ドストエフスキー『貧しき人びと』全人物事典③

 

 

・ニコライ・ゴーゴリ(1809~1852)…ゴーゴリ『外套』の主人公アカーキイ・アカーキエヴィチは、マカールと同じ九等官の筆耕役人。「いわゆる万年九等官というやつで、これは知っての通り噛みつくこともできない相手をやりこめるというまことにけっこうな習慣を持つ凡百の文士連から存分に愚弄されたり、ひやかされたりしてきた官等である」。マカールの7月8日の手紙に登場する「フョードル・フョードロヴィチ」は、アカーキイ・アカーキエヴィチをドストエフスキー自身の名前フョードルでもじったもの。

 ゴーゴリは、社会風刺としてアカーキイを観察して描いたが、その内面については掘り下げられなかった。ゴーゴリは、彼を服装に無頓着な人間として描こうとしたが、ドストエフスキーは、彼のような人間が周囲の目に無頓着なはずがないと、強い羞恥心と仕事への誇りを手紙の中で吐露させた。

 また、アカーキイが、最後に有力者のところへ直接乗り込む場面で、有力者に頭ごなしに叱責されて、「そのまま気が遠くなり、よろよろとして、全身をわなわなふるわせ始めると、もうどうしても立っていることができなくなってしまった」ことについて、有力者の剣幕については正当性があると評価しつつも、「自己弁明ひとつしない」「侮辱をみすごした」ことが心外だと、マカールは憤慨している。これは、ドストエフスキー自身の考えというわけではなく、万年九等官タイプに固有の自尊心を描き出そうとしたにすぎない。

 マカールは、アカーキィが「頭の上へ紙切れを振りかけられる件」に自分自身を重ね合わせて、「あの男は何一つ目立つことも、いいところもないじゃありませんか? あれじゃ毎日のくだらない生活からとった、空疎な一コマでしかありません」と、「調子をやわらげ」て、ハッピーエンドとすることを要求した。『貧しき人々』は、ハッピーエンドではないが、救いのあるものとなっている。

 自身の思想ともそうでもないとも取れる作家の態度と、その中にするりと本音を滑り込ませる技術は、厳しい検閲のもとで書かざるをえなかったロシア作家特有のもので、ロシア文学の重層的な奥深さと魅力の源ともなっている。そして、直接的な語りが苦手な日本人に親しみを感じさせる理由ともなっている。

 マカールの『外套』批判や文学論の中には、ドストエフスキー自身のメタ的な発言も含まれるが、どれがそうかを、明確に言い当てることは難しい。

 

【おまけ:マカールさんの文学論】

 

4月8日 わたしはもう誰のことであろうと、風刺めいたものは書いておりません。無学なので書くのは得意ではない。

4月9日 手紙の文章のあらを探さないでほしい。文体なんてものはない。もっとうまく書ければ。学問があればなあ。

6月12日 才能がないので、十ページ書きなぐっても、何一つまともなものは書けない。

6月22日 詩集を出すことを夢想している・文学のすばらしさを熱弁する

7月6日 いったいなんのためにこんなものを書くのでしょうか? 読者のだれかが代わりにわたしに外套を作ってくれるとでもいうのですか? 新しい靴でも買ってくれるというのですか?

これは悪意にみちた本じゃありませんか。これは嘘っぱちですよ。なぜなら、こんな役人がいるはずがありません。

8月1日 貧乏人というものはぼろくずにも劣るもので、人がなんと掻き立てようが、誰からも尊敬なんかされないものなんです! あの三文文士どもが何を掻き立てようと同じことですよ! 貧乏人は何から何までまったく昔のままなんですから。

 あの失敬な当てつけ専門の三文文士どももほうぼう歩きまわって、わたしどもが足をちゃんと敷石につけて歩いているか、つま先だけで歩いているか、などと観察しているんですよ。そして家に帰ってから、某省に勤める九等官なにがしは靴の先から足の指がむき出しになっており、肘のところも破けている――などとこまごま書き留めて、そんなくだらない代物を出版しているのです……わたしのひじが破れていたって、それがどうしたっていうんだ?

9月5日 わたしの書いた立派な文章の見本お目にかけたかったから、長々と書いた。「君もきっと気づいておられるでしょうが、近ごろわたしの文章にも一種のスタイルができてきた」。

・ファリドーニ…ワルワーラの家の使用人。がさつな男。年がら年じゅうテレーザと口げんかしている。「髪は赤毛、目はやぶにらみ、鼻は獅子っぱな」。ソーセージを買ってくるようにマカールに言いつけられるが、用があるの一点張りで、「あんたはうちの女主人さんにお金を払っていないのだから、わたしもあんたには気味はありません」と言ってのけた。

 

・Ⅴ公爵夫人…文学好きの婦人。ラタジャーエフが出入りしているらしい

 

・ブイコフ氏…アンナ・フョードロヴナの友人。雄牛。10歳くらいだったポクロフスキーを継母から救って、ペテルブルクの学校へ通わせ、アンナ・フョードロヴナにも紹介した。ポクロフスキーの母との関係は、五千ルーブリの持参金からも推測できる。

 これと同じことが、ワルワーラとの間でも持ち上がっている。ワルワーラに持参金を渡すことで、「ワルワーラに対する罪」を償おうとした。

 9月15日に、街頭でフェドーラに会う。その後、「やくざな甥」の遺産相続権をはく奪するために、法律上の相続人をこしらえるために、ワルワーラに結婚を申し込む。マカールには借りを返しておきたいので、500ルーブル差し上げれば満足だろうかと伝える。

 

・ブイコフ氏の伯母…たいへんな年寄り。ひどく散らかったアパートで暮らしている。いまにもなくなりそうだと、ワルワーラが心配している。

 

 

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