カニだらけの人生 鉄ガニの逆襲 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

カニと言えば日本海の冬の味覚・・そんなイメージがあり、カニと温泉を求めて日本海へと足が向く。ズワイガニ、タラバガニ、北海道の毛ガニ・・確かに美味しくて一般的だがやや淡白で水っぽい。個人的にはそれらに比べて身の締まったワタリガニが好きだ。ズワイガニなどの深海のカニに比べて小ぶりだが、太陽のあたる沿岸で捕れるせいか味が豊かだ。ワタリガニとは正式名ガザミの仲間の総称、後ろ足がヒレ上状で海を泳いで渡るところからこの名がついた。船から簡単にすくえることもある。この仲間のボスに、知る人ぞ知る化け物ガニがいる。2キロ近くなり、甲羅が鉄兜そっくりな「恐怖の鉄ガニ」だ。初めて出くわしたのが二十数年前の屋久島の河口。氷のように冷たい川に夜潜り、数キロもある巨大うなぎを捕っていて巨大なカニに出くわした。後ろから捕まえようとしたらスックと起き上がり、振り返りざま逆襲してきた。ファイティングポーズもサマになり、巨大な爪を振り回し、向かって来るので思わず後ずさり、近くにあった棒で押さえつけようとしたら苦もなく取られ、しかも水中でバキバキ・・と音を立てて真二つ、獰猛・・。爪は人の拳よりも大きくて握力では明らかに負ける。一旦引き下がり、出直して大きな網で捕まえたが、重さは1、5キロだった。広いイケスに入れて観察、足を近づけると例のプロレスばりのポーズで威嚇、水面上に爪を出して、靴の先を挟んで離さず穴が開いてしまった。何とも他に類を見ない凶暴なカニだ。食用かどうか地元で聞いたが、誰も食べたことがなく性格も悪いし不味そうだった。本社から社長が来て食べたいと言う。やめておいたほうが・・・と社長に進言したら、「バカ!食べてみないとわからないだろうが」と叱られた。不安そうな料理長と遠くから食べるのを見ていたら、社長が手招きして呼んでいる。前に座ると、一言・・「お前、食ってみろ・・」。毒味唇役として食べてみるとこれがまた旨かった。何も喋らず一気に食べようとしたらストップがかかり交代した。味は濃厚で重いという表現がピッタリ。ガザミをさらに美味しくした芳醇な味だ。それ以来、病み付きになった。汽水域を好み、たまに網やかごで捕獲される。甲羅の前面がノコギリ歯のようになっているので、学名「ノコギリガザミ」と言う。房総半島から南の沖縄、東南アジアなどに分布、貴重な食材になっているのは後で知った。河口の土に穴をあけて住み着くので通称「土手破り」、この名も納得した。浜名湖の特産にもなり、胴が丸いことから「どうまん」、高知では一番旨いカニの称号をもらい「真ガニ」、「えがに」、沖縄や西表島では「ガザミ」「マングローブ蟹」、東南アジアでは「マングローブクラブ」「マッドクラブ」と呼ばれている。マングローブのものはやや泥臭い。市場ではその凶暴性は封印され、爪ごとヒモで巻かれ売られる。アジアでは一般的だが、数が少ない国内では高価だ。それにしても1,5キロは超巨大なほうだ。その風貌と気性から、やはりこのカニは鉄ガニの名がふさわしいようだ。