乙一『夏と花火と私の死体』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  乙一『夏と花火と私の死体』 集英社文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。
乙一さんのデビュー作『夏と花火と私の死体』です。ちなみに執筆当時は十六歳だったそう。すごい。
もう一つ、『優子』という作品も収録されています。
それでは早速、感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

『夏と花火と私の死体』
地方のとある村が舞台です。主人公は九歳の「わたし」。最初の方で親友の弥生ちゃんに殺されてしまいますが、それ以降は死体役兼語り部という特殊な立ち位置で活躍してくれます。
この作品では、弥生ちゃんとその兄・健くんが「わたし」の死をなんとか隠蔽しようと試行錯誤する様子が、死体となった「わたし」による語りで淡々と描かれていきます。

死者の一人称小説というのはなかなか斬新ですよね。それでいて視点的には完全に第三者、神の視点なのが面白い。初めて読んだときにはかなり衝撃を受けた記憶があります。

お兄ちゃんのことが大好きな弥生ちゃんは、「わたし」が彼に対して恋愛感情を抱いていると知り、衝動的に木の上から突き落として死なせてしまいました。嫉妬や兄を奪われるかもという焦りの感情が暴走してしまったのかもしれません。ここまでは理解できます。
理解できないのは、その後、五月(わたし)の死体と泣きわめく弥生ちゃんを目にしたときの健くんの反応です。
優しげな微笑みを浮かべながら、
「どうしたんだ、弥生。五月ちゃん、死んでるじゃないか」
と冷静に問う健くん。いやいやいや。
「死んでるじゃないか」じゃあないでしょう。
リアクション薄すぎます。
そしてごく自然に「五月ちゃんが滑って落ちた」のだと主張する弥生ちゃんに、それをあっさり受け入れる健くん。そのまま二人は、流れるように「わたし」の死の隠蔽を決定します。

この二人、というか健くんの精神構造が異常。
首折れ死体を前に一切動揺しないところもそうですが、その後、死体を完全に「物」扱いして冷静に処理方法を考えるあたり、彼には犯罪者の才能があると思います。最悪の場合、死体の目撃者は殺せばいいと考えてそうなところが恐ろしい。完全に殺人鬼のメンタルです。
そしてその後何事もなかったかのように日常に戻れるのも怖い。
この子、本当に十一歳なんでしょうか。
不安と恐怖で始終ビクビク怯え通しの弥生ちゃんは、まあ普通の九歳の子供っぽいですが。
健くんが一番怖く見えたのは、終盤の夏祭りの場面ですね。茣蓙で包んだ「わたし」の死体を抱えながら、娘の失踪で憔悴している「わたし」のお母さんを励ますシーン。何度読んでもぞっとします。罪悪感とか全く感じないんでしょうか。

森やら押し入れやら、あちこちに引きずり回される「わたし」はただただ可哀想でした。最終的にアイスクリーム工場の冷凍室に入れられてしまうので、お墓にも入れずじまいです。

健くんはそうでもありませんが、緑さんのことはキャラとして結構好きです。優しくて綺麗な緑さんが実は本物の殺人鬼で、男児連続誘拐事件の犯人だったことがラストで判明しました。彼女と健くん、弥生ちゃんがいとこであることを考えると、健くんの異常性も血筋のせいなのかもしれません。
この三人はこれから平穏で幸せな日常を送っていくのでしょうか。
五月ちゃんやお母さんの気持ちを思うと、何かしらの罰を受けて欲しい気もします。
緑さんはバレたら即死刑だと思いますが、この人のことですから、何だかんだ上手く隠し通せそうです。本当に怖い人です。


『優子』
戦後まもなくのお話。
鳥越家に奉公に来た女中の清音が主人公です。若く、眉目秀麗で優しい主人・政義に惹かれていく清音は、人前に全く姿を見せない彼の妻・優子を徐々に不審がるようになります。

こちらはなかなかトリッキーな作品ですね。
作中に何度も登場する「人形」がミスリードのポイントになります。江戸川乱歩の『人でなしの恋』を読んだことがある人は、余計に引っかかりやすいのではないでしょうか。私も初めて読んだときにはまんまと騙されました。

「ベラドンナ」の章で謎が全て明らかになるのですが、そのスピード感といったらもう、圧巻の一言に尽きます。怒涛の畳み掛けです。若干無理矢理な部分もありますが、勢いに押されて納得してしまいます。

清音が恋敵(?)の人形を破壊するのは『人でなしの恋』の京子と同じですが、こちらでは清音が正気を失ってそう思い込んでいただけで、実際には「優子」は本物の人間だった、つまり清音は殺人を犯してしまった、ということでした。不幸な事件です。
政義の過去や、呪いという単語が出てくるのが個人的に好きなポイントです。
そして政義と医者が善人すぎる。
後味の悪い話ではあるのですが、少しだけ希望が見える終わり方だったのは良かったと思います。


正直、わたしはこの『優子』の方が好きです。
時代設定やキャラクター像、ストーリーの展開もより洗練されているように感じます。
もちろん『夏と花火と私の死体』の方も好きです。乙一感はこちらの方が強いですね。

解説は小野不由美さんです。これもまた面白かった。
表題作が夏のお話なだけあって、暑い日に読むにはピッタリの一冊でした。
それでは今日はこの辺で。