「いかなるおとこたまうとも、きょうかたきならばしたがたまうべからず。いよいよごうじょうおんこころざしあるべし。こおりみずよりでたれどもみずよりもまじ。あおことあいよりでたれどもかさぬればあいよりもいろまさる。おなきょうにてはをはすれども、こころざしかさぬればよりもいろまさしょうもあるべきなり。かるれどもせんだんけず。みずさるれどもほとけはんえず、はなかぜれどもじょうはなしぼまず。みずだいかんばつすれどもこうりぬればせず」

 にちみょう殿どのの将来を案ぜられて「いよいよたゆみなきしんじんを」と励まされた一段ですね。
 「いかなるおとこたまうとも」ということ「将来にちみょう殿どのがたとえどのような男性と再婚することがあったとしても」ということなんですね。
 「きょうかたきならばしたがたまうべからず。いよいよごうじょうおんこころざしあるべし」
 もしその将来の夫が「しんじんをやめよ」とうならばそのことに対しては断じてしたがってはいけない。いよいよ強きしんじんに立っていきなさい。
 これは、にちみょう殿どのの将来を案ぜられてのだいしょうにんさまのおであります。
 しんじんというのは年月を重ね、どくを積めば積むほど同じほんぞんさまであってもそのどくまさってくるということおおせになっておられるんです。
 例えば、氷というのは水から出たのであるが水よりもつめたいではないか。
 またあおことあいよりでたれどもかさぬればあいよりもいろまさる」というのは昔のあいぞめにおいて植物から取ったあいというせんりょう において白い布を何回も何回もめていく。
 そして、何回も重ねていくうちに元の原料のあいの液体よりももっとごとな青色になっていくんです。
 これが「あいよりでてあいよりまさる」ということですね。
 それと同じように、同じほんぞんさまであったとしてもしんじんこころざしを重ねていくことによってどくを重ねていくならば人よりもいろまさどくも大きくなっていくのである。
 その積み重ねて身にそなわったどくというものは誰からも壊されるものではない。
 例えば、木というものは火に焼かれるけれども、せんだんの木は焼けないではないか。
 また、火は水に消されるけれども仏のはんの火は消えないのである。
 花は風に散るけれども、じょうはなしぼまないではないか。
 みずだいかんばつでなくなるけれども、あの大きなこうはいれば同じ水でもなくなることはないではないか。
 これと同じように、しんじんおこたらず積み重ねていったどくというものは、世の中がどんなに荒れ狂おうとも絶対ぜったいに壊されることはない。
 だいしょうにんのお姿を見てごらんなさい。だいしょうにんさまのお積みになったどくというのはおんがんじょ以来からお積みになったものである。
 よって、こっけんりょくおんくびねようとしてもすんごうの傷も負わせたてまつことができない。おんくびねることができないということは、だいしょうにんさまおんがんじょ以来お積みになったどくだからであります。
 ですから、私達も10年、20年、30年と月日を重ねてどくを積んでいく。
 その身にそなわったどくというのは誰が壊そうとしても壊せないんですね。


平成14年 4月5日 『乙御前御消息』御書講義