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M.Tねっとわーく ==ワークショップ開催予定・日程==

*** 子どもの不登校・摂食障害を一緒に考えましょう。***
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ノア「責任感」って言葉から、10歳から13,4歳頃の

私を思い出して、


やる事やってたじゃない~わたし。


素直だったじゃない~わたし。


なんて思った。


ウチの中は雰囲気が最悪だったし、


母親は、東大のお医者さんにも見離されちゃうような

病だったのに・・・・。


不安や心配を抱えての毎日ってわけじゃなくて、


「なるようになるさ」的な気持ちで、


自分の出来る事を出来る範囲でやっていたんだと思う。


だから、誰にも弱音や愚痴って言ったことないし・・・。


相談できる親戚もいなかったし・・・。


母は一人っ子で、祖父のアルコール依存症やいろんな問題は

口外してはいけない我が家の絶対の秘密。


だから、母自身、仲の良い友達を絶対つくらない。


それにしても、「なるようになるさ」の私の考え方は

いつ消失してしまったのかな???


元々はそんなに心配性じゃなかったように思うのよね。



どこのお医者さんに診て貰っても「どうしょうも出来ない」って

言われていた母が、母にピッタリのお医者さんに出会って

信じられないほどの回復をする。


人の人生って本当に分からないよね。


元来出来る人だと自分の事を思っている母は、自分が自己実現

出来なかった不満を、私で解決しようとするようになる。


今まで病気に向かっていた関心が一気に私に向かう。


私の出来ないところを指摘するようになる。


私が失敗すると

「やる前から失敗すると私にはわかっていたけど、やらせて

みたら、やっぱり出来なかったね」


って言葉が返ってくる。


知らない間に私は失敗を恐れるようになる。


母は母で、母だったら出来る事が私には出来なかったりするから

母はイライラしたんだよね。


母は自分が歩きたかった道を私に歩いてほしかったんだと

思う。


私の子ども達やダンナも母の思うように動いてほしかった。


でもそれは無理な事。


こんな状態の中で発症した

母の顔面マヒと娘の摂食障害。


これは神様がくれた私へのリセットのチャンス。


「なるようになるさ」の気持ちを取り戻すためのチャンス。


すぐには無理でも、少しずつ取り戻せていけたらいいなぁ~と

思う。






ばらある人に「責任感が強すぎるかも・・・・」って私、

 言われちゃって。


え~って感じだった。


最初はね。


そんなに「責任」って言葉、重要だって思ってないし・・・・。


なんで、なんで・・・・。


でもね、ちょっと考えたのね。


「責任」っていっても、いろいろ種類があるじゃない。


でね、思い当ったの。


私が、私の「責任」を意識する部分に・・・。


家族をまとめなくちゃって・・・・部分。


家族がばらばらになっちゃうから、私が責任もってまとめなくちゃって。


これが、不思議な事に、私の小学5、6年から中学2年ぐらいの

間に私が背負っていた「家族をまとめなくちゃって思い」


一緒に住んでいたのに一切口をきかない父と母方の祖父。


祖父のアルコール依存症、女性問題、借金。


祖父と共依存の母。


祖父と母の関係をおもしろく思わない父は毎日泥酔。


母が病で倒れたのが、丁度私が小学校の5、6年生。


それから入退院の繰り返し。


中学校の2、3年生の頃、母は快方に向かっていったんだと

思う。


その間、友達との他愛無いおしゃべりもしないで、家に帰って

夕飯の買い物をして、家族の分と母の病人食を作る。


母が入院中は、週に1,2回洗濯物を届ける。


私が、やらなくちゃって、思っていた、この頃。


すっかり忘れてた。


っていうか~、当たり前だって思っていた。


今回「責任」って言葉を意識したら、その頃の事を思い出してね。


健気だったなぁ~私って思ったのね。


愚痴も言わないで、自分の役目だと思って、家族の事やっていた。


思春期に入る頃、多感な年頃。


自分の事優先にしてもいい年頃なのに・・・。


そしたら


「頑張ったね」


「大変だったね」


って、その頃の私に声かけたくなった。


両親、祖父、大人たちのエゴに振り回されながらも、

自分が踏ん張んなくちゃって思っていた。


それがトラウマになったのかな???


今の家族の中でも、どこかで私が頑張らなくちゃって

思ってしまう。


自分の責任で家族をまとめなくちゃって思っちゃう。


ちょっとした、「ひとり相撲」状態だよね。


「責任」の所在がわかったら、気が楽になった。


あの頃の自分に声かけたら楽になった。


きっと、大人たちは自分達のことで精一杯で、だれも

私のことを気にかけてくれないって感じて、寂しかった

んだよね。


肩がこる方へ


肩がこるのは、「責任感」が強い傾向にあるからみたいです。


ぜひ、何に対して「責任感」を感じるのか、自分を分析してみて

ください。


重たい荷物を肩から下ろした感じがしますよ。


インディのお休み時間リンクを追加しました。


リンク先は「登校拒否研究室」のHPです。


「登校拒否研究室」を主催なさっている赤沼先生は

脳科学な面から不登校や引きこもりの問題に

アプローチしています。


普段は町の内科、小児科、心療内科の先生です。


「子どもの心の病検討会」は月に一回開催されて

います。


検討会の場所は、先生の診療所の待合室。


不登校や引きこもりのお子さんの問題に悩んでいる

親御さんが2~3名。


自身の子どもがかつて、不登校や引きこもりであった

経験者の親が、先生を含めて3~4名。


少人数での話し合いで、3時間と時間もたっぷりあるので

じっくりお話ができます。


赤沼先生は、ご自身のお子さんの不登校の経験を交え

ながら、理論的に、なぜ不登校や引きこもりの状態に

なっているかを具体的に説明してくれます。


私は都合のつく時に、経験者の親として参加させて頂いて

います。


私の場合は母親の立場で私が今まで子どもと一緒にやってきた

経験上の発言ですから、先生のように理路整然とお話しする事は

難しいですが、参加される方は、お母さんが多いので、私自身共感

する部分がとっても多いです。


「不登校になってこれからこの子の将来はどうなっちゃうんだろう。」


って不安がいっぱいの時期。


「なんでウチの子が、不登校になるの??」


って、今の状態が受け入れられない時期。


私にも、あったなぁ~いろんな時期が・・・・。


「そ~だよねぇ、母親として学校に行けない子どもを毎日みるのって

つらいよね。」


って思いながら、おひとり、おひとりのお話を聴かせていただきながら

自分を時に振り返ったりして・・・。


赤沼先生は「学校には行かなくていい。」とおっしゃる先生なので

一日も早く学校に子どもを行かせたい!って思っている親御さん

には、先生のおっしゃってる事は、ちょっと受け入れるには時間が

かかるかもしれないけれど、


「学校に行く事が自分の子どもにとって最善の事なんだろうか??」


って疑問に思っている親御さんにとっては、先生のおっしゃる事は

お子さんのこれからを考えた場合、とても参考になると思います。


登校拒否研究室

http://www.toukoukyohi.com/index.htm


ペンギンキンカチョウWHO憲章では、その前文の中で「健康」について、

次のように定義しています。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being

and not merely the absence of disease or infirmity.

健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、

精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。

(日本WHO協会訳)

この定義によって、WHOでは、医療に限定されず幅広い分野で、人々の健全で

安心安全な生活を確保するための取り組みが行われているのです。


この憲章の健康定義について、1998年に新しい提案がなされたことがあるという
ことはご存知でしょうか。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and

social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

静的に固定した状態ではないということを示すdynamic は、健康と疾病は

別個のものではなく連続したものであるという意味付けから、


また、spiritualは、人間の尊厳の確保や生活の質を考えるために

必要で本質的なものだという観点から、字句を付加することが提案されたのだ

と言われています。

なんて、ちょっとお堅い文章を引用させてもらいましたが、

この「dynamic state 」


の状態って・・・・。


静的に固定した状態ではないって事は、動的って事。


常に動いているって事。


アップ、ダウンがあってこそ、満たされてる状態なんだって事でしょう。


「spiritual」は和訳した時に霊的にみたいに訳されちゃうと、

霊的→宗教


なんて構図が想像されてしまう危険はあるよね。


でも、ここで言われているように「人間の尊厳の確保や生活の質」と

捉えると、医療が発達したこの時代に、大切なことなんだと思う。



子どもがどん底状態で、心が動いていない状態の時、


なんの感情表現もなかった時、


「dynamic state 」


なんて状態じゃなかった。


でも、ちょっと心が動いてくると


感情のアップ、ダウンが始まる。


アップの時はいいけれど、


ダウンの時は「怒り」として表にでてくる。


母親バッシング。


このWHOの「健康」の定義に照らし合わせると


「dynamic state 」

になってるのだから、「健康」に近づいてるって考えて

いいのかな。


「spiritual」に関しても、


外に出て、人と関わりを持つ事は

「人間の尊厳の確保や生活の質」に繋がる。


私個人としては、


「dynamic state 」

「spiritual」


のふたつの言葉、入れてほしいなぁ~。

ガチュピン睡眠障害になって、まぁ眠れなくてもいいや~って

生活していたんだけれど、眠れるにこした事はないよね。


眠れない事を困ったっていうより、眠れなくてもいいさって

思って気にしなかったんだけど、やっぱり眠れないって

いろんなところに支障をきたすじゃない。


でも、それも私個人の事だから、家族に言う事もないかなって

思っていたのね。


そうすると、伝わらないんだわ~眠れない事のしんどさが・・・。


何日ぶりに寝れても、平気で起こされる。


やっと眠れたのに~って私は思うけれど、相手にとっては

さほど気にならないんだわ。


それで、作戦を変える事にして、


「私は眠れなくてつらいんだわ~。」


って家族に言ったのと同時にお薬を飲む事にした。


言葉と行動で伝えたら、やっと家族も分かってくれて、

私が寝ている時には起こさないようにしてくれるように

なった。


なので、眠れるようになったんだけど、今度は夢を

見るようになってね。


それが、よ~く覚えているのね。


朝になっても、夢を覚えている。


夢って・・・・


こうなったらいいなぁ~なんて事を夢で見たりする。


目がさめて、


「なんだ~夢だったんだぁ~」


ってがっかり。


パニック映画みたいな夢も多く見る。


この間はエレベーターに乗ってて、エレベーターが故障して

45階から落ちそうになる夢。


朝目覚めても、すっきりしないし、朝から疲れ果ててる。


夢って、潜在意識の現われなのかな~。


願いがかなった夢でも、心のどこかにある不安や恐怖が

表現された夢でも、気分がよくない。


覚えていないのが一番いいな。


眠れないのもつらいし、眠って夢をみるのもつらい。


結局は、睡眠の質をよくしないと・・・って事なんだろうな。