ですから、広宣こうせん流布るふの前夜にだいだいしょうにんさま遺命ゆいめい第六天だいろくてんおうの働きで正系門家からしょうめつするというようなことがあった。
 だいしょうにんさまちゅうせいつらぬくゆえに顕正会は立って、その遺命ゆいめいを守りたてまつった。
 「それではしょう本堂ほんどう誑惑おうわくのたばかりがばれてしまう」と池田大作はいかって、顕正会の口を封ずるために解散かいさん処分しょぶんを下した。
 その時に、池田大作が学会のかんに、あるいは宗門のかんに顕正会や私を指して「ほっに背く謗法ほうぼうにんだ」なんて悪口わるくちを散々いました。
 で、みんな口をそろえて訳の分からぬ連中が全部顕正会の悪口わるくちう。あさ悪口わるくちう。
 しかし私はうれしかったですね。「遺命ゆいめいのゆえに悪口わるくちわれて、一分いちぶんでもだいしょうにんさまに申し訳が立つ」ということで、むしろよろこびでもあった。
 その後顕正会はますますだいしょうにんしゅいただいて、づうの力も増してきた。
 顕正会が怖いんでしょうね。何としても池田大作は「顕正会をつぶさなければいかん」ということで顕正会をつぶさんとした。
 それにはどうするか。彼のかんがえた手はオウムしんきょう使つかことですよ。
 あのオウムしんきょうのまことに誰が見てもきょうあく犯罪はんざいしゅうだんというイメージ、これを彼はようして「顕正会は第二のオウムだ」「顕正会は拉致らち監禁かんきんぼうりょくとこれを実行じっこうするまことに恐ろしいしゅうだんだ」とこれを学会員にぜん教えたんです。
 ですから学会の人たちは、何とそんな馬鹿ばかげたことを本気になって信じたんですね。
 ですから「顕正会だけは怖いからはいっちゃいけない」なんてみんながそうってそのことを信じた。
 だからあれでしょう。顕正会ににゅうかいしてしょう目覚めざめた。
 その人に対して学会の幹部達が来て『どうしてもこれは心がひるがえらない』とおもうと、最後に何をうかというと「念仏ねんぶつを信じても、佼成会こうせいかいを信じてもいいけども、顕正会にだけははいらないでくれ」なんて罰当たりなことう(笑)。
 それくらい顕正会にはいことを恐れている。
 で妨害ぼうがいにおいては何をしたかというと、そのような「第二のオウムだ」「拉致らち監禁かんきんぼうりょくを振るう」といったならばそのうらけがなければいかん。
 そこで、学会がやったこと姦策かんさくは、しゃくぶくぎょうずるな顕正会のだんいんきょこくをするんですね。
 「ぼうりょくを振るいました」なんてことって警察けいさつう。
 警察けいさつ公明党こうめいとうの方から、あるいは学会の方からわれるとそういうことたいする。
 たとえそれがにんたいであってもたいしたというじつ。これが数年前にはじゅう何件なんけんありましたね。
 5,6年前でありまするが、そういうようなことにんたいだから1週間から10日ほどこうりゅうしてすぐしゃくほうするわけであります。
 しかし、たいしたたんにテレビ局、新聞しんぶん報道ほうどうするんですよ。
 何と何と、たいするその場をテレビ局のカメラが大勢おおぜい来て、そしてる。
 そういうようなことまでやって、それをみんな朝からテレビでもって流した。
 私は今でも覚えておりまするが、みのもんたがこんなことっておった。
 「私はのぶしんで(しんそうでやっているようでありまするが)、こういう顕正会みたいな」なんていう悪口わるくち平然へいぜんう。
 それこそ、こうきょうのテレビでそういうことをやることは許されることではないけれども、あえてそれが学会の強大な力、そこでもって広告こうこくを出してくれる広告主こうこくぬし、マスコミが全部ひれしておった。新聞しんぶんも全部ひれしておった。
 そして、警察けいさつ検察けんさつもどういうことか全部あつりょくに屈して、一体となって顕正会の悪口わるくちった。
 それでもなお足りず、理由もないのに顕正会のほん会館かいかんたく捜索そうさくをやった。千葉ちば会館かいかんたく捜索そうさくをやった。
 誰が見たってそういうことを見たらば、じょうの分からない者は「顕正会というのはどういう団体だんたいなのか。恐ろしい団体だんたいだ」とみんなおもうでしょう。
 しかし、たばかりというのはすぐばれるものです。いかにそんなことをやったとしてもつう団体だんたいならばつぶれるかもしれないけれども、顕正会はかえってつぶれずにつよくなったんですね。
 たばかりはくずれて、そして顕正会のきよらかさ、崇高すうこうさはますますあらわれてくる。
 そんなことをやっているうちに、ほん一同いちどうだいしょうにんさまに背き続けて700年、そして、宗門はついに第六天だいろくてんおうたぶらかされて、だい遺命ゆいめいを正系門家はなげうってしまった。
 このために、今一国いっこく大罰だいばつが出始める広宣こうせん流布るふさいしゅう段階だんかいを迎えてきたではないか。
 前代ぜんだいもんだい動乱どうらんこく侵逼しんぴつせまってきたではないか。
 「もうここでもって何としてもだいしょうにんさま広宣こうせん流布るふのお手伝いをしなければ」という段階だんかいに立ち至って、今顕正会は6千万の誓願せいがんを立てて、きよらかなるしゅっぱつをしているのであります。
 この奉公ほうこうを為す者は、遺命ゆいめいを守りたてまつった顕正会をいてどこにあるか。
 ここに、顕正会員はぶつ弟子でしとしてねんけんだいにんにくりきを持って、何としてもだいしょうにんさまこたたてまつろうではありませんか。


平成24年 10月21日 浅井先生指導