町亞聖オフィシャルブログ「As I am」Powered by Ameba
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久しぶりに触れた母の手…

「介護美容が必ず必要とされる時が来る」〈介護〉と〈美容〉を融合したサービス「介護美容」を提供するケアビューティストを育成する、株式会社ミライプロジェクトは今年で設立10年。



メイク、ネイル、アロマ、タッチケアなどプロの美容技術を用いて、介護施設で暮らす高齢者に自分らしさや生きる力を届け、笑顔のある暮らし方を支援するのがケアビューティーの仕事です。



高齢者がメイクをすることで表情が明るくなり、気持ちも前向きになるなどの効果があることは随分前から知られていますが、私自身も今から36年前にそのことを実感したひとり。



私の母が右半身麻痺と言語障害という重い後遺症を負ったのは40歳の時。バリアだらけの社会の中で、はじめは車椅子の母と日々の暮らしを送るだけで精一杯でした。



倒れる前は私とお揃いのピアスをしたりお洒落だった母も、身体が不自由になり煩わしかったのか諦めてしまっていたのか、本人もメイクにはあまり関心を示しませんでした。



ですがある日のこと。私がメイクをしていたら「自分もやってみたい」と母が意思表示してきたのです。母の心が回復に向かって一歩を踏み出したと本当に嬉しくなりました。



母が自分でメイクできるように片手で使えるスライド式の口紅を見つけ、フックタイプのピアスを探しました。障害者だから出来ないと決め付けずに〈出来ること〉を心掛けた結果



私が手伝うのは髪をしばることだけで、好きな服を着てお気に入りのピアスをして、自分でメイクをして出掛けることは我が家では当たり前になりました。



そんな当たり前を多くに体験してもらいたいと活動しているのがケアビューティストのみなさんです。本人の暮らしを豊かにするだけでなく介護施設で働く職員や家族にも変化をもたらしていました。



母の日や敬老の日などに介護美容を提供する際には、家族にも立ち会ってもらうそうです。「久しぶりに母の手に触れた」お母さんにハンドケアをした息子さんの言葉です。



介護美容が親子の距離を縮めるきっかけになっていることが分かります。また施術をしている時は心もリラックスしていますので、家族には言えない言葉を呟くことも。



また慌ただしく働く介護職の人は、どうしてもひとりひとりに丁寧に声掛けが出来ないことがあります。そんなスタッフに言葉ではなく、自分達の接し方から何か気づきを得てもらえたと思っていると言っていました。



ケアビューティストは亡くなった後のエンゼルメイクも施します。生きている時のように、そして「また会えた」と家族に感じてもらえるように心を込めて向き合います。尊厳を守るために…。



さらに質の高い介護美容を提供するために学ぶケアビューティストのみなさんと。活躍の場をどんどん広げて欲しいと思います🍀介護美容について詳しくはこちらから☞


https://academybc.jp/





祈りの言葉を送り続けたい…

毎週日曜あさ6時25分からオンエアのニッポン放送「ひだまりハウス〜うつ病と認知症について語ろう〜」



今週と来週のゲストはシンガーソングライターの活動をしながら、家族相談士の資格を取得し、全国の学校で「命の参観日」の活動を続けている玉城ちはるさんです。



前回、玉城さんに出演していただいたのは2014年のことで、お父様を自殺で亡くされた経験や10年間でホストマザーとして36人の留学生を受け入れたお話を伺いました。



「命の参観日」の活動をする中で、悩みを抱えた若者からのLINE相談を始めた玉城さん。全ての相談に自分で答えているそうです。10年間で約10万通のメッセージに向き合ってきました。



家族相談士の資格を取ったのは相談がより身近なものになるようにという想いから。個人の悩みだけでなく家族全体の関係を整えることで安心して過ごせる環境作りをサポートします。



先月「死にたい彼女と住んでみた〜相談が身近になる社会」(本分社)を出版した玉城さん。"彼女"の名前は北海道在住のなおちゃん。元々玉城さんのファンでライブにも足を運んでくれていたそう。



心の体調を崩し仕事を休んでいると打ち明けられてから3年近くLINEでやりとりをしていました。ある日届いた「死なないように頑張るのに疲れました」というなおちゃんからのメッセージ。



玉城さんは「どうせ死ぬなら私と一緒に暮らしてからでも遅くはないんじゃないかな」と返信。それまでの対話から死にたいという気持ちを否定することは、彼女の存在そのものを否定することになると分かっていたから。



当時ご主人は単身赴任をしていて、玉城さんは群馬に移住し3歳の息子さんをワンオペで育児中だったそうです。なおちゃんに投げかけた言葉は場当たり的なものではなく、玉城さん自身も助けを必要としていました。



「この世界で自分以外は美しく、自分がいなければみんな幸せになれる」10代からそんな想いを抱き、アルコール依存、自殺未遂を繰り返し、精神病院に入院したこともあるなおちゃん。



家族や主治医が「行っておいで」と言ってくれたそうです。まさか周囲の人が許可を出すとは…と振り返える玉城さん。ただ何年も続けていたやりとりから、なおちゃんは思い遣りがあり子供好きであることは分かっていました。



そして始まった共同生活。ご主人にはなんと事後報告で「玉城さんと息子の命が最優先」であると念を押され、40歳が責任を負えると判断したなら支持しますと、下唇を震わせながら言ってくれたそう。



お互いに助け合うためにスタートした共同生活。何をしでかすか分からない子供はなおちゃんにとって脅威の存在で、一緒にいると自殺を考える余裕も無く、いつの間にか全てをかけてこの命を守らなければと思うように。



「死ななければ大丈夫」と子育てを手伝ってくれるなおちゃんに、究極の肯定の言葉をかけ続けた玉城さん。玉城さんとなおちゃん、なおちゃんと息子さんの間に〈信頼〉という絆が育まれていきました。



なおちゃんはとても自分に厳しい人間で常に今のままじゃダメだと思い込んでいました。ですがなおちゃんをひとりの人として対等に扱ってくれる子供の存在が、「そのままの自分」で良いんだと思わせてくれました。



〈死〉想う人にとって「生きていて欲しい」と言われることが1番辛いと分かっていても、それでも玉城さんは「今日も生きていてくれてありがとう」という祈りの言葉を送り続けたいと話してくれました。



「死にたい彼女と住んでみた〜相談が身近になる社会」は玉城さんとなおちゃんが交互に綴った往復書簡のようなエッセイと、10万通のやりとりを通じて玉城さんが向き合った命の記録を一冊にまとめた本です。



ニッポン放送「ひだまりハウス」シンガーソングライターで家族相談士の玉城ちはるさんのインタビューぜひお聴き下さい☞


https://www.1242.com/hidamari/





10年後の私のまちの地域医療

長年審査をお手伝いしている〈自治医科大学高校生小論文・プレゼン動画コンテスト〉今年のテーマは「10年後の私と私のまちの地域医療」です。




将来医師を目指す全国の高校生達が、自分が住む街が抱える医療の課題や、実体験を元に気づいた社会課題を解決するためのアイディアを出してくれます。



なかなか普及しないオンライン診療、産婦人科や小児科の医師不足、離島や僻地医療など、私達大人が解決しきれていない医療の課題に鋭く切り込むものばかり。きょうはその最終審査ですメモ



若者の声に真摯に耳を傾けたい。自治医科大学高校生小論文・プレゼン動画コンテストの過去のテーマや入賞作品はこちらから見られます☞

https://www.jichi.ac.jp/contest/history/


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