センテンスサワー -11ページ目

センテンスサワー

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ちょうど二十年前に、小学校を卒業した。徒歩十分圏内で通える学校で、当時のぼくにとっては溜まり場的な場所だった。勉強のためというよりも、友達と遊ぶために通っていたように思う。ときどきぼくは、あの頃に戻りたいと言う。あの頃とは、紛れもなく小学校時代である。青春を謳歌することができた思い出の場所である。

 

その思い出が詰まった学校が、今月の末に廃校となる。去年の夏頃にそのことを知ったのだが、とても複雑な気持ちになった。当たり前の場所が、当たり前でなくなる。それはぼくの一部が失われてしまうような喪失感であった。

 

有給休暇を取り、閉校式に出席することにした。会社を休んでまで参加することかと言われるかもしれないが、ぼくにとって母校が廃校となることは、とても重要なことだと思うのだ。廃校となる瞬間に立ち会いたいし、思い出を含めて整理したいと考えている。

 

 

いれず、そうなるのだと思っていた。だけど、これほど早く廃校となるとは思わなかった。小学生の頃、三十年内に南海大地震が起こると口が酸っぱくなるほど言われていた。数カ月に一度の避難訓練があり、小学校は町の避難場所でもあった。南海大地震が起こること想定していたが、あの頃の僕らは、小学校が廃校となるとは夢にも思わなかった。ずっとそこにあり続ける、拠り所のような存在だったのである。

 

ぼくの町からいろんなものが無くなっていく。産婦人科がなくなり、おもちゃ屋がなくなり、その延長線上の先にある結果として、小学校はなくなってしまうのである。それは子供の減少が関係していると思うのだが、言い換えると、地方の限界を意味しているのではないかと思う。国自体の体力がなくなっていくと、再分配に重きを置き、不要なものであったり、政治家にメリットのないものは切られてしまうのである。地方自体は、もはや不利益な場所であり、邪魔な存在でしかないのかもしれない。

 

幻想から一番遠い場所に、その国の未来を知るためのヒントがあり、地方はそれを体現している。いま、ぼくは東京に住んでいる。養老孟司が都会について、人間の頭の中の理想を具現化したものだといっていた。東京と比して、地方はその対極にあり、幻想とたりえない場所でしかない。幻想とはなにか。幻想の消失は、共同体の解体を意味する。いずれ、ぼくの町自体もなくなってしまうのだと思う。それはそれでしかたのないことであるが、ぼくの一部が欠けていくことを意味する。思い出として、昇華され、その幻想の中で美化されていくのだろうが、手で触れることのできない距離感で存在することは、もはやファントムでしかない。

 

子供のいない小学校は、魂の抜けた人間のように、モノでしかない。今際の際で、半世紀以上の歴史の学校が、なにを語りかけるのだろうか。ぼくになにを伝えてくれるのだろうか。三島由紀夫の金閣寺で、主人公は幻想を抱いていた神秘的な金閣寺を目の当たりにして、その理想とは違う姿に幻滅してしまう。そして彼は金閣寺に火をつけることで、消えゆく美を見出そうとし、それは有限性を獲得することであり、幻想の中の金閣寺のように輝きを取り戻すことができるのである。

 

廃校になるということは、同様に有限性を獲得することであり、小学校自体が思い出とともにキラキラと輝き始めるようになることである。ぼくが喪失感を覚えつつ、廃校に魅了されているのは、そのような作用があるからでもある。廃校になるまで一ヶ月をきった。もうすぐ、母校はなくなってしまう。とても寂しいけど、口ずさむような声で、「お疲れ様」と声をかけたいと思う。

奇跡の話がしたい。

 

奇跡の話をしないと、この世界に絶望し、背を向けてしまいそうになるからだ。

 

ぼくが厭世的だからかもしれないが、この世界は出来レースであり、生まれた瞬間にすべてが決定されていると思ってしまう。

 

出自を呪い、階級を飛び越えることをあきらめ、小さな幸せを見つけることに目を向けて、すべてを誤魔化して誤魔化して。

 

日本に生まれた時点で勝ち組とよく聞くが、ぼくたちは社会的な生き物であり、目の見える範囲で相対的判断のもと自己を位置づける。

 

領土を超えて世界に目を向けるほどの想像力をもっていないのだからしかたがない。

 

だが、である。

 

この世界にはチャンスはたくさん転がっている。

 

なんらかの才能をのばし、成功する可能性がある。

 

ただ、それはとてもとても確率の低いことである。

 

たった一度しかない人生で、その確率の低いことにチャレンジすることは、無謀ですらある。

 

背負い込めば背負い込むほど、たった一度しかない人生で、失敗は許されない。

 

失敗はしたくない。だけど、夢を追いかけたい。

 

そういった揺らぎの中でいつも身動きできなくなってしまうから、奇跡の話がしたいのである。

 

 

ぼくがこの世界に生まれてくることができた確率はどのくらいだろうか。

 

天文学者のフレッド・ホイルは、単細胞生物が生成する確率を、「がらくた置き場の上を竜巻が通過し、その中の物質からボーイング747が組み立てられる」と同じである説明する。

 

ぼくらは言わずと知れた多細胞生物である、それも複雑な。単細胞生物とはわけが違う。さらに奇跡的な確率をくぐり抜け、生成されている。

 

それは、ぼくらが想像すらできないほどの天文学的数字なのである。

 

運命? 奇跡? 言い方はなんだっていいが、それを考えると、少ない可能性ですら希望を見いだせる気がするのだ。

 

成功確率1%以下であっても、その一桁に輝きが生じて、夢を託してみたいと思う。

 

ステージ4の末期癌であっても、生還するために、奇跡を信じてみたいと思うのだ。

 

両親が出会わなければ、互いの祖父母が出会わなければ、ホモ・サピエンスとして進化しなければ、生命の種が地球にたどり着かなければ、地球が太陽の周りを公転してなければ、太陽系が存在しなければ、そもそもビックバンが起こらなければ、ぼくたちは存在すらしていないのである。

 

宇宙誕生にさかのぼり、その時点からの仮定法過去のパラレルワールドがあったとしても、間違いなくぼくらは存在していない。

 

その奇跡を肌で感じてさえいれば、たった一度しかない人生、勇気を出してチャレンジできるはずである。

 

ハイデガーは、死を意識することで生が輝き出すと、独自の存在論を問いた。

 

「存在と時間」の中で説明されていることであるが、それは不確かな未来を先取りすることで、今を意識することができるという理論である。

 

ぼくのアプローチは、逆だ。

 

過去の奇跡をたどることで、未来の可能性の分子を限りなく小さくしていくという試みである。

 

ぼくたちは、何者にでもなれる。

 

ぼくは32歳であるが、まったく遅くはないと思っている。

 

子供の頃、白いキャンバスに描いていた夢のように、素敵な絵を描けると思う。

 

大人にああだこうだ言われていつの間にか色が重なり真っ黒になっていると感じている人もいるとは思うが、黒いキャンバスには白い絵の具で上書きしていけばいいと思うのだ。

 

 

精子は白い。

 

なぜ、白いのかと時々思う。

 

それは白いキャンバスと同じ理屈ではないのか。

 

何者にでもなれるように無色として生を受けたのではないだろうか。

 

ぼくたちは、何者にでもなれる。

 

むしょくだって構わない。

 

生きていれば、いずれ、チャンスは巡って来るはずだ。

 

だから、奇跡の話がしたいのである。

週末は決まってサウナにいく。

 

一週間分の汗を出し切り、体を軽くするためだ。

 

だが、翌日から便秘になる。

 

体中の水分が無くなってしまったため、腸の状態が悪くなってしまうためだろう。

 

一週間以上、排泄できないときもある。

 

 

現在、二週間目突入中である。

 

下腹ポッコリ、ガス爆発寸前。

 

腸がパンパンになって、苦しいのなんのって。

 

いま、アルトバイエルンのようになっちゃってるんだけど、

 

これを茹でて食べるか、焼いて食べるか、ずーーと考えてる。