センテンスサワー -12ページ目

センテンスサワー

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月の表面にはたくさんの穴があり、それはいわゆるクレーターという大きな窪みのことである。

 

どのようにしてクレータはできてしまったのか、それは諸説あるが、隕石が衝突したとか、火山の爆発だとか、うさぎが杵でつきすぎたとか、ウンタラカンタラ。

 

クレータは月面に何万とあり、表層を覆っている。

 

授業で習って、売る覚えであるが、なんとなく知っていることである。

 

 

昔のひとは、そのことを知らないため、遠くから月を眺めることしかできなかった。

 

ねえ、お父上、あの黒い模様はなに。月にはなにがあるの?

 

あれかい、あれは、うさぎさんがお餅をついているんだよ。

 

てな具合に、気の利いたことを言ったのだと思う。

 

あれは、プロセラルム盆地といってね、彗星が衝突してできたんだよ、と真面目に答える父親よりも、よっぽどユーモアがあっていい。

 

 

月と地球との距離は、約40万キロほどである。

 

手をのばしても届かない、肉眼では認識できないほどの距離である。

 

そこには想像力が働く。想像力で、そのアナを埋めようと試みるのである。

 

いつであっても、見上げれば、そこにあるはずなのに、それ以上知ることができない不気味なもの。

 

それを、身近なものに置きかえることで、それを馴染みなものとして、馴染みなものをもって、想像するのである。

 

 

そういった意味でも、月と地球の距離はとても絶妙な位置にあると思う。

 

手が届かないからあきらめがつき、想像力で誤魔化して、茶化すほどの存在である。

 

誰も月に行こうとは思はない。考えすらしなかっただろう。

 

だが、20世紀となり、科学技術の進歩により、月と地球の距離は縮まっていく。

 

ライト兄弟は、1903年に世界初の有人動力飛行に成功した。その60年後に、ロシアが世界初の宇宙空間での飛行に成功する。それから、6年後に、人類は月に到達することになるのである。

 

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」というアームストロングの言葉はあまりにも有名である。

 

現在上映中の「ファースト・マン」では、科学的知見と科学的史実に基づき、人類で初めて月面に着陸した男の話となっている。本作は、ある意味ハードSFとしても十分楽しめる作品でもある。

 

なぜ、月を目指すことになったのか。どのような訓練をして、どのような技術を利用したのか。そして、彼らの家族はどのような心境であったのか。それらをうまく絡めて描かれている。

 

 

そして、月への到達は、アメリカの思想的にも必然的なチャレンジだったといえる。

 

情報学研究者であるドミニク・チェン氏は、アメリカの幸福について、以下のよう説明する。

 

「アメリカ人にとって幸福とは、自身で獲得したステートである」のだそうだ。

 

つまり、チャンスを掴むことが、アメリカ人にとっての幸福の認識の仕方なのである。

 

西洋思想を起源とするその考え方は、神に近づくために、科学技術の成果と達成を目指し、いずれ人間自体が神となることを目的としている。

 

人類で初めて月に到達するというのは、アメリカにとっての地位を獲得するためであり、思想的にも重要な出来事であったのである。偉大な飛躍とは、神に近づいたといっても過言ではないだろう。

 

理数的に計算をし、確率を数で超越するというアメリカ的な発想も、進歩する上では仕方ないことではあるが、月への到達は、数々の事故と犠牲のうえで成り立っており、その点も「ファースト・マン」でちゃんと描かれている。

 

そのような思想があるからこそ、人類で初めて月面着陸というステートが獲得できたのである。

 

 

ちなみに東洋の幸福の認識には、福という文字があるように、そこにはラック(運)が介在する。

 

その定義は、今の幸福度は、運の巡り合わせによるものであり、運に基づく幸せであるそうだ。そのため、幸せな状態が続いているときに、次に不幸が訪れるのだと不安になるというのである。

 

うん、こっちのほうがいいね。

五年前の二月に上京してきた。その時も、今日と同じように雪が降っていた。その数日前まで、雪害と呼ばれるほどの豪雪だとニュースで取り上げられていたため、あれやこれや心配していたのだけど、思いのほか葉が舞い落ちる速度で小雪がちらついている程度だった。道沿いに集められた雪の塊は、豪雪の傷跡をそれとなく教えてくれていた。

 

子供の頃、雪が降るという朗報は、無条件に気持ちが高まり、うっひょうーと空を見上げながら、いつ降るかわからない雪を、今か今かと待っていた。愛媛県では、数年に一度降るかわからない程度の確率で雪が降る。そのため、雪にまつわる文化や言語は、実感としてあまり馴染みがない。そのためか、「国境のトンネルを抜けると、窓の外の夜の底が白くなった」という川端康成の冒頭の一文は、未知の文化圏へと足を踏み入れる、素晴らしい表現だなと感じていた。

 

昨日、会社の先輩から「明日雪が降るらしいよ」と言われて、「へえー」とそっけない乾燥した言葉で返事をした。当時のように嬉々とすることもなく、心が一ミリも動かない自分に驚きすらしなかった。子供の頃は、背が低かったためか、すべての世界を見上げていた。目線の先にはなにもなく、上から与えられたモノやコトが、ぼくを魅了し、そのたびに世界が広がっていく気がした。その中でも雪はぼくにとって特別な存在だった。

 

はじめて触れるまで雪が冷たいものだとは知らなかった。温かいものだと思っていた。手のひらに触れた瞬間に溶けた雪の儚さに愛しさを覚え、それを固めてぶつけ合う雪合戦の暴力性に快感を覚え、そんなことをしながら、雪の輪郭にメイクを施していった。「風邪をひくわよ」は、雪遊びの終了を告げるホイッスルである。それを聞くと寂しくなったのを今でも覚えている。

 

 

どこの誰が、雪のことをロマンチックだと表現し、解釈を加えたのだろうか。もはや、なにかを売るための記号であり、商売道具の一つだと感じざるおえない。雨は夜更け過ぎに雪へと変わり、その瞬間に付加価値を帯びる。資本主義の化け物に変わるのである。

 

ロマンチックを餌に、欲望が渦巻き、ラブホテル街に灯がともる。「国境のトンネルを抜けると、窓の外の夜の底が白くなった」という川端康成の一文を先ほど取り上げたが、もはや下ネタにしか聞こえない。「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」という素敵な歌詞でさえ、もはや下ネタに聞こえざるおえないのである。

 

「雪やこんこ、あられやこんこ」と口ずさみながら、夜のまちを歩いてみようと思う。留まらない、留まれない雪の儚さに、葉が舞い落ちる速度だけ、うっひょうーと雪が溶けない温度で高揚しようと思う。頭の中を真っ白にして。

週に4日は筋トレに行くようにしている。できる限り習慣化しようと試みるのだが、なかなか続かない。

 

なんていうか、筋トレに行くまでが一番の気苦労で、なかなか重い腰があがらない。

 

憂鬱でしかたがない。めんどくせえ、まあ、明日から本気を出せばいいかと思考が日和る。

 

よっこらしょっと、重い腰を上げるまでが、ぼくにとって、筋トレの99%以上のウェイトを占めるといっても過言でない。

 

バーベルよりも、キングベンチよりも、重い腰こそ、一番の筋肉トレーニングなのである。

 

 

重い腰があがればこっちのもんで、靴紐を結んだら、意気揚々とかっ飛ばし、ジムまで走ってくゆく。

 

習慣化することが大切だ。筋トレも重要であるが、いかに嫌なことであったとしても、習慣化をするか。

 

その訓練をぼくは大切にしたい。

 

 

先週の日曜日に、TOHOシネマズ シャンテで「ライ麦畑の反逆児」を観てきた。

 

本作は、累計6500万部を超える「ライ麦畑でつかまえて」の著者であるサリンジャーの半生を描いた作品である。事実は小説よりも奇なりというが、彼の人生は、著作を超えるほど、ドラマチックであり、波乱万丈であった。

 

第二次世界大戦を経験し、出兵時に恋人をチャップリンに奪われ、度重なる不条理の数々に翻弄されながらも、書くことを止めなかった。根拠なき使命を帯びて創作をする様は、本当にカッコいいと思った。

 

だが、撤兵後、PTSDによるストレスで、主人公は創作できなくなる。なんどもペンを執るが、震える手をとめることができない。執筆が進まず、暗雲立ち込める最中、ある人の助言により、彼は少しづつではあるが、以前の輝きを取り戻し、執筆を再開させる。そこで取り組んだことこそ、瞑想と毎日書くことを習慣化することである。

 

習慣化こそが、彼らしさを取り戻し、「ライ麦畑でつかまえて」という大作を生んだといっても過言でない。

 

 

再度繰り返すが、習慣化することは大切なことだ。

 

それがなんであろうと、その積み重ねが血となり肉となり、そして筋肉となるのである。

 

今日は、太ももがピリピリするくらい、からだをいじめてやった。

 

明日、痛みを伴うだろうが、それはそれだ。