので結構好きです。
このお話では、宮廷での生活パートが一番面白く感じます。体が小さいせいで犬や猿といった動物、更には小鳥や蛙のような小動物からも馬鹿にされ、襲われたりして度々酷い目にあいます。本人からすれば笑い事じゃないでしょうが、ちょっと面白いんですよね。巨大な虱にはぞっとしましたが。
イギリスへの帰還の仕方も愉快でした。


『ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブ、および日本への渡航記』
ラピュータは天然磁石の力で浮遊する空中国家です。ロボット兵はいません。
国民たちは数学と音楽を異常に愛し、程度の差はあれど思索癖を持った不思議な人々ばかりです。常に頭を傾けており、一方の目は内側に向き、もう片方は天を向いています。
文化水準は高く、学問も数学と音楽に関しては非常に高度なのですが、逆に言うとそれ以外はからっきしで、興味自体が薄い様子。彼らは特に実用幾何学を軽蔑しており、建築技術は最低レベルです。おかげでこの国の家の壁は大体傾いています。もう少し実益的なことにも興味を持つべきですね。
食事の際に、肉やパンなどを幾何学的な形や楽器の形に切るというのは面白い文化でした。

バルニバービはラピュータ国王の支配地域にある国です。
ここにある大研究所の描写ははっきり言ってホラーです。狂人しかいない。特に政治研究施設で交わされている議論の内容にはぞっとしました。政党間で抗争が発生した場合、両政党指導者の脳髄を真っ二つにして繋ぎ合わせれば、調和の取れた解決策が見つかる、という案。狂気の沙汰です。
地上の人々にとって上空のラピュータは、利よりも害の方を多く与えるようです。胡瓜から太陽光線を取り出そうとするよりも先に、荒廃しきった土地や国民の生活の方を立て直すべきだと思います。

グラブダブドリッブは小さな島で、そこを治める族長は亡霊を呼び出すことのできる不思議な力を持っています。
主人公は過去の偉人や王たちを呼び出してもらい、彼らに質問することで、今に遺されている記録や歴史家たちの論説の多くが出鱈目で、誇張され、改変されたものばかりであるということを再確認しました。
アレキサンダー大帝やハンニバル、シーザーとブルータス、アリストテレス、デカルトやトマス・モア。亡霊とはいえ、彼らと会って会話することができるなんて、信じられないくらい羨ましいです。

ラグナグの一番の特徴は、何と言ってもこの国でしか生まれないストラルドブラグ(不死人間)の存在ですが、正直、初めの国王拝謁の際の床舐め舐め匍匐前進のインパクトが強すぎてそれ以外の印象が薄いです。いつも、読んでいる最中に、そういえば不死人間なんてものもいたな、と思い出します。私の中では「床を舐めさせるのが好きな国王の治める国」です。

日本についてはそれほど触れられません。
エド(江戸)とナンガサク(長崎)という地名や、クリスチャンに踏絵をさせるということが描かれるくらいです。
ラグナグとの貿易が盛んらしいですよ。


『フウイヌム国渡航記』
知的で上品な馬のフウイヌムたちと、それに飼われる醜悪な野蛮人・ヤフーたちの暮らす国です。主人公はここに三年間滞在しました。
フウイヌムたちから彼らの言葉を学び、食べ物や衣服は己で工夫しながら(フウイヌムたちは馬なので服は着ませんし、食べるのも基本的には燕麦や草です)徐々に彼らとの暮らしに馴染んでいきます。
この話の大部分は、主人公と、彼がお世話になっているフウイヌム一家のご主人による対話で占められています。獣性のままに行動する不潔で嫌らしいヤフーと人間の比較が面白い。気高く美徳を愛するフウイヌムたちからすると、ヤフーも人間も、同じくらい救い難く愚かな存在に見えるのでしょう。そして、彼らと暮らすうちに主人公までフウイヌムの価値観に染まっていくようになります。馬を愛し、人間に対して嫌悪感を抱くようになった主人公ですが、帰国してからもそれは変わらず、しばらくは妻子すら「嫌らしい動物」扱いして触れ合いを拒むような有様でした。自分の家族を、「ヤフー族の一匹の雌と交わってそいつに数匹の子を生ませたことを考え、私はただもう堪え難い恥辱と当惑と恐怖に襲われどおしであった。」とまで表現します。これはさすがに酷いのでは。

この後に、『ガリヴァー船長より従兄シンプソンへ宛てた書簡』が続き、シンプソンによる『出版者より読者へ』で締め括られます。
ガリヴァーによれば、ブロブディンナグは正確にはブロブディンラッグだそうです。

以上がガリヴァーの冒険になります。
それぞれの国にはモデルとなった実在の国家があり、登場人物たちにもモデルがいるとのことですが、私はいつも、あまり深く考えず、冒険ものとして楽しく読んでいます。政治に関しての意見などは真面目に読んでいますが。
元ネタを意識すると、どうしても皮肉っぽい側面ばかり目に付いてしまうので、普通に読みたいときにはそういう部分はできる限り意識しないようにしています。ラピュータ(ロンドン)に搾取されるバルニバービ(アイルランド)とか。
じっくり考察するのも楽しいんですけどね。
容量があり、中身も濃い一冊なので、考察しながら読む場合はそれなりに時間が掛かります。Wikipediaあたりでは、モデルとなった国家なども含めて、各編の概要が結構分かりやすくまとめられています。興味がある方はぜひ。

それでは今日はこの辺で。
 

 

 

 

【再読】  桜木紫乃『ホテルローヤル』 集英社文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

北海道釧路にある小さなラブホテル「ホテルローヤル」と、そこに訪れる人々を描いた連作短篇集です。ラブホテルが舞台のお話なので読む人を選ぶかもしれませんが、私は結構好きな作品です。
時系列が現在から過去へと遡っていくのが大きな特徴になります。最初のお話では既に廃業し、廃墟となったホテルが舞台ですが、最終話ではその創設前の様子が描かれています。
それぞれのお話の主人公たちは年齢も性別もバラバラで、例外を除いて、特にお互い密接な関係があるというわけでもありません。が、時々登場人物がリンクすることもあり、そこも面白いポイントだと思います。
それでは、感想を書いていきます。

『シャッターチャンス』
廃墟でヌード撮影をするカップルのお話。二人とも三十過ぎですがまだ結婚はしていません。
安っぽくみすぼらしい、朽ちかけの「ホテルローヤル」。そのホコリが舞う一室で、彼氏の貴史に言われるまま、裸でポーズを取っていく美幸。彼女の方はあまり撮影に乗り気ではないため、貴史からのポーズの指示がだんだんと過激になっていくにつれ、心が冷えていきます。

「挫折」「虚栄心」という単語が文中で何度も繰り返されるのが印象的でした。
元アイスホッケー選手で、怪我からその道を挫折した貴史。その後は味気ない日々を過ごしていましたが、ある時素人撮影のヌード写真を特集する雑誌を見て、それに魅せられ、自分もカメラマンとして活躍したいと思うようになります。それがこの廃墟での撮影に繋がりました。
いっぱしの芸術家気取りで次々とポーズの指示を出し、夢中でカメラのシャッターを切る貴史は、嫌がる美幸の様子などお構いなしです。
この、二人の感情の温度差が特に強調して描かれていたように思います。空洞、男の欲望、という表現の使い方が上手でした。
その後どうなったのかは分かりませんが、私が美幸の友人なら、結婚はやめておけと言いたくなります。


『本日開店』
僧侶の妻である幹子のお話。
寺を維持するため、檀家の男たちと関係し、寄付金を貰うのが彼女の仕事です。恋愛感情などはなく、どこまでもビジネス。元看護助手の彼女にとって、男たちの相手をすることは病人に奉仕することとそう変わらないそうです。
淡々と老人たちの相手をする幹子でしたが、檀家を引き継いだ若い佐野と関係を持った時から、彼女の日常は少しだけ変わり始めます。

寺を維持するための他の方法を探すでもなく、言われるがまま男たちに身を任せ続ける幹子。寺と夫のために身を捧げる、と言えば聞こえは良いですが、彼女の姿勢が常に受け身なのでどうしても愚かな女に見えてしまいます。善人ではあるのですが。
最初に読んだときは、幹子はあまり頭が良くないのかな、と思いましたが、もしかすると、人に流されるという生き方を、自ら選んでいる可能性もありますね。
今はこの方法で良いかもしれませんが、年をとって自分に女としての価値がなくなったらどうするつもりなんでしょうか。


『えっち屋』
「ホテルローヤル」廃業のお話。
ホテルの跡取り娘と、アダルト玩具販売会社の営業・宮川のやり取りが何となく切なくて、特に好きなお話です。二人が結局最後まではしなかったのが良かった。
生真面目で不器用な宮川さんは良いキャラクターでした。彼と主人公の会話は終始爽やかで、いやらしさを感じません。会話の内容はまあまあエゲツなかったりしますが。


『バブルバス』
舅と夫婦、子供二人の五人暮らし、その母親の視点から描かれるお話です。
貧乏暮らしの描写がリアルで辛いです。
苦しく気が滅入るような日常と、「ホテルローヤル」で彼女が夫と過ごした、解放感溢れる二時間の対比が印象的でした。
主人公が未来に少しだけ希望を持てるような終わり方が気に入っています。


『せんせぇ』
女子高生と教師のお話。
お互いに家庭の事情を抱えており、帰る場所のない二人。どうしても、今までの話に何度か出てきたセーラー服とスーツの心中事件を思い出してしまいます。やっぱりこの後二人はホテルローヤルに行ってしまうのでしょうか。
お馬鹿だけど頭は悪くないまりあが好きです。


『星を見ていた』
「ホテルローヤル」の掃除婦で、六十になるミコが主人公です。山道を二キロ歩いて職場に向かい、朝から夜まで働きづめ。凄いですね。
毎晩夫に抱かれているせいか、年齢より若々しく、シワもほとんどありません。
何があっても黙々と仕事をし、堅実な生活を続ける彼女の姿が淡々と描かれています。
人生ってなんだろう、と考えせられる作品です。


『ギフト』
大吉と愛人のるり子、「ホテルローヤル」創設にまつわるお話です。
主人公の大吉は、男として以前に人間として、本当にどうしようもない駄目人間です。自分勝手で調子が良くって、大口ばかり叩く、良くも悪くも昭和の親父感満載の人物。夫として、父親としてははっきり言ってクズだと思います。義父の罵倒は正論過ぎて思わず笑いました。
こんな男ですが、読んでいるうちにだんだんと応援したくなってくるのだから不思議です。妊娠したるり子のためになけなしのお金で初物の高いみかんを買ったりと、人情味があるので何となく憎めないんですよね。
この夫婦の未来は分かっているので複雑な気持ちになりますが、このお話だけ切り取れば、明るく輝かしい未来が待っているように感じられます。
この話を最後に持ってきたセンス、本当にすごいと思いました。


以上、全七編でした。
最後に解説を読むと、より深く、物語全体を理解することができます。

どんよりとした天気の日に読むのに丁度良い作品でした。

それでは今日はこの辺で。