この冬の本拠地
最近の流行ということで、今度の家のリビング・ダイニングには、床暖房がついている。ムルカもきてぃも、すっかりこれにはまっている。
特にムルカは気に入っている。たとえ私が2階のパソコン前で何かしようとしていても、呼びに来て、1階に連れて行き、「床暖のスイッチ入れろ」とばかりにソファ前でゴロっと寝そべって、私の顔を見上げる、なんてことも珍しくない。
ムルにゃんとしては、リビングに寝転んでスタンバイしていれば、お外も見える。少し陽が射してきたらすぐさま「お外に出よう」と主張できるので、まさにベストポジション。夜は夜で、家族の「中心に」いることができる。ホットカーペットさんのモコモコ感はないが、ブランケットを敷いてやっているので、自分で熱いと感じたり、柔らかいものの上に寝たくなったりしたら、その都度、ブランケット上やソファへと移動しているようなので、低温やけどの心配もない。
私は私で元々暖房でガンガンに部屋を温めるのが好きではない。床暖房は、ホットカーペットのように熱が足元に集中せず、空気中に放出されるので、室内の温度がふわっと数度上がって、実に私の好みの暖かさになる。
というわけで。珍しく意気投合したムルカ&きてぃ。
最近は、すっかり1階で一緒に過ごすことが多くなった。あらゆる用事をいかに1階で済ませるかに知恵を絞る毎日だ。今までパソコンでしていた用事も、アナログ、手書きで奮闘したりしている。(時間的にはかなりのロスなのだが…。--;)
尚、こんなムルカも、夜寝るときは、必ずゆーちゃんと一緒だ。最近は、私が人間のふとんを温めるのを忘れていても、ムルカのために夫がゆーちゃんに温かい湯を入れ直し、ムルカのぽかぽかマットの横に置いてやるようになってきた。
こうして、今年の冬、仲良しコンビの本拠地はリビング・ダイニング、きてぃの作業用具は、紙とボールペン、ということに落ち着きそうだ。(ネットで見たいものはバンバン、プリントアウトしている・・・) ブログ、存続、応援してください!
気前よく、ポーズをとるムルにゃん
踊ってるの?
うっ、足は左に倒し、上半身は右へ。
これはまさに、エアロビ後のストレッチポーズ・・・。
聖エカテリーナ教会・スープキッチン
「ボランティアの大きな役割のひとつは、活動先で接する子ども(人)たちに、『自分たちのことを、こんなにも気にかけてくれている人たちがいるのだ』と感じてもらい、彼らに前向きに生きる望みを持たせることだ。」IWCのチャリティ活動だけではなく、チャリティ活動の役割として一般的によく挙げられることである。私たちが一度だけ体験奉仕させていただいたこの聖エカテリーナ教会・スープキッチンは、そういった面で大変成功している例だと思う。
このスープキッチンを管理運営するのは、何と遠い異国エチオピアからやってきた男性である。何らかのミッションでモスクワにやってきた彼は、ひょんなことからこのチャリティ活動に深く関わるようになり、以来10年以上にわたり、ここの管理運営を行っているという。週3日、聖エカテリーナ教会敷地内の厨房施設を借りて、ホームレスや長期入院者たちに配布する食事を準備する。調理ボランティアはIWCチャリティのメンバーが担当するが、教会や需給対象者たちとのやりとり、物資調達は、彼が一手に引き受ける。また、彼はスープキッチンの運営だけではなく、ここに集まる人たちの衣料品その他必需品の供給も行っていて、その物品はIWCのドネーション・オフィスで調達している。
所定の時間となり、その日調理した具沢山のピラフのパック詰めもほぼ終わりに近づいた頃、まわりの仲間を代表してホームレスの方たちが食事を受け取りにやってくる。
驚くことは山ほどあった。
まず、ホームレスなのに、とても明るい表情をしている。それから、私たちの言うことを素直に聞いてくれる。年上の子どもは年下の子どもの面倒をよく見る。(到着するや否や、ひとりの年少の女の子がトイレに行きたいと騒ぎ出したので、垣間見ることのできた一面だったのだが。)彼らの置かれた状況を考えると、もっと投げやりですさんだ、暗い表情をした人たちが来るのかと思っていた。が、みな、一概に落ち着いた表情をしている。特に子どもたちは、明るくてよい子たちだ。これは、10年以上も一貫してこの活動に携わっているエチオピア人男性との間の深い信頼関係の賜物ではないかと思う。
それから、赤ん坊がいた。
以前、ベビーハウスの記事で、「性教育欠如によるできちゃった婚」が、多くの孤児やストリートチルドレン、シングル・ペアレントを生んでいることに触れた。残念ながら、ここにもひとりいた。食事を取りにきた、かわいらしいティーンエイジャーの女性は、生後ほんの数ヶ月の赤ん坊を連れていた。母親自身がまだ子どもで、赤ちゃんともどもかわいらしい。何だか痛々しい。
ホームレスの問題は複雑だ。たとえ国が支援に立ち上がったとしても、彼らが住居を持ち、仕事に就き、自力で生活していこうとしたら、並々ならぬエネルギーが必要だろう。戸籍を持たない子や、学校に行ったことのない子どもたちの場合、さらに条件は厳しい。こんな絶望的な状況にありながらも、彼らが生きることに一縷の希望を持ち続けることができるのは、ひとえに、このエチオピア人男性の愛情によるのではないだろうか。
私たちは、取りに来た代表者に食事を渡した後、厨房の片づけをして教会を後にした。このエチオピア人男性はその後さらに、長期入院者たちに車で食事を届けに行くのだと聞いた。
先日、ある雑誌で、藤原紀香さんがアフガニスタン支援の親善大使をしていることを知る。以前なら、この手の記事を見ても、「ああ、名前の知れた女優さんが動くと多くの注目を集められるからいいんじゃない?」程度にしか考えていなかった。が、聖エカテリーナ教会のスープキッチンを思い出すと、彼女の役割は決して金銭的支援やアイキャッチャーだけではない。彼女自身が現地に足を運ぶということが、難民の子どもたちの大きな心の支えになっているのだろうと思う。
聖エカテリーナ教会。手前の白い建物が、厨房のある集会施設。
かの有名なエカテリーナ二世の命により建てられた教会だ。
調理中。この日は具沢山のピラフを作った。
調理はベテラン主婦のおふたりにお任せし、不器用なきてぃは洗い物を担当。
パック中。
「ねえねえ、これ、多くない?」など、学園祭みたいで何だか楽しい。
食事を取りにきたホームレス代表の皆さん。
IWCの方針で、チャリティ対象者の人物が特定できるような写真は公共の場所に出さないことになっていたので、ここでも画像を一部修正したが、人々の表情が明るいことはなんとなくわかっていただけると思う。で、左手前に見えているのは、ベビーカー。
※ 何食程度作っているのか?皆さんの興味のあるところかもしれませんが、撮影当時、まさかブログで紹介することになるなんて想像もしていなかったので、何も資料が残っていません。鍋の大きさと写真に写っているパックの数から推定すると、50個~100個の間ではないかと思います。
お蔵出し
週明けからずっと風邪で寝込んでいるので、ムルカの写真を1枚も撮っていません。(ちょっと調子がよくなると、ムルカを散歩させていたので、今考えると、それがよくなかったのかも・・・(-。-;))
そろそろ、このブログ、何のブログかわからなくなるくらい、ムルカの影が薄くなってきましたね。
そこで、このマシンになってからのお蔵だしをしたいと思います。
うっ、苦しいにゃ・・・
ねえねえねえ、たまには、オジサンと一緒に寝ようよぉ・・・
に、人間ってキケンにゃ・・・
ムルカは猫なので、こういうゴチャゴチャしたところが大好きです。
けれども臆病なので、こういう遊びをするときは、必ずきてぃをお供につれていきます。
あたりまえにゃ、あたしは危機管理能力のある猫にゃ。
パソコンのモニタに向かって座ると目の合うところにあるクローゼットの中に座って「遊んでよ~」を連発している決定的瞬間。皆さんはこのかわいさ、無視できますぅ???
ムルカファンの皆様、新しい写真は今しばらくお待ちください。
ユネスコ・スフェラ (地域のアフタースクール・クラブ)
建物の入り口。
コーディネータによれば、最初はユネスコから何らかの支援を受けて設立、現在は地域行政が運営しているという。
ユネスコ・スフェラは、市内東部にある子どものためのアフタースクール・クラブ。地域行政が管轄しているということで、日本で言えば、区立、と言ったところか。公立学校に隣接したこのクラブ、建物自体は、昔、郵便局だったものを改造して使用しているとのことだ。
公立学校に通う一般家庭の子どもたちのために、チャリティの援助が必要なのか、と思われるかもしれない。しかし、急速に社会情勢が変わるロシアにおける貧富の差は、私たちの想像をはるかに上回る。裕福な家庭の子どもたちは、日本同様、いくつも習い事をし、英語の家庭教師が付き、海外旅行にも出かけるが、大多数の子どもたちには、そのような余裕はない。したがって、このようにクラブ活動や技術習得ができる施設は、彼らにとって大変貴重な場所である。
このクラブの立地する地域は、貧困層が比較的多く生活しているため、クラブでは、子どもたちに課外活動の場を提供するだけではなく、長期休暇中の短期アルバイトの斡旋も行っている。短期アルバイト、と言っても、地域行政が提供する仕事なので、公園の清掃やゴミ拾い、(ペンキ塗りなどの)簡単な改装工事のお手伝いなどで、決して、民間施設での低賃金労働ではない。貧しくて生活していくのがやっと、という家庭にとっては、ありがたいプログラムとなっている。
ここでは、手芸、絵画、演劇、フォークソングなど、様々なクラブ活動を指導している他、夏休みにはサマーキャンプも行っていて、IWCからは、それらの活動で必要とされる物を寄付している。運営、指導にあたるのは行政の職員が中心だが、有名な歌手やOBもボランティア指導者としてしばしば足を運んでいるらしい。
また、このクラブの立地する地域には、退役軍人のクラブ本部がある。この施設では、そこに所属するお年寄りたちがボランティアとしてスタッフを手伝っていて、子どもたちとの異世代交流の場ともなっている。私たちが訪問したとき、代表として挨拶をされた方が「日本人の方たちとこんな風に交流できる日が来るなんて…。」と涙を流していたのが印象的だった。
尚、このクラブには、現地の日本人学校の生徒たちが、バザーの機会を利用して、自分たちの書いた詩の詩集や校庭で育てた日本野菜等を販売した売上金を寄付したこともある。今や、就職には不可欠の条件となったコンピュータスキル。このクラブでもコンピュータ・クラスを始める計画があり、そのための最初の1台のモニタ購入資金に充てていただいた。
このような施設への支援活動は、物品の寄付のほかに、こういった職業訓練コースの企画、運営、施設修理の金銭的援助などを伴うので、コーディネータは事情が十分にわかる、外国人を配偶者に持つロシア人女性が行うのが一般的だ。この施設のIWC側担当者も、数カ国で働いた経験を持つ元キャリアウーマンだった。
施設の方たちはおっしゃる。この子たちには、外界と接する機会が少ないから、外国人の皆さんの訪問はいつでも大歓迎ですよ、と。孤児院の子どもたちに比べれば、一般家庭の子どもたちだからはるかに行動範囲は広い。しかしながら、我々、外国人のように、自家用車を持ち、週末には外資系ショッピングセンターで一週間の買い物をすませ、帰りには外食…といった生活とは、程遠い生活をしていることは明らかである。
もう少し、ロシア語ができたら、この子たちとの交流サイトなど立ち上げたら面白いだろうな、と思ったのは、もう2年も前のこと。相変わらず、私のロシア語は、とてもそのレベルには及ばない。
施設内にある劇場。
突き当たりに見えるのが舞台で手前は客席。客席は、普段は手芸クラブなど机に向かって活動するクラブが使用したり、設置されたゲームで交流をしたりする場所となっている。
客席の一部を修理する子どもたち。ロシアでの改装、修理作業のほとんどは、業者委託ではなく自前なので、お金があまりかからない。それにしても器用な人は本当に多い!
手芸クラブで製作中のオーナメント。
絵画クラブ活動風景。
作品のパッチワーク。
「手芸は大切よ。最後に職にあぶれた時は、自分で何か作って売れば食べていけるわ」って、いつもママに言われて育ったの、という友人の言葉を思い出す。彼女は公務員、彼女のお母様は営業レディでお父様もいくつかのお仕事をお持ちなので、現在のところ、その手先の器用さを生かす必要もないのだが、ロシア人に器用な人が多いのも、「最後には自分の手についた職しか信じられない」という切実な気持ちがあるからかもしれない。
日本人学校からのプレゼント。
フタには「モスクワ日本人学校からのプレゼント」と書かれた紙が貼られている。



















