本門佛立宗 相模原妙現寺 サァクルナイン
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相模原妙現寺のご案内

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高祖会が無事に奉修されました。

ありがとうございます。

寺ガールAYAです★

10月18日(日)に高祖会が奉修されました。
本日はその様子を少しお届けします!

今回もなるべく密にならないように、二座制となりました。

今回も青年会メンバーによる消毒隊が、大活躍!

私、一座、二座ともに司会頑張りました(^^)

今回も間隔を空けて座っていただきます。

我らが広報部のご披露では、サァクルナインもバッチリアピールしました★

スマホの操作って難しいですよね💦ということで、スクリーンを使っての簡単なデモンストレーションも。

消毒部隊の青年会(^^)

まだまだ、余談を許さない状況が続き、
お会式もこのような形での奉修が続くかと思いますが、気を引き締めてお互い感染対策に気をつけましょう!

最後まで読んでいただきありがとうございました😊

★AYA



不器用ですから。

肌寒い第3木曜、いかがお過ごしでしょーか。

 

 

どーも僕です♪





まずはご住職の頭の上にご注目ください。


 

 

天蓋(テンガイ)と呼ばれるものがあります。


この天蓋は旧本堂から存在していて、かれこれもう50年くらいになるそうです。

 

何本も下に伸びている装飾部分は、いくつもの細かいパーツが糸でつなぎ合わせられて出来ており、フックで吊り下げる仕組みになっているそーです。


 

いつ頃でしたかそのうちの1本が落下してしまいまして。

 



なんでもつなぎ合わせている糸が劣化し、簡単に切れてしまうとの事。

 

他の部分も同じように糸が劣化していることが予想され、いつ落下してもおかしくない状況ということで・・・

ご住職の頭に落っこってきても危ないんで、とりあえず外して・・・

 

外している最中にさらに1本落下(-_-;)

 

 

 

有志のご信者さん方が定期的に妙現寺に集まって修復作業にあたっておられます。

 

先日、不器用な自分も無謀にも修復に志願しまして。

 

 

 

んー、ど肝抜かれましたよ。




下の写真でこの日の作業を説明すると、扇状のパーツに糸を通し、さらにビーズ状パーツに糸を2本通して・・・

なかなかですよ。

 

 

ビーズ状パーツは5mmぐらいの大きさかなー。体感2mmぐらい。

 

 

でまた糸を通す穴が小さい小さい。

 

 

ローガンアイズとの闘いですよ。

 


実はこういう細かい作業、自信あったりするんですけどね。

 

 






うまくできない自信が。

自分、不器用ですから。




 

扇状パーツ1個とビーズ状パーツを4個取り付けて、ようやくひとつの部品が完成。

あまりのうれしさにピンボケ。

自分、不器用ですから。

 

 

 

 

この部品を下の写真の節の部分に3個づつ取り付けていきます。

取り付けてるとこの写真撮ってないし。

自分、不器用ですから。

 

 

 

 

 

50年に一度と思われる、貴重なご奉公、天蓋修復。

 

自分より不器用なおじさん(カズヨー師)も頑張ってることだし

しばらく続きそーなんで、次回また志願したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分、不器用なんですけどね。


 

リュージ@ロック(ブログスタッフ)

情けは人の為ならず


今月の『トシちゃんの独り言』は…


本来の意味は
『人に情けをかけておくと、巡り巡って結局は自分のためになる』ですよね。

一方で
『人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない』と誤って捉えている方も多いようです。


文化庁の調査(平成22年度)


>正しく捉えている  45.8%
>誤って捉えている  45.7%

ほぼ同じ割合で解釈されているようです。10年前の調査から約3%ほどしか改善されていないようです。

これには二つの語句の捉え方に原因があるようです。

1、【情け】と【お情け】
【情け】は「人間味のある心」「他人をいたわる心」を意味します。

【お情け】は《上から目線で》「哀れみ」「寵愛」となり「例、主君のお情けを受ける」というように使われます。こちらの意味を当てはめてしまうと誤った解釈になるようです。

2、【ためならず】
もし「情けは人のためならず」というのであれば「その人のためにならない」と受け取れるでしょう。

しかし「人のためならず」の「ならず」は,〔断定の「なり」〕+〔打ち消しの「ず」〕ですから,「である+ない=~でない」という意味になり,「人のためでない(=自分のためである)」と読み取る必要があります。ここのところがはっきりしないことが「人のためにならない」と解釈する人を増やしている理由だと言われています。


仏教では『因果応報』『善因善果』と日々ご法門で教えていただくので、私たち佛立信徒は間違える人は少ないでしょう。

自身のためではなく、人の為に行動することは、いつか自分の身にもどってくるものです。

情けは=自分のため(でもある)

しっかり実践してゆきたいと思います。



揮毫・文章「トシちゃん」



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