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M.Tねっとわーく ==ワークショップ開催予定・日程==

*** 子どもの不登校・摂食障害を一緒に考えましょう。***
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エイトー教師の体罰で高校生が亡くなってしまいましたね。


悲しいし虚しいよね。


我が家のお坊ちゃまも中学生の時はバスケ部。


「オイ、ど~すんだよ、ど~すんだよ!!」


って怒鳴りながら、生徒を壁まで追い詰める。


パイプ椅子は投げる。


そんなことは、日常茶飯事だった。


だから、他人事じゃないって思った。


怒鳴り飛ばしたり、脅したりするのが当たり前って

思っているんだと思うのよ。


かつて自分が送ってきた学生時代の経験から、当たり前って

思っちゃってるだと思う。


怒鳴ったり叩いたりする事が、ヤル気を起こさせるって、都合よく

考えている。


人怒鳴ったり、叩いたりするって常習化しちゃうんだよね。


年末も年始もスーパーで子どもを怒鳴ってるお母さんに

遭遇。


正直多いのよ、スーパーで怒鳴ってるお母さん。


「おめ~よ~、なに考えてるんだよ、このやろう」


って、大きな声で怒鳴ってるの。


恥ずかしくないのかな???って私は思うんだけど・・・。


言葉も聞いていて気持ちのいい言葉じゃない。


ここ日本に育ってるからには、教育受けてるはずだよね。


教師なんて、最高の教育受けてるはず。


いやいや、教育どうのの問題じゃないね。


人間として、人が人を怒鳴ったり、叩いたりしちゃいけないって

どうして分からないんだろう。


自分の子どもであっても、生徒であっても、人が人として

お互いの人権を認めなくちゃ。


絵本の「北風と太陽」の話のように、無理に上着を脱がせようとしても

無理、結局、人はもっと頑なに上着を脱がない行動にでる。


太陽の温かなぬくもりによって、人は自ら上着を脱いでいくよね。


「恐れと依存によって人は価値観を変えたようにみせる」


の言葉にあるように、


怒鳴ったり、体罰をしても表面上従うだけ・・・・。


そこからは何も生まれないよね。



てへぺろチップ「病もショックだったけれど、周りが理解してくれない

 事もショックだった」


って、あるアルツハイマーの方の言葉。


今はある程度社会に認知されてきたアルツハイマー。


周りが理解してくれないと、自分から


「私はこんな疾患を持っています。」


って、言うのって勇気いるよね。


摂食障害も最近ちょっとは認知度上がってきたのかな???


社会の中で理解度や認知度が上がってくると


「自分が悪いから、こんな病になっちゃたんだ。」


って、思わなくてもいいようになるかもしれない。


イジメにあった場合も


「自分が悪いんじゃないか」


とか


「自分に非があるんじゃないか」


って、思っちゃう。


DVの被害者も同じで、自分を責めてしまう。


自分が悪いって思うから、誰にも言えない。


言っても分かってもらえない。


分かってもらえないとますます傷つく。


「自分が悪い」


っていう思い。


これって、なかなか手離せないのよ。


なんでだろう???


「自分が悪い」って思い続けるのって、たいへんだと思う。


たいへんだけど、手離せない。


「自分が悪い」って思う事によって


相手を責めなくていいから・・・・かな~。


相手責めたくない、


誰かのせいにしたくないって、優しさから出てる思い。


とってもいい事だと思う。


でもね、相手には優しいけれど、自分には優しくない。


相手に対する優しさを、ちょっとだけ自分にも分けてあげると

いいのに・・・・ね。


そしたら、


「私は、今悩んでるんだ、実は・・・・」


なんて自分を語れるようになるかもしれない。



話す(はなす)=離す(はなす)


話す事によって、苦しい思いを手離す事ができます。




らぶヒートテック、もうお試しになりましたか?


なんかいいよ、ヒートテック。

あったかいわ~。


昔の婆シャツみたいじゃないから、服の間から見えちゃっても

ただのロンTみたいに見えるしね。


最初の頃より、よくなってるわ。


進化してるんだね。


現代っていろんな物が、よりよく改良される。


短時間でね。


すごいよね~。


次から次に新しいものが発売されて、付いていける人、

付いていけない人、付いて行きたくない人。


まぁ、いろんな人がいるけれど、どれもその人の人生観。


ひとりひとり人生観って違っていて、おもしろいね。


ただね、こんなに次から次にいろんなものが出てくると、

どれが自分に合ってるのか、

どれが必要なのか、


分からなくなっちゃう。


テレビショッピングなんて見てると、


「これいいかも・・・」


なんて、思う事満載。


ついつい買っちゃうなんていう人がいても不思議じゃないよね。


取捨選択するのがたいへんな時代だなって思う。


今日は、懐かしい石油ストーブを買ってきたの。


3.11の震災から、インフラが破壊されると困るって思っていたのね。


冬に停電が続くと暖房器具が使えない。


なので、懐かしい石油ストーブ。


乾電池でもマッチでも火がつくから、停電になっても大丈夫だと思ってね。


我が家に1台あってもいいかなって思ったんだわ。


食器洗い機も使わなくなった。


洗い籠を何年か振りに購入。


最近は全て手で洗っています。


時代に逆行しているのか、

時代に沿っているのか、


分からないけれど・・・。


無意識下で節電しよう・・・なんて思っているのかな???


夜も早く寝ちゃうし・・・。


昔のものと現代のものを取り合わせてうまく生活していけたら

いいよね。















ぱんダc今年も残り3日。


今年もいろんな事あったけど、まぁ、どうにか今年1年

無事に過ごして、来年を迎えられそうです。


昨日新聞に阿川佐和子さんの


「聞く力」


っていう本が売れてるって載っててね。


阿川さんはインタビュアーとしての経験での内容だと

思うので、「傾聴」とはちょっと違うけれど、それでも


人の話を「聞く」って事に、世間の人たちが興味を持って

くれるのは嬉しい。


人の話を聞くのって、不思議な事に


「自己理解」


が出来てないと上手く聞けないのね。


例えば、子どもが学校の課題が出来なくて、もう課題の

期限が迫っていたりする。


期限までに提出出来なかったら、留年・・・。


留年したら、進学できないで落ち込むし、

将来困った事になるかも・・・・。


ならば、私が変わりに課題やってあげちゃおう。


なんてね。


課題が期限までに出来ないで困ってるのは子ども。


困ってる子どもを見ているのがイヤなのは、私。


留年して落ち込むのは子ども。


落ち込んでる子どもを見るのがイヤなのは、私。


一人一人が抱えている困った事は、その人しか解決できない。


解決出来ないのに、親だと、子どもの困った姿を見ていたくないから、


子どもの困った事を子どもの変わりに解決してあげようと思っちゃう。


解決してあげようって思う事も愛情だものね。


大切な事だと思うのよ。


私の友達で、娘さんが会社の健康診断で家で検尿しなくちゃ

いけなかったのに、娘さんが朝検尿忘れちゃってね。


困った末に、友達のを変わりに会社に提出したって、

話聞いた事あってね。


まぁ、これも愛情のひとつだよね。


て、話は逸れちゃったけど、


困ってる子どもを見るのが辛い自分がいる


って事を知る事が


「自己理解」


摂食障害の場合は、命に関わるから、親が子どもの答え一日も早く

探そうと一生懸命になっちゃうよね。


摂食障害の本人置き去りにして、親が必死になっちゃう。


私なんて典型的。


食べられない、食べても吐いちゃう・・・で困ってるのは子ども。


日々の葛藤の中で落ち込んで、うつ状態の子どもを見ているのが

辛いのは、私。


ここらへんのそれぞれが持ってる問題を整理すると、子どもを

置いてきぼりにして答えみつけようとしないで、子どもの話しを

聴いてみようかな・・・って思えるかな~。


「自己理解」と「他者理解」は正比例・・・なので、


自分を理解しないと、子どもを理解する事はできないのです。


子どもにとっての最良の答えを探す前に、「自分を知る」事が

大切だと思います。


同様に、


どんな自分でも「そのままの自分」を受け入れないと


「そのままの子ども」を受け入れる事ができないのです。


「そのままの自分」


「そのままの自分の笑顔」


「そのままのその人なりの笑顔」を応援する活動。


「ままスマイル」


来年からスタートします。









♪先日

ちょっとしたご縁があって、

「占い師さん」に会ってきました。



今までもいろんな占い師さんやヒーラーさんに

会ってきたけど・・・。


当たるも八卦、当たらぬも八卦、の世界だから

占いに対する考えからも人それぞれ・・・。


でもね、最近占い依存症の人が多いみたい。


なんで、占いに嵌っちゃうかっていうと、「自己責任」

がもてないからじゃないかって説があってね。


「自己責任」が取れないから、占いに頼ってしまう。


ところが、自己責任を取りたくないって思っていても、

自分の答えってすでに持っていて、


結局は自分の思ってる

答えを言ってくれる占い師さんに出会うまで、占い師さんを探し

続けるんだって・・・。


自分の思っている事を誰かに言ってもらう事で安心したいのかな??


私は占い師さんやヒーラーさんに会いたくなる時って、なんか

新しい考え方、アイデアがほしい時なの。


自分が持ってるピースだけじゃ物足りなくて、もっとおもしろい

ピースがあれば、もっとおもしろいパズルができるのに・・・


って思った時に会いたくなる。


だから、私の場合は答えがほしいわけじゃない。


新しいアイデアを生み出すためのヒントがほしい。


なので、人の悩みや不幸を言い当てる占い師さんやヒーラーさん

には、私の方でお断りなの。


中にはいらっしゃるのよ、人の悩みや不幸な事ばかり言う方。


相談者の現在の悩みや将来の不幸を言い当てて、不安を煽り立てる

占い師さんやヒーラーさん。


大概の人って何がしかの悩み持ってるから、占い師さんじゃなくても

人の悩みって当てる事ができるって、私は思っているの。


なので、私が占い師さんに求めるものは、私ひとりじゃ考えつかない

アイデアのヒントなの。


考え方の転換ができるような・・・ね。


「コンピュータは役に立たない、答えしか与えてくれないから。」


これは、パブロ・ピカソの言葉。


コンピュータには出来ない事。


プロセスの重要性。


占い師さんもヒーラーさんも自分が出会う人も、全ての人が

私にいろんなアイデアを教えてくれる。


そのアイデアを自分なりのバージョンにして、たくさんのアイデアを

持ってることが、自分の人生を楽にしてくれるように思う。


今回お会いした占い師さんは娘を知っていてね。


「素晴しい娘さんですね、私は彼女が大好き。

その素晴しい娘さん育てたのは、あなたですよ。

自信持っていいのよ。」


って、言ってくれたの。


こんな言葉私に言ってくれた人、はじめてだった。


私はこの言葉を聞きたくて、この占い師さんに会いに行ったのかな。