「ひとふねりぬれば、せんどうはかごとわるければいちどうせんちゅうしょにんそんじ、またつよひとこころなければおおくののうようなり。ほんこくにはかしこひとびとはあるらめども、たいしょうのはかりごとつたなければなし。つしこくつわものならびになんにょおおあるいころされ、あるいとらはれ、あるいうみり、あるいがけよりちしものいくせんまんことなし。またこんせなばさきにはるべくもあるべからず、きょうかまくらとはただつしごとくなるべし。まえたくして、いづくへもげさせたまへ。ときむかしにちれんかじともうせしひとびとたなごころはせきょうしんずべし。ねんぶつしゃぜんしゅうまでもみょうほうれんきょうもうすべし」

 もうの責めとぎゃくえん広宣こうせん流布るふについてのなんですね。
 初めにこっは運命共同体である、上に立つ者によって運命が決まってしまう」ということおおせになっておられるんですね。
 一つの船に乗れば、せんどうはかことが悪ければみんな同じように船に乗っている者全員がおかしくなってしまう。命があぶなくなってしまう。
 今の日本にっぽんもそうですよね「タイタニック日本にっぽん」なんてわれておりまするが、せいの進路の取り方が悪ければほんは破滅に向かうんですね。
 また、鬼のような強き体を持っていたとしても、心がだらしなければどれほどきんにくが発達しておっても何の役にも立たないというんですね。
 きんにくマンでも心がへなへなしておれば体力も無用になってしまう。
 それと同じように、ほんにはかしこい人が多くいる。
 しかし、いちにんの大将のはかことつたなければどうしようもなくなってしまう。
 だから、こっというのは運命共同体なんですね。
 多くの国民がおったとしても、それをどうするせいが、こくしゅが無能であるならば、あるいは悪人ならば日本にっぽんはおかしくなってしまう。
 ここで、だいしょうにんさまは「こくしゅだいしょうにんざいざいにする」その謗法の罪をおおせになっておられるんですね。
 その結果として、第1回のもうしゅうらいことおおせになっておられる。
 つし、そして九州全体の兵士達が多く殺された。

  それだけではない、その地域の男女も多くあるいは殺され、あるいはらわれ、あるいは海に身を投げてがけから落ちた者いくせんいくまんもいたということですね。
 それほどの多くの人々が痛ましいせいとなった。これが第一回のもうしゅうらいであります。
 さあ、次がだいなんですがまたこんせなばさきにはるべくもあるべからず」もうしゅうらいが必ずもう一度ある」ということげんであります。
 これもだいしょうにんさまほとけさまだからお分かりになるんですね。
 「文永11年のもうしゅうらいだけで終わるものではなく、必ずもう一度ある」こうだんげんであります。
 その通りに第1回が文永11年の秋10月、第2回がその7年後のだいしょうにんにゅうめつの1年前の弘安4年にもうしゅうらいがあった。それ以降はない。
 これも不思議ふしぎことですね。だいしょうにんさま「今一度あるべし」とおっしゃった。
 その通り、にゅうめつの1年前にもっとものすごいこくしんぴつがあって、その2回だけであとは終わってしまっているんです。
 これまことにだいしょうにんさましょてんに命じてなさしめるということの顕われだと私はおもっております。
 で、もし2度目のもうしゅうらいがあるならば、第1回とは似るべくもない。今度こそ大変である。
 京都・かまくら等は恐らく第1回のつしのごとくじゅうりんされるであろう。
 「その時には前に支度してどこへでも避難しなさい」おおせになっておられる。
 その時には、以前だいしょうにんことを嫌って「顔を見たくもない」「話など聞きたくもない」とこうっておった者どもも、自分の身が危うくなってくるならば手を合わせてだいしょうにんさましんずるにちがいない。
 念仏者や禅宗までもみょうほうれんきょうと唱えることになるであろうとおおせになっておられる。
 これは、ぎゃくえん広宣こうせん流布るふじゅんえん広宣こうせん流布るふを兼ねておおせになっておられるわけであります。
 でこのだいしょうにんげんのごとくに、第1回の文永11年、第2回が1年後の弘安4年、第1回の時の兵力が二万五千、第2回の兵力が十五万ですよ。
 第1回のもうしゅうらいの兵力は大軍とえどもまだ小さかったが、第2回の兵力は約6倍の十五万ですよ。
 この時はもうこくしゅフビライが本気になって日本にっぽん全土をじゅうりんして長期にわたって占領する目的があったんですね。
 ですから今いろんなりゅうひんが残っておりまするが、その中でのうはいっていたり、作物のたねはいっているんです。
 これは取りも直さずにっぽんを占領して、長期にわたって畑まで耕して滞在する」ということの目的を持っておったんです。
 まさに、この第2回の十五万のぐんぴょうというのが全部九州に上陸し、そして、ほん列島を縦断した時にその実力は十分あるわけでありますから、世界を侵略してきたもうが本気になってそのきたえぬいた戦法をもってほんぐんと戦えばあっという間に本州はじゅうりんされる。
 ですから、京都とかまくらつしのごとくになってしまうであろう。
 確かに、その兵力をもって軍事的なレベルでもってこのことを判じた時はこうなるんですね。
 ですから、まさにこの時にっぽんは亡んだんですね。


平成14年 4月5日 『乙御前御消息』御書講義