6月の3日、鹿児島からの帰りに津久見泊、皆を連れて故郷の漁村へ戻った。
大塚本家を訪ねたが、一人で住んでいた親戚のおばさんは3日前に大分市の娘の家に引っ越したばかりで空き家になっていた。
今朝、その娘に電話を入れて安否を確認。
引き上げたわけではなく足の手術の為に家を空けただけで無事だった。
連絡を受けた病院のおばさんから電話が入り詳しく事情を聞いた。
リハビリでしばらく落之浦には帰れないようだが、鼻息は荒かった。
足の故障以外何一つ病気はなく、ボケる気配も全くない。84歳で自動車免許を更新したばかりだと言う。
港のサビキ釣りで小アジをどっさり釣り、アジのすり身を作っていたが、最近はさっぱり釣れんとぼやいていた。
集落のほとんどが空き家で、鉄筋3階建ての立派な小学校も何年も前から廃屋。
野人が知っている人はほぼ他界していた。
盆踊りも公民館の屋内で細々やっていたが、ヨボヨボの歌い手ばかりで・・
踊り手がいない・・ので止めちゃったらしい。
本家のおばさんは2010年の記事「野人珍話列伝 亡霊と夜更かし4」に登場している。
ヤマハ入社が決まった時、社長直轄の特務員だったので興信所の人がここまで素行調査に来た。
相手が誰かも知らずにペラペラ喋り過ぎたおばさんは、後から不安になって電話して来たのだ。
皆で止めるのも聞かず、峠を越えた亡霊の浜で1週間一人で泊まり込み、空手の特訓をしたお野人のことを事細かに喋ったらしいが何の問題もない。
大学生の頃、帰省した時に8歳くらいだったこの娘も昼間この場所に連れて行って海水浴のお守りをしたことがある。
この娘の兄は2008年の記事「噛みつく大盛りアナゴ丼」に登場。
野人6年生、兄5年生、櫓を漕いで隣の浜へアナゴの潜水漁に出かけた。
二人で潜って15匹くらい捕獲したのだが、浜で大きなアナゴに噛みつかれた野人の指を見て・・
「たかし兄ちゃん ボタボタ血じゃ血じゃあ」
「わかっちょるわい その辺でヨモギとって来い」
この「小学生の食糧調達奮戦記」は雑誌に1年間6回連載した。
この兄妹とはもう何十年も会っていないが、そのうち会えるだろう。
とにかく空き家にならずおばさん達者でよかったな。
伊勢に墓を移すまでは長年墓のお守りもしてくれていた。
おばさんが帰らなければ生まれ故郷で話せる人もいなくなる。
今日はむー母の命日。
覚えていたわけではなく「4年前の今日の記事」の表示でわかった。
近々線香もって墓参りするかな・・
3階建ての立派な小学校も既に廃校
生まれ故郷の漁村に戻る
https://ameblo.jp/muu8/entry-12601580171.html
野人珍話列伝 亡霊と夜更かし4
https://ameblo.jp/muu8/entry-10622003447.html
噛みつく大盛りアナゴ丼
https://ameblo.jp/muu8/entry-10087505549.html