過保護はいいけれど、過干渉はダメって言うけれど、
実際子育てしている時に、アッこれは過干渉で、これは
過保護だわ。
なんて区別しながら子育てする余裕なんてなかった、私。
過保護と過干渉としっかり区別して、過干渉的な事しないで
子育てしていたら、不登校も摂食障害も無縁だったのかな?
私は今でも過保護と過干渉の違いってよく分からないけど、
子どものエリアと私のエリアとの心の境界線みたいのを設けた
きっかけの言葉は、覚えているな。
「お母さんは、私が転ばないような状態にいつもしてくれるね。
お母さんは、私がケガしないように、私が歩く道を、石ころひとつ
ないほど、綺麗に掃除してくれるね。
でもね、私は自分がケガして、自分の血を見て、痛さを感じて
はじめて、これはダメなことなんだって分かる人間なんだ。」
って、娘に言われたこと。
言った本人もう忘れちゃってると思うけど、私はこの言葉を
言われてから、娘を見る目がちょっと変わってきた。
「やってみないとわからない、ぶつかってみないとわからない」
そっか~、
やってみたいんだ、ぶつかってみたいんだ、
それなら、私がごちゃごちゃ言うより、やってみた方がいいよ。
失敗して落ち込んだら、私も一緒に落ち込むよ。
一緒に這い上がって、また、やってみればいいよ。
って思ったら、私がすっごく楽になって、娘の行動を冷静に
見られるようになった。
それまでは、失敗してキズついたら、娘がかわいそうだって
思っていたから、失敗しないように、失敗しないようにって
安全なことしか選択肢がなかったけど、
失敗してもいいてことになったら、なんでもあり~のの世界に
なって、選択肢の幅も広がってきた。
昔は、娘が学校で友達とトラブルになった時、担任の先生に
状況きいたこともあった。
昔は、課題ができないっていうと、私が出来るところをやって
あげたこともあった。
私の考えが変わってからは、出来ことをどんな風に工夫する
んだろうって、ちょっと楽しい気持ちで待つようになった。
高校の体育は30キロなかったから、実技ができなくて、
先生に直訴して、レポート提出して、単位もらったし、
大学の授業料を夜学に移って(夜学だと授業料が半額)、
独り暮らしの家賃に当てていたし。
引きこもらないようにバイトや夜遊びして、外に外に出るように
して、社会と繋がろうとしていたし。
今娘ふたりとも学生です。
学生といっても、授業料のいらない学生。
そこら辺も工夫してくれて、親に負担かけないで、自分の夢を
実現しようとしてくれています。
私も娘達に負けないように夢実現に向けて歩いていかなくちゃ
って思うんだけど、暑くてね~。
秋になったらでいいっか~、私、おばちゃんだし・・・。
って言ったら、年を理由にしない!!って娘にカツ入れられそうだわ。