桜木紫乃『ホテルローヤル』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  桜木紫乃『ホテルローヤル』 集英社文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

北海道釧路にある小さなラブホテル「ホテルローヤル」と、そこに訪れる人々を描いた連作短篇集です。ラブホテルが舞台のお話なので読む人を選ぶかもしれませんが、私は結構好きな作品です。
時系列が現在から過去へと遡っていくのが大きな特徴になります。最初のお話では既に廃業し、廃墟となったホテルが舞台ですが、最終話ではその創設前の様子が描かれています。
それぞれのお話の主人公たちは年齢も性別もバラバラで、例外を除いて、特にお互い密接な関係があるというわけでもありません。が、時々登場人物がリンクすることもあり、そこも面白いポイントだと思います。
それでは、感想を書いていきます。

『シャッターチャンス』
廃墟でヌード撮影をするカップルのお話。二人とも三十過ぎですがまだ結婚はしていません。
安っぽくみすぼらしい、朽ちかけの「ホテルローヤル」。そのホコリが舞う一室で、彼氏の貴史に言われるまま、裸でポーズを取っていく美幸。彼女の方はあまり撮影に乗り気ではないため、貴史からのポーズの指示がだんだんと過激になっていくにつれ、心が冷えていきます。

「挫折」「虚栄心」という単語が文中で何度も繰り返されるのが印象的でした。
元アイスホッケー選手で、怪我からその道を挫折した貴史。その後は味気ない日々を過ごしていましたが、ある時素人撮影のヌード写真を特集する雑誌を見て、それに魅せられ、自分もカメラマンとして活躍したいと思うようになります。それがこの廃墟での撮影に繋がりました。
いっぱしの芸術家気取りで次々とポーズの指示を出し、夢中でカメラのシャッターを切る貴史は、嫌がる美幸の様子などお構いなしです。
この、二人の感情の温度差が特に強調して描かれていたように思います。空洞、男の欲望、という表現の使い方が上手でした。
その後どうなったのかは分かりませんが、私が美幸の友人なら、結婚はやめておけと言いたくなります。


『本日開店』
僧侶の妻である幹子のお話。
寺を維持するため、檀家の男たちと関係し、寄付金を貰うのが彼女の仕事です。恋愛感情などはなく、どこまでもビジネス。元看護助手の彼女にとって、男たちの相手をすることは病人に奉仕することとそう変わらないそうです。
淡々と老人たちの相手をする幹子でしたが、檀家を引き継いだ若い佐野と関係を持った時から、彼女の日常は少しだけ変わり始めます。

寺を維持するための他の方法を探すでもなく、言われるがまま男たちに身を任せ続ける幹子。寺と夫のために身を捧げる、と言えば聞こえは良いですが、彼女の姿勢が常に受け身なのでどうしても愚かな女に見えてしまいます。善人ではあるのですが。
最初に読んだときは、幹子はあまり頭が良くないのかな、と思いましたが、もしかすると、人に流されるという生き方を、自ら選んでいる可能性もありますね。
今はこの方法で良いかもしれませんが、年をとって自分に女としての価値がなくなったらどうするつもりなんでしょうか。


『えっち屋』
「ホテルローヤル」廃業のお話。
ホテルの跡取り娘と、アダルト玩具販売会社の営業・宮川のやり取りが何となく切なくて、特に好きなお話です。二人が結局最後まではしなかったのが良かった。
生真面目で不器用な宮川さんは良いキャラクターでした。彼と主人公の会話は終始爽やかで、いやらしさを感じません。会話の内容はまあまあエゲツなかったりしますが。


『バブルバス』
舅と夫婦、子供二人の五人暮らし、その母親の視点から描かれるお話です。
貧乏暮らしの描写がリアルで辛いです。
苦しく気が滅入るような日常と、「ホテルローヤル」で彼女が夫と過ごした、解放感溢れる二時間の対比が印象的でした。
主人公が未来に少しだけ希望を持てるような終わり方が気に入っています。


『せんせぇ』
女子高生と教師のお話。
お互いに家庭の事情を抱えており、帰る場所のない二人。どうしても、今までの話に何度か出てきたセーラー服とスーツの心中事件を思い出してしまいます。やっぱりこの後二人はホテルローヤルに行ってしまうのでしょうか。
お馬鹿だけど頭は悪くないまりあが好きです。


『星を見ていた』
「ホテルローヤル」の掃除婦で、六十になるミコが主人公です。山道を二キロ歩いて職場に向かい、朝から夜まで働きづめ。凄いですね。
毎晩夫に抱かれているせいか、年齢より若々しく、シワもほとんどありません。
何があっても黙々と仕事をし、堅実な生活を続ける彼女の姿が淡々と描かれています。
人生ってなんだろう、と考えせられる作品です。


『ギフト』
大吉と愛人のるり子、「ホテルローヤル」創設にまつわるお話です。
主人公の大吉は、男として以前に人間として、本当にどうしようもない駄目人間です。自分勝手で調子が良くって、大口ばかり叩く、良くも悪くも昭和の親父感満載の人物。夫として、父親としてははっきり言ってクズだと思います。義父の罵倒は正論過ぎて思わず笑いました。
こんな男ですが、読んでいるうちにだんだんと応援したくなってくるのだから不思議です。妊娠したるり子のためになけなしのお金で初物の高いみかんを買ったりと、人情味があるので何となく憎めないんですよね。
この夫婦の未来は分かっているので複雑な気持ちになりますが、このお話だけ切り取れば、明るく輝かしい未来が待っているように感じられます。
この話を最後に持ってきたセンス、本当にすごいと思いました。


以上、全七編でした。
最後に解説を読むと、より深く、物語全体を理解することができます。

どんよりとした天気の日に読むのに丁度良い作品でした。

それでは今日はこの辺で。