小島よしおの広告
小島よしおのを使った広告を、
どこの企業が最初に作るかな、と思ってたら出た。
広告主は「手帖の高橋」。
この時点で大分意外である。
コピーは「2008年のあなたは、白紙だ。」
ブリッジコピーが「いい予定を書こう。」
もっと意外なのは彼を一番に(少なくとも俺の目に入った)起用した広告が、
動画であるCMではなく、静止画である駅貼りポスターだったこと。
これは結構意外だ。
といってもそのうち別企業でCMも動き出すだろうが。
↑ちなみにその広告がこちら(画像がよろしくないがご了承)
今のところ連貼りしか見たことがない。
「まあ、別に面白くないな。」というのが率直な感想。
彼を評価する・しない、面白い・つまらない、ということは抜きにして、
今の彼の持つスーパーな勢いは生かしきれてはいない。
コピーはそこそこ。
コピーに対して“そこそこ”なんて言葉は1mmも誉め言葉ではない気がするけど、
悪くはないと思う。
問われるのは、「小島よしお」の必然性だが、
ものすごく親切な目で見て推測されるコンセプト、もといストーリーは、
「今年ブレイクし一発屋で終わりそうな小島よしおが、
2008年もメディアに引っ張りだこで、手帳が埋まっていたらいい。」
というようなことなんだと思う。
でも、広告に関心のない一般生活者はそんなこと考えないだろう。
“わざわざ”考察して始めてそう思う=無価値。
このコンセプトでいくなら、
その他の「一発屋で終わりそうな芸人」、
例えば、ムーディー勝山とか柳原可奈子とか、ギャル曽根(芸人)とかを混ぜて、
そういうシリーズにした方がまだよかったと思う。
というか、それだったらそのコンセプトが圧倒的に明快になって、
さらにいい塩梅のシュールさも加わり“まだよかった”どころか、
“結構おもしろい”の領域までいった気がする。
メディアも取り上げるだろうし、消費者も食いつく。
うまくやればアメトークなんかで「2008年消えそう芸人」みたいな企画がたち、
民放に上がるかもしれない。
ま、タレントへのギャラが4倍かかることになるけど、
メーカー知名度は飛躍的に上がる。
広告にとってはこれが全てなわけだし。
ただ評価すべき点も大いにある。
とりあえず、このポスターはめちゃめちゃ目立つ。
タレント抜きの単色ビビットカラーに小島よしお(半裸)の目立ち方はかなり高いレベル。
俺が気づいたのも完全にそのため。
なんだありゃ?
↓
あ、小島よしおだ!
↓
どこの広告だろう?
↓
「手帳の高橋」ふーん。
くらいのプロセスは結構な人に期待できる。
「どこの広告だろう?」という行程がめちゃめちゃ重要なので、
そういう意味では、今の小島よしおの持つパワーを生かしたといえる。
評価できる点は他にもある。
「小島よしおのを使った広告を、どこの企業が最初に作るかな。」と思いながら、
ぼんやりアンテナを張ってた自分が、ぼんやりと考えていた、
“小島よしお起用の広告で絶対やってはいけないこと”が2点あり、
少なくともそれはやっていない。
どちらもCM寄りの想定だが、
一つは“「オッパピー」を変えちゃう”こと。
要するに彼のネタの一部である「オッパピー」の部分を、
単純に認知度だけにあやかって、商品名とか企業名をねじ込んでしまうこと。
ネタ全体をそのまま特定企業でやらせて、
「エ~スコック~」とか言わせたらアウト。
墓場に行ってもらいます、駆け足で。
もう一つは“「そんなの関係ある」にしちゃう”こと。
これはほんとにやってはダメ。
やってはダメだけど誰かやりそう。
いや、さすがにやらないか・・・。やるか?
もしやったら本腰入れて作ったクリエイターと制作会社を調べ上げ、
広告業界に入っても絶対頭を下げない。
どんな商材でも簡単に作れそうだ。
「そんなの関係ねぇ!」はうまく使えば結構面白い逆広告は出来ると思う。
体験した人も多いと思うが、
「どんだけぇ~」同様、普通の会話の中で「そんなの関係ないよ」とかが飛び出して、
「流行りモノ使っちゃいました」的な赤面をくらうことがあるほどの、
この言葉の汎用性(非常に迷惑)と、
本来、気にすべきことを「そんなの関係ねぇ!」と切り捨てる元ネタの特徴を生かせば、
逆広告としてどうにでも化ける可能性を秘めている。
今こうして考えながら、もう一つ評価できる点が浮かんだ。
それは“商品(企業)がタレントに媚びなかったこと”。
さっきから言っているように今の小島よしおの勢いはすごい。
24時間テレビの惨劇があったにもかかわらず、
ちゃんと頑張って、それなりに能力を発揮してる。
頭を使っている感じも垣間見える。
前述のようなたとえ話は、結局便乗しようとして媚びている。
タレントに多額のギャラを払って構成される広告は、
いうなれば「もう機能や性能では他と差別か出来ません。タレントで売るしかありません!」、
という醜言を吐露してるにひとしいくらいに思っている。
手帳というお堅いイメージの商品で、
小島よしおという軽いタレントを使う。
でも彼を生かしきれていないという事実は、
逆にその堅さを、いい意味で表現してるんじゃないかって贔屓目の評価。
前述の“目立つ”という効果だけのタメに小島よしおをつかったなら、
効果を考えても十分に頷けるし、
氾濫する「有名人が使ってる、着てる」などという、
ゴミみたいなことしか訴求点に上げられない商品よりも、
よっぽど硬派な気がしてきた。
相当親切な解釈だけどね(笑)
高橋の手帳は買わないと思うけど、
「手帳の高橋」は覚えました。
小島よしおの広告起用の動向は、
これからも楽しみに見ていこうと思います。
以上
岸辺露伴は動かない
何年ぶりだかわからないくらいぶりに、
漫画雑誌を買いました。
あ、成年向け漫画雑誌、もといエロ漫画雑誌は、
直近一年、ないし二年の間に買ってると思われるので(結構ギリ)、
上記の記述は嘘です。
エロ雑誌を「漫画雑誌」と認識していなかった、私の不徳のなすところであります。
申し訳ない。
「少年漫画雑誌」に訂正します。
買ったのは話題のジャンプスクウェア(SQ.)。
前号である創刊号が発売される時は、割りとどうでもよかった。
「るろうに剣心」の人とか、
「ろくブル」「ルーキーズ」の森田まさのり&「デスノート」小畑健のコラボ、
なかなか話題性はあるが、自分の中の漫画熱の衰えのため「ふ~ん」な感じだった。
プロモーションも熱心なので、その創刊号を冷やかし程度に読んで見たわけだが、
無論立ち読みで読んでみたわけだが、
パラパラとページをめくる過程で目に入った1ページで事態は急変する。
次号予告
「岸辺露伴は動かない ―六壁坂―」
心の中に「ディディィィィィィン!!!」って音がした。
いや、音というのは空気の振動によって生ずるものなのでこれは嘘です。
心に空気はない。
“音がしたような気がした”か“目がクワッてなった”に訂正する。
「荒木飛呂彦!キターーーーーーーーーーっ!」である。
「しかも、岸辺露伴!!!キタァァァァァァァァリィィィィィィ!!」である。
で、久々に発売日を2、3日前から意識し、発売日の今日買ってきた。
そして、読んだ。
読み終えた時の感情はとても意外なもので、
7割くらいノスタルジーだった。
JOJOにハマってた中高生の頃の思い出が、いい感じにリフレインをはじめて、
なんかそういう気持ちになっちった(笑)
けっこう「ふざけんなよ」と思いました。
25歳にもなるとこういうことも増えていくのかね。
作品自体は「まあまあ」。
デッドマンズ・クエスチョンズ的な作者の趣向に寄り過ぎた話で、
同タイトルの前作が秀逸すぎたこともあり、
高まりすぎた期待に達することは出来なかった感はある。
まあ、そんなところです。
グダグダ~。
以上
終電
“終電”にはいろんなイメージがあって、いろんな顔を持ってると思う。
終電そのものにも、終電と言う言葉にも。
例えば、
別れを惜しむ恋人を“別つもの”というイメージとか、
仕事の忙しさを示す“限界まで拘束”というイメージとか、
無くなることでひとつの箍(たが)が外れてテンション上がるような“開放”と言うイメージとか。
もう少し掘り下げるなら、
男女の関係の中で「終電を逃す」という“サイン”があったり、
上司と部下の関係で「終電までには帰ろうな」という“激励”か“圧力”みたいなものがあったり、
「終電?かんけーねぇよ!!」という終電を蔑ろにするノリがもたらす“起爆剤”みたいな効果があったり。
どれをとってもそうだけど、
“終電”と言うものが僕らの生活にひとつの大きなラインを引いていて、
それを跨ぐか跨がないかということが少し特殊な意味を持っている。
そんなわけで、なんとなく“終電”が好きだ。
世の中でいろんなものが24時間になり、
それに伴い人々の生活は変化していく。
とてもとても便利になっていく。
でも、「どうなんだろうな?」って思う。
携帯電話が普及して、今の子供たちは好きな女の子の家に電話をして、
当然のように電話に出る親御さんに「あ、あ、あ、○○子さん、い、い、い、いますかっ!」、
っていうシュチュエーションを経験しないで大人になっていく。
あの頃必要だった勇気は、今は少し種類を変えて必要なくなり、
あの頃みたいに「何時何分頃、電話するから!」と申し合わせるような、
淡い経験はもうないんだろうな。
コンビニが出来て、いつでも、どこでも傘が買えるようになって、
雨宿りしているところで、意中の異性と不意に時間を共有することも、
「となりのトトロ」のカンタとサツキの「ん。んっ!!・・・タタタタッ」ってロマンスも、もう描けなくなってしまう。
中高生のとき、女子たちがよく回していた、
よくわからん折方をした手紙は、今、メールの普及の中で生きているのだろうか?
見ちゃいけない人の手に渡った時の劇的な展開も、
メールがちゃんと代用してくれているのだろうか?
来年は、手書きの年賀状はきっと一枚も来ない。
来るのはきっと、テンプレを使ったデコメ。
You Tubeとか、便利だし目的を達するには近道だったりするけど、
本当に面白くなってるんだろうか?
面白いものを簡単に見れる時代が、面白いってことなのだろうか?
携帯のゲームって世の中を面白くしてるんだろうか?
本読んでた頃の方が面白かったんじゃないか?
電車が24時間運行になり終電がなくなったら、
便利にはなるのだろうけど、面白くはなくなる、と思う。
以上
任天堂の想像力
人間の手にしたモノの中でもっとも重要なものは何でしょう?
火を使ったこと?二歩区歩行?通貨?言語?
まあ他にもいろいろあるでしょうが、ここのボキャブラリーはどうでもよし。
俺は想像力だと思う(結構しょっちゅう言ってるけど)。
ある人もない人もいるけどさ。
で、そんなビバ想像力なわたくしが聞いたビバ想像力な話。
引用元の引用元:WEBお笑いエンジニアの日記
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もとどおり先日うちのボウズがですね、大事にしていたDSライトとか言うゲーム機を壊したんですよ。
ヒンジのトコからバッサリ折れちゃった(--;。
大切にしてたから、泣きまくりですよ。
結構何でも直す自分にも相談に来たんだけど、ソフト基盤までいっちゃってるから「こりゃムリ」となってメーカー送りにしたんです。
ちなみにとっくに保証期間は過ぎてます。
ま、ユニット交換だから直るだろうけど、交換した部分だけ新ピカじゃカッコ悪いから、どうせなら余分にお金払って樹脂の本体カバーは全部換えてもらおうとか思ってたんですよ。
品物送って、見積もりもらって、そんで修理するか決めるって流れなんだけど、とりあえずダメ元で1500円以下なら連絡なしで直してイイよってしてたんす。
そんな金額で直りそうもなかったしさ。連絡ないなーとか思いつつ待っていたら、、、来ましたよ。連絡でなくて、修理されたゲーム機が戻ってきたんです。
綺麗な化粧箱に入れられていた現品を見てびっくり。全部ケースが交換されて、外観は完全に新品状態。しかも、請求額・・・・・ゼロ。
それだけなら、「儲かってやがるなー」で終わったんですよ。びっくりしたんです。なんと、、、ボウズが一生懸命にベタベタ貼っていたシールがですよ、、壊れたゲーム機から綺麗に剥がして、ほぼ同じように貼り直してあったんですよ。
子供達の「オレの!♪」っていう気持ちを大事にしてくれてるんですね。ピカピカの新品を送り返すのでなくて、愛着を持ってくれている状態にまで戻して発送する。
しかも、シールがホントーに綺麗に貼りなおしてあってですね、、、。
思わず、目頭が熱くなりましたよ。歳を取ると涙もろくなってねぇ、、こういう仕事、決してニンテンドーのお偉いさんがやってる訳じゃないですよね。
何とか長とかでも何でもない、一社員さんがやってくれてるんです。「仕事だから」「こうやれって言われてるから」ってやってる仕事の出来栄えじゃないですよ。送り返してそれを見て喜ぶ子供の顔を想像しながらやってるから出来る仕事ですよ。
間違いない。その出来栄えから、子供に対する愛情を感じました。箱を開けた瞬間のボウズの表情、やってくれた人に見せたかったです。
ニンテンドー、正直好きな企業ではありませんでした。
垢抜けない会社だなって感じで。
でも、完全に見直した。
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ビヴァ☆想像力
これですよ。
これぞ想像力のなせる業ですよ。
想像力が足りなかった場合、
「あ~また壊してるよ、子供。もっと大切にしろって。最近のガキはモノを大切にしねぇ~な~・・・。
つか、何だよこのシール。修理してくださいって気持あんのかね?親が剥がせよ親が。ベリーッ!」
完全に節々に「チッ…」ってはいってますな。
句点毎に「チッ・・・」ですわ。
想像力が大いにあった今回のケースだと、
「あ~、壊しちゃったか~。んま~、大事にしてても壊れる時は壊れるわな。人間だし。
お、めっちゃシール貼ってある!こりゃ~、泣いてるなぁ子供。急いで直さんとなぁ。
工場長、この子供泣いてるんで先に修理していっすかぁ?あ、OK。あざーす。
さて、修理修理・・・。あ、これカバー変えなきゃダメだなぁ・・・。ん~、シール、シールかぁ・・・。
これ、返ってきてシールなかったら、テンション下がるよなぁ。
亡くした財布が返ってきて中身無かったらテンション逆に下がるもんな俺だったら。
上げて下げてかい!!って話ですわ。よし、貼り直しちゃろ。
フムフム、このポケモンとこのポケモンが戦ってる構図なわけな!
で、このボウズはこっちのポケモンが好きなわけな!OK、OKキレイに剥がしちゃろ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし出来た!我ながらいい仕事だ!
ふぅ~・・・、煙草うっま~。」
そりゃうまいわ、煙草。
以降、十数本目までうまいわ、きっと。
これだけの差があります。
文字数にしても、気持にしても。
実際ここにあった想像力が生み出したものは、
子供やその周りのひとの喜びだけでなく、
修理した作業員自身が、その子供の喜ぶ顔を想像して手に入れた幸福もある。
それが想像力のすごいところ。
他人の気持を想像して他人を幸福にして、他人の幸福を想像して自分を幸福にする。
無論想像力には二ノ太刀もある。
恐怖や不安を生み出し、憎悪や絶望に変えるのも想像力の所業だろう。
うまく使おう。
それにしてもいい話やった。
やはり想像力はすごい。
この任天堂の想像力は、こんな末端で俺の気持ちもちょっと幸福にしちゃうんだから。
サンクス。
以上
遠隔スナイプ
たまにめちゃめちゃツボにハマる言葉がある。
それはみんなが「あのセリフいいよね!」って言うような狙われたものではなく、
別になんてことのない言葉。
故にあんまり共感や共有があるものではなく、
むしろそれらが必要なものでもないようなもの。
そういう説明できないことにこそ、
潜在的な自分が出るように思う。
言葉のフェチズムみたいなもの。
最近ヒットした言葉が二つほどあったので紹介したい。
「さっ、本でも読んでだんだん眠くなろ!」
「もひぃもひぃ~?今、歯ぁ磨ひへたから、ちょっほまっへ。」
超ツボ!
以上
第一歩
悪者「わたしを殺しても何も変わらんぞ。」
主人公「そうね。でも第一歩だわ。」
土曜の夜に民放でやってたバイオハザード2のセリフ。
悪の巨大組織の末端の悪役に対して。
クライマックスになんかかっこいいキメ台詞のように放たれていたけど、
なんかこっわーって思った。
んで、ゾンビの海の中に悪者を落としていました。
でもね、一理あるだけに怖いんだと思う。
以上
その自殺ちょっと待った
最近、雑誌「ブレーン」のC-1グランプリというコピー公募の課題で、
自殺を止めるためのコピーを考えていた。
難しかったなぁ・・・。
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いろんな人がいて、いろんな人が死にたいと思っている。
それぞれがそれぞれの理由で。
人から同情を受けるものもあれば、
人から「そんなくだらないことで・・・」って思われることもある。
でも、人は人。
「たかがはない」と、ヘビが言っていました。
それを一言で「止めよう」なんてどういう了見だ。
でもやろうとするのが、いいじゃないか。
以上
だったので?
オートバイで追い抜きざまけり倒し死なす、22歳に逮捕状
(読売新聞 - 10月10日 14:39)
横浜市港北区で6月、道路わきの縁石に頭をぶつけ死亡していた男性が、走行中のオートバイの男にけり倒された疑いが強まり、神奈川県警港北署は10日、住所不定、無職男(22)について傷害致死容疑で逮捕状を取った。午後にも逮捕する。
調べによると、男は6月7日午前4時半ごろ、港北区日吉の市道脇を歩いていた、住所不定、無職木村健二さん(当時53歳)をオートバイで追い抜きざまにけり上げ、木村さんを転倒させて脳挫傷などで死亡させた疑い。
近くの商店街の防犯カメラに、オートバイで通行する男の姿が映っていたことが判明。同署が事情を聞いたところ、男は「(木村さんが)道路にいて邪魔だったのでけった」と供述しているという。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071010i306.htm
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太字部分にすごい違和感を感じた。
べつに「~だったので」じゃないでしょ?
「なんとなく蹴った」でしょ、実際は。
死にゃしないだろ、とか、
こいつ蹴っても俺に害はないだろ、とか、
バレやしないし被害届も出さないだろ、とか、
追いかけられても逃げれるだろ、とか、
ホームレスは害虫だろ、とか、
あーなんかむしゃくしゃする、とか、
挙句、俺のほうがえらい、とか、
そういうことが瞬時に、且つ無意識につながって、
“なんとなく”で人を蹴り倒せるくらい、
精神の髄の部分が腐りきって、化膿しきってる
・・・ので、蹴ったんでしょ、どうせ。
もしかしたら、「道路にいて」って部分でギリギリの正当性と情状酌量を主張してんのかな?
その方がまだ人間ぽくていいや。
こういう人間のせいで、関係ない人が死ぬのはとてもイヤだけど、
こういう人間がこういう形で人生終わってくれれば楽でいい。
でも、そうではないので怖い。
被害者の男性が亡くなっていなかったら、
こいつは野放しだったろうな、と思う。
世に出るニュースはいつだって氷山の一角。
いつか大切な人が被害者になるかもしれない。
にゃ~・・・。
以上
男子の病気
自己侮蔑という男子の病気には、
賢い女に愛されるのがもっとも確実な療法である。
ニーチェ
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かなりヒット。
「自己侮蔑=男子の病気」って!!(笑)
そうか、これは病気だったのか~♪
以上







