M.Tねっとわーく ==ワークショップ開催予定・日程== -73ページ目

M.Tねっとわーく ==ワークショップ開催予定・日程==

*** 子どもの不登校・摂食障害を一緒に考えましょう。***
M.Tねっとわーくhttp://small4mtnetwork.web.fc2.com/

ぐうらあさあんんn今日は宇宙と繋がれるっていうちょっとした

経験をしてきました。


まぁ、正直宇宙と繋がれたかっていうと実感はないんだ

けれど、それもこれから訪れるかもしれないので、

ドキドキ。


私の行動次第だと思う。


そこで話題になったのが「今を生きる」ってこと。


ナニか問題抱えている人って「今を生きてない」


昔こうだったから、また同じことが起こるかもしれない

→昔を引きずってる、過去を生きている。


これからこんな事が起きちゃうかもしれない

→未来を生きている。


今、この時を大切にしないで、過去や未来に目を向けて

生きている。


ん~なるほどなぁ~、確かに~って納得しちゃった。


私のメアドはhere, now。


PCも携帯も、この文字を入れている。


今を生きていたいから。


過去や未来に自分を縛らせない為に。


今を一生懸命生きて、満足していたいから。


目の前にあることに目を向けていたいから。


起こってもいないことに、不安になりたくないから。


虚勢をはらず、等身大の自分でいたいから。


今出来ない、不器用な自分でもいいと思いたいから。


そして、嫌だなって思う気持ちを大切にしたい。


怒りも悲しみも大切な自分の思い・・・・

それを受け入れていきたい。


今、私が思っている全ての気持ちを否定しないで

全てがそれでいいんだって思う心の状態にしていたい。


改めてそんなことを思った今日の経験。


ちょっとは宇宙と繋がれたから、沸き起こった思いかもしれないな。



パフェ過保護はいいけれど、過干渉はダメって言うけれど、

実際子育てしている時に、アッこれは過干渉で、これは

過保護だわ。


なんて区別しながら子育てする余裕なんてなかった、私。


過保護と過干渉としっかり区別して、過干渉的な事しないで

子育てしていたら、不登校も摂食障害も無縁だったのかな?


私は今でも過保護と過干渉の違いってよく分からないけど、

子どものエリアと私のエリアとの心の境界線みたいのを設けた

きっかけの言葉は、覚えているな。


「お母さんは、私が転ばないような状態にいつもしてくれるね。


お母さんは、私がケガしないように、私が歩く道を、石ころひとつ

ないほど、綺麗に掃除してくれるね。

 

でもね、私は自分がケガして、自分の血を見て、痛さを感じて

はじめて、これはダメなことなんだって分かる人間なんだ。」


って、娘に言われたこと。


言った本人もう忘れちゃってると思うけど、私はこの言葉を

言われてから、娘を見る目がちょっと変わってきた。


「やってみないとわからない、ぶつかってみないとわからない」


そっか~、

やってみたいんだ、ぶつかってみたいんだ、


それなら、私がごちゃごちゃ言うより、やってみた方がいいよ。


失敗して落ち込んだら、私も一緒に落ち込むよ。


一緒に這い上がって、また、やってみればいいよ。


って思ったら、私がすっごく楽になって、娘の行動を冷静に

見られるようになった。


それまでは、失敗してキズついたら、娘がかわいそうだって

思っていたから、失敗しないように、失敗しないようにって

安全なことしか選択肢がなかったけど、


失敗してもいいてことになったら、なんでもあり~のの世界に

なって、選択肢の幅も広がってきた。


昔は、娘が学校で友達とトラブルになった時、担任の先生に

状況きいたこともあった。


昔は、課題ができないっていうと、私が出来るところをやって

あげたこともあった。


私の考えが変わってからは、出来ことをどんな風に工夫する

んだろうって、ちょっと楽しい気持ちで待つようになった。


高校の体育は30キロなかったから、実技ができなくて、

先生に直訴して、レポート提出して、単位もらったし、


大学の授業料を夜学に移って(夜学だと授業料が半額)、

独り暮らしの家賃に当てていたし。


引きこもらないようにバイトや夜遊びして、外に外に出るように

して、社会と繋がろうとしていたし。


今娘ふたりとも学生です。


学生といっても、授業料のいらない学生。


そこら辺も工夫してくれて、親に負担かけないで、自分の夢を

実現しようとしてくれています。


私も娘達に負けないように夢実現に向けて歩いていかなくちゃ

って思うんだけど、暑くてね~。


秋になったらでいいっか~、私、おばちゃんだし・・・。


って言ったら、年を理由にしない!!って娘にカツ入れられそうだわ。



にっこり過去日記


我が家のある御仁は、使った物をなかなか元の場所に
返さない。

だから物がなくなる確立が高い。

物がなくなっても、本人困らないのは、探さないから・・・。

探さないで新たに購入するか、どっかから調達してくるので、

使ったら元の場所に返すというルールが身につかない。

困るのは周りにいる人、特に私。

あるべき物があるべき所にないと、イライラする。

使いたいときにその物が使えないと困る。

ある時なんで元の場所に物を返さないのかきいてみた。

元あった場所に返さなきゃってあんまり思わないし、

後で返しておけばいいやってそこら辺に置いているうちに、
そのままにしてしまって、元の場所に返すのを忘れてしまう。

それが、この御仁の答え。

元あった場所に使ったときに返しておけば手間いらずなのに
違った場所に置く事によって手間がかかるよなぁ~って思った。

この彼の行動の癖を直してくれると私は大助かりなんだけど、

人って自分の癖を指摘されるのって、本当にいやだよね。

私の指摘してほしくない行動の癖ってなんだろうって思った。

まずは片づけが下手なところ。

いつか使うかもとか、着るかもって思うとすっきり物を捨てられない。

だから部屋の中がいつもごちゃごちゃ状態。

後、これはちょっと致命的癖・・・

やっても無駄ってすぐ思ってしまうところ。

やっても無駄・・・

この思考パターンが顕著に出たのが母との関係かなって
思う。

私は幼い頃から母とは性格的に合わないって感じていたんだと思う。

合わないからこそ、ぶつかってお互いが折り合いつけていけばよかった
のに、言っても無駄、やっても無駄、って最初におもちゃった。

ぶつかって、折り合いつけるってひと手間かけることなんだと思う。

ひと手間かけることによって見えてくるものがあるんだと思う。

ひと手間かけるってひとそれぞれ違うとは思うけれど、

親子関係を変えていく中で、このひと手間を丁寧に

親がかけていくことによって、

子どもはひと手間の中に「愛」を感じるんだと思うな。

返事が返ってこないって分かっていても、事あるごとに声かけしたり、

子どもと離れている状態なら、毎日メールしたり、手紙送ってみたり。

ひと手間の大切さ。

それを教えてくれたのは、子どもたちの不登校や摂食障害なんだと
思う。

ん~そう考えると我が家のある御仁の癖も私にひと手間の大切さ
教えてくれてるのかなぁ~。

って前向きに考えられないのよ・・・いっくら似てるからって、鉛筆たてに
箸入れないで・・・・箸は箸たてに、はさみは鉛筆たてに入れましょう。

あれ!たんなる愚痴になってしまったわ。


なでしこジャパン優勝なでしこジャパンよかったですね~。


元気もらって、今日一日暑いけど乗り切っていきましょう。


昨日も暑い一日でした。


私は昨日、LDと言われて小学校2年生から不登校になり、

中学はほとんど登校しなくて、その後、自分にあった高校を卒業し、

現在はアルバイトしながら、お金貯めて好きな所に旅しては、

人生を充実させてる沖縄大好きな24才の女性と7時間ちかく

話をするチャンスがありました。


すごい量の実体験に基づいたいろいろな経験談を目をキラキラ

させて話してくれる姿に私まで、ワクワクしてきちゃって、

彼女からたくさんの喜びをおすそ分けしてもらって、

幸せ感じている今日。


釣った魚の名前からさばき方は勿論、その場その場で手作りする

釣竿の作り方、フィンの使い方、海や川での知識だけじゃなくて、

山での快適な過ごし方まで、話は尽きない。


その彼女の話の中に出てきたのが、

「ゼロになることの大切さ」


彼女自身、一生懸命働いて、自分の好きな所に旅したり、

キャンプしたりして、一度自分をゼロにしてみる。

リセットする時間を作ることによって、又明日からがんばる。


そんな話もしてくれました。


「なんで学校行けなかったの?」

って聞いてみたら、


「いすに座っているのがもったいなかった、校庭を走り回りたかった」

って、彼女。


そ~だよねぇ、学校は自由に走り回らせてくれないものね。


今回彼女と会うことになったのは、彼女の将来の夢を心配した

お母さんからの依頼でした。


お母さんは私に

「LDの子は頭から反対しちゃダメなので、話してその中で

何気なく無理だって伝えてもらえませんか?」


ってことを言われていただけに、彼女のパワーと思わず応援したくなる

人としての魅力に私としてはびっくり。


危険認知にしても、いろんな工夫していろんな事を乗り越えて

来たんだろうなって思った。


危ない場面いっぱいあったんだろうなって思った。


「すっごくパワフルでアクティブで人を魅了する素敵は人」

でした。


お母さんは、彼女の事を心底心配しているんだと思う。


でも、その心配が彼女の可能性を摘み取ってしまうかもしれない。


前回けぃさんにコメントしてもらったと同じように、心配が可能性を

無くしてしまう。


子どもにLDってレッテル貼ってしまうことによって、この子には

できないだろうって親が思ってしまう。


私も子どもにレッテル貼ってきたなぁ~。


そして、自分にもレッテル貼ってきたなぁ~。


彼女の夢が実現する、しないに関わらずもう自分の道をしっかりと

歩き始めている、素敵な女性でした。


出来る事なら、お母さん、もうLDっていうレッテル剥がして、素の

彼女をみてあげてほしいなぁ~。



かきごおり今週は月曜日から金曜日まで私にしては、忙しい日々でした。


いつもおじゃまして拝読させていただいているブロガーさんの

記事もじっくり読めないままになってしまって・・・・。


前回アメンバー限定記事に挑戦してみたら、ヘビーな話題なのに

コメントいただいて、本当にありがとうございました。


楽しく、心豊かに人生を過ごせるように、ちょっとヘビーな話題も

取り上げながら記事を書きたいと思っているので、いろんな方の

ご意見いただけると、うれしいです。


毎日いろんな方とお話をさせていただいた、一週間。


そこで、私が気になったのが「劣等感」


重要な場面なのに、10個いろんな構想があっても、3個

ぐらいしか表現できない。


大きなこと言っちゃって、できなかったらどう責任とればいいか

わからない。


出来ないかもしれないこと言っちゃって、誰かに迷惑かけるかも

しれない。


小出しにして、ちょっとずつやっていった方が、リスクが少なくて

気が楽。


こんな思いがあって、自分が思っている構想のさわりを伝えて

相手に協力してもらおうって思ったら、相手は分かってくれなかった。


結局私が思っている計画を全て伝えて、最終打ち合わせに

なったんだけど、なんで最初からそうできなかったかっていったら、

私の中にある「劣等感」が邪魔をしていることに気がついた。


「私には出来ないかもしれない」

「私じゃなくて違う人がやった方がうまくいくかも・・・」


「劣等感」いっぱいの私が責任とれるの?


責任って言葉も重くのしかかってくる。


「劣等感」と「責任をとる」


なんかこの二つが私を自由にしてくれない。


この二つとうまく付き合えるようになると私はきっと解放される。


「劣等感」と「責任をとる」の二つを乗り越える為に私は

今回の事業に携わったのかなぁ~なんて思っています。


ちなみに行政の委託事業となる今回の事業。


「書類もかなりの量提出してもらいますよ。」って担当者。


「ひぇ~。」


どんだけ脅かすの?って思いながらも、びびっています。


「できないかも・・・できないかも・・・」じゃなくて

「できるよ、きっと・・・なんとかなるさ、きっと・・・」って思いながら、

よっこらしょってやってみるしかないか・・・。


売られたケンカは買うじゃないけれど、舞い込んだお仕事は

挑戦してみる。


うまくいかなくても、そこからみえてくるものってあるような気がする。


8月のプレゼンテーションでうまくいったら、報告させていただきます。