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小さな作業療法~其の陸~

永らくお待たせしました、sumaです。




1ヶ月にわたるスランプにより、自粛していたのが本音です(笑)




さて、小さな作業療法シリーズの第6弾となります。




今回は、意欲が低下したクライエントの対応についてお話ししたいと思います。





其の陸「意欲低下は仮の姿」





リハビリがうまくいかないクライエントに対して、「意欲が低下してる」「やる気がない」なんて言う発言はよく聞かれます。




意欲が低下してる、と言いながらも、意欲の評価は行われていないのが現状です。




これはQOLの評価にも同じく言えることです。




僕は作業療法士として、リハビリやりたくない、というクライエントに多く出会ってきました。




ある人は、声のかけ方一つで変わった。



ある人は、運動が嫌いなだけだった。



ある人は、今までやってないことはやりなくないだけだった。



ある人は、できるからいいと、状況が飲み込めてない人もいた。



リハビリを拒否することを、ひとつの行動として捉えると



必ず、理由があります。




理由ってのは、ICFで捉えるとまず間違いなく、クライエントの考えとはずれてしまいます。



それはなぜか。



クライエントはICFなんか知らない。



クライエントは、主観的体験の積み重ねから判断しています。



認知症があるかとか、客観的に認知機能低下の問題も考慮しますが、



直接的な問題にはなりません。



主観的体験が、客観的な事実とは異なって歪んで理解されることはあります。



言うなれば、長谷川が0点でも拒否する人とそうでない人がいます。



だから、勝手に認知機能の問題に落とさないで欲しい。



認知症だから、、、とか、認知機能低下しているから、、、





もうよしましょうよ。





機能じゃなくて、クライエントをみましょう。



昨日じゃなくて、今に向き合い、明日を考えましょう。





さて、じゃあどうすんのか。





一例をあげます。




あるクライエントは、運動嫌いでした。




手作業や塗り絵など、作業活動が好きなクライエント。




認知症を患っており、短期記憶は場面が変わるとエピソードごと抜けてしまう。




見当識は日時、場所ともに認識しておらず、骨折したエピソードも保持されていない。




この方の認知機能が邪魔をしているのは、エピソードが抜けていることで現状の把握がなされておらず、


「リハビリ」を提供するにあたっての目的と理由が本人に理解されにくいことでした。




そこで、骨折エピソードについての説明を行い、リハビリの必要性を理解していただくのも一つですが、



短期記憶が低下し、保持されないこともあり、



毎回のように、「忘れてしまった」という負の感情を与えてしまうことは



辺縁系機能や感情記憶の側面から考えても、適切ではありません。




それよりも、「皆さんと一緒に、作業しませんか」と笑顔で語りかけることで




本人の自尊心を守り、動くための目的と理由を与えることができ




リハビリテーションの参加が円滑になる。





と、こんな風に考えています。





認知機能の低下は、邪魔にはなるけれども




直接的な原因ではないことを、わかっていただけたでしょうか




認知症によって歪み、処理しにくくなった脳機能を




責めるのではなく、支えてあげられたらいいのになって思います。





意欲低下は仮の姿です。





意欲を発せない原因は、別のところにあります。




それは機能ではなく、クライエントを取り巻く状況。




そして明日へつながる、目的を一緒に探しましょう。




つたない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

小さな作業療法~其の伍~

さあさあ、お待たせしました第伍弾!!




えっ、誰も待ってない?(。・ε・。)




そんなことは言わずに宜しくです。




sumaです(*^^*)



さて、今回は一人の事例をご紹介します。




其の伍「夜のトイレ」





あ、怖い話じゃありませんから、お化けが嫌いな方も安心して読みすすめてください。






これは、一人の男性の話。





と息子夫婦と4人で暮らしていた。







ある時、脳梗塞に倒れて入院となった。







運よく、麻痺はほとんど出なかったが、声がうまく出せず、水でもむせるようになってしまった。







元々、家でも妻に介護してもらっていた。







朝には妻と一緒に顔を洗いに行き、







妻がご飯を作っている間に、妻が用意してくれた急須でお茶を入れるのが習慣だった。







朝の緑茶が、とても楽しみだった。












そんなクライエントのお話です。





奥さんが、熱心に介護されていました。





入院中にも、奥さんが朝7時に来院し、朝ごはんを一緒に介助する





昼も、ずっと車椅子で座っているクライエントの横に座り、同じ時間を過ごす。





夕食を介助して、7時ごろに奥さんは家に帰っていました。




さて、問題は夜に起こります。




看護師さんはいつも、朝の報告で疲弊感を顕わにしながら言います。




・ 夜勤帯は眠れていない


・ 5分置きくらいに、ナースコールを押している(一晩で計12~60回)


・ 訪室すると、トイレの時が一晩で10回前後


・ トイレでなく、手を振るだけで、何もない時も多い




それを、奥さんに伝えると「困っちゃうわ、そんなんだったら家でみられない」





夜のトイレの問題が、退院方向にも影響してしまうほどに膨れ上がってきました。





ご本人は失語があり、理解は良好ですが、言語による表出ができません。





看護師さんの意見は、夜勤帯のコールの数を何とかしてほしい





妻の意見は、夜は何とか寝てほしい





では本人は?
























僕は、聞きました。






作業療法士として、正面から向き合いました。






まず何をしたか?





A4の無駄紙を四つにちぎりました。





たくさん。





そして、筆ペンで質問と選択肢を書き入れました。








そこで得られたのが、これ。




まさしく、信念対立が起きていたんです。




現状では、奥さんがオムツと考えるのも無理はありません。




しかし、ご本人は頑ななまでにオムツを拒否します。




一人で、尿器を使うから良いと。





一見、尿器は問題が解消されるように思えますが、



・ 側臥位では出しづらいとの理由から、わざわざ四つん這いになってしまう。

・ 一人ではこぼしてしまうことが多い


という問題があるわけです。



まあ、転ぶ危険が少ないとは言えますが、妻はその度に起きなければいけないので、介護負担は減っていません。




じゃあ、やっぱりオムツかな、、、




と、簡単にオムツにしないでくださいね。




ご本人に聞きましょう、なぜオムツが嫌なのかを。




それが、これです。




そして、続けて尋ねました。







我慢出来ない、とクライエントは答えました。





そこで、奥さんの気持ちを伝えました。





奥さんの、2~3回なら出来る、ということを伝えました。



ふむふむと、少し頷く様子がみられます。




そして、今度はクライエントの我慢の限界を探りました。





寝る時間の、どこでトイレに行きましょうかと。



奥さんの2~3回を汲んで、選んでいきました。




そして、出来上がったのが、これです。








クライエントと妻の信念対立が、解消された瞬間でした。




最後に、「いい」と選んでいただき、内容を了承されました。





これを看護師に即座に伝達。





コールがあったら、時間を伝え、




まだ寝ていても大丈夫ですよと声をかける。





時間になったら、ポータブルトイレに下りる。





やっと目標の共有が、出来ました。





これは、スタートラインです。






小さな作業療法~其の伍~

小さな作業療法~其の肆~

第四弾になります、小さな作業療法!




日常の、ほんの些細なことを書き連ねていきます。



ちなみに、六年目の作業療法士、sumaです。



宜しくどうぞ~m(・ω・)m









其の肆「臨床力を鍛える」





今日は、実習指導についてお話します。




とある学生の話です。






その方は女性で長身


笑顔はややぎこちなく、何でも「はい」と言ってしまいます


会話も流暢ではなく、いつも緊張している様子が窺われます


深海魚?が好きだそうです(詳細は不明)


変わっている、他の人とは違う、ということは自覚しているようです



あ、これ学生のことです(笑)



そんな学生が、ケースの評価を始めた時の話




脳梗塞の既往があり、移乗に介助を要するケース



車椅子で、少しお尻が前にずれていたそうです



学生は姿勢を直そうとしたのですが、やり方がうまくいかなかったようで



ケースから
「やだ。やりたくない」と言われてしまいました。




信頼関係が一日目で崩壊したのです




学生は凹みました




しかしケースの言うことはもっともです




信頼できない人には、リハビリをやってほしくない




だから、学生のケースを変える、という選択肢はあります




しかし、僕らはどうでしょうか?




信頼されるよう、色々なことに配慮しています




学生は、それが足りていなかった




それは、ケースを変えたからといって問題は解決しません




学生は、自分の扱い方を知らねばならんのです




というわけで、ケース続行





絶対に、信頼を取り戻します





しかし、1つの壁





リハビリをしたいケースと、評価をしたい学生の信念対立です





客観的には、評価の時間は重要なのですが




ケースの主観では、時間がもったいないと思うわけです




ただ、説明をして評価をさせてもらうことも可能かとは思いますが




せっかく築こうとしている信頼関係が何一つ積み上がる気がしない




そこでトップダウンかなと。




まず気持ちを汲む。




一緒に、問題を共有する




例えば3つ、問題点が挙がったとして



実際にやってみる



観察、分析する



環境を変えながらやってみる



観察、分析する



どれが良かったですかと、主観を確認する



これからどうしましょう、こうしましょうと目標と方法の選択と共有






そして、明日の内容が決まる






でも、教えるのは中々難しいもんですね。





まあ、馴染みがないのかもしれませんが













 
もっと分かりやすく、伝えられるように頑張ります





(´・ω・`)

小さな作業療法~其の参~

シリーズ3つ目です。



3つ目って、大体のシリーズもんは最終章ですが、僕は人気どうこうに関わらずに書きたいんで書きます(笑)



ほぼ、行き当たりばったりで構成も何も考えずに書き連ねているブログです。



不快な文章であってもお許しくださいませ。



(不快そうだったら目を瞑ってくださいね)




其の参「自分との対話」





息子と、妻との信念対立を抱えているクライエントがいました。



内容は金と約束の問題。



ご本人は、自分に戦える力がないこと(=権利がない)を重要な問題として考えていました。



そこで、本人が選んだプランは「歩くこと 」




歩く練習をして、全身の力をつけました。




初めは30m、60m、あっという間に150mも越えました。



体力はつきました。



しかし、本人の考えている力は残念ながら足りなかった。



そうしている内に、退院が期限付きで決まった。




のんびりと身体を強くするだけではいかなくなった。




しかし、本人は身体を強くしたいと考えてる。




でも時間が足りない。




しかも退院後は自宅じゃなく、本人の望んでいない老健。




めっちゃ腕の良い人は、「数分もあればいけるぜ」みたいなこと言えるのかもしれませんが。



僕は現実的に、今までの一週間で出来なかったことは次の一週間でもそうそう出来ないと考えてしまいます。




少なくとも、同じことをしていたら。




そこで、僕はこう尋ねました。




「今のリハビリは、○○さんが力をつけるのに効率的な方法として取り入れてきました。


でも、次の所はこの練習(シルバーカー歩行練習)をやらせてもらえるかわかりません。


なので、お一人でできる練習を学びませんか?


そして、ご自分がリハビリの先生になりませんか?




(・・;)



目が点とはこのことです(笑)




「まあ、やってみましょうか!」と僕のペースに持ち込み、




平行棒の中で、歩く練習を始めました。




素足で。




平行棒は触りません。




足裏の感覚と自分の正中線に意識を向けてもらいます。




一往復するたびに、声をかけます。




「足裏の感覚はどう感じますか?」

「爪先で地面を掴むようにしてくださいね」

「身体は少し右に傾いているように見えますね、どうですか?」




一つずつ、自分の身体のあちこちに注意を向けてもらいます。




身体の問題を自分で感じる。



どうしたら変わるか、試してみる。



歩きやすさやバランスの取り方がうまくいくかを感じとる



そしてまた身体の問題を探る




このように、ご本人に評価と治療の流れを教えました。




これはご本人が意欲的で、しっかりされていたから出来たことです。




そして注意することはもう1つ。




訓練生活(人生)にはしないことです。




この方は、自分の身体を健康にするために歩く練習を選びました。




ただ、思うのです。




歩く練習は、練習であって作業じゃない。




すなわち、この方は自分を健康にする作業が見つかっていないのです。




僕が授けたのは、作業を見つけるための準備として、選択肢を増やすための身体作りという程度のことでした。




それは、「良い学校に入りなさい」という父親とも似ています。




ただ、父親も然り。




その人の幸せを願う気持ちは同じです。




今は、今この時は、これが必要だと感じています。




作業を見つけるのにも、きっとタイミングがある。




いつでも、どこでもと言うわけではない。





今、その人は黙々と自分の身体を研究しています。




それが、何のためなのか。




それを伝え、さらに励んでいただこうと思います。





自分を健康にする、作業を掴むために。




其の参「自分との対話」

小さな作業療法~其の弐~

さて、始まりました第2弾です。




作業療法の魅力について伝えていきますが、


統計やら、一般論によるマクロの作業療法は教科書や文献で調べてください。



ここでお伝えするのは、ケースバイケースの作業療法。


正解はありませんが、僕なりの答えを記します。



そのミクロの世界を、体験していただきたいと思います。




其の弐「一つの作業が、広がる時」




皆さんは経験ないでしょうか?



一人のクライエントに提供していた作業が、なぜか別の方にも伝染し、いつの間にか皆に拡がっていた。



自分のコントロールの範囲ではないこともありますが、きっと、経験されていることでしょう。



ちなみに、これは作業でないと中々起こり得ません。



体操や歩行練習は、ここまで拡がることはめったにない。



もちろん、ビリーズブートキャンプやボクササイズなどは、ただ体を動かすだけでなく、「健康のために」「痩せるために」などの目的がありますから、作業に含まれることもあると思います。



しかし、ここで言う作業とは、概ね余暇活動にあたるものを指します。



病院だと、セルフケアや機能訓練ばかりで、余暇は帰ってから考えてくれと言わんばかりの対応ではないですか?



まあ、そりゃ医療費削減を考えればそうとも言えるんですが。



病気の治療よりも健康な生活を重要視すると、余暇の重要性にも目を向けられるはずです。



あ、前置きが長いですね(笑)



では、始めましょう。





其の弐「一つの作業が、広がる時」




クライエントは、全部で四人。



登場の順番に合わせて、アルファベットで表すことにする。




Aさんは足の骨折をして入院した。


入院後、手術して間もなく、夫が他界すると言う悲劇を経験した。


彼女は家事全般を役割とし、夫と経営してきた店を手伝ってきた。


70歳台の女性である。



Aさんは、夫のいた家で一人暮らしを続けるため、歩く練習や家事練習、入浴練習を頑張った。



しかし、部屋では寝て過ごすことが多かった。




Bさんは、癌を患った80台の女性である。



毎日が、痛みとの戦いだった。



痛い痛いと、昼間は至るところに湿布を貼るよう頼み、



痛い痛いと、夜中には座薬をいれてもらうよう頼んだ。




しかし、自ら歩く練習をしたり、他人と話しているときは気が紛れるようだった。




Cさんは、認知機能が低下し、新しいことを覚えるのに時間のかかる方だった。


それは90歳台ということも少なからず影響している。


しかし人一倍、手芸に興味を持ち、覚えようとする意欲の高い方だった。






さて、これら三人を紡ぐ物語は、四人目のDさんから始まる。




Dさんは、脚立から落ちて、腰椎と右前腕の骨折をした80歳台の女性である。



脚立に登るほど、元気でパワフルな方だ。



前腕のROM目的でOTが処方されたが、、、



日常生活には問題ないだろうという医師の判断で、四日後に帰ることになった。



 
僕は四日間で、何ができるかを考えた。




一つは、セルフエクササイズの指導。



可動域制限が残らないように、運動の仕方やケアの方法を伝えた。




一つは、家事動作の確認。



元々、家事全般をこなしていた方だったので、洗濯の時に脚立に上らないように物干し竿の高さを低くしてもらい、安全性を確認した。




そして、もう一つが、余暇の再獲得である。




この方は、デイサービスで様々な作業に触れてこられていた。



中でも、くす玉作りは「私得意だったわよ」と自慢げに話され、

リハビリでないことを分かっていながら「やっちゃう?」と冗談めいた発言をされていた。



そんなDさんに、僕は提案した。



「くす玉作りは、右手を使う意味でもとても良い作業です。良ければ、皆さんに教えてくれませんか?」



そして、Aさんを誘った。



たった30分。



折り紙でくす玉を折り続けた。



僕は折り紙を4等分に切って、二人に渡した。


二人は残った分を、部屋でやろうと約束をして持ち帰った。



僕はやりやすいように、箱に折り紙とハサミとのりを入れて、やりやすいようにした。



そして病室でAさんとDさん、そしていつの間にかCさんが中に入り、教えてもらっていた。



翌日、Dさんは自宅に帰った。



しかしAさんとCさんは、くす玉作りを止めなかった。



いつもお世話になってる看護師さんに。



家族に。



部屋の人に。



気づけば、AさんとCさんはくす玉の先生になってた。



そこにBさんが看護師に連れられて、くす玉作りを見に来た。



次の日には、三人とも一緒に部屋に集まって、くす玉を黙々と作っていた。



Aさんは自分から起きて、くす玉作りをやりながら過ごすことが多くなった。



Bさんは、自分から痛いと言うことは明らかに少なくなっていた。



Cさんは、新たにくす玉作りという作業を覚えることができた。




Dさんがきっかけとなり、



くす玉という一つの作業が、広がった。



其の弐「一つの作業が、広がる時」



歩行練習や機能訓練では、このような物語が紡がれることはなかったように思う。



OTはそれぞれの物語が逸れて崩れないように手を差しのべ、

より良い交差点で出会う機会を提供出来ればなと思う。



素敵な出会いは、何歳になってもあるもんですよ。