逃げてった二月と生老病死

 

 

 「状態が安定しているので、次は2か月後とかでもいいですよ。」

 8週間後というと……

 壁のカレンダーを見上げたとき、ひらひらと「2w後」の付箋が落ちてきました。

 毎日、1日ずつずらされて幾星霜。

 先生がぺたっと貼り付け直すと、またひらひらと。

「春ですね~」

「あっ、私も思いました!」

 

仕事がひと段落したので、ひさしぶりには母の家に行きました。

転倒防止用のポールをつけるのを手伝ってほしいとのことだったので、

やはり後期高齢者であるからなあ……と思ったのですが、

家具が地震で倒れないようにするつっかえ棒のことでした。

蛍光灯も変えました。

ちいかわのライトもらいました。

 

家族ぐるみでお世話になっている教え子のじいとの思い出。

以前、ご家族とカラオケに行ったんですよ。

私はさだまさしの「防人の歌」を歌ったのですが、

「それなんよ~!」と人生の無常に強い共感を寄せてましたね。

私のことを「にいやん」と呼んでくれたよき理解者でした。

 

「生存確認の会」という私と教え子の弁護士と獣医の3人のLINEグループがあり、
年に1~2回だけ会うということをもう10年以上続けてきたのですが、

「先生、私、今度の3月で~になるんですよ」 

「おーー(パチパチ)」

プロポーズを受けた場所が、われわれ3人で前に行った天満のアナゴ屋だったそうで、

残り2人は、よい下見だったとご満悦だったのでした。

 

ハムスターのようにチョコザップで歩きつつ、

なんとか1800ページの辞書を読み終えたり、

出版者向けの仕事をひと段落させたりしました。

 

そんなこんなで2月が終わりました。