センテンスサワー -10ページ目

センテンスサワー

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 これは独白である。そして、私が信仰していた笑いの神に対する冒涜でもある。

 

  二〇一九年四月に平成が終わり、令和の時代がはじまった。三十年という短い期間であったが、平成はお笑い史の中でも非常に重要な時代として位置づけられるだろう。特に九〇年代以降のお笑いは、それ以前のお笑いと比して、明らかに笑いの質が異なっているように思う。詳細は後述するが、九〇年代以降の笑いは、独創的な発想自体が評価の対象として求められるようになり、創造性や固有性が求められるようになったのである。

 その契機を作ったのは、まぎれもなくダウンタウンの松本人志である。松本は、九〇年代以降の笑いを変質させ、稀代のセンスと天才的な閃きで、数々の新しい笑いを生みだしていった。伝統的な笑いや先行世代の笑いを否定し、ラジカルな姿勢で既存の笑いを破壊していく。それはときに、複雑で意味不明であると評価されることがあるが、松本はそれらの意見を「理解していないだけ、分かるものだけが分かればいい」と排他的な態度で切り捨て、世代との隔絶を埋めようとはしなかった。

 松本は笑いを純粋に追求していたと思うが、それは芸術としての笑いというニュアンスに近かったのかもしれない。特に九〇年代の笑いは、いわゆるコンセプチュアルアートとしての笑いが成立していたと思われる。それは先行世代の作り上げてきた笑い(=演芸としての笑い)に対するアンチテーゼであり、先駆的な表現でアプローチすることで、頭角を現そうと試みた結果である。

 そして松本の偉業は、波及的に様々な人々に影響を与え、お笑い界に留まらず、業界の垣根を超えて、新しい価値観を提供することになる。私自身も同様に、松本人志から多大なる影響を受け、お笑いを志すことになった一人である。松本の作り出す笑いに魅了され、笑い自体に絶対的な価値を置くようになった。当時の私は、松本の笑いに普遍性を感じ、可笑しみに神が宿っているとすら感じていたのである。

 

 だが、二〇〇〇年代頃から、松本人志のカリスマ性が失われていく。ネット上では、松本を批判する人々が現れはじめ、面白くない、つまらない、昔のほうがよかったと挑発や誹謗中傷が増えていく。その要因としては、インターネットの登場が関係している。それ以前にもアンチはいたと思うのだが、ネットの普及により、それらの批判が可視化されたことで、アンチは連帯することが可能となったのである。

 松本への批判に対して、私は懐疑的だった。なぜ、彼らは松本の笑いが理解できないのか。私の勝手な解釈であるが、それは彼らに松本の笑いを理解する能力がないためだと決めつけていた。だが、残念なことに批判の声が次第に大きくなるにつれて、松本の笑いに対して疑念を抱かざるをえないようになった。松本の笑いは普遍性を兼ね備え、絶対的な笑いであるのか。そしていまでも通用する笑いであるのか。私はそれらを検証し、松本の笑いを見直す必要があると考えた。そして、それ自体を分析するためには、松本人志を現象として捉えないし、それ自体を客体化することで、松本の笑いの構造と性質を明らかにしようと思った次第である。

 

 さて、ここで改めてタイトルに触れるが、私はまぎれもなく松本人志の信者であった。もちろんそれは熱狂的なファンだといいかえることも可能であるが、私が着目したのは信仰としての笑いであり、それは宗教的な感じ方に非常に似ていると考えられるため、あえて信者という呼び名を採用している。つまり、われわれは、松本人志の笑いに魅了され、彼がカリスマ性を帯びていくにつれて信仰心が芽生え、松本人志を神と位置づけ、神格化・絶対化することになったのである。

 私はその信仰していた笑いの神が死んだと断言したいと思っている。哲学者のニーチェは、自著の中で「神は死んだ」と、当時としてはセンセーショナルなことを書かれているが、その言葉を引用し、松本人志及び松本信者にその事実を叩きつけたいと思っている。私たちは、松本信者として松本人志という芸人に多大なる影響を受け、彼に対する幻想を抱いていた。その幻想自体が、どのようにして雲散霧消していくのか、その過程を検討していきたいと思っている。まず、松本人志の出自とバックグラウンドに手短に触れ、彼のカリスマ性が獲得されていく過程に移りたいと思う。

 

 

第一章

 

松本人志の出自

 

 昭和三八年、兵庫県尼崎市に松本人志は生まれた。三人兄弟の末っ子として生まれた。

 高度成長期の真っ只中にあった尼崎では、人工の増加、住環境やインフラが整備されていった。だが、経済成長で豊かになっていく反面、大気汚染は深刻な問題であった。当時の尼崎市は阪神工業地帯の中核を担う工業都市であり、公害の都市としても有名である。松本は小学校時代を振り返り、各教室に巨大な空気清浄機があり、街中が灰色のスモッグに覆われていたと話す。外に出ると目が痛く、自然と涙が流れたとも話している。

 当時の尼崎は、貧しい家庭が珍しくなかった。松本の実家も非常に貧しかったようで、「なにからなにまで貧乏くさかった」と話す。飼い犬の拾ってきたマグロを晩飯にした話、父親が拾ってきた机を使っていた話、抜けた床を修理できなかった話など。数々の有名な貧乏話がある。

 松本人志が歩んできた人生の中で、貧しい環境で育った経験は、彼の創作に多大なる影響を与えているといえる。それは自身の出自を引き受け、創作へと結びつけた結果である。松本のコントの時代背景は、彼の幼少期の頃を舞台にしたものが多い。

 松本は自身の笑いを分析し、自身の作り出す笑いの根底には、絶えず哀愁や悲しみが流れていると話す。以前、番組で密着された際、「笑いの裏に、悲しみがある。表裏一体である」と語っていた。原風景の中にある貧しき頃の体験は、それを笑いに変えることで、松本独自の世界観を作り上げているのである。

 

 松本がそのような経験を笑いへと変えることを可能にしたのは、彼の育った環境に笑いの文化が根づいていたからである。大阪は笑いの聖地と呼ばれているが、関西圏全体で笑いの文化が定着しているといえる。関西人特有の言葉使いや、コミュニケーションの取り方は、生活スタイルにまで「笑い」が浸透し、それはモノの考え方から思想の根底にまで、「笑い」が流れているのである。そのため、貧しい環境ですら笑いに変えるという発想となるのである。

 

 また、日常的なコミュニケーションを介して獲得されただけではなく、関西の文化自体に、演芸としての笑いが根付いていることも重要なポイントである。いくつもの劇場や演芸場があり、テレビやラジオを含めて、演芸に振れる機会がたくさんある。ようするに、関西では笑いに対する文化資本の水準が、他の地域と比して高いといえる。そればかりか、吉本興業や松竹芸能などの上方演芸界の二大プロダクションが経済的に成功を収めており、笑いとしての産業としても成り立っている。それらの理由から、笑いの文化が定着し、現在でも発展しているのである。

 松本人志は、幼い頃から劇場に足を運び、その頃から笑いに関心を示していたようだ。小学校時代から友達とコンビを組み、コントや漫才を作って披露していたようだ。関西人が二人揃えば漫才が始まるという言葉があるように、それを実際に体現している興味深いエピーソードである。

 松本は当時のことを振り返り、とても笑いにシビアな環境だったと述懐している。面白い人が評価され、面白い人はクラスから一目を置かれていたようだ。それは笑いのセンスが評価され、奨励される文化があったからである。生まれ育った場所、出会った人々、そこに根付いている文化。それらが相乗的に影響しあいながら、松本人志の笑いのセンスは育まれていったのである。

 これらの環境があったからこそ、笑いのセンスが磨かれ、実践を通して学んでいくことができたのである。それはつまり、芸人を育てるための最適な環境が整っているといえる。実際、関西出身のお笑い芸人は圧倒的に多い。それは関西の文化圏において、笑いの文化が体系化されおり、文化資本として蓄積されているからである。

 

 

文化資本と笑い

 

 文化資本とは、様々な環境から継承されていく能力のことである。家族から受け継がれていく場合もあれば、学校教育を通して得られる場合もある。また、友達や特定のコミュニティの中で育まれていく場合もある。関西では、笑いの文化資本が、他の地域と比して、圧倒的に高いといえる。それは先ほど取り上げたように、笑いとしての文化が、

どのようにして文化資本は、個人へと継承され、身体化されていくのか。それについて、社会学者のブルデューは、「ハビトゥス」という概念を提唱している。

 ハビトゥスとは、日常生活の中で繰り返される出来事や習慣的な動作によって、無自覚に蓄積される知覚、思考、行為を生み出す性向のことである。その構造自体は、所属する集団の中で形成され、固有のハビトゥスを獲得していくことになる。出身地方、出身階層、家族、教育、そしてあらゆる社会的なコミュニティ。それらを通じて、後天的に固有の能力として身に付けられていくのである。

 ハビトゥスによって継承される能力とは、社会のしきたり、規範、価値観、理念、偏見などがある。同様に、行動様式については、立ち居振る舞い、口の利き方、方言や語彙、そして衣食住にまで至る。私たちは、それらを無意識に経験を重ねていくことで、自然と身体化されていき、それらの蓄積が文化資本として獲得されるのである。関西で育つことで、関西弁や特有のノリを習慣的に身に付けていくことができる。すなわち、それらは関西固有のハビトゥスとして獲得されることになる。ボケツッコミや話術などがそれにあたるだろう。笑いに特化した能力が無自覚のまま身体化されていき、コミュニケーションのとり方まで、笑いをベースとした仕方で考えられているのである。

 現在、関西弁を話す芸人は圧倒的に多い。それは、芸人が話す言葉として、関西弁はとても有利に働いているからである。松本人志に関しても例外ではない。松本の話し方やリズム、フレーズにいたるまで、関西固有のハビトゥスによって形成されている。それは関西だけではなく、尼崎という特別な環境で育ったことで、獲得されたハビトゥスも相乗効果的に関係している。それらのハビトゥスによって獲得された能力が複合的に関連し合いながら、松本の笑いが作り上げられたのである。

 

 併せて着目しておきたいのは、ブルデューが提唱している「界(場)」という概念である。界とは、共通のルールや、共通の評価のシステムに基づいて成立している最小単位の社会空間のことである。馴染みがあるものでいえば、政界、経済界、芸能界などがそれにあたる。それらは、相対的に関係し合いながらも自立した場として機能している。そして、界はさらに細かく分けられ、サブ界も存在する。

 たとえば、お笑い界というものをイメージしていただければ、界の概念を理解いただけるのではないだろうか。お笑いタレント、演芸を中心に活動する芸人、落語家、講談師など。お笑い界は、お笑いという評価システムに基づいて構成されているひとつの社会空間であるといえる。そしてさらに敷衍して捉えると、お笑い界は、芸能界のサブ界だと見なすことができる。そのようにして、界自体もそれでけで成立しているわけではなく、他の界に影響を受けながら、全体的な社会空間の中で、位置づけられていくのである。

 また、界の影響下の中では、固有のルールや評価システムに基づいて、行為者が評価されることになる。その評価によって、行為者の序列化されることになる。すなわち、行為者による競い合いが、ひとつのメカニズムとして働いているということである。

 お笑い界にもそのような評価システムは存在している。芸人同士であれば、互いのセンスにより序列化が生まれる。M-1グランプリなどの賞レースは、芸人の評価が可視化されているといえる。制作サイドの業界人からの評価も重要であり、客やファンからの評価も作用する。芸人の序列は、そのようにして決定づけられているのである。どれだけの能力やセンスがあったとしても、他者から評価されなければ、序列の上位者に従わざるおえないのである。

 ブルデューはそれを象徴的闘争と呼ぶ。象徴を巡る争いの結果、そこには支配関係が生まれるのである。フランス文学者である加藤晴久は、その支配関係の根本に恣意性があることを指摘している。その恣意性は、無意識の領域まで作用し、支配関係は正当であることを受け入れさせる。ブルデューは、その恣意性を象徴的暴力と表現し、様々な意味を押し付けることで、それ自体の根底にある力関係を隠蔽し、その配下にある行為者たちに意味を正当であると押し付ける権力行為であると説明する。

 お笑い界は、そのような原理で日夜、競い合いが行われているといえる。松本人志は象徴的闘争の結果、現在の成功をおさめることができたのである。その序列によって獲得された松本の地位は圧倒的なものである。主戦場であるテレビ局や、所属する吉本興業など、大企業にまで力を及ぼしている。それは、お笑い界のみならず、松本の経済価値が高いためである。松本人志は、いかにして、象徴的闘争を勝ち抜いてきたのか。カリスマという観点から、その点について掘り下げてみたいと思う。

 

 

 

ドキュメンタル シーズン5 条件の初期化と普遍的な笑いについて

彼岸よりの死者 此岸と彼岸をつなぐ笑いの道①

観念の亡霊たち 此岸と彼岸をつなぐ笑いの道②

緊張と緩和について 此岸と彼岸をつなぐ笑いの道③

FREEZEをみて、みぶるい。世界よ、震えテロ。

 

作品に罪はない、という言説がある。

 

それ自体は間違った表現ではないが、もっと正確に表現するのであれば、作者と作品は関連しない、ということだと思っている。

 

つまり、作品が作者の手を離れた瞬間に、その作品を評価するのは、消費者に委ねられるからである。

 

作者自体が、閉ざされた空間の中で作品を公開しているのであれば、作者の象徴的な圧力下で、好意的な消費者(愛好者)を募ることができる可能性があるが、あらゆる消費者に届く領域に公開した場合は、それはもはや千差万別の仕方で消費されてしまい、状況によっては意図せぬ消費のされ方をされうる可能性を秘めている。

 

消費者によって消費の仕方は千差万別であり、消費の能力や解釈の仕方は、消費者の数だけ異なるのである。

 

再度、作品に罪はない、という言説に触れるが、それは言い換えると、作者自体を消費の対象として、消費するべきではないという立場の意見に他ならない。

 

だが、私を含め、作者の生き様や、作品ができるまでの経緯を鑑みて、作品を消費する人も少なからぬ存在する。

 

例えば、道端で落書きを見つけて、後でそれがバンクシーの作品だと知った瞬間に、「あの絵はよかった」と言いはじめるのと同じで理屈である。

 

芸術を含め作品を評価するというのはそれほど難しく、ハイコンテクストを理解しないと評価できない場合もあるし、身体に直接訴えてくる作品もあるし、権威の押しつけとして評価せざる負えない作品もある。

 

作品に罪はない、というのはもっともだ。

 

だが、作品だけを純粋に評価するのは難しいし、われわれは文脈の中で生きている限り、その文脈を乗り越えることはできない。

 

例えば、酒鬼薔薇聖斗の作品が評価されているとする。

 

それは、酒鬼薔薇聖斗が殺人を犯したから評価されているに違いない。

 

そう、それはつまり、芸術というものは、作品の罪で作品自体が評価されることはないが、作者の罪で作品の評価は変わるということである。

 

万引きであろうと、放火であろうと、殺人であろうと、テロであろうと、消費者自体にその作者の罪を評価すべきだと判断した場合、作品自体の評価はあがるのである。

 

ムカつく子供に中指を立てて作品が評価されるのであればそうすればいい。

 

だが、それは作者がどのように消費者から評価されているか、また求められているかという指標となりうると思う。

 

作品に罪はない。

 

だが、作者の罪は、作品にいい意味でも悪い意味でも、罰を与えかねないということは、知っておく必要があると私は思う。

 

作品だけを純粋に見てほしいならば、作者は犯罪行為をすべきではないし、求められているのであれば勝手にすればいいが、作品が純粋に消費者に消費されるような状態を維持してほしいし、作品を虐待せずに愛していてあげてほしい。

 

以上。

今週から「なつぞら」がはじまった。

 

初回から好調のようで、まだ観ていないがとても期待できる。

 

一週間分まとめて観る予定なので、本当に待ち遠しい。

 

物語の舞台は1948年の北海道の十勝からはじまる。

 

そして、1960年代の東京へと舞台は移り、アニメーションの世界で奮闘することになる。

 

噂では、手塚治虫も登場したりするようなので、とても楽しみである。

 

 

続いて、今年度の大河ドラマについて触れたいのだが、こちらはあまり評判はよくないようだ。

 

視聴率も良くなく、ピエール瀧の問題で、追い打ちをかけられるというか、まさに滝行である。

 

さて、こちらの舞台は、1909年前後と1960年代の東京となる。

 

双方の時代を行ったり来たりしながら、物語は展開されていくのが、中心にあるテーマは言うまでもないがオリンピックである。

 

大河ドラマではあまり描かれていないようなテーマであり、来年のオリンピックを前にとても興味深い内容といえる。

 

 

さて、ここで着目して置きたいのだが、「なつぞら」と「いだてん」の時代が重なっていることである。

 

これはもしかするともしかするのではと期待してしまう。

 

それは、双方の時代が重なり、キャラクターが交わることになるのではないかということである。

 

どういう演出になるのかはわからないが、クドカンワールド全開でなにかしてくれると期待してしまう。

 

そして、先日、続編が放送されたばかりの「ひよっこ」にも注目したい。

 

もはやこじづけであるが、ひよっこの舞台はオリンピック目前の1964年である。

 

これはこれで、どこかのタイミングで、みね子がいずれかの舞台に出演する可能性があるのではと思い做す。

 

まあ、勝手な期待と妄想であるが、そうなると本当に盛り上がるよね。

 

 

それでは、他の関連性も考えてみよう。

 

まず、なつぞらのナレーションが内村光良ということ。

 

内村さんは、オリンピック生まれということもあり、いだてんに出演するのではないだろうか。

 

「なつぞら」と「いだてん」と「ひよっこ」は、全部ひらがな。もはやこじづけでしかないが。

 

そして、四文字。

 

NHKと全く関係ないけど、浦沢直樹待望の新連載は「あさドラ!」舞台も1960年代のようです。

 

これももしかするともしかするのではと、訝しんでしまう、今日このごろです。

 

 

追記:

なつぞらは、朝ドラという世界観自体の二次創作として機能しているのかも知れない。

二次創作的アニメ的メタ朝ドラ的作品ということかも。

 

以上。