生命は無数の生命の集合体 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

生命とは無数の生命の集合体。

運命共同体であり、ひとつの生命は宇宙規模のオーケストラのようなもの。

一個の単体細胞までが自らの役割を忠実に果たし、調整や修復まで自分でやっている。

 

その命運は総指揮者である「心 意識」が担い、意識だけが行動計画を立てることが出来、動物なら筋肉を自在に動かせるが他の部署への指揮は及ばない。

オーケストラの指揮者がそうであるように、全体は指揮出来ても各部署の個人能力まで指揮は及ばない。

 

この生命の仕組みは全体に及び、パーツごとに引き出しに入れて研究しても解明出来るものではない。

指揮系統も血液も全体に及び繋がっているのだから分けて考えることは出来ない。

 

野菜に水と肥料を与えれば育つ。

これだけ知れば栽培、農業はやれるが、植物の仕組み、表土の仕組み、生物循環の仕組みの理解とは何ら関係がない。それと同じようなもの。

 

それらが理解出来なければ異変の対処も出来ない。

動物、人間も同じなのだ。

 

文明の現状はそうなっている。

異変にまったく対応出来ず、長期にわたって先の見えない研究の迷走が続いている。

 

しかし、文明と離れた自然界はそうなっていない。

そこに間違いを修正するヒントが溢れているのだが、そこに目を向けない限り気付くこともない。

 

植物は歩けないからと言って移動出来ないわけではない。

環境に合わせて立体的に、上にも横にも地下にも自在に体を伸ばし、その判断も的確。

 

虫を使って受粉させ子孫を増やす知恵もあれば、落下傘のように種を風で飛ばす知恵もある。

地表を這うだけでなく地下トンネルを掘って子孫を増やす技も、他のものに巻き付く技も、果肉を提供して中の子孫を動物に遠くへ運ばせる技も持っている。

 

これらはすべて偶然であるはずもないのだから、心も意志もある。

最初から植物はそのように出来ている・・などと言葉でまとめられるものではなく、知性の成せる技。

心なくして意志も知性も育つはずもない。

 

人は植物の上に立つことは出来ない。

植物に同じ生き物として敬意を持つ、協生農法の理念だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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