さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし
                        親鸞聖人 「歎異抄」


 歎異抄(たんにしょう)は鎌倉時代に書かれた書物で、作者は親鸞聖人の弟子である唯円という説が有力です。親鸞聖人の言葉、そして唯円自身の考えが記されています。
 今回取り上げた一文は、「縁によっては、人はどのような行いでもしてしまう」という意味合いです。

 仏教には「五戒」があります。仏教徒が守るべき最も基本的な戒めで ・不殺生(殺さない) ・不偸盗(盗まない) ・不邪淫(邪な行いをしない) ・不妄語(嘘をつかない) ・不飲酒(お酒を飲まない) の五つです。
 

 なお、不飲酒は他の四つとやや性格が異なり、それ自体は悪くないが、修行が疎かになったり、飲酒の結果悪い行いをする可能性があるから慎むべき、とされています。

 薬として飲む場合は必ずしも禁止されていません。鎌倉時代は今よりもっと寒かったようで、日蓮聖人も体を温める薬としてお酒を口にする事がありました。
 

 不飲酒以外の四つも「基本的な戒め」ではありますが、完全に守るのは簡単ではありません。特に不殺生と不妄語を一度も破ったことがない、という人は殆どいないでしょう。
 

 私は普段できる限り虫も殺さないようにしていますが、蚊取り線香は使いますし、シロアリが沢山あらわれた時は殺虫剤を撒きました。

 人前でお話する時、場を和ますため明らかに嘘と分かる嘘をいう事もあります。率直にいって、現実世界を生きていく上では「人を困らせる嘘をつかない」など、「五戒の中で守るべきライン」を自ら設定する必要があると思います。
 

 親鸞聖人がおっしゃる通り、正しく生きていきたいと思っていても、状況によっては意に反し酷い事をしてしまう事があります。
 私は戦地での慰霊供養を行っていますが、もし私が兵隊だったら、躊躇するかもしれませんがやはり人を殺すでしょう(その前に殺されている可能性も多々ありますが・・・)。
 そうした事を避けたいのであれば、この世の中をできる限り良くしていくしかありません。自分1人ができる事はたかが知れていますが、自分の役割を放棄し、敢えて悪行に踏み込む事は何としても避けたいと思うのです。悪い行いには相応の報いがあると説かれていますし、悪行ばかりの人生では、死の瞬間どれだけ悔やむか分かりません。
 

 なお「不殺生」があるから仏教は肉食禁止、と思っている方もいますが、これは誤りです。

 人には果たすべき役割があり、為すべき事を一生懸命している人は貴い、というのも仏教の重要な思想です。ですから、漁師や猟師の仕事を否定することはなかったのです。
 

 また、「自分の為に殺されていない」などの条件付きではありますが、托鉢で肉や魚を頂いた場合、お釈迦様もお弟子さん達もそれを召し上がっていました。
 僧侶になる為の修業中は肉食しない、等のケースもある事を書き添えておきます。

 

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