スローライフ?とパタパタママの育児日記 -75ページ目

4月8日のばんごはん。

汗なんということのない、ある日のばんごはん割り箸


久しぶりに、ご紹介いたします。


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かりぐらしのノリエッティ-0408night
 *ヒジキと切干と高野豆腐の煮物 

 *カブの塩もみ 

 *アサツキとエリンギとモヤシ炒め 

 *赤カブ酢漬  *福神漬  *ししゃも 

 *たたき納豆とアサツキのせ冷奴

 *ばんけ味噌  

 *玄米ごはん  

 *厚揚げときのこの味噌粕汁 




アサツキはわが畑のものです。


からし味噌あえが一般的ですが、今回は炒めてみました。


これ、オススメです♪



赤カブ漬は、産直で現在販売をしているものです。


雪下、冬を越えた赤カブさんたちを、てんさい糖、純米酢、純リンゴ酢で


漬けました。



福神漬けは、塩蔵ナスとキュウリがあったので、冬前に初挑戦したものです。


干し大根も、自家製です。


少ししょっぱくなったけど、人にあげたり、日持ちがするので重宝してます。



ばんけ味噌は、朝市でご一緒しているお母さんに頂いたものです音譜


甘すぎず、ほろ苦くて、とても好みの味です。


(今シーズンの朝市は、この前の日曜日からはじまりました!)



冷奴、お味噌汁に入っているのは、アサツキの葉っぱを刻んだものです。


フル活用しておりますグッド!


酒粕はもちろん、Noriの酒蔵のものです。


去年の板粕を熟成させてやわらかくなったものを、味噌汁に使っています。



主役は玄米ごはん。


今頂いているのは、有機栽培ササニシキです。



端から見たら質素かもしれないけれど、私たちにとっては物語のある食事。


何よりの生きてゆく力になります。



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酒蔵勤めがひと段落、収穫物も少ない今の時期…


自ずと、素朴なおかずが食卓に並ぶことが多くなりますにひひ



それでもしっかり食べたい私たち。


玄米ごはんをベースに、3食しっかり頂きます。


だから私の体系はしっかりと維持されるわけですが汗


でもでも、ごはんを我慢してお菓子を食べたりするよりも…


基本に栄養がぎっしり詰まったお米を食べていれば、心身共に健康的ですチョキ


あとは夏に向けて、からだを動かして働くぞ~べーっだ!


そうすれば、少し軽量化するはず…



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Noriは茶碗2杯は普通、3杯を食べるときもしばしば目


(わが家のお米の消費量は、すごく多いです…2人なのに)


それでもNoriは痩せ型、私はふっくらがっちりの体系です。


同じものを少なめに食べていても、この違い叫び



これまでの生活暦、遺伝的要素、代謝、運動量、筋肉量、男女の差。


人間にとって、絶対の食べものや唯一の食べ方はない…


毎日炊事をしながら、そんなことを考えています。



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私の体調は日々変化するし、食べたいものもいつも同じではない。


少量で満足することもあれば、いくら食べても物足りないときもある。


体重が減ったときには、明らかに食事の内容が変わって体質が改善したり。


逆に、からだに良いと思って続けた食事が冷えを助長したり。


他人に良くても、自分に合わない食材に出会ったり。


むしゃくしゃすると食べたくなるのだけは、日々気をつけなればショック!



自分のからだと、食べものと、向き合う日々です。



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今日もよく食べました。


ごちそうさまでした!!



たねまき!

今年度も、いよいよはじまりましたニコニコ



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踏み込み温床も何とか完成。


稲わら、オカラ、米ぬか…


人とのご縁があり、大切な資材を手に入れることが出来ました。




そんなこんなで、今日は初の種まき。


周りの農家さんたちは、とっくに春先の作業を猛スピードでこなしている気配。


早い人は、もうそろそろメロンの定植にかかろうとしていたり目


わが畑は、いたってマイペースですが…汗


大安吉日、Noriが選んだ種まき初日です。



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この作業が去年より、さらに楽しく感じられます。


きっとそれは、自家採取の種があるからでしょう。


「本当に芽が出るかな??」


不安8割以上、少しだけワクワクした気持ちもあり。



ある農家さんに苗を頼まれたこともあり、適度な緊張感もかお


日頃の感謝を、出来れば農作物でお返しできたら良いのですが。



私たちに出来ることは、最善の苗づくりの環境を整えること。


快適な苗床づくりに、日々の観察と、生育中のお手伝い。


昨年のNoriは、端から見ていると少し心配性の気もあったけれどにひひ


種や苗の様子をとてもよく感じて、必要な手助けをしていました。


出来ることをしたら、あとはお天道様に任せるだけ。



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今日はなんだか、ラジオも気持ちの良い音楽を流していました。


今晩から少し、天気が傾きそうですが雨


明日も引き続き、種まきに集中したいと思います。




立ち上がるとき、思わず「あイテテテテ」なんて口走っております叫び


情けなし、ここ何日かの作業だけで腰痛でしょうか…


とにもかくにも、種をまかなきゃはじまらないのですクローバー




家事と経済

私はよく、モノを落とします。



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思い出深いのは財布。


大学生になって、大学付近の商店街で購入したもの。


3回ほど落としたにも関らず、誰かが交番に届けてくれたり、発見に至ったり。


男性ものだし、もう汚れているのですが、今も使っています。


すっかり情が移ったのと、手に馴染んで使い勝手が良いからです。



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私はよく、モノを壊したりもします。



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このクセは絶対直さなければと心に決めています。


それでも、悪癖や不注意のせいで、今も時々自己嫌悪に陥る出来事が汗



気付いたことがあります。


①安かったもの、すぐに手に入るもの


②興味を持てないもの、愛着があまり持てないもの


こういうものに対して、私は結構危害を加えているのですショック!



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だから…と考えてはじめたわけではありませんが。


お金や時間を節約する行動を、なるべくしないようにしています。


(仕事の段取りや手際のよさ、などとは少し違った次元のお話ですあせる



例えば、掃除。


竹箒を使い始めて、家の中の空気の流れに気付くことがあります。


雑巾がけをすると、目線が地面に近くなるので、ホコリがよく見えます。


使い捨ての道具もエネルギーの使用も少なく、からだを使う。




こういう感覚は、家事全般に影響します。




なるべく塩素系の洗剤を使わないように。


最初の経費はかかるかもしれないけれど、なるべく土に戻ってゆく素材の道具を生活に取り入れるように。


少しずつ、必要なものを自分たちで手に入れたり、作ることが出来るように。




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畑で育てた野菜は、あますところなく調理します。


皮ごと切って、必要最小限の手を加えるだけ。


ごはんももったいないから皮ごと、まるごと頂きます。

最初は「栄養価」とか考えていましたが、今ではそれが当たり前になりました。


ズボラな私の、唯一の料理のコツです。


素材の味と鮮度を、なるべく損なわないように。




自給できない食材や調味料などは、出自と行く末を考えながら。


可能な限り、未来へとつながる方法で生み出されているものを。


伝統的な手法をとっているものなら、職人技の継承を望む意味でも、そういうものを選びます。



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少し高価に思えても、ストックの調味料がどんどん減って、最低限のものだけを備えるようになりました。


賞味期限切れにしたり、腐らせたりすることもなくなります。


そして、「貴重なもの」という意識が芽生えて、少しずつ使うようになります。


少量の使用でも、自分たちが好きな味に、ピタリと決まってくれます。



体内を通過してゆくものがシンプルになると、連動することがあります。



お通じが滞ることがありません。


不調のときは、大体原因がわかるようになりました。


「そのときあるものを食べる」ということで、即興料理がお手のものに。


食後の洗いものも、今では洗剤をあまり使わなくなりました。




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「高価=良いもの」ということでは、決してありません。


でも、それ相応の対価は認められるべきだと思います。


「安さ」の裏側にあるもの。


「高い」と思う深層心理に潜むもの。




安い服を買って、すぐにダメにしてしまう度に、自分自身に言い聞かせます。


「この商品を選ぶことは、いったい誰に、どんな影響を与えるんだろう?」



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家事の経済は、案外と奥深く、世界の政治や環境問題につながっている。



自分たちに子どもが出来なかったとしても、何十年後かを生きる人たちに、

いったいどういう選択肢を残すことができるだろう?



そう思うと、今日もスーパーの陳列棚の前で、ふと考え込んでしまいました。



見えないからと言っても

まさに、寒の戻り台風


昨晩から風がぴゅうぴゅうごうごう、家の造りがみしみしがたがたと軋んで。


朝はうっすらと積雪。


そして、今突然朝日が射し込んでくる。



私たちのはるか頭上では、大気の流れが季節を一進一退させている。


そうして、いつの間にか季節が移ろったことに気付く。



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昨日の午後は、暖かい曇り空の下、畑しごと。


冬のあいだ、野生動物たちが食料にしていた白菜や大根の片付け。


土の中に残された部分がまだまだ食べられるぐらい瑞々しかったり。


引っこ抜いた根元の土がふかふかになっていたり。


雪の前に収穫した部分から、また新しく柔らかい葉が生えていたり。


その葉っぱを目的に、動物たちが通っている形跡があった。


全部片付けるつもりだったけど、所々そのままに。




端から見たら、「きれいな」畑ではないけど、不思議な充実感を覚える。


人間がいない畑で、踏みしめられる土の下に、多くのいのちがある。



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ミャンマーのGDP成長率が、他の東南アジア諸国に比べて低いというニュースを聴く。


農業従事者が国民の大多数であること、真面目な国民性だということも知る。


これから日本の援助によって、農業分野でも発展する可能性があるという。


確かに、資金的にも技術的にも支援が必要な部分はきっとあるのだろう。



「大規模化」「機械化」「日本企業の進出」という言葉が脳裏によぎった。


いま、私たちが最良と思っている価値観が、

世界のすべての人に当てはまるわけではない。



私も悪気なく、無遠慮に、人を傷つけてしまうことがある。


時間を戻すことも出来ず、後悔と、心に痣が残る。



「他人のしあわせ」に対して、慎重に、丁寧に、敬意を持つべきだと思う。


しあわせと不幸は表裏一体だから。


お金がないことによって生じるかなしみがある。


お金それ自体が目的になって生まれる争いがある。


私が想像できないところに、苦しみを感じている人たちがいる。




究極の豊かさを経験してきた、そしてこれから他の先進国より一足先に

超高齢化社会を迎える日本と私たち。


「豊かさ」の功罪を知っている人たちとして、

そして誰も見たことのない地に最初に到達する者として。



もっと想像力を働かせて、目に見えないものを感じて、

自分以外のものを理解しようとしなければならない。




大して働いてもいないのに、大袈裟にも軽い筋肉の痛みを感じながら。


重い腰をあげて、今日も働こう。



恩師のこと

大学時代の友人のブログで、訃報を知りました。


あまりに突然のことで、しばらく茫然自失。



もう10年近く前の記憶が、鮮明に蘇ってきました。



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私たちが無知であること。


これまで知ったことが取るに足りないことばかりだったこと。


いかに不確実で無意味な自信を持っているかということ。



「君たちは一体いままで何を勉強してきたの?」


馬鹿者と口にされたような、されなかったような…


でも、初対面の教室での衝撃は、今もありありと思い出せます。



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侮辱されたと感じたのは、先生の口にすることがいちいち的を得ていたから。


先生に会うのが恐くて、何度か授業を休んだこともあります。


それでも、精魂込めて書き上げた論文に、最大級の評価を与えてくれたのも先生でした。


ものすごく厳しくて、誰よりも「人を育てる」ことを知っていた先生。



先生とは個人的にお話しすることもなかったし、一年間の講義だけでした。


それでも間違いなく、決定的に私の人生において、深い楔を打ってくださった。


大学を卒業してからも、ことあるごとに先生の言葉を思い出します。



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「私は自分の名前と顔で、こうしてあなた方の前でしゃべっている。


あなた方が匿名でいようとするなら、それはフェアじゃない。」



この姿勢は、今も私が生活してゆくうえでの重大なテーマとなっています。


自分に対して責任をもつこと。


それが、周囲の人や社会に対しての義務を果たすことにつながってゆく。


そして、誰より自分を大切にすることでもある。



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正直なところ、今となっては授業の内容をほとんど思い出せません…


それでも、先生の生き様は、確実に私たち生徒の中に息づいている。


先生、ありがとうございました。



心より、ご冥福をお祈りします。


合掌。