「とうせいひとびともうこくざりしときおごりは、らんありしやうかぎりもなかりしぞかし。きょじゅうがつよりはいちにんおごものなし。こししゝやうにちれんいちにんばかりこそもうせしが、だにたるほどならば、おもてをあはするひともあるべからず。たださるいぬをそれ、かゑるへびをそるゝがごとくなるべし。ひとえに、しゃぶつおん使つかいたるきょうぎょうじゃいっさいしんごんねんぶつしゃりっそうとうにくませてわれそんじ、ことさらにてんにくまれをかぼれるくになるゆえに、みなひとおくびょうになれるなり。たとえばみずおそれ、かねぢ、きじたかたましいうしない、ねずみねこめらるゝがごとし。いちにんたすかるものあるべからず、ときはいかゞせさせたまうべき。いくさにはたいしょうぐんたましいとす。たいしょうぐんをくしぬればつわものおくびょうなり」

 この段は、もうの責めというだいばつおびえるほんこくの姿を示された一段ですね。
 当世の人々がもうこくいまだ見ない時のおごりという物は、にちみょう殿どのぞんのように限りのないほどであった。
 しかし、去年の文永11年の10月にもうが初めて攻めてきたこのじつを見てからはほんこくちゅういちにんおごる者はない。
 まさに、ほんこくちゅうが真っ青になったんですね。とらほうこうを聞くひつじのごとくみんな震え上がったんです。
 でもうが実際に責めてこない以前におごっておった。誰も本気にしなかった。
 だいしょうにんさまは三度このことげんあそばしておられる。
 その最初は『りっしょうあんこくろん』の時でしょう。こくしんぴつの難を経文を引いてだんげんされてときいかんがんや」ということおおせになられた。
 二度目は竜の口の時に逮捕に来たへいのもんに対してつよづよだいしょうにんさまを倒すならほんの国の柱を倒すことになる。必ずやこくしんぴつがあるべし」ということおおせになった。
 そして、からお帰りあそばした時に只今申しましたごとくにかまくらの殿中においてへいのもん「よもとしごしそうらわじ」と三度おおせになられたけれども、それでも凡夫というのは本当にそのようになるまではしんじないんですね。
 いかにいわんや一般庶民においては「だいしょうにんさまがそのようなことわれている」ということを耳にしておってもみんなちょうしょうしておったんです。
 「ほんの国は四方を見渡しても海に囲まれているじゃないか。このほんにどこの国が海を渡ってくるものか」とってだいしょうにんさまだんげんをみんなちょうしょうしておった。
 だから、その時のおごりは限りもなかったのである。
 ところが、去年の10月にもうの責めがじつとなってからはいちにんおごる者はない。
 とらほうこうを聞くひつじのごとくおびえたというんです。
 すでに聞いているごとくに、ほんこくの中でただだいしょうにんいちにんがこのことを断言しておられた。
 そしてだにたるほどならば」ということことは文永11年の1回のもうの侵略だけで終わったのではない。もしふたたもうが責めてくるならば、その時はもう軍に対しておもてを合わせる者もあるとはおもえない。ただ猿が犬を恐れ、かえるへびを恐れるようにみんなおびえていくだろう」おおせられる。
 そして、だいしょうにんさまは「しゃぶつの使いたるきょうぎょうじゃ」と自らのおたちをこのようにおおせになっておられる。
 これは、きょうそうじゅんじての御表現ですよね。
 すなわち、上行菩薩としてしゃくそんぞくを受けたたちということであります。
 ただし、これはまだきょうそうじゅんじての御表現であって、実には下種のほんぶつにちれんだいしょうにんを時のこくしゅ・為政者がほんこくちゅうの真言師・念仏者・律僧等ににくませた。
 そしてわれそんじ」というのは「自ら招いたばちである」という事。
 ことさら、しょてんぜんじんの憎まれをこうむった国であるから皆がおくびょうになってしまうのである。
 たとえば、みずおそれ、かねじ、きじたかたましいうしない、ねずみねこめられるようなものである。いわゆる位取りがちがうんですね。
 そのように、もうの大軍を見ただけでぜんほんじゅうの武士がきもをつぶす。
 この時はいちにんたすかるものあるべからず、ときはいかゞせさせたまうべき」おおせられる。
 このおことりっしょうあんこくろん』のときいかんがんや」という事と同じことですね。
 「1回で終わるのではない。もう一度ある」ということだんげんであります。
 でいくさにはたいしょうぐんたましいとす」とのおおせがありますが、何十万・何百万という軍隊があったとしても、軍隊の集団行動のたましいは指揮を執るたいしょうぐんにあるわけでありまするからいくさにはたいしょうぐんたましいとす」おおせられるのであります。
 もしそのたいしょうぐんおくびょうかぜを吹かしておったならば、したがう兵隊はことごとくおくびょうになってしまう。
 だいしょうにんさまほんの武士団の指揮を執るほうじょうときむねへいのもん等がおくびょうかぜに吹かれている」ということだんげんであります。
 この間、去年でしたか『ほうじょうときむね』なんていう大河テレビドラマがあったようですね。私はあれは見る気がしなかった。
 くだらないはいゆうだいしょうにんに扮して出てくるんですが、聞いただけでもっておそれ多いとおもった。
 何というはいゆうでしたかね。おくえいというんですか(大笑)おそれ多い限りであります。
 ですから、私はああいうくだらない大河ドラマは見なかったんですが『ほうじょうときむね』の筋書きを見る限りにおいてまことにちがったものでくだらない筋書きであった。
 本当はほうじょうときむねへいのもんおそれてどうしようもなかったんですね。それをだいしょうにんさまはここにかっしておられる。
 なぜほうじょうときむねへいのもんおそれたかわかりますか。これは、一般庶民とはちがうんですよ。情報を握っているんですね。
 一般庶民は「もうが攻めてくる」といっても風評ぐらいしか分からない。
 ところが、かまくら幕府の首脳部になってくれば現実に「もうがいかにすさまじい軍隊であるか」をよーく知っているんです。
 なんせ東は満洲まんしゅうから西はちゅうかい沿岸に及ぶ全地球上に及ぶ領土を持ち、世界中を征服してきたみんぞくですよ。
 戦いの仕方も日本にっぽんとはまったちがう。その凄まじい侵略性、凄まじい残虐性、もうが侵略した後は何も残らなかったんですね。逆らう者は全部みなごろしであります。
 そういうような凄まじい侵略性をほうじょうときむねへいのもんは知っておる。
 だから、それがいよいよ本気になってほんを攻めてきた時に体の底から震えが来たんです。
 しかも、そのことが何に原因するかとえば、かつてだいしょうにんさまが三度に渡って「必ずこくしんぴつ来るべし」とおっしゃった事、そのだいしょうにんさまざいざいにした時にじつとなってきた。
 「これはぶつばちだ」ということほうじょうときむねはよーく知っておった。だからそこに体から震えが来たから臆してしまった。
 たいしょうぐんたるほうじょうときむねが臆してしまったならばつわものはことごとく本当に震えたんですね。
 「逃げながら戦った」というのがこの時のじっそうであります。


平成14年 4月5日 『乙御前御消息』御書講義