福岡の太刀洗平和記念館へ。
東洋一と謳われた太刀洗飛行場。
西日本における陸軍の航空拠点として、飛行部隊や飛行関係の
施設がここに集まっていました。
基山から甘木鉄道に乗り換えて太刀洗駅下車、目の前。
一両編成の列車はローカル感たっぷりで乗るだけで楽しい。
太刀洗にあるキリンビールの広場(飛行場跡地)は
この季節になると一面にコスモスが咲くらしく、
コスモス列車が走っていました。社内もコスモスの飾りだらけ。
太刀洗駅に到着!
写真の手前の石柱が、昭和14年に開隊された
航空技術兵の学校「第五航空教育隊」の正門(移設)。
奥のかまぼこ兵舎に似た建物が「太刀洗平和記念館」。
航空技術の発展や太刀洗飛行場の変遷、
また活気づく太刀洗のまちの様子など、
展示は結構充実していました。
昭和20年に入ると、太刀洗はB-29による空襲にさらされます。
このとき、第四戦隊の空中特攻専門である「回天制空隊」が
二式複座戦闘機「屠龍」でB-29に体当たり攻撃したとのこと。
よくぞこうしたエピソードを紹介してくださったものです。
館内の天井はB-29の大きさがわかるようパイプ状の原寸大の
機体が飾られていました(でかっ)。
館内で撮影可能だったのは、零戦三二型。
タロア島のジャングルにあったものがサイパンで保管されており、
所有者に交渉して譲り受けることができたのだそうです。
私が訪れた午前中は、小学生たちが見学に来ており、
班ごとに零戦の前で先生に写真を撮ってもらっていました。
この子供たちの目に、零戦や数々の展示物はどう見えているのかなあ。
さて、記念館から4、5分歩くと・・・
こちらは久留米憲兵隊太刀洗分遣隊の隊舎の煉瓦塀。
ここだけいきなりタイムスリップした感じ。
さらにてくてく歩くと・・・
飛行第四聯隊(飛行学校)正門(移設)と
聯隊の本部庁舎にあった時計塔(慰霊碑に改修)。
ちなみに。
記念館は展示に負けず劣らず、グッズコーナーも充実していました。
ついあれこれ買い求めてしまいました。
こちらは零戦のマウスパッド(いつも愛用している練習艦隊の
コースターを添えてみました♪)