小さな作業療法~其の参~
シリーズ3つ目です。
3つ目って、大体のシリーズもんは最終章ですが、僕は人気どうこうに関わらずに書きたいんで書きます(笑)
ほぼ、行き当たりばったりで構成も何も考えずに書き連ねているブログです。
不快な文章であってもお許しくださいませ。
(不快そうだったら目を瞑ってくださいね)
其の参「自分との対話」
息子と、妻との信念対立を抱えているクライエントがいました。
内容は金と約束の問題。
ご本人は、自分に戦える力がないこと(=権利がない)を重要な問題として考えていました。
そこで、本人が選んだプランは「歩くこと 」
歩く練習をして、全身の力をつけました。
初めは30m、60m、あっという間に150mも越えました。
体力はつきました。
しかし、本人の考えている力は残念ながら足りなかった。
そうしている内に、退院が期限付きで決まった。
のんびりと身体を強くするだけではいかなくなった。
しかし、本人は身体を強くしたいと考えてる。
でも時間が足りない。
しかも退院後は自宅じゃなく、本人の望んでいない老健。
めっちゃ腕の良い人は、「数分もあればいけるぜ」みたいなこと言えるのかもしれませんが。
僕は現実的に、今までの一週間で出来なかったことは次の一週間でもそうそう出来ないと考えてしまいます。
少なくとも、同じことをしていたら。
そこで、僕はこう尋ねました。
「今のリハビリは、○○さんが力をつけるのに効率的な方法として取り入れてきました。
でも、次の所はこの練習(シルバーカー歩行練習)をやらせてもらえるかわかりません。
なので、お一人でできる練習を学びませんか?
そして、ご自分がリハビリの先生になりませんか?」
(・・;)
目が点とはこのことです(笑)
「まあ、やってみましょうか!」と僕のペースに持ち込み、
平行棒の中で、歩く練習を始めました。
素足で。
平行棒は触りません。
足裏の感覚と自分の正中線に意識を向けてもらいます。
一往復するたびに、声をかけます。
「足裏の感覚はどう感じますか?」
「爪先で地面を掴むようにしてくださいね」
「身体は少し右に傾いているように見えますね、どうですか?」
一つずつ、自分の身体のあちこちに注意を向けてもらいます。
身体の問題を自分で感じる。
どうしたら変わるか、試してみる。
歩きやすさやバランスの取り方がうまくいくかを感じとる
そしてまた身体の問題を探る
このように、ご本人に評価と治療の流れを教えました。
これはご本人が意欲的で、しっかりされていたから出来たことです。
そして注意することはもう1つ。
訓練生活(人生)にはしないことです。
この方は、自分の身体を健康にするために歩く練習を選びました。
ただ、思うのです。
歩く練習は、練習であって作業じゃない。
すなわち、この方は自分を健康にする作業が見つかっていないのです。
僕が授けたのは、作業を見つけるための準備として、選択肢を増やすための身体作りという程度のことでした。
それは、「良い学校に入りなさい」という父親とも似ています。
ただ、父親も然り。
その人の幸せを願う気持ちは同じです。
今は、今この時は、これが必要だと感じています。
作業を見つけるのにも、きっとタイミングがある。
いつでも、どこでもと言うわけではない。
今、その人は黙々と自分の身体を研究しています。
それが、何のためなのか。
それを伝え、さらに励んでいただこうと思います。
自分を健康にする、作業を掴むために。
其の参「自分との対話」
3つ目って、大体のシリーズもんは最終章ですが、僕は人気どうこうに関わらずに書きたいんで書きます(笑)
ほぼ、行き当たりばったりで構成も何も考えずに書き連ねているブログです。
不快な文章であってもお許しくださいませ。
(不快そうだったら目を瞑ってくださいね)
其の参「自分との対話」
息子と、妻との信念対立を抱えているクライエントがいました。
内容は金と約束の問題。
ご本人は、自分に戦える力がないこと(=権利がない)を重要な問題として考えていました。
そこで、本人が選んだプランは「歩くこと 」
歩く練習をして、全身の力をつけました。
初めは30m、60m、あっという間に150mも越えました。
体力はつきました。
しかし、本人の考えている力は残念ながら足りなかった。
そうしている内に、退院が期限付きで決まった。
のんびりと身体を強くするだけではいかなくなった。
しかし、本人は身体を強くしたいと考えてる。
でも時間が足りない。
しかも退院後は自宅じゃなく、本人の望んでいない老健。
めっちゃ腕の良い人は、「数分もあればいけるぜ」みたいなこと言えるのかもしれませんが。
僕は現実的に、今までの一週間で出来なかったことは次の一週間でもそうそう出来ないと考えてしまいます。
少なくとも、同じことをしていたら。
そこで、僕はこう尋ねました。
「今のリハビリは、○○さんが力をつけるのに効率的な方法として取り入れてきました。
でも、次の所はこの練習(シルバーカー歩行練習)をやらせてもらえるかわかりません。
なので、お一人でできる練習を学びませんか?
そして、ご自分がリハビリの先生になりませんか?」
(・・;)
目が点とはこのことです(笑)
「まあ、やってみましょうか!」と僕のペースに持ち込み、
平行棒の中で、歩く練習を始めました。
素足で。
平行棒は触りません。
足裏の感覚と自分の正中線に意識を向けてもらいます。
一往復するたびに、声をかけます。
「足裏の感覚はどう感じますか?」
「爪先で地面を掴むようにしてくださいね」
「身体は少し右に傾いているように見えますね、どうですか?」
一つずつ、自分の身体のあちこちに注意を向けてもらいます。
身体の問題を自分で感じる。
どうしたら変わるか、試してみる。
歩きやすさやバランスの取り方がうまくいくかを感じとる
そしてまた身体の問題を探る
このように、ご本人に評価と治療の流れを教えました。
これはご本人が意欲的で、しっかりされていたから出来たことです。
そして注意することはもう1つ。
訓練生活(人生)にはしないことです。
この方は、自分の身体を健康にするために歩く練習を選びました。
ただ、思うのです。
歩く練習は、練習であって作業じゃない。
すなわち、この方は自分を健康にする作業が見つかっていないのです。
僕が授けたのは、作業を見つけるための準備として、選択肢を増やすための身体作りという程度のことでした。
それは、「良い学校に入りなさい」という父親とも似ています。
ただ、父親も然り。
その人の幸せを願う気持ちは同じです。
今は、今この時は、これが必要だと感じています。
作業を見つけるのにも、きっとタイミングがある。
いつでも、どこでもと言うわけではない。
今、その人は黙々と自分の身体を研究しています。
それが、何のためなのか。
それを伝え、さらに励んでいただこうと思います。
自分を健康にする、作業を掴むために。
其の参「自分との対話」