噛み付く大盛りアナゴ丼 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

小学校5年生の頃、櫓の漕ぎ方を覚え得意満面だった。

お盆に里帰りした親戚の家族を8人くらい乗せて、約1キロくらい離れた浜へ木造船を漕ぎ出した。

櫓が外れたり、同じ所をぐるぐる回ったり悪戦苦闘した記憶があるが、6年生の頃には体力の続く限り漕げるようになった。

 

浜へ着くと乗客は放っておいて岩場に一直線、モリを手にして素潜りを始める。

さざえ、あわび、たこ、さかな・・・食い物の宝庫だ。

獲物は腰に巻きつけたネットに片っ端から放り込む。

親戚の中学生が「たかしちゃんよ~く見ちょれ!」と言って深みに潜った。

あっという間に海底の岩の中に吸い込まれ、上がってきた時にはあわびを手にしていた。

当然そのお兄ちゃんを神の如く崇拝、漁師になると思っていたのにいつの間にか教師になっていた。学校でモリの使い方も教えているのだろうか。

 

浜で薪を集め片端から獲物を火にくべる。タコにサザエ、アワビ、魚・・赤くなりかけたタコも灰にまみれて真っ黒になったが気にせずそのままかぶりつく。

おにぎりだけ持参しておかずはいつも現地調達だ。岩清水も湧いている。

モリも竹にゴムをつけて自分で作った。

最初はまったく魚に当たらなかったが、中学高校と進むにつれイシダイ、クロダイなど面白いほど突けた。

 

小学6年の夏、5年生の子分にアナゴ漁に誘われ、その子分に船を漕がせた、浜に2mくらいの塩ビパイプを数本投げ込んだ。

二日後、その場所に潜り、片手でパイプを塞ぎ、片方を水面上に持ち上げたまま浜に上がり、中の水を出すとアナゴが数匹飛び出し、思わず「すげ~な!」と興奮。

手で掴んだとたん親指にアナゴがガブリと噛み付いた。

「イテ~!」と振り払ったがしつこくぶら下がっている。

はたき落とすと皮膚が破れて血が噴出した。

 

「たかし兄ちゃん、ボタボタ血じゃ血じゃあ!」

 

「わかっちょるわい!その辺でヨモギ取って来い」

 

「何でアナゴが噛むんじゃあ!何でもっとはよう言わんのじゃバカタレ」

 

「ごめん・・言おう思うたらすぐに掴むけん!歯があるんじゃ」

 

「う~イテえのう イテエ・・・」

 

ヨモギを石で叩いて潰して当てるとすぐに血は止まった。

当時はバンドエイドもなく放っておいた。

全部で15匹くらい持ち帰り、さばいて蒲焼にして1日がかりでたいらげた。

あの美味さに比べたら名誉の負傷なんてどうってことはなかった。

 

アナゴの味には今もうるさい。アナゴの一番旨い食べ方は、さばいてすぐに蒲焼や天ぷらが基本だ。時間を置けば味は半減する。

アナゴはうなぎのような生命力はなくすぐに死んでしまう。

握り寿司も手の込んだ煮アナゴが中心で柔らかくそれなりに旨いが、さばいてすぐの蒲焼は身が反り返るほど締まっている。

歯ごたえもギチギチしているが文句なく旨い。

流通の問題で、ギチギチアナゴを食べた事のある人は少ない。