ちょうど二十年前に、小学校を卒業した。徒歩十分圏内で通える学校で、当時のぼくにとっては溜まり場的な場所だった。勉強のためというよりも、友達と遊ぶために通っていたように思う。ときどきぼくは、あの頃に戻りたいと言う。あの頃とは、紛れもなく小学校時代である。青春を謳歌することができた思い出の場所である。
その思い出が詰まった学校が、今月の末に廃校となる。去年の夏頃にそのことを知ったのだが、とても複雑な気持ちになった。当たり前の場所が、当たり前でなくなる。それはぼくの一部が失われてしまうような喪失感であった。
有給休暇を取り、閉校式に出席することにした。会社を休んでまで参加することかと言われるかもしれないが、ぼくにとって母校が廃校となることは、とても重要なことだと思うのだ。廃校となる瞬間に立ち会いたいし、思い出を含めて整理したいと考えている。
いれず、そうなるのだと思っていた。だけど、これほど早く廃校となるとは思わなかった。小学生の頃、三十年内に南海大地震が起こると口が酸っぱくなるほど言われていた。数カ月に一度の避難訓練があり、小学校は町の避難場所でもあった。南海大地震が起こること想定していたが、あの頃の僕らは、小学校が廃校となるとは夢にも思わなかった。ずっとそこにあり続ける、拠り所のような存在だったのである。
ぼくの町からいろんなものが無くなっていく。産婦人科がなくなり、おもちゃ屋がなくなり、その延長線上の先にある結果として、小学校はなくなってしまうのである。それは子供の減少が関係していると思うのだが、言い換えると、地方の限界を意味しているのではないかと思う。国自体の体力がなくなっていくと、再分配に重きを置き、不要なものであったり、政治家にメリットのないものは切られてしまうのである。地方自体は、もはや不利益な場所であり、邪魔な存在でしかないのかもしれない。
幻想から一番遠い場所に、その国の未来を知るためのヒントがあり、地方はそれを体現している。いま、ぼくは東京に住んでいる。養老孟司が都会について、人間の頭の中の理想を具現化したものだといっていた。東京と比して、地方はその対極にあり、幻想とたりえない場所でしかない。幻想とはなにか。幻想の消失は、共同体の解体を意味する。いずれ、ぼくの町自体もなくなってしまうのだと思う。それはそれでしかたのないことであるが、ぼくの一部が欠けていくことを意味する。思い出として、昇華され、その幻想の中で美化されていくのだろうが、手で触れることのできない距離感で存在することは、もはやファントムでしかない。
子供のいない小学校は、魂の抜けた人間のように、モノでしかない。今際の際で、半世紀以上の歴史の学校が、なにを語りかけるのだろうか。ぼくになにを伝えてくれるのだろうか。三島由紀夫の金閣寺で、主人公は幻想を抱いていた神秘的な金閣寺を目の当たりにして、その理想とは違う姿に幻滅してしまう。そして彼は金閣寺に火をつけることで、消えゆく美を見出そうとし、それは有限性を獲得することであり、幻想の中の金閣寺のように輝きを取り戻すことができるのである。
廃校になるということは、同様に有限性を獲得することであり、小学校自体が思い出とともにキラキラと輝き始めるようになることである。ぼくが喪失感を覚えつつ、廃校に魅了されているのは、そのような作用があるからでもある。廃校になるまで一ヶ月をきった。もうすぐ、母校はなくなってしまう。とても寂しいけど、口ずさむような声で、「お疲れ様」と声をかけたいと思う。