小さな作業療法~其の壱~
こんにちわ、sumaです。
ブログを見返してみると、大概が独り言で、概念や抽象的な言論しかしていないことに今更ながら気づきました。
まあ、独り言ブログなんで構わんのですが、
少しでも読者に有益な情報を提供するのには、そろそろ概念的なことだけじゃなくて、実践的なことを伝えようと思いました。
そんなわけで、「小さな作業療法」と題して、作業療法の実践シリーズを始めたいと思います。
其の壱「変化は少しずつ」
あるクライエントが、落ち込んでいた。
大脳皮質基底核変性症と診断された60歳台の女性である。
鬱病の既往もあり、抑うつ状態になることは稀と言うわけではない。
しかし、その日は特に落ち込んでいた。
※皆さんなら、どう解決するだろうか?考えながら読んでいただきたい。※
午前中、PTが関わった後、PTは「今日はダメだよ、うつがすごい」と僕に伝えてくれた。
部屋の外から覗くと、心なしか頭が垂れており、落ち込んでいるのは目に見えて分かった。
まず1つ目。
皆さんもよくやるのではないだろうか。
時間が解決するかを探った。すなわち、放っておくということである。
一見非情に見えるかもしれないが、心情として放っておいてほしい、と言われる方もいる。
その見極めの時間。研究でいうとベースライン期である。
それはすなわち、本人の自己処理能力に期待してのことである。
しかし、それは困難であった。
午後に訪室すると、午前中と同じように頭が垂れ下がっていた。
これは、誰かが関わらないといい方向には変わらない、ということである。
2つ目。
原因を探った。
変化を及ぼした事象の特定である。
何か言われたのか、されたのか
何かを見てしまったのか、嫌な出来事があったのか
しかし尋ねてみても、「何もない」と返事をされる。
いや、あるのはあかさまなのだが。
ご本人はどうも、口に出したくないようだった。
すると、原因の探索はご本人が望んでいることではないことがわかった。
さて、一度整理してみると
①原因は分からないが、いつもの介入をルーチンで行う
→PTの対応
②原因が分からないため、介入は行わない
→午前のOTの対応
③原因が分からないため、原因を探る
→午後のOT前半の対応
となる。
これらの選択肢は、いずれも失敗である。
そこで、4つ目の介入方法が必要となる。
それが「小さな作業療法」である。
では、本文に戻ろう。
クライエントに、リハビリに行くかを尋ねると「はい・・・」と答えた。
その曖昧さを逆手にとり、まずOT室へ連れていった。
『場所を変えた』のである。
しかし、時間と場所を変えても、大して変わらなかった。
昨日は、クライエントの手を持って、一緒に字を書くという作業を導入した。
介護をしてくれる旦那さんに、「ありがとう」と書いたのである。
しかし、それを提示しても、まだ眉間にしわが寄り、笑顔はみられなかった。
むすっと口を横にしたまま、乗り気でないその手を取り、筆を持った。
言葉は、今の自分の気持ちを書こうと提案した。
考えることは難しそうだったので、僕が何個か提案し、1つ選んでもらった。
クライエントが「うーん、そうねえ」と答えた言葉は
「生きるのはむずかしい」
言葉にするにも心苦しいことだった。
しかし、クライエントがそれを選んだことは、例え暗い言葉でも『意志の表出』だと思った。
よし、まずは一歩だと言い聞かせながら、筆をそっと白い紙に歩ませた。
「生」を書いた瞬間、眉間のしわが取れた
「き」を書いた瞬間、頬がぴくぴくと動いた
「る」を書いた瞬間、「いいわね」と氷が音をたてて溶けた
「生きることはむずかしい」
書き終えた後、僕は改めて尋ねた。
「これだけじゃ、寂しいですね」と。
すると本人も「そうね」と頷いた。
僕はもう一文書きましょうと提案した。
本人は「何て書くの?」とその言葉に興味を向けた。
そして、完成したのが、この作品である。

帰り際、「先生、ありがとう」と言って笑った。
僕は「少しは元気出ましたか?」と尋ねた。
本人は「うん」と頷いて、部屋に帰るとき
顔を上げて、前を見つめていた。
其の壱「変化は少しずつ」完
作業が人を元気にする、という作業療法のキャッチコピーを現したものです。
一文字書く毎に、表情が緩むクライエント。
気にしていたことから、作業によって少しずつ心が解かれたものと思います。
原因追及に拘らず、クライエントが笑うこと、意志を出すことに焦点を当てて、慎重かつ大胆にやってみました。
これはたった一日で起きた出来事です。
こんな風に、臨床での考えや感動を伝えていければな、と思います。
ブログを見返してみると、大概が独り言で、概念や抽象的な言論しかしていないことに今更ながら気づきました。
まあ、独り言ブログなんで構わんのですが、
少しでも読者に有益な情報を提供するのには、そろそろ概念的なことだけじゃなくて、実践的なことを伝えようと思いました。
そんなわけで、「小さな作業療法」と題して、作業療法の実践シリーズを始めたいと思います。
其の壱「変化は少しずつ」
あるクライエントが、落ち込んでいた。
大脳皮質基底核変性症と診断された60歳台の女性である。
鬱病の既往もあり、抑うつ状態になることは稀と言うわけではない。
しかし、その日は特に落ち込んでいた。
※皆さんなら、どう解決するだろうか?考えながら読んでいただきたい。※
午前中、PTが関わった後、PTは「今日はダメだよ、うつがすごい」と僕に伝えてくれた。
部屋の外から覗くと、心なしか頭が垂れており、落ち込んでいるのは目に見えて分かった。
まず1つ目。
皆さんもよくやるのではないだろうか。
時間が解決するかを探った。すなわち、放っておくということである。
一見非情に見えるかもしれないが、心情として放っておいてほしい、と言われる方もいる。
その見極めの時間。研究でいうとベースライン期である。
それはすなわち、本人の自己処理能力に期待してのことである。
しかし、それは困難であった。
午後に訪室すると、午前中と同じように頭が垂れ下がっていた。
これは、誰かが関わらないといい方向には変わらない、ということである。
2つ目。
原因を探った。
変化を及ぼした事象の特定である。
何か言われたのか、されたのか
何かを見てしまったのか、嫌な出来事があったのか
しかし尋ねてみても、「何もない」と返事をされる。
いや、あるのはあかさまなのだが。
ご本人はどうも、口に出したくないようだった。
すると、原因の探索はご本人が望んでいることではないことがわかった。
さて、一度整理してみると
①原因は分からないが、いつもの介入をルーチンで行う
→PTの対応
②原因が分からないため、介入は行わない
→午前のOTの対応
③原因が分からないため、原因を探る
→午後のOT前半の対応
となる。
これらの選択肢は、いずれも失敗である。
そこで、4つ目の介入方法が必要となる。
それが「小さな作業療法」である。
では、本文に戻ろう。
クライエントに、リハビリに行くかを尋ねると「はい・・・」と答えた。
その曖昧さを逆手にとり、まずOT室へ連れていった。
『場所を変えた』のである。
しかし、時間と場所を変えても、大して変わらなかった。
昨日は、クライエントの手を持って、一緒に字を書くという作業を導入した。
介護をしてくれる旦那さんに、「ありがとう」と書いたのである。
しかし、それを提示しても、まだ眉間にしわが寄り、笑顔はみられなかった。
むすっと口を横にしたまま、乗り気でないその手を取り、筆を持った。
言葉は、今の自分の気持ちを書こうと提案した。
考えることは難しそうだったので、僕が何個か提案し、1つ選んでもらった。
クライエントが「うーん、そうねえ」と答えた言葉は
「生きるのはむずかしい」
言葉にするにも心苦しいことだった。
しかし、クライエントがそれを選んだことは、例え暗い言葉でも『意志の表出』だと思った。
よし、まずは一歩だと言い聞かせながら、筆をそっと白い紙に歩ませた。
「生」を書いた瞬間、眉間のしわが取れた
「き」を書いた瞬間、頬がぴくぴくと動いた
「る」を書いた瞬間、「いいわね」と氷が音をたてて溶けた
「生きることはむずかしい」
書き終えた後、僕は改めて尋ねた。
「これだけじゃ、寂しいですね」と。
すると本人も「そうね」と頷いた。
僕はもう一文書きましょうと提案した。
本人は「何て書くの?」とその言葉に興味を向けた。
そして、完成したのが、この作品である。

帰り際、「先生、ありがとう」と言って笑った。
僕は「少しは元気出ましたか?」と尋ねた。
本人は「うん」と頷いて、部屋に帰るとき
顔を上げて、前を見つめていた。
其の壱「変化は少しずつ」完
作業が人を元気にする、という作業療法のキャッチコピーを現したものです。
一文字書く毎に、表情が緩むクライエント。
気にしていたことから、作業によって少しずつ心が解かれたものと思います。
原因追及に拘らず、クライエントが笑うこと、意志を出すことに焦点を当てて、慎重かつ大胆にやってみました。
これはたった一日で起きた出来事です。
こんな風に、臨床での考えや感動を伝えていければな、と思います。
難しい、けど不可能じゃない
僕は、いつも思います。
諦めたら、そこで試合終了ですよ by安西先生
この言葉は、子供の頃から僕に勇気と頑固さを与えてくれました(笑)
五年間、僕はOTとしてのアイデンティティーを確立できず、悩みに悩んで迷走していました。
始めのころ、クライエント中心主義には賛同しながらも、対象者は限定されると思っていましたし、
病院では、還元主義が求められるものだと思っていました。
しかし心の中で、これがOTなのか??と自問自答していました。
そんな時、愚痴さんのブログに出会いました。
五年間で初めて、「これだ」と思ったのです。
僕がやりたかったことを、こんなにも分かりやすく伝えてくれる人がいた。
自分の中の、なりたい自分に「いいね!」と初めて押せた気分でした。
そして、以前から少しずつ行っていたMOHOの勉強に拍車がかかり、ナラティブを重要視するようになり、エビデンスはクライエントが必要だと感じたことを実現するために徹底的に使いました。
そして五月の湘南OTオールスター。
知らないだけで、こんなにも仲間がいたのかと泣きそうになりました。
あんなにもドキドキワクワクした研修会は初めてでしたし、OTとしてやっと一歩進めたと感じられた瞬間でした。
しかし、同僚に伝えようとすると、、、
(僕の伝え方が下手なのですが)
「やって」と言うと「えーっ」って言う
「出来る?」と言うと「難しい」って言う
「じゃあいいや」と言うと「はい」って言う
「やる気がないのでしょうか?」
「いいえ、成功要因が少ないからです」
ってな感じで、OBPは受け入れにくい状態。
難しいですよ、そりゃ何事も。
今まで通りがいいですよ、楽ですから。
僕は昔、OTに夢ばかり見ていました。
社会に出て、現実はこうなんだと一度は諦めました。
でも、再度OTの素晴らしさに気づいたとき、また夢が見れるようになったんです。
夢のようなOTは、海外のエキスパート集団やハイテク技術を駆使したものでもなく、
ごくごく普通の日常に、身近なところにあったことに気づいたんです。
大したことはできません。
でも、その人にとって意味のあることを積み重ねていく。
そんな日常が送れるように、そっと導く。
そんな作業療法が、大好きです。
僕は、いつも安西先生の言葉を思い出します。
そして、えーって言ったり、難しいって言ったり、諦めそうになってる後輩たちに、こう問います。
「難しい、けど不可能じゃない」
エビデンスは諦めの言い訳じゃありません。
可能化の実現のためのエビデンス。
作業療法の可能性は、あなたの諦めの悪さにかかっていますよ。
(どんな終わり方だ(笑))
諦めたら、そこで試合終了ですよ by安西先生
この言葉は、子供の頃から僕に勇気と頑固さを与えてくれました(笑)
五年間、僕はOTとしてのアイデンティティーを確立できず、悩みに悩んで迷走していました。
始めのころ、クライエント中心主義には賛同しながらも、対象者は限定されると思っていましたし、
病院では、還元主義が求められるものだと思っていました。
しかし心の中で、これがOTなのか??と自問自答していました。
そんな時、愚痴さんのブログに出会いました。
五年間で初めて、「これだ」と思ったのです。
僕がやりたかったことを、こんなにも分かりやすく伝えてくれる人がいた。
自分の中の、なりたい自分に「いいね!」と初めて押せた気分でした。
そして、以前から少しずつ行っていたMOHOの勉強に拍車がかかり、ナラティブを重要視するようになり、エビデンスはクライエントが必要だと感じたことを実現するために徹底的に使いました。
そして五月の湘南OTオールスター。
知らないだけで、こんなにも仲間がいたのかと泣きそうになりました。
あんなにもドキドキワクワクした研修会は初めてでしたし、OTとしてやっと一歩進めたと感じられた瞬間でした。
しかし、同僚に伝えようとすると、、、
(僕の伝え方が下手なのですが)
「やって」と言うと「えーっ」って言う
「出来る?」と言うと「難しい」って言う
「じゃあいいや」と言うと「はい」って言う
「やる気がないのでしょうか?」
「いいえ、成功要因が少ないからです」
ってな感じで、OBPは受け入れにくい状態。
難しいですよ、そりゃ何事も。
今まで通りがいいですよ、楽ですから。
僕は昔、OTに夢ばかり見ていました。
社会に出て、現実はこうなんだと一度は諦めました。
でも、再度OTの素晴らしさに気づいたとき、また夢が見れるようになったんです。
夢のようなOTは、海外のエキスパート集団やハイテク技術を駆使したものでもなく、
ごくごく普通の日常に、身近なところにあったことに気づいたんです。
大したことはできません。
でも、その人にとって意味のあることを積み重ねていく。
そんな日常が送れるように、そっと導く。
そんな作業療法が、大好きです。
僕は、いつも安西先生の言葉を思い出します。
そして、えーって言ったり、難しいって言ったり、諦めそうになってる後輩たちに、こう問います。
「難しい、けど不可能じゃない」
エビデンスは諦めの言い訳じゃありません。
可能化の実現のためのエビデンス。
作業療法の可能性は、あなたの諦めの悪さにかかっていますよ。
(どんな終わり方だ(笑))
OTの役割
たくさんの方々が、OTをやられているすべての人が、この問題について考えてきたと思います。
OTの役割とは。
そして、そのことについてものすごく悩んでいるのが、誰でもなくOT自身です。
学生の頃から千差万別の先生方に囲まれて、定義の曖昧さに悩まされ、何でもありで、多様性と広領域にわたるこの職種。
正直、そこで役割を明確にしろと言われても、難しく感じていました。
それはそれは、5年もの間(笑)
しかし諦めてはいけない問題です。
そこで僕は、OTのことを何とか知ってほしい、OTの役割を明らかにしたいと考えるようになりました。
はじめに、事例報告を重ねました。
OTの視点、評価、介入方法についてを伝達。
OTの評価を使って、OTらしい作業に焦点を当てた介入を行い、クライエントの変化を見えるように伝える。
そこで得られるOTの役割とは、
・主観的側面を捉え、主体性を引き出す方法を見つける
・意欲低下や認知機能低下にて運動療法に適応しないクライエントへの対処方法を見つける
・生活障害に対して多角的な視点から介入方法を見つける
ことと考えられました。
ただ、これはOTというか僕の考える役割であって、つまりは内的期待というやつです。
では、反対に外的期待はどうなんだ?となるわけです。
そこで、過去2年間のOT処方を遡り、PTのみの処方とOTのみの処方、PT・OTの処方の3グループに分けて分析してみました。
すなわち、他職種がOTに求める役割ってことですね。
結果、の前にですね。
そもそもの目的は、内的期待との不一致がどれだけあるか、ということですが、内的期待にあげた3つの役割を検証するには対象者属性の分析では足りません。
したがって、一先ずはOTの処方状況を整理する、という所に重きを置きました。
さて結果は、
PTのみ→在院日数が短く、要介護度も低い対象者が多い。特に運動器の処方が主。
OTのみ→処方数は少ないが、PTのみと同じく在院日数が短く、要介護の低い対象者が多い。
PT・OT→要介護は重度化、在院日数はばらつきはあるが長い傾向にあった。運動器、廃用が多く、中でも入院前との生活状況の変化が著しい場合に処方が多い。
となりました。
こうみると、OTのみの処方は、PTのみの処方と同じ内容であり、PTの代わりとしての役割を求められていると感じました。
PT・OTの双方に処方が必要な対象者は、
・PTのみでは対処困難な事例
・入院期間の延長が予想される事例
・二部門の介入にて効果増大が見込まれる事例
が挙げられました。
さらに詳しく分類すると、上肢の骨折等の疾患もOTの役割には入ってきます。
要するに、概ねはOTの役割は理解されていると言ったところでしょうか。
ただ、概ねです。
とりあえずここら辺にして。
次はPT、ST、NSなどに対して、アンケート調査を行い、OT役割の認識状況を明らかにしたいと思います。
OTの役割とは。
そして、そのことについてものすごく悩んでいるのが、誰でもなくOT自身です。
学生の頃から千差万別の先生方に囲まれて、定義の曖昧さに悩まされ、何でもありで、多様性と広領域にわたるこの職種。
正直、そこで役割を明確にしろと言われても、難しく感じていました。
それはそれは、5年もの間(笑)
しかし諦めてはいけない問題です。
そこで僕は、OTのことを何とか知ってほしい、OTの役割を明らかにしたいと考えるようになりました。
はじめに、事例報告を重ねました。
OTの視点、評価、介入方法についてを伝達。
OTの評価を使って、OTらしい作業に焦点を当てた介入を行い、クライエントの変化を見えるように伝える。
そこで得られるOTの役割とは、
・主観的側面を捉え、主体性を引き出す方法を見つける
・意欲低下や認知機能低下にて運動療法に適応しないクライエントへの対処方法を見つける
・生活障害に対して多角的な視点から介入方法を見つける
ことと考えられました。
ただ、これはOTというか僕の考える役割であって、つまりは内的期待というやつです。
では、反対に外的期待はどうなんだ?となるわけです。
そこで、過去2年間のOT処方を遡り、PTのみの処方とOTのみの処方、PT・OTの処方の3グループに分けて分析してみました。
すなわち、他職種がOTに求める役割ってことですね。
結果、の前にですね。
そもそもの目的は、内的期待との不一致がどれだけあるか、ということですが、内的期待にあげた3つの役割を検証するには対象者属性の分析では足りません。
したがって、一先ずはOTの処方状況を整理する、という所に重きを置きました。
さて結果は、
PTのみ→在院日数が短く、要介護度も低い対象者が多い。特に運動器の処方が主。
OTのみ→処方数は少ないが、PTのみと同じく在院日数が短く、要介護の低い対象者が多い。
PT・OT→要介護は重度化、在院日数はばらつきはあるが長い傾向にあった。運動器、廃用が多く、中でも入院前との生活状況の変化が著しい場合に処方が多い。
となりました。
こうみると、OTのみの処方は、PTのみの処方と同じ内容であり、PTの代わりとしての役割を求められていると感じました。
PT・OTの双方に処方が必要な対象者は、
・PTのみでは対処困難な事例
・入院期間の延長が予想される事例
・二部門の介入にて効果増大が見込まれる事例
が挙げられました。
さらに詳しく分類すると、上肢の骨折等の疾患もOTの役割には入ってきます。
要するに、概ねはOTの役割は理解されていると言ったところでしょうか。
ただ、概ねです。
とりあえずここら辺にして。
次はPT、ST、NSなどに対して、アンケート調査を行い、OT役割の認識状況を明らかにしたいと思います。
絵空事
こないだ考えていた脳卒中スクリーニング評価についてですが、できました。
かなーり、簡単にまとまることになりました。
順番は、何が問題で、何を目標として、どうやっていくのか。
問題の中には、学習能力と姿勢制御を入れて、アプローチに使える評価(ストレングス)を加えました。
もうブルンストロームもやめてFugl-Meyer assessmentの上肢項目にしました。
目標には、COPMとMALを使います
そして、介入方法は3つ
①セラピストと一緒に行う練習
②自分で行う練習
③日常生活で使う練習
これを通して、初期からトランスファーパッケージのようにやれたらいいなと思います。
さて、今度は使ってみる。
ではでは、独り言でした(笑)
かなーり、簡単にまとまることになりました。
順番は、何が問題で、何を目標として、どうやっていくのか。
問題の中には、学習能力と姿勢制御を入れて、アプローチに使える評価(ストレングス)を加えました。
もうブルンストロームもやめてFugl-Meyer assessmentの上肢項目にしました。
目標には、COPMとMALを使います
そして、介入方法は3つ
①セラピストと一緒に行う練習
②自分で行う練習
③日常生活で使う練習
これを通して、初期からトランスファーパッケージのようにやれたらいいなと思います。
さて、今度は使ってみる。
ではでは、独り言でした(笑)
脳卒中のスクリーニング評価
さあ、これは信念対立の問題です。
うちの病院は、脳卒中に対する共通した評価用紙はありません。
個々に必要とする評価を行うのみです。
しかし、上司は脳卒中に対する共通した評価用紙を求めています。
確かに、教育や公平な評価、介入の観点から言えば共通した評価用紙は必要なものと思われます。
しかし、上司は握力、上田グレード、感覚、ROMなど基本的な評価を重要視しております。
さあ、僕の信念としては、
「そんなベーシックな評価をしたところで、何になるのか?」という疑問からきてます。
つまりは、ボトムアップとトップダウンの信念対立であります。
まあ、僕は機能評価が必要ないとは考えておりません。
現に、僕が回復期で個人的に使用している評価には、
・HDS-R
・握力
・STEF
・片脚立位
・10m歩行
をスタンダードに入れております。
もちろん、FAIや作業バランス、COPMは当然のように入っており、ついでにGSES,VAS -QOLを評価してます。
さらに言うなれば、クライエントの目標を決めるのは、クライエントとの面接を通した協業の過程にあるものです。
だからこそ、脳卒中のスクリーニング評価をしたところで、目標は決まんないわ、プランは決まんないわ、意味ないじゃんってことです。
それは、学生レベルの評価用紙だからです。
ただ、上司に要らないともいえず、かと言ってただ黙って言いなりっつーのも面白くありません(笑)
そこで、信念対立解明アプローチになぞって、お互いの共通理解、共通目標を考えることにしました。
上司は、部下(僕たち)に対して心身機能の評価が足りないと思っている。
脳卒中に対しては、早期の機能回復が見込まれており、上司の言うように心身機能の評価は重要です。
僕は、基本的には作業に焦点を当てたトップダウンアプローチを重要視していますが、脳卒中に対してはボトムアップアプローチも同時に必要と思われます。
ただ、上司の意見に反対する理由としては、心身機能のスクリーニング評価を以て目標とアプローチを決めようとすることにあります。
目標とアプローチは、全体像を踏まえてクライエントとの面接によって決めているので、一方的な評価とプランニングは致しかねます。
さあさあ、信念対立真っ最中です(笑)
ここで僕らが妥協案を出せばいいのかなとも思いますが、、、
どうですか?
クライエントにとって無意味な時間や労力は与えたくないものです。
それは同時に、自分達がその評価を行うということの意味付けが必要なわけです。
妥協なんか、してたまるか。
あ、感情的になってませんからね(笑)ごくごく、冷静に考えてますからご心配なく。
ってなわけで、妥協はせずに、お互いに共通した理由、目的を持った案を考えてみました。
いわゆるウィンウィン案というやつです(ダサっ笑)
そこで、脳卒中に対するスクリーニング評価はやめました。
スクリーニング?いりません。
僕が使いたいのは、最大公約数みたいな表面的な評価用紙じゃありません。
上司が機能評価にこだわるならば、そこをトコトン掘り下げた評価用紙を作ろうじゃないかと。
普通の評価は、いわゆる機能障害に焦点を当てていますよね。
でも、皆さんがアプローチするときはどうでしょう?
この方は運動イメージが保たれているとか、視覚誘導が入りやすいとか、足底刺激が姿勢保持に有効だとか、評価用紙にないところからアプローチを考えていませんか?
僕は、そこに着目してみました。
普通の検査・測定がハードな評価だとしたら、観察やハンドリングから得られるソフトな評価を項目にいれようと思います。
そして、アプローチに使えそうなプラスな項目もチェックする。
全体の目標やアプローチを決める評価用紙ではなく、あくまで上肢機能と高次脳障害に限定した機能訓練の手法を選択するための評価用紙として活用しようかと思います。
それならば、上司の機能訓練への意気込みを汲んだことにもなり、僕らの機能訓練に対する有用な評価として、行う意味付けもできました。
あとは、それを実行に移すのみです(笑)
(まだやってないんかい(笑))
ではでは。
うちの病院は、脳卒中に対する共通した評価用紙はありません。
個々に必要とする評価を行うのみです。
しかし、上司は脳卒中に対する共通した評価用紙を求めています。
確かに、教育や公平な評価、介入の観点から言えば共通した評価用紙は必要なものと思われます。
しかし、上司は握力、上田グレード、感覚、ROMなど基本的な評価を重要視しております。
さあ、僕の信念としては、
「そんなベーシックな評価をしたところで、何になるのか?」という疑問からきてます。
つまりは、ボトムアップとトップダウンの信念対立であります。
まあ、僕は機能評価が必要ないとは考えておりません。
現に、僕が回復期で個人的に使用している評価には、
・HDS-R
・握力
・STEF
・片脚立位
・10m歩行
をスタンダードに入れております。
もちろん、FAIや作業バランス、COPMは当然のように入っており、ついでにGSES,VAS -QOLを評価してます。
さらに言うなれば、クライエントの目標を決めるのは、クライエントとの面接を通した協業の過程にあるものです。
だからこそ、脳卒中のスクリーニング評価をしたところで、目標は決まんないわ、プランは決まんないわ、意味ないじゃんってことです。
それは、学生レベルの評価用紙だからです。
ただ、上司に要らないともいえず、かと言ってただ黙って言いなりっつーのも面白くありません(笑)
そこで、信念対立解明アプローチになぞって、お互いの共通理解、共通目標を考えることにしました。
上司は、部下(僕たち)に対して心身機能の評価が足りないと思っている。
脳卒中に対しては、早期の機能回復が見込まれており、上司の言うように心身機能の評価は重要です。
僕は、基本的には作業に焦点を当てたトップダウンアプローチを重要視していますが、脳卒中に対してはボトムアップアプローチも同時に必要と思われます。
ただ、上司の意見に反対する理由としては、心身機能のスクリーニング評価を以て目標とアプローチを決めようとすることにあります。
目標とアプローチは、全体像を踏まえてクライエントとの面接によって決めているので、一方的な評価とプランニングは致しかねます。
さあさあ、信念対立真っ最中です(笑)
ここで僕らが妥協案を出せばいいのかなとも思いますが、、、
どうですか?
クライエントにとって無意味な時間や労力は与えたくないものです。
それは同時に、自分達がその評価を行うということの意味付けが必要なわけです。
妥協なんか、してたまるか。
あ、感情的になってませんからね(笑)ごくごく、冷静に考えてますからご心配なく。
ってなわけで、妥協はせずに、お互いに共通した理由、目的を持った案を考えてみました。
いわゆるウィンウィン案というやつです(ダサっ笑)
そこで、脳卒中に対するスクリーニング評価はやめました。
スクリーニング?いりません。
僕が使いたいのは、最大公約数みたいな表面的な評価用紙じゃありません。
上司が機能評価にこだわるならば、そこをトコトン掘り下げた評価用紙を作ろうじゃないかと。
普通の評価は、いわゆる機能障害に焦点を当てていますよね。
でも、皆さんがアプローチするときはどうでしょう?
この方は運動イメージが保たれているとか、視覚誘導が入りやすいとか、足底刺激が姿勢保持に有効だとか、評価用紙にないところからアプローチを考えていませんか?
僕は、そこに着目してみました。
普通の検査・測定がハードな評価だとしたら、観察やハンドリングから得られるソフトな評価を項目にいれようと思います。
そして、アプローチに使えそうなプラスな項目もチェックする。
全体の目標やアプローチを決める評価用紙ではなく、あくまで上肢機能と高次脳障害に限定した機能訓練の手法を選択するための評価用紙として活用しようかと思います。
それならば、上司の機能訓練への意気込みを汲んだことにもなり、僕らの機能訓練に対する有用な評価として、行う意味付けもできました。
あとは、それを実行に移すのみです(笑)
(まだやってないんかい(笑))
ではでは。