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M.Tねっとわーく ==ワークショップ開催予定・日程==

*** 子どもの不登校・摂食障害を一緒に考えましょう。***
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セキセイインコ(好)「不登校のお子さんお持ちのご家族対象の傾聴講座」に

参加してくださったみなさん、お疲れ様でした。


たった二回の講座でやる内容にしては、濃い(?)内容で

みなさんたいへんだったと思います。


今回の講座で、ペイシングとブロッキング、アサーティブの

違いをしってもらえたら私は嬉しいです。


相手が受け取れる言葉を使ってはじめてコミュニケーションが

成り立ちます。


伝える言葉をちょっと変えるだけで、コミュニケーションの

形が違ってきます。


それには、相手がどんな言葉を使っているのか、相手の話しを

よ~く聞かないと、わかりません。


話す能力は、生まれながらに持っているけれど、

聞く能力は生まれながらには備わってないって

言われています。


ですから、トレーニングが必要です。


聞くことを練習して、自分の聞きグセに気が付いて、少しずつ

人の話が聞ける様になっていきます。


見たくなければ目を閉じてしまえば、見なくて済みます。


聞きたくなければ、耳を塞ぎますか?


親しい関係ならそれも可能でしょう・・・・でも、

初対面の人にはなかなかできないですね。


耳を塞ぐ代わりに脳が、聞きたくない話はシャット アウト

してくれます。


脳がシャット アウトしてくれる内容は人それぞれ聞きたくない

内容が違うので、シャット アウトの場所が違います。


見た目にはどこでその人が聞きたくないのか分からない。


脳がシャット アウトしているのか、分からない。


逆に聞きたいところも人によって、興味のあるところが違うから

人によって誤差が出てきてしまう。


結果的に、同じ話を同時に100人の人が聞いても、100人が

100人少しずつ違う内容の話しになってしまう。


「相手も自分も同じ耳だって思わないこと」が大切かなって

思います。


人それぞれの耳は違っているから、聞き方も違っている。


だから、確認作業が大切。


その確認作業が傾聴なのだと思います。


参加してくださったみなさんが日常生活で

傾聴やってみようかなって思う場面が増えていったら

うれしいです。


またお会いできる事を楽しみにしています。


ありがとうございました。

さかな本当は悔しいのに、悔しいって感じない。


本当は嫉妬してるのに、嫉妬してるって思わない。


悔しいって思っても、何にも変わらないから・・・・。


自分がヤキモキするだけで、なんにもいいことなんてない。


私なんかが、悔しいって思っても、もともと能力のない

人間がやること・・・うまくいくって思うこと事態に無理がある。


悔しい思いしたくないから、全力でやらない。


全力でやって、出来なかったら、それみたことかって言われ、

やる前から無理だっていったでしょう、人の言う事きかないから

失敗するのよ・・・って言われ・・・・るかも。


だから、なんでも全力でやらない。


恥かくだけだから。


でも、最近ちょっとがんばってみた。


私にしてはめずらしく・・・・・。


やっぱり、思った通りには上手くいかない。


でも、またまた思った、これで「やっぱり上手くいかない」

って思ってやめてしまったら、いままでと同じだ。


一生懸命やったのに、うまくいかなかった。

私に出来ることしたのに、なんの成果もでなかった。


悔しいな・・・・・。


何年ぶりかで、何十年ぶりかで、悔しいって思っちゃお。


私は、がんばったのに、なんの結果も出せなくて悔しいです。


悔しいなぁ~、なんで上手くできなかったんだろう?


悔しいなぁ~、どこがダメだったんだろう?


悔しいなぁ~、違う人ならどうやったのかな?


そ~だ、聴いてみよう、「あなたなら、どうやる?」


周りの人に聴いてみた、「私悔しい、どこがダメなのかな?」


周りの人にお願いしてみた、「私に協力してくれない?」

思ったよりも気軽に快く「わかった、いいよ」って返事が返って

くる。


昔ある人に言われた

「悔しいって思いが生きる力になるんだよ」って。


今回悔しいからちょっとずるしてみます。

周りのみなさんの了解のもとに・・・・。



チッチ!過去日記  2010.7.22


毎日溶け出してしまうような暑さ。
暑いからこそ、ビールが美味しい~。

今回は私が編み出した「3,3,3,1方程式」についてお付き合い
くださいね。

長女が拒食症になって、何がなんだかわからない中、長女をどうにか
しなくっちゃって思って、長女にばかり目がいっていた。

そんな中、今度は次女がリストカット、不登校、引きこもり、摂食障害。

このままじゃ、絶対下の息子にも影響がでるって思った。

息子もどちらかというと開けっぴろげの天真爛漫な子どもというより
ちょっと神経質でいろんな事を気にしやがりさん。


(現在はエロですが・・・当時はまだ、彼のエロは発掘されてなかった。)

どうしよう、どうしようって悩みながら、考えたのが、「3,3,3,1方程式」

私の持ってるエネルギーが10だとすると、
長女に「3」
次女に「3」
長男に「3」
私に「1」

この配分でいこう。

あくまでも頭の中のイメージだけれど、案外私にはこの考えがあっていたと思う。

この「3,3,3,1方程式」がいつも頭にあったから、これは出来る、出来ないが
自分の中で判断できたかなって思う。

自分の「限界設定」に役立っていたなって思う。

「3」しかやってあげられないからこそ、

「3」の中身を充実したものにしようと思った。

長女といるときは、私の子どもはあなただけ・・・みたいな勢いで・・・。

次女といるときは、私の子どもはあなただけ・・・みたいな勢いで・・・。

長男も同じ感じ・・・。

基本、私の場合は摂食障害だからって特別扱いしないようにした。

勿論摂食障害であっても、ひとり、ひとりバックグラウンドは違うわけだから、
いろんな考え方があると思うけれど、摂食障害はその子の一部であって、

その子の全てが摂食障害ではないって思っていたから、特別扱いはしない

って決めた。

特に私が意識して力入れてきたのが、どう自分の「1」を

満足のいくものにできるかってこと。

この私の「1」がbe full of じゃないと、

「3,3,3,1方程式」が成り立たない。

この「1」が私にとって喜びや満足感で満たされたものになれば、

子ども達に笑顔で接する事できるし、
日常の気になることも「まぁ~いいっかぁ~」って思えるって思った。

よく趣味を見つけなさいっていうけど、、、。

私はもともとシフト チェンジの上手い人間じゃないから、

子どもの問題から気持ち切り替えて
自分の趣味に没頭することなんてできない。

それ以前にこれといった趣味がない。

人に自慢できる得意なものもないし・・・・。

そこで、チョーネガティブ人間の私は、

自分の苦手分野を少なくしていこうって思った。

私はたくさんの苦手があるので、それを少しでも克服していくことができれば、

劣等感が軽減されて、ちょっとは満足できる人生になるかもって思った。

ごく一般レベルまで、自分の苦手を持っていけたなら、

苦手克服時間は私にとって宝の時間になるかもしれないな。

今もこの「苦手克服プログラム」は実行中。

再度挑戦したけどダメだったものもあるし、案外できちゃったものもあるし、

現在挑戦中のものもあるし、不器用だからこそ苦手なものが人より多くて、

挑戦してみたいもののタネは尽きない。

以前老齢学で人は死ぬまでdevelopingだと教わりました。

そ~developedになっちゃたら人生楽しくないものね。


まだまだ発展途上の小動物4号、これからもよろしくお願いします。


スワロフスキ―過去日記 2011.1.18



「良妻賢母」について考えるきっかけがあったので、
私が思う「良妻賢母」についてです。


昨日テレビでローマ時代、スキンシップが全くない状態で

子どもに成長に必要なミルクだけ与え続けていくとどうなるかの

実験をしたとの内容のことをやっていたのを観ました。

結果は確か半年以内に全員の子が死亡していまうというものだった

と記憶しているけど、つまりはいかに人にとってスキンシップが必要か

の実験。

なるほどって思って観ていたけど、この番組を一緒に観ていた息子が

「これ授業でやったよ、オカンは知らないの?」って言われ事が私としては

ビックリなこと。

私の学校は「良妻賢母」の女性を育成するみたいのが学校のコンセプト

だったように思うけど、こんな風な事例を授業で教えてもらったのを
覚えていない。

運針が出来て洋服を上手に作れるようになること、

食べ物の栄養学を学んで体にいい食べ物を摂取できるようになること、

モラルや常識をしっかり学んで、その気もないのに男の人と気軽に手を
繋がない事。

それが「良妻賢母」への道。

多分、スキンシップが子どもにとって大切なんて事は、知ってて当たり前
のことだったんだと思う。

「良妻賢母」

私が思ってきた「良妻賢母」と人が本能として必要としている「良妻賢母」との
ギョップ。

ある意味で私が思ってきた「良妻賢母」は時代が欲していた「良妻賢母」なのかな。

高度成長時代、子どもをいい学校に入れて、残業、残業で疲れて帰ってくるダンナに

尽くして、自分のことは二の次三の次、母親は我慢して、犠牲になってが美徳。

私が育った時代、母親達が自己実現できることは

「世間がいい子と判断してくれる子どもを育てること」

のみだったような気がする。

無意識の中で、世間のいい子を育てる為に「支配」を「愛情」にすりかえる。

本当の意味での「良妻賢母」ってなんだろう。

今、私が考える「良妻賢母」。

「慈悲喜捨」のこころを持っていること。

慈、、、、、子どもを慈しむこころ、子どもをかわいいと思うこころ。
悲、、、、、子どもが少しでも悲しまないように、心を痛めないように願うこころ。
喜、、、、、子どもの喜びを一緒に喜ぶこころ。
       (最近は子どもの喜びを一緒に喜ぶんじゃなくて子どもの喜びを自分の物にして

       しまう母が多いとか・・・。)
捨、、、、、許せない思いや憎しみを捨てて、全てを受け入れるこころ。
      子どもが世の中の荒波に揉まれていても見守っていけるこころ。

一年かけて稲が育つように、その子、その子にあった成長がある。


その子のペースに合わせながら、私自身育この「慈悲喜捨」の
こころをてていけたらいいなぁ~って思う。

そしたらいつかは「良妻賢母」になれるかもしれない・・・。

あっ!でも私の夢は「良妻賢母」じゃなくなりつつある。

「良妻賢母」と私の夢、両方追いかければいいか~。

め「あんた、大人の話しに口を挟むのよね、やめなさいよ。」

って言われてから、この人(母)に私の本心言うの

辞め様って思った。


珍しく母がおもしろい事言ったから、「おもしろいね」って

言いながら、腕か、頭撫でてみた、そしたら、

「親に対する態度じゃないでしょ、廊下に立ってなさい!」

って言われて、1時間か2時間家の廊下に立ってた。


ピアノの練習しないって言われて往復ピンタ。

テストの点数悪いって言われて往復ビンタ。


私の態度が気に入らないって言って私を殴る為に

追いかけてきた父から逃げる為に母の後ろに隠れた。


母の後ろから引っ張り出されて、結局父に殴られる。

翌日殴ったお詫びに父は私に1万円くれる。


よかったじゃない、1万円貰えて・・・・って母。


なんか私ストリートファイターみたい・・・。


「あんたどこ連れて行ってもすぐ忘れちゃう。

どこ連れて行っても、連れて行ったかいがない子だよね」


母にこんな事言われてから、どっか連れて行ってもらうのが

苦痛になる。


だって、覚えてないんだもん。

母の欲求に答える為には、ちゃんと覚えていなくちゃならない。


私には無理なこと。


頭悪いのよ、生まれた時から・・・。


母は何気なく私に言ったひと言だと思う。


悪気なくした行動だと思う。


でも、受ける私はまだまだ子ども。


言葉をそのままに受け取ってしまう。


こんな何気ない事から、親子の溝はできていってしまうのかな。



人って自分が育ってきた家庭しか知らないから、どれが

一般的なのか分からない。


人って、自分が育てられた方法が最高だって思うよね。


なんか不思議・・・。