去年までは大掃除に興味もなく

全くやってくれなかったけど

ことしは3回目の年越し雪だるま餅鏡餅だから、

少しでも見てもらわないとな…


というわけで嫌々でも声がけしてみた。


部屋の隅や家電製品PC電話パソコンテレビのホコリ、

網戸や窓のサッシ、色んな所のホコリに

気付いてなかったよう。


こんな汚いんだぁ…ぅわぁ…


とドン引きしてたのに

掃除してキレイになるのを見てると


やってみたい!


と興味を示してくれた。

次はあなた達が自分の部屋をやってみるんだよ!


えー、ヤダ…


少しずつ家庭の暮らしを身に着けてもらう。

我が家は甘やかしませんよてへぺろ


生きる力の伝承

歴史文化の伝承


先人がどのように生きてきたのか

私達が将来どう生活していくのか、


自分の歴史だけではなく

先祖の歴史と子孫の未来を描くのもまた

ライフストーリーワークなんだと考える。


その文化歴史を守り伝えていく責任なんかも

ある種の生きる目的だし、

どういう思いで神様を迎えて

おせち食べて、

初詣して、

そういう先祖の思いが自分たちの命に

刻まれていることを伝えたい。


個人のライフストーリーワークではない。

家族の歴史のライフストーリーワーク。


実親がどうかだけで見てしまうと

命の価値が少なくなりがち。

でも、親だけではない、先祖の思いも

実は私たちの歴史。


なんてね。

お母さん家事で疲れて、

今さっきまで仮眠してたんだけどね

寝る前に下の子がやってきて

あたしを叩き起こしながら

お休みって言ってきたと思ったら

おふとんの中にやってきて

二の腕のお肉をムニムニムニムニ…

そのまま乗っかってくるからニーブラ


お母さんのニーブラはもう効かないよ!


力ずくで逃げて嬉しそう。

どんどん力強くなってきて大人みたいになってく。

でも、末っ子っていつになっても甘えん坊でかわいい。


先週お説教も多かったし今週は甘えたいモード。

リビンでテレビ見てるときもお母さんのお膝に来て

ずーっとお母さんにハグされながら嬉しそうにテレビ見てる。

もうそういう年齢も終わるだろうから

ぼちぼち最後の甘えん坊時間だと思って楽しもう。


もっと痩せようかなってダイエット頑張ろうとしたときに

下の子から「このお肉なくなるのやだ」っていわれた。


他にも、髪もショートにしたいなって思っても

バッサリいこうかなって家族で話してるときに

下の子が「お母さんの髪は長いほうがいい!」

って騒いで切れなかったし…


子どもたちもいろんな思いがあるんだよね。


お母さんのぷにぷにお肉で遊んで幸せいっぱいな顔見ると

こっちまで嬉しくなっちゃう。

もう好きに遊べ。どこでもつまめ。

すき見てチューしてやるから逃げ回れ。

①女の矜持 

②謙虚であること 

につづいて第③弾



トランスジェンダーは苦しい


もう一点伝えたいことある。

私もいろいろ言いながら同じだったんだけどね。

偉そうなこと言ってますけど、人のこと言えません。


生きにくい理由をmtf の人って

簡単に言っちゃう人おおい。


精神的に追い詰められてる人が多いってのは有名な話


性的な体の悩みから苦しんでる人

成長の過程で性の捉え方が歪んだ人

性的な出来事でトラウマを持った人

生きにくさを元々持ってて性の変化で生き抜こうとしてる人

解離性同一性障害(多重人格)で主に現れる人格が異性だった人


この辺の定義も今いろいろ議論されているところだけど、

今回は言及しない。


私の人生でもこのようないろんなパターンの

人たちに出会ってきたけど、


この体のせいだ、

だから差別されてる、

だから気持ち悪いって思われてる、


わたしはトランスジェンダーなんです。

本当は女の子の心を持っているんです。


と安易に言う。



トランスジェンダーに優しい“せいで”


日本人は本当に優しい。

LGBTに対する認知も広がり

気持ち悪いと思っていても露骨に拒否する人は少ない。


むしろ、認めてくれるばかりか

私達に同情してくれる人が多い。

応援してくれる人も多い。

本当にありがたい話。


中には無理解による変な応援だったり

興味の対象として土足で踏み込んでくる人もいるけど。


でも、みんな温かい経験をした人ってほとんどなんじゃない?


色んな理由で悩んでいたみんなにとって

この温かい対応ってホント麻薬だったりする。


普通に生きてても人間関係って難しいのにさ。

性格の良し悪しはもちろん、相性とかあるのにさ。

性同一性障害っていうだけで優しくされてたら

こんな楽な話はない。

人間関係のごちゃごちゃがあれば全部

体のせいにできちゃうもん。


あなた、嫌われてるのは他に理由があるんじゃない?


なかなか口には出せないけど、

そういう当事者はそこそこいる。

そういう人ほど性同一性障害、性別違和なんだと

カジュアルに言って、相手を傷つけ、相手を侮辱する。


弱者であることにあぐらをかきはじめ出る当事者。


そんな当事者に対して

そんなことカミングアウトしなきゃいい。

と言うが、定番の返答は

嘘をつくのが嫌だ。ありのままの自分を受け入れてほしい。


これ、私自身への戒めです。

かつては私もカミングアウトしてました。


でも、過去を話すことで何が変わろうか。

何度もカミングアウトしてきてみんなの返事は

「へぇ、そうなんだ。それ聞いても何も変わらないよ」

正直嬉しい気分と、正直悲しい気分になりました。

あ、この子は何も優しくしてくれないのかな…


そして何かあったら差別されてるからだ。


本当に傲慢な話だよね。

正々堂々と生きるつもりないやつ。

本当にあのときのあたしは弱かった。

承認欲求の塊。特別扱いしろってわがまま。

面倒くさいの一言。


そんなで愛されるわけがない。

それに気付いたのは手術から復帰して

再スタートした時につまづいた後。

手術までして、戸籍も変えて、

名実共に女性になったのにさ。

自ら男の歴史を引っ張り出す。

優しくされる魔法の言葉に頼るしかない人間関係。

でも、もう同情される立場にはないのにね。

だって、もう不自由なんて何もなかったんだもん。

あんな話されても不幸話のマウント合戦。

誰が喜んで聞くさ。


その後しばらく更年期鬱も重なって大変だったけど、

弱者に甘んじてても変われない。

自分に自信がないものをトランスジェンダーだってことに

理由を決めつけて成長しないでいるのはだめだ。



人としてあなたは本当に愛されていますか?


人として愛されるためには

単純に人間力や、コミュ力をつけるしかない。


そこに気付いて自力で生きるすべを見つけるために

言い訳なんてしなくて済むよう、

人に仮に話しても、最後乗り越えるのは

私自身の努力でなければならない。

そうやって自分に自信を取り戻していった。

そして、今人と助け合って生きる力を取り戻した。


私の人生や子育ての考えの根幹はここにある。


トランスジェンダー当事者も

トランスジェンダーと出会ったその他の人たちも

当事者の自立への夢を一緒に見てあげてほしい。


児童養護施設の出身者への支えも、

可哀想で終わっては未来がなくなる。

無限の可能性は無限に想像できる自由な意志に由来する。


自分の定位置が決まったのなら、

どのように生きるのかを見つけていくしかない。

どんな体であっても、どこまで治療が進んでいても

甘やかしてくれる魔法の言葉を過度に信じていても

人として愛されることはない。

いつまでたっても弱者であり続けるだけ。


治療の目的が自分らしく生きることなら

自分らしく嫌われるのか、

自分らしく愛されるのか。

そのゴールを自分で見つけるしかない。


誰だって生きることに必死なの。

自分だけが特別だと思わないで。

自分を特別視してる時点で自分の中に差別心がある。

そういう自分は虐げられて当然とでも思ってるんでしょ?

だからそんな弱者を大切にしろ!って思ってるんでしょ?


違うよ!生き方一つで愛される。輝ける。

自分に自信を、誇りを持とうよ。

素敵な本当の輝く自分を持とうよ。

その時に、性同一性障害なんて、性別違和なんて

ちゃんちゃらおかしい肩書になるんだから!




次は何故「可哀想な私」でいてはならないのか。

いつまで経っても認められないと悩んでいる

あなたと支援者に向けて、少し書いてみる。


上の子が塾から帰ってきて、

あたしと話してるときのこと。

心の涙腺崩壊した。




今日は1日ずっとやってきてたスポーツの

クラブチームの試合。

市内セレクションで選ばれたメンバーに

ぎりぎり選んでもらった立場だけど、


結構高い費用もさることながら親の負担も大きい。

だから諦めた友達も何人かいるなかで


本人がやりたいのなら、と夫婦で快諾してた。

でも、やるからには本気でやれよ!と言われ、

そのありがたみを今の本人は痛感しているよう。


施設の頃は予算と職員の融通が利くか否か。

スタッフがイレギュラーで丸一日帯同なんて

どう頑張っても無理だったから行けなかったろうし、

本人も大人の事情なんて教わりもしないし

感じ取ることもできない。

だから行けるか行けないか、言われるままだった


親ができれば自分たちだけの大人だから

好き勝手なんでもやらせてもらえる

交流をはじめてから何年かは思っていた。


でも親のもがいてる姿や、頭を悩ませてる姿、

必死に応援する姿や、悲しむ姿、喜ぶ姿

いろんな私達を見て親というものを感じてくれたと思う。


今日の練習でいっぱい失敗して、いっぱい指導を受けて、

それでも夢を持って頑張りたいと励んでいた。


今まではそのスポーツでも遊び呆けて

みんなに迷惑をかけてはチームや私達に叱られてた。

何でそんなことで怒るんだ!って

キレられたこともあるけど、

チームのいろんな親子の姿を通して

社会性や親子の関係を伝えてきた。

それを本人も今では理解できている。


だからこそ今日の失敗ばかりの自分

またこんなで申し訳ないって思いでいたんじゃないか。

今のあの子ならそう感じているだろうって思ってた。


でも、あの子は今人生で一番頑張っていることも

楽しいこと、やりたいことであっても、

こんなに一生懸命やってたらヘトヘトだってこともわかってる。

そして、自分が何が悪かったのか反省していることは

何も話さなくても感じていた。


だから笑顔で迎えてあげた

お疲れ様!

頑張ったじゃん!

良くやった!


疲れて眠たい車で本人の失敗をみんなで楽しく笑って

次はどうしたいよね!ここを目指したいよな!

これはだめだろう。

と楽しく反省して未来を見ることができた。


塾に向かうときも宿題終わってないって

疲れ切ってるのに最後頑張って

ご飯食べる暇ない…って。

こんな時くらい抜けててもいいって言ったけど、


お金も沢山かけてもらってるし、

志望校も合格したいし、

「やるって決めたからにはやりたい」


だってさ。泣けてくる。

それならとすぐに食べられるおにぎりをこしらえて

いつもなら自転車でいく塾にお父さんが車で送ってくれて、

家族全員で上の子をサポート


すごく嬉しそうな顔して、

何故かよそよそしい敬語

「ほんと、ありがとうございます」

だって…

「何敬語なんて使ってるの?普通でいいよ」


と笑いながら送り出した。


塾から帰宅したあと今日一日のことねぎらってあげたとき、

上の子からいわれた言葉。




    

家族っていいね



泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ



昔なら不貞腐れて不機嫌連発だったろうに。

努力のどの字も知らないような子だったのに。


レベルの違いを見せつけられて

チームで一番やらかして


それでもコーチの話をしっかり聞きながら

自分に足りないものをしっかり見つめ直して

頑張らないといけないと決意を新たにしている。


もっと成長したいって。

いろんなことできるようになりたいって。


最近、塾も夜遅くまで頑張ってるし

成績がなかなか伸びなくても

夢を叶えたいって頑張ってる。


今日も一日練習から帰って疲れてるだろうに

御飯も食べず真っ先に塾の宿題に取り組む。

そしてご飯を掻き込んで塾に行く。


体心配…


でも、そこまで努力している姿

しっかり見てるから。

見守って応援して支えてあげるしかできないけど。

あなたの成長が本当に頼もしいょ。


頑張れ!おねがいラブラブ