協生農法理論はじめ心体維持復元理論など難しい名が付いているが、個々の理論は単純簡単であり、その単純なことがすべて繋がっているから混乱する。
現学校教育は一方通行の記憶方式が大半であり考えるよりも覚える学び方、自ら考え組み立てることがない。
数学や物理学にはその方法は通用しないが、高度な仕組みを有する生物学も同じだ。
生物学の基盤となる「動植物の仕組み」を暗記科目にしたのが人類最大の過ちであり、肝心の仕組みが置き去りにされ、それに気づく人もその欠陥を指摘する学者もいない。
野人は、覚える知識中心の生物学に単純な物理論を持ち込み、間違いを修正しようとしているが、学ぶ人の大半は生物学が物理だという認識がなく覚えようとするから理解が困難になる。
難しい言葉がないので言葉の意味は誰にでもわかるが、肝心の仕組みが理解出来ない。
仕組みを解き明かした野人思考は、思考の起点も順路も一般的ではない。
しかし誰も解けない難問を簡単に解き結果を出すことにおいて半世紀以上の実績がある。
シンプルな道を作れば難問は難問ではなくなる。
昨日の記事は人類最大の難問「がん」の記事だったが、これも単純であり思考次第で簡単に解ける。
「どれほど努力して健康的な食生活を送っていても、がんになる時はなってしまいますし、ましてやがんが食事だけで治ることはありません。」
この内科医の言葉の中に大きな矛盾があり、何を食べてもがんになり、何を食べても治らない・・そう言っているのではないかな。
つまり・・
「何を食べても野生動物がならない病に人間だけがなり、何を食べても人間だけが治らない」
これが最大のヒントだな。
この「何を」が問題であり、人間と野生動物の食べ物の違いを比べればよい。
食べ物の大半は動植物であり、見た目も中身も似たようなもの、だから違いは視点から抜けているのだが、本当にそうかな。
結果からすれば、人間の学問・食べ物が正しいのではなく、病気にならない野生動物の食べ物が正しいと言うことであり、そこから思考を進める。
「何を食べても」と言う前提だから、個々の「あれが体に悪い」「これが良い」などというレベルではなく、すべてに共通していることを探せばよい。
人間の食べ物すべてと、野生動物の食べ物すべてに共通した違いは、食べ物に何かをした人間と、何もしない動物の差しかない。
つまり・・「作ったか 作らないか」だな。
食べ物である植物や動物をどうやって作り育てたかは、野人が言うまでもないだろう。
それが全て余計なことだと言うことだな。
何故余計かは簡単にわかるが、わからずとも結果が明白ならそれで問題は解決する。 学問の為の学問は後回しでよい。
病不調の原因はがんに限らずすべて同じ、人間が全ての食べものに余計なことをしたからだ。
余計なことをしなければ問題は生じない。
余計なこととわからないのは、学問、特に大元となる生物学が間違っていたからであり、間違った理由は「道理」がまったくなかったからだ。
道理を明確にして生物学を物理系として再構築すれば農学・環境学・生態学・栄養学・健康学・医学もすべて正常になり、生命に関する問題は解決する。
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