ムル☆まり同盟 -180ページ目

ムルカの庭 ~ 人間の夢、ムルカの思い

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 柔らかな日差しが心地よい休日の午前中。ムルカの庭に植えた芝生もかなり生え揃ったので、初めて出してみることにした。


 人間サイドとしては、リードをつけて芝生部分のみで遊ばせ、そこで、ムルカが寝そべったり虫と戯れたりすればいいなっと思って作った「ムルカの庭」だ。が、それは所詮、人間が勝手に描いた夢。ムルカはおもちゃではない。なかなか人間の思ったとおりの行動はしてくれない。


 まず最初に、窓際お庭を眺めていたムルカの元へリードを持っていくと、病院にでも連れて行かれると思ったのだろうか、いきなりムルカ城に逃げ込んでしまった。


 少し経って、自らリビングの窓際に戻ってきたので、リードを持ってそっと近寄ると今度は逃げ出さない。おとなしく首を差し出すムルカにリードを付け、そっと網戸を開けてみた。


 ところが。


 ムルカは強い警戒心を示す。


 まず、「動かないぞ~」という意思表示にその場にゴロっと寝そべってみせ、それから、庭に背を向けてしまった。     sad1

な、なんで、あたしが、お外なんか出なきゃなんないにゃ・・・


 いつもあんなに楽しそうにお外を眺めているから、喜んで飛び出すものとばかり思っていたのに、肩透かしを食らった格好だ。やはりムルカは用心深い。


 しばらくその様子の写真を外から撮った後、近所の方と立ち話をしていたら、いつの間にかムルカが窓際に寄ってきている。もしかすると、リードを付けられ犬のように外に連れ出されることが、ムルカのプライドを傷つけたのかもしれない。慌ててムルカの近くまで戻ったものの、そう思ったのでリードは手に取らず、撮影体勢に入る。


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 これが、ムルカの記念すべきお外歩きの第一歩。

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 その後も、ムルカの行動は人間をがっかりさせることばかり。まず足を向けたのは、こともあろうにエアコンの室外機と建物の隙間だった。(足がドロドロになるやろーにぃぃぃ)それから、芝生をささっと横切って、次はゴチャゴチャした園芸用品置き場。「そこは薬品がぎょうさんあるでぇ」という夫の言葉に、芝生まで連れ戻すと、一通り見て満足したのか、進路をさえぎられ気分を害したのか、ムルカはそのまま家に入りたいという意思表示をした。


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 こうして、記念すべきムルカの第一回お庭遊びは、人間の期待に反し、隅っこ探検で終わってしまった。せっせと芝生を植えたり脱走対策にフェンスにレンガを置いたりして準備をしていた夫の苦労も、今回は報われなかった。ムルカがこれまでに土と草のある場所に出た経験はたったの2回。1回目は、避妊手術のため訪れた動物病院のある大学のキャンパス。2回目は、わざわざ車で連れ出したボランツォフスキー公園。そういえば、どちらも腰砕け状態で、私から離れようとはしなかったっけ。


 毎日、窓から眺めて、かなり「近い存在」になってきたお外。けれども、ムルカにとっては、まだまだ「カーテンと網戸」という「盾」なしには楽しめない代物らしい。


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大発見 ~ こぼれ話

 同じネタばかりしつこいかなっと思ったのですが、今、夫の撮った写真を見ていて、「やっぱり使えるかな」っと思ったので、ついでに見てください。


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 先週、ベランダの小窓と階段の小窓が同じものだという大発見をしたムルカ。(その日の様子はこちら→ )実は、ムルカが自力で小窓から階段へと降りる瞬間を夫がスクープしていた。


 おじさん「ねぇねぇ、ムルカすごかったよ。自分で階段から窓に飛び乗って、しばらくしたら、今度は、『にゃにゃっ、にゃにゃっ』って言いながら、自分で降りたんや。しかも、窓から階段まで遠いってわかってて、そこの壁を蹴ってワンクッション置いて階段に降りたんやで。賢いと思わへん?」


 きてぃ「それってさぁ、『背中丸めて踏み台になってくれ』っていう『にゃにゃっ』だよぉ。きっと、『ああ、ネコ語のわからんヤツはこれだから困る!』って思ってるよぉ」


 で、これがその決定的瞬間。


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 で・・・。

 気になって、ムルカが蹴った場所を見てみると・・・。



 壁紙に傷が付いてるぅ!!!



 オジサンにネコ語が通じなかったばかりに生じた損害だった…。_| ̄|○

やっぱりムルカが長イス

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 昨年からこのブログに遊びに来てくださっている方は何度か目にされているこの光景、そう、ムルカが長イスで寝ている。けれどもこの時間、このお部屋で、うとうとお昼寝モードなのは、ムルカだけではない。


 私もいる!パー



 モスクワでは、昼過ぎに在宅していることが結構多かったため、ムルカとの2時過ぎからのお昼寝は準恒例の日課だった。そのためか、ムルカもわきまえていて、ひとりがけイスのひとつを自分のイスに決め、いつもそこで寝ていた。それどころか、そもそも、赤ちゃん時代のほんの数ヶ月など、私が長イスでうとうとし始めるとお腹の上によじ登ってきて一緒に寝る、という、とんでもない愛らしさだった。


 それがいつの間にか、お互いの顔を見つめあいながらも、私は長イス、ムルカはひとりがけイス、というパターンに変わった。


 そして…。


 日本に連れ帰り、飛行機の長旅や検疫で苦労させた、とかわいそうに思っていたため、ちょっと甘やかしたら、いつのまにか常に「一番いい場所」が自分の場所だと考えるようになり、お昼寝のときは、ムルカが長イス、私がひとりがけイス、というのが定位置になってしまった。


 一緒にお昼寝するのは、この秋初めてのことだった。私が昼食の準備をしていたら、ムルカからリクエストがあり、手すりにかかっていたひざ掛けを長イスの中央に敷くことになった。次に振り返ると、こんなことになっていた。



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 昼食後。


 私も、うとうとっと眠気に襲われたのだが、「天使の寝顔」を横にどけるわけにも行かず、ひとりがけソファへ。この秋冬のお昼寝場所陣取り合戦、先手必勝で今年もこの位置で決まりそうだ。


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ハンタームルカ

 階段窓のヒミツをついに解き明かし、ベランダでのリードなしお散歩も許可されたムルカ、2階での地位は確立できたと思ったのか、この週末はお外を見たり、どんぐりホッケーに興じたりして、1階のリビングで過ごす時間がとても長かった。(とてもアクティブに走り回った分、食欲もかなりのもので、この調子だと「天高く馬肥ゆる秋」ならぬ「天高くネコ肥ゆる秋」を地で行ってしまいそうな勢いだ。)


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さて…。何か獲物はいるかにゃ?



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ん?あんなところに、ベランダでは見たことのない何かがいるにゃ。





 中でもかわいいなっと思ったのが、このしぐさ。

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 お外に蝶々やトンボなどの獲物候補を見つけると、わざわざカーテンの陰に身を隠して、じっと息を呑んで見守っている。初めは偶然かと思ったが、故意にしていることらしく、まずレースのカーテンの外側へ行き、獲物を見つけると姿を隠す、ということを何度も何度も繰り返していた。間には網戸があるし、蝶々やトンボは、やぶ蚊やカナブンとは違って部屋の中に入りたがらないから、どんなに待っても向こうからはやってこないのに、この格好で10分でも20分でも待機している。



 いつか、学習する日が来るのだろうか?



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なつかしのバシュメット

ヤルヴィ(ネーメ), Juri Bashmet, バシュメット(ユーリ), ムンチャン(ミハイル), ロンドン交響楽団, ブラームス, シューマン, エネスコ, ショスタコーヴィチ, ブルッフ
VIOLA LEGEND~ユーリ・バシュメットの軌跡

 ここ数日、ユーリ・バシュメット氏のこのアルバムを繰り返し繰り返し聴いている。モスクワのにわかクラシックファンが必ずはまるユーリ・バシュメット氏のビオラ。彼はモスクワ音楽院の先生で、モスクワ、ペテルブルクで開催される数多くの音楽祭を監修する音楽監督で指揮者でもある。


 このブログを始めた頃に一度取り上げたことがあるが、モスクワにいる間に最も惹きつけられたものの中に、シュニトケの音楽とバシュメットのビオラがある。


 このアルバムには、そんなバシュメットが得意とするレパートリー曲が詰まっていて、2枚目の最後は、シュニトケの「(ビオラとオーケストラのための)モノローグ」が飾っている。この曲は、シュニトケの作品の中では「コンツェルト・グロッソ Nr.1」と並んで私のお気に入り。シュニトケがバシュメットに贈ったもので、初演ももちろんバシュメットである。モスクワでチェロを習い始めた頃、先生が毎週のように「ビギナーのための必須音楽」のテープやビデオを持ってきてくれたが、その中の1本に、ロストロポービッチのチェロ曲数曲とともにこの曲が収録されていて、それが、私のこの曲との出会いだった。その後、今でもバシュメットのお気に入りらしいこの曲は、氏自身の演奏で、何度か生演奏を聴く機会があった。


 久しぶりに聴いたが、やはり素晴らしい!うーん、胸にぐっと来る感じ…。1曲目に収録されているブルッフのロマンスも大好きな曲だ。


 モスクワの記憶は、日本での新しい記憶に書き換えられ、日々、薄れつつあった。が、このCDを久しぶりに引っ張り出して、モスクワの何がそんなに好きで何にそんなに惹かれていたのか、少しずつ記憶がよみがえっていた。


 挙げればきりがないが…。


 バシュメットやシュニトケの音楽は、モスクワで聴くからいい、みたいなところもあった。


 凍えるように寒い真冬でも、夜毎、その日のプログラムを聴きたいがために、バスや地下鉄を乗り継いで、外国人ならタクシーか自家用車で、たくさんの人たちが集まる。あんなに毎晩毎晩演奏会が開かれているのに、客席はほぼ満席のことが多く、ましてやバシュメットなどの人気演奏家のときは、チケットが確保できないこともあった。モスクワ音楽院の学生たちは、許可されているのか、そんな人気演奏会の際は、3階席の階段や通路にもびっしりとつめて腰掛けていた。


 そんなふうに集まった人たちだからか、コンサートホールには不思議な一体感がひろがる。演奏者と聴き手全員がひとつに溶け合うような何とも言えない雰囲気が漂い、音楽にすっぽり包み込まれるような心地よさがある。


 もちろん気候のよい時の演奏会もよい。ホールの窓から見える白夜のほんのり明るい空は幻想的だし、演奏会終了後、外に出た時の心地よい風と開放的な明るさが、今聴いたばかりのよい音楽の余韻を心地よく引きずらせる。


 けれども、モスクワはやはり冬だなぁっと思ったりする。厳寒の中でこそ生まれる、あの緊迫感のある音楽、その中に散りばめられた温かさは、南国の底抜けに明るいものとは明らかに性質が異なる。


 色々な意味で、日本で同じような感覚を味わうことは難しいように思う。


 コンサートの頻度やチケットの価格、他の娯楽の少なさ等々、様々な理由で、モスクワでは、私のようにあまり音楽に詳しくない人でも気軽にこのようなコンサートに足を運び、詳しくない者どうしで、今日の演奏はどうだった、こうだったと話せる雰囲気があった。クラシックは大衆のものという感じだった。(一番安い席は、大ホールでも100ルーブル(=約400円)!) が、日本でこの手の有名かつ人気アーティストの演奏会といえば、チケットは高いし、発売までに行くかどうか決めておかなくてはあっという間に売切れてしまう。


 また、そこまでして集まる人たちだから、クラシック通だったり、お金持ちの奥様だったりして、どうも、庶民としては足を運び難い観がある。「そこまで苦心してチケット取って、そんなに高いお金出して、きてぃさん、その良さわかるの?」みたいな風潮もあり、詳しくないと行きづらいような感じもする。(って私が勝手に思っているだけだろうか。)


 ということで。


 モスクワ、懐かしいなぁ~、と私に思わせる事柄の中に、クラシック音楽が大衆のものであること、冬の寒さの中、演奏会に集まった人たちの不思議な一体感、などがある。