順縁広布の今でも、その時に下種を受けた人は続々と出てくるじゃないですか。
あの時に悪口を言った罪障はなかなか取れないですよ。それが今の折伏で取れていくんですね。
でこのように「今は謗ぜし人々も唱え給うらん」といって大蒙古のあの一つの大罰によってみんな日本一同が心に改悔を起こして南無妙法蓮華経と命の奥でもって必ず唱えているという事がこのお言葉であります。これが、御在世の逆縁広宣流布である。
そして、未来の事ですが
「亦上一人より下万民に至るまで、法華経の神力品の如く一同に南無妙法蓮華経と唱え給う事もやあらんずらん。
木はしづかならんと思へども風やまず、春を留めんと思へども夏となる。
日本国の人々は法華経はたうとけれども日蓮房が憎ければ南無妙法蓮華経とは唱えまじとことはり給うとも、今一度も二度も大蒙古国より押し寄せて、乃至、強くせめん時はいかでか南無妙法蓮華経と唱えざるべき」
「将来の順縁広布の時は上一人より下万民に至るまで天皇以下全国民が『南無妙法蓮華経』『南無日蓮大聖人』と唱える事が必ずある。
木は静かになろうと思っても風はやまない。春を留めようと思っても必ず夏となるではないか。
広宣流布は歴史の必然である。誰が妨害しようともし切れないんですね。
日本国の人々は『法華経は尊い、仏教は結構だけれども、日蓮大聖人が憎ければ自分は南無妙法蓮華経と唱えない』と強情を張って拒絶しようとも、未来広宣流布の時に再び国が亡んで人の命がなくなるというこの恐ろしい他国侵逼が自分の身辺に押し寄せてきた時、そして、強く責められる時にどうして南無妙法蓮華経と唱えずにいられようか」
とこう仰せになっておられる。
御在世のときも諸天の大罰によって逆縁広宣流布は成った。
未来の順縁広布の時も、やはり国が亡ぶ大罰の来る時に初めてみんなが目覚めて広宣流布するんですね。
それだけみんな元品の無明が強いし、なかなか大聖人様の偉大なる恩徳に目覚めるという人はまず宿縁ある地涌の菩薩がそれをお手伝いするんですね。
これは「もう大聖人以外信ずるお方はない」必ずこれが客観情勢の恐ろしさと、顕正会の諫暁によってみんなが大聖人様の御存在に目覚めてくるんですね。
平成25年 7月14日 浅井先生指導