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ストレスや抑圧が身体に及ぼす影響をテーマに書かれた本です。

この分野は精神神経免疫学と呼ぶそうです。(もっと厳密に言うと、精神神経免疫内分泌学。)
 
著者はバンクーバー在住の開業医であり、緩和ケア専門医・サイコセラピストでもあります。
 

この本では癌の話もかなりページを割いていますが、「子どもの頃からある、自分でも気づかないほど深く植え付けられた心的パターン」が身体に与える影響についてよく出てきていました。
 

この心的パターンは、おそらくメンタルブロックやトラウマと同じものを指しているのではないかと思います。
 
 
子どもの頃からある、深く刻み込まれた心的パターンについて、分かりづらい方もいると思いますので実例をあげますね。
 

私の場合は以下のパターンがありました。
・人に心を開かない
・殻にこもることで自分を守る
・自分の意見や欲求を自己主張できない
・人前で感情を出すのが苦手。自分のマイナス感情を受け入れられない


 
これらの根底にあるのは、自分の訴えを聞いてもらえずに母に拒否される恐怖です。



普段は意識に上がることのないこの恐怖が、自分でも気づかないうちに私の思考と行動を決めていました。
 

自分の根底にある恐怖を受け入れて向き合えてないから、自分が拒否される前に人を拒否したり、自己主張しようとすると怖さを感じるので諦めて我慢していました。
 

私が怖さを感じていたのは、目の前にいる人にではありませんでした。自分の過去と現在を混同し、トラウマに影響されて「今ある現実と真実が、私には見えていなかった」ということです。
 

相手に拒否される前にこちらが拒否すれば、拒否されたとしても自分が傷つかなくてすみます。母は特に私のマイナス感情を嫌がったので、私はマイナス感情を封じ込めるようになりました。
 
 
「私がマイナス感情を表現したり、自己主張すると拒否される。」これは間違った思い込みです。それをまず受け入れることで、深く刻まれた思い込みを手放すための一歩を踏み出す事ができます。
 

深く刻まれた心的パターンというのは、その人の言動や思考を本人が気づかないほど根底から操作してしまうものです。
 
 
本の話に戻します。
この本はとにかく情報量が多いのでどこを抜粋するか迷うほどです。
 
たくさんの病気について書かれていますが、その中の一部を抜粋します。
 
(この本が日本で出版されたのは平成17年です。本は縦書き、ブログは横書きなので漢数字は算用数字に変更しました)
 
↓※長すぎるので適宜画像を入れています
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■多発性硬化症、腫瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患、慢性疲労症候群、自己免疫疾患、結合組織炎、偏頭痛、皮膚疾患、子宮内膜症その他多くの疾患の治療を受けた人々に、同じパターンが見られた。深刻な病気を抱えた私の患者のほとんど全員が、人生の重要なところでノーと言うことを学んでいなかったのである。(中略)心の奥底に抑圧された感情があるという要素は一致していた。(11p〜12p)
 
 
■コロラド大学で行われた寛解性多発性硬化症の患者100人を対象にした調査において「人間関係に深刻な問題かある、あるいは経済的な不安を抱えている」など、過酷なストレスを負った患者は病気の再発率が4倍だった。(22pの内容をまとめました)
 
 
■ストレスが身体に及ぼす影響について調査したとある研究について。
 
アルツハイマー病の配偶者を介護するグループと、介護していないグループ(年齢や健康状態は同じ)を調査すると、介護しているグループは免疫細胞(ナチュラルキラー細胞)の機能が著しく低下していた。
 
インフルエンザの予防接種の効果を比較した別の研究では、アルツハイマー病の介護をしているグループは、介護ストレスのないグループに比べてインフルエンザに対する免疫が60%も低く、インフルエンザが治るのに平均9日長くかかった。(53〜54pの内容をまとめました。)
 


 
■ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者について、神経学者が「ALS患者はなぜいい人ばかりなのか?」という論文を発表した。
 
論文筆頭者のエイサー・J・ウィルバーン博士によると、病院スタッフがALS患者の性格的特徴としてあげるのは「感じの良さ」であり「そういう人があまりにも多いので電気診断テストの技師は検査の結果が出る前に、この人はあまり感じが良くないからALSのはずがないというようなコメントをつけてくる」
科学的とは言い難いが「彼らのコメントはほとんど例外なく検査結果と一致している」(64pの内容をまとめました。)
 
 
 
■クリスティアーヌ・ノースラップ博士は著書の中で、ルー・ゲーリック病を克服した友人の話を書いている。
 
病気が進んで呼吸筋まで衰えてきた彼女は「せめて死ぬまでに一度くらいは無条件に自分を愛したい」と、毎日自分の体の一箇所を選んでは愛するということを繰り返した。
 
そして子供の頃から、人の役に立ち、人に受け入れられ、価値のある人間になるために、自分の望みは犠牲にしなければならないと信じてきたことに気づいた。命を脅かすほどの病気になってやっと、自己犠牲による奉仕の行き着く先は死の袋小路だということを学んだ。
 
ノースラップ博士によれば、毎日意識的に自分を見つめ、自分を愛することで、からだのそれぞれの部分が少しづつ「解凍」されていき、治癒したのだという。(88〜89pの内容をまとめました)
 
(ルー・ゲリック病、筋萎縮性側索硬化症、ALSは同じ病気です。)
 

■イギリスの胸部外科医デイヴィッド・キッセンは肺がんの患者にはしばしば感情を「封じ込める」抑圧傾向が見られるとしている。(中略)
 
キッセンは、感情をうまく表出する能力のない人は、肺がんにかかるリスクが5倍だったとしている。特に興味深いのは、喫煙していた肺がん患者のうちでも煙を肺まで吸い込んでいなかった人のほうが、吸い込んでいた人より感情の抑圧傾向が高かった、という事実である。
 
キッセンの報告によれば、感情の抑圧が喫煙の効果と相乗的に作用して肺がんの発症をもたらしていることになる。抑圧の度合いが高いほど、少しの喫煙でもがんにかかりやすくなるということだ。
 
キッセンの見解は、ドイツ、オランダ、セルビアの研究者たちが長期的な展望にもとづき、十年にわたって旧ユーゴスラビアのチヴレンカで行なった調査によって見事に立証された(中略)すでに病気を持っている人は被験者から外された。(中略)
 
11の質問は、ある性向、すなわち怒りの抑圧の度合いを図るものだった。「実際、合理的・非感情的のカテゴリーで、10ないし11の問いにイエスと答えた被験者は、それ以外の被験者に比べてがんにかかる確率が40倍だった。それ以外の被験者は平均して3項目でイエスと答えたにすぎない。」(132p〜133p)
 
 


■神経系は感情の影響を強く受ける。そしてその神経系は免疫反応と炎症の調整に深く関わっている。神経細胞が放出するタンパク質である神経ペプチドが、炎症の促進と抑制を行うのである。(中略)
 
腸内では、免疫細胞は神経細胞と密接な関係にある。したがって慢性的にストレスを与えるような感情パターンは、精神・神経・免疫・内分泌系をつなぐ全体的なシステムを介し、ストレスによる炎症性促進物質を活性化させることで腸に炎症性腸疾患を誘発する可能性があるのだ。
 
腸あるいは腸管は単なる消化器官ではない。それは独自の神経組織を持つセンサー器官であり、脳の感情中枢と密接な繋がりを持っている。(204p)
 
 
■過敏性大腸症候群の患者は、からだの他の場所にも症状が出ることが多い。多くの患者に見られるのは痛み(例えば偏頭痛)だが、この章で説明したストレスによる神経系の過剰警戒態勢についての理解があれば、それも納得できる話だろう。痛みに対する知覚の過敏さは全身におよぶこともある。パトリシアの病歴を見ればすぐわかる。彼女は間質性膀胱炎、線維筋痛症などにも苦しんでいるのだ。
 
ノースキャロライナ大学の研究所は、過敏性大腸症候群を持つ女性患者の大部分は虐待を経験していることを明らかにしたが、さらに、担当医がそのトラウマを知っていたケースはわずか17%だったことも明らかにした。
 
治療を行うとき、患者のそれまでの生活体験を事実上無視してしまえば、医師は強力な治療手段をひとつ失うことになる。(228p)
 
 
■精神的な面をほんの少し改善しただけで、症状が軽くなったという喜ばしい報告もあるのだ。「過敏性大腸症候群の患者に認知行動療法を行なった。3ヶ月に2時間のグループセッションを8回行ったところ、認知行動療法の適応が大いに期待されると同時に、腹部の症状が軽減された。さらにこうした改善は、2年間の追跡調査を行ってもそのまま保たれていた。」
(230p)
 
 
■リウマチ性疾患と総称される一連の疾患は広範で互いに重複するところもあるが、慢性関節リウマチ、強皮症、強直性脊椎炎、全身性エリテマトーデス(SLE)などが含まれる。他にも多くの疾患があるが、いずれも混乱した免疫系が自分の体組織、特に軟骨、腱鞘、関節の結合部、血管壁などを攻撃するものである。さらに共通する特徴として、四肢や脊柱の結合部、皮膚や目の内側などの表面組織、心臓や肺などの内蔵(全身性エリテマトーデスの場合は脳まで)がさまざまな種類の炎症に侵されることがある。
 
リウマチ性疾患の患者の多くは極度に自分の欲求を抑え、援助を求めることをあくまでも遠慮するという特徴を持っている。
多くの場合彼らはつらい痛みに黙って耐え、人に届くほど声高に泣き言を言うこともなく、症状を和らげる薬の投与にさえ積極的でない。(250p)
 
 


■感情は、精神・神経・免疫・内分泌系の他の構成要素と全く対等であり、相互に補助しあう
関係にある。
 
免疫系や神経系と同じように、感情も外部からの脅威に対してからだを防衛する。神経系や内分泌系と同じように、必要欠くべからざる欲求や要求を満たしてくれる。そしてこれらのシステム全体と同じように、感情も体内の環境を維持し修復する働きをするのである。
 
感情(恐れ、怒り、愛など)は神経刺激や免疫細胞やホルモン活動と同じくらい、人間の生存に欠かせないものなのである。(中略)感情をつかさどる器官は精神・神経・免疫・内分泌系と相互作用するのではなく、そのシステムの重要な一部なのである。(254p)
 
 
■「役に立たない」人間などひとりもいない。無力な幼児であろうと、無力な病人であろうと、死にかけている人であろうと。大切なのは、死に臨んでいる人でも役に立つと証明することではなく、人間は役に立たなければ価値がないという間違った考え方を拒否することである。
 
モリーは若い頃に彼の「価値」はどれだけ人の役に立つかで決まると教えられたのだ。多くの人が早い時期に教え込まれるこのメッセージは、社会に広まっている倫理観によってさらに補強されている。私たちはあまりにもしばしば、人の価値はどれだけ実用的な貢献ができるかで決まり、経済的な価値がなくなれば使い捨てられると思い込まされている。(324p)
 
 
■健康になるための潜在能力も病気になる可能性も、私たちすべての中にある。病気とは調和の乱れた状態である。もっと正確に言えば、病気とは体内の不調和の現れだ。病気を外からの異物ととらえれば、私たちは自分自身に戦争をしかけることになりかねない。(350p)
 
■多くの人にとって、罪悪感とは自分のために何かを選択したことを示す「徴(しるし)」である。深刻な病気を抱えたほとんどの人にむかって、私は忠告したい。
あなたが罪悪感を感じないときはきっと何かのバランスが乱れているんですよ。自分の欲求や気持ちや興味を後回しにしているんですよ、と。
(372p)
 
■怒りが鎮まれば、免疫系の活動も鎮まる。反対に怒りが内側に向かえば、免疫系は混乱する。生理的な防衛機能は私たちを守ってくれなくなるばかりか、反乱を起こして私たちのからだを攻撃することになる。(395p)
 


最後の章は「治癒のための7つのA」について書かれています。7つのAとは「受容、気づき、怒り、自律、ふれあい、肯定」です。
 
↓簡潔にまとめると、このような感じになります。
 
「受容」
困難な状況を我慢するということではなく、いま目の前にある現実を否定してはいけないということ。自分の中身すべてを好きになることではなく、無条件に思いやりを持って自分をみつめること。
 
「気づき」
"真実を知る力"を取り戻し、立ちすくんでいる状況から脱する。
 
「怒り」
怒りを感じるということは(恐怖や不安など)何かを知覚した上での反応。健全な怒りを体験するには感情を野放しにするのではなく、自分が主導権を持つこと。
 
「自律」
自分と他者との境界をはっきりさせ、自分の中核を成長させること。
 
「ふれあい」
他者とのふれあい。心を閉ざす要因となった弱さを取り戻し、人とふれあいたいという気持ちを素直に認めること。
 
「主張」
自分と世界に向かって自己主張すること。
 
「肯定」
自分の欲求を尊重する。宇宙そのものの肯定。この世の全てのものとつながること。
 
 
 
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 (自己受容についてはこちらの記事で考えてみました)
 
個人的にはアルツハイマー病の章が、自分に当てはまることが多くて怖かったです。

特にレーガン元大統領の「現実と作り話の区別が難しかった」という部分。
 
他には、「怒りを感じられない。子どもの頃に喪失を体験している。感情に乏しい。」など。癌も結構当てはまってるかも。今からでも遅くないと思うので頑張ろう。
 
 
本から引用した「役に立たない人間などひとりもいない」という部分について。

「人は何かの役に立たなければ価値が無い」と考えていると、自分が常に人(社会)の役に立っていなければ自分を受け入れられないし、自分が役に立たなくなる日が来ることに不安や恐怖を感じます。
 

「○○でないと愛せない・受け入れられない」というのは『条件付きの愛』です。愛する前に可否をつけてしまっていますよね。
 

条件をつけてしまえば、自分に対しても他人に対してもその条件のフィルターを通してものを見ることになり、そのフィルターに縛られ続けてしまいます。
 

まず「無条件に自分を受け入れて愛すること」が、ひいては周囲を愛して受け入れることに繋がって、それが連鎖していくのではないかと私は考えています。
 
 
「何があっても、人間の価値は損なわれない。」そう思えれば強くなれるのではないでしょうか。不安になったときや、恐怖を感じたときというのは「自分の価値が損なわれる」怖さも感じているような気がします。
 
 


 
「罪悪感は自分のために何かをしたしるし」について、分かりづらいかもしれないので例をあげます。
 
先日、冷蔵庫の掃除をしました。野菜室にとりかかろうと開けてみると、野菜がびっしり入っています。それを見て「今日はやめて、今度野菜の少ない日に掃除しよう」と思うと同時に、少し罪悪感も感じました。
 
野菜が少ないときに掃除したほうが楽だし効率的です。しかし「途中で投げ出してはいけない」とか「やりたくないとこから逃げて楽をしてはいけない」とか、そういった思い込みが私を止めようとして出てきたのです。
 
この思い込みが私にとって必要なものだとは思えなかったので、自分の欲求を優先し、その日は掃除をやめました。
 
 
そもそも、なぜ私たちが抑圧をはじめてしまったのかというと「環境に適応し、生き延びるため」です。自分を守ろう・人に受け入れてもらおうとした結果です。
 
思い込みに気づいて気持ちが落ち着いたら「守ってくれてありがとう。頑張ったね。」とか、自分に対して何か声をかけてあげると喜ぶと思います。こういうのに慣れない方は違和感を感じるかもしれませんが効果はあります。
 
 
私はこの本を読んで、化学物質過敏症も何らかの抑圧などが要因としてあるのではないかと思いました。
 
身体が僅かな化学物質に反応してしまう。受け付けられない。つまり化学物質過敏症も「もう自分の中に気持ちを溜め込むことができない。」と、私たちの身体が言っているのかもしれません。
 
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
 
【2018.11.1追記】
身体に溜まった感情を解放してます。びっくりするくらい溜まっていました。
 
その話は↓こちら
 
【2019.6 追記】
溜まっていた量が多すぎてまだ終わっていませんが、解放し続けた結果、化学物質過敏症は完治に近い状態。精神疾患は完治。肩こり、腰痛もなくなりました。
 
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