【再読】 スウィフト『ガリヴァー旅行記』平井正穂訳 岩波文庫
本日はこちらの作品を再読しました。
スウィフトの『ガリヴァー旅行記』。定期的に読みたくなる作品です。
小学校二、三年生くらいの頃に、子供向けの要約版を読んだのが始まりでした。確か、それには小人国と大人国しか描かれていなかった気がしますが。
それでは早速、内容について書いていきたいと思います。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
『リリパット渡航記』
商船の船医だった「私」は遭難し、小人たちの国リリパットに流れ着きます。
彼らの身長は通常の人間の十二分の一程度。動植物も同様のミニチュアサイズです。
数学と機械工学に秀で、文化水準も高い、サイズ以外はまるっきり当時のイギリスに酷似した文化を持っています。ハイヒール党とローヒール党の政治派閥があったり、卵の割り方で別の国と戦争をしたり、国家問題の規模まで「小さい」のが面白い点です。踵の高さや卵の割り方など、わざわざ下らないことを暗喩で持ち込むあたりに、作者の皮肉っぽいユーモアセンスが垣間見えます。流石は風刺作家。
この国で主人公は、皇帝や閣僚たちの会議の末、「クィンバス・フレストリン(人間山)」という呼称を与えられ、国内の古い神殿で飼われることになりました。九ヶ月と十三日間の滞在のうちに慣習や言語を学び、それなりに悠々と過ごしていましたが、そのうちに皇帝や諸大臣の不興を買ってしまったため、慌ててリリパットを脱出し、敵国ブレフスキュへの亡命を経て、イギリスに帰還します。とある高官が陰謀のあらましを教えに来てくれなければ、主人公は処刑されるところでした。彼の義理堅さには感動します。主人公の人徳が報われました。
特に好きな場面は第二章の食事とポケット検査のくだりです。何度読んでもわくわくします。それから、法律や習慣、思想などを纏めた第六章も面白いです。就職の際に、個人の能力よりも人徳を重視するのは興味深い特徴だと思いました。その割には皇帝も貴族たちも若干意地悪でしたが。
彼らの文化や思想には納得できるものも多々あるのですが、実の親に対して産んでくれたことへの恩義など感じる必要はない、という思想だけは全力で間違っていると主張したいところです。
『ブロブディンナグ国渡航記』
小さい頃はリリパットよりブロブディンナグのほうが好きでした。こちらは大人国、全ての人間・動植物が通常の十二倍の大きさ、という国です。
私は、要約版を初めて読んだときから九歳の少女・グラムダルクリッチ(小さな乳母)が大好きでした。悪戯好きの侏儒も、傍から見る分には良いキャラしていると思います。それから、王妃も上品で優しいので結構好きです。
このお話では、宮廷での生活パートが一番面白く感じます。体が小さいせいで犬や猿といった動物、更には小鳥や蛙のような小動物からも馬鹿にされ、襲われたりして度々酷い目にあいます。本人からすれば笑い事じゃないでしょうが、ちょっと面白いんですよね。巨大な虱にはぞっとしましたが。
イギリスへの帰還の仕方も愉快でした。
『ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブ、および日本への渡航記』
ラピュータは天然磁石の力で浮遊する空中国家です。ロボット兵はいません。
国民たちは数学と音楽を異常に愛し、程度の差はあれど思索癖を持った不思議な人々ばかりです。常に頭を傾けており、一方の目は内側に向き、もう片方は天を向いています。
文化水準は高く、学問も数学と音楽に関しては非常に高度なのですが、逆に言うとそれ以外はからっきしで、興味自体が薄い様子。彼らは特に実用幾何学を軽蔑しており、建築技術は最低レベルです。おかげでこの国の家の壁は大体傾いています。もう少し実益的なことにも興味を持つべきですね。
食事の際に、肉やパンなどを幾何学的な形や楽器の形に切るというのは面白い文化でした。
バルニバービはラピュータ国王の支配地域にある国です。
ここにある大研究所の描写ははっきり言ってホラーです。狂人しかいない。特に政治研究施設で交わされている議論の内容にはぞっとしました。政党間で抗争が発生した場合、両政党指導者の脳髄を真っ二つにして繋ぎ合わせれば、調和の取れた解決策が見つかる、という案。狂気の沙汰です。
地上の人々にとって上空のラピュータは、利よりも害の方を多く与えるようです。胡瓜から太陽光線を取り出そうとするよりも先に、荒廃しきった土地や国民の生活の方を立て直すべきだと思います。
グラブダブドリッブは小さな島で、そこを治める族長は亡霊を呼び出すことのできる不思議な力を持っています。
主人公は過去の偉人や王たちを呼び出してもらい、彼らに質問することで、今に遺されている記録や歴史家たちの論説の多くが出鱈目で、誇張され、改変されたものばかりであるということを再確認しました。
アレキサンダー大帝やハンニバル、シーザーとブルータス、アリストテレス、デカルトやトマス・モア。亡霊とはいえ、彼らと会って会話することができるなんて、信じられないくらい羨ましいです。
ラグナグの一番の特徴は、何と言ってもこの国でしか生まれないストラルドブラグ(不死人間)の存在ですが、正直、初めの国王拝謁の際の床舐め舐め匍匐前進のインパクトが強すぎてそれ以外の印象が薄いです。いつも、読んでいる最中に、そういえば不死人間なんてものもいたな、と思い出します。私の中では「床を舐めさせるのが好きな国王の治める国」です。
日本についてはそれほど触れられません。
エド(江戸)とナンガサク(長崎)という地名や、クリスチャンに踏絵をさせるということが描かれるくらいです。
ラグナグとの貿易が盛んらしいですよ。
『フウイヌム国渡航記』
知的で上品な馬のフウイヌムたちと、それに飼われる醜悪な野蛮人・ヤフーたちの暮らす国です。主人公はここに三年間滞在しました。
フウイヌムたちから彼らの言葉を学び、食べ物や衣服は己で工夫しながら(フウイヌムたちは馬なので服は着ませんし、食べるのも基本的には燕麦や草です)徐々に彼らとの暮らしに馴染んでいきます。
この話の大部分は、主人公と、彼がお世話になっているフウイヌム一家のご主人による対話で占められています。獣性のままに行動する不潔で嫌らしいヤフーと人間の比較が面白い。気高く美徳を愛するフウイヌムたちからすると、ヤフーも人間も、同じくらい救い難く愚かな存在に見えるのでしょう。そして、彼らと暮らすうちに主人公までフウイヌムの価値観に染まっていくようになります。馬を愛し、人間に対して嫌悪感を抱くようになった主人公ですが、帰国してからもそれは変わらず、しばらくは妻子すら「嫌らしい動物」扱いして触れ合いを拒むような有様でした。自分の家族を、「ヤフー族の一匹の雌と交わってそいつに数匹の子を生ませたことを考え、私はただもう堪え難い恥辱と当惑と恐怖に襲われどおしであった。」とまで表現します。これはさすがに酷いのでは。
この後に、『ガリヴァー船長より従兄シンプソンへ宛てた書簡』が続き、シンプソンによる『出版者より読者へ』で締め括られます。
ガリヴァーによれば、ブロブディンナグは正確にはブロブディンラッグだそうです。
以上がガリヴァーの冒険になります。
それぞれの国にはモデルとなった実在の国家があり、登場人物たちにもモデルがいるとのことですが、私はいつも、あまり深く考えず、冒険ものとして楽しく読んでいます。政治に関しての意見などは真面目に読んでいますが。
元ネタを意識すると、どうしても皮肉っぽい側面ばかり目に付いてしまうので、普通に読みたいときにはそういう部分はできる限り意識しないようにしています。ラピュータ(ロンドン)に搾取されるバルニバービ(アイルランド)とか。
じっくり考察するのも楽しいんですけどね。
容量があり、中身も濃い一冊なので、考察しながら読む場合はそれなりに時間が掛かります。Wikipediaあたりでは、モデルとなった国家なども含めて、各編の概要が結構分かりやすくまとめられています。興味がある方はぜひ。
それでは今日はこの辺で。