何とかお節を仕上げました。


収まりきらなかったものがあったり

見栄えを考えなかったり、

今年も雑なお節となりましたが

入り切らなかったものも沢山ありますが

とりあえず無事に仕上がりました。






いろいろ大変な一年でしたが

無事に終えることができました。


中味はつまらないブログではありますが

皆様の励ましの声がとても有り難かったです。


新しい年も平凡ですが温かい日常を

家族四人で織りなしていきたいと願ってます。




また立ち寄っていただけたら嬉しいです。


みなみなさまも良いお年をお迎えください。



今日お店でとりあえず買ってきたお節用の材料を一気に拵えてみた。

全部味付けは自分で。


四角オレンジ今日作ったもの

煮〆(筍、結び蒟蒻、人参、凍み豆腐)、

お生須、田作、煮豚、松前漬、

数の子、昆布巻、お稲荷さん用の揚げ、


四角オレンジ今日買ってきた出来合のもの。

栗甘露煮


四角オレンジ今下拵え中のもの

黒豆、煮〆(ごぼう、八頭)、唐揚げ(主人の希望)


四角オレンジ明日作れたらいいな…って思ってるもの

煮〆(鶏肉、蓮根、椎茸)焼ぶり、

車海老、錦玉子、厚焼き玉子

ローストビーフ、肉団子、


四角オレンジ買いきれなかったので明日買い足したい出来合のもの

蒲鉾、伊達巻、ソーセージ、



何か忘れてる気がする…

でも、今年もそこそこ頑張ってると思う。

疲れてるけど頑張ってる!


主人からも今年は無理するなって言われてさ

飾り包丁入れるのも禁止とか言われて。


人参とか椎茸とか飾ると可愛いから

梅の形に切りたいじゃん。

お正月だしさ、ね?

これじゃただの煮物じゃん?

紅白蒲鉾も手綱飾りでも施したいじゃん?

美的センスのないあたしの手作りのお節なんて

少しでもそういうのないとつまんない。




と言いながらもそんな余裕はないのが現実。


とりあえず早く作って休もう。





遅くなりましたが寝ます。


おやすみなさい。

産経ニュース: 列車飛び込み3人意識不明 埼玉、母親と子供か.


こういうニュースを聞く度に思う…
里親じゃなくて実親を支援してあげてほしい。

事情はわからないから勝手に想像して思ってるだけ。


お母さんって辛いよ。
助けを求められない気持ちよくわかる。
頑張って踏ん張ってたんだろうなぁ…
でも、もっと助けを求めてほしかった。
宝物をみんな連れて死ぬ以外に手はなかったか。

子どもももういくらかわかる年頃だろうし
どんな気持ちでついていったんだろう…

冷静な判断なんてできないよね。
そのくらい追い込まれてたんだろう。
助かる道はたくさんあったはず。
もっとやれることってあったはず。

ママたちをもっと幸せにしてあげようよ。
まだまだ女性が進んで責任を背負う価値観強すぎる。
育児をしてくれてるママを守るのって社会の責任よ。
責任ばっかり被せてさ。文句ばっかりぶつけてさ。
無理をして頑張ってるママだけ評価してさ。

子どもたちを巻き込んだお母さんは
虐待して殺人したって扱いでしょ。
正しいことは何一つないって言うのは簡単だけど
違う道があったっていうのもまた事実だろうけど
頼る道はあるはずなのに頼れない。
支えるお金と人はいるのに支えられない。
この国の人権・福祉の政策は歪すぎやしないですか。

少なくとも苦しんでるママを誰も救えなかったんじゃん。
育児ってそんなに苦しい自己責任の試練じゃなきゃだめなの?
裕福じゃなきゃ育児もしちゃいけないの?
親にギブアップされた子どもたちだけ里親の元で豊かに暮らす?
馬鹿言ってんじゃないよ。
絶対何か間違えてるって。何かおかしいって。
育児にそんな試練はいらないよ!
養育里親はお金もらいすぎてる。
最低限の温もりを守るのは社会の責任よ。

歪な社会で育った子どもたちがどんな大人になるのか。
若い世代にツケを回さないというのなら
何が一番守られるべきか、
歪みを罰するのか、正すのか、補うのか、元から変えるのか、
方法論をもっと真剣に考えてほしい。

可哀想ですませちゃいけない。

受験を控えてピリピリムードの我が家で疲れ切ってます。


明日は下の子の試合で遠くまで行きます。

朝一番5時からお弁当作って、ご飯作って、夫と下の子を送り出したあと、洗濯して、大掃除の続きして、受験生の上の子を塾にに送り出してから、単身1時間半かけて下の子の試合会場まで追っかけて応援。早めに切り上げて帰りしなにお世話になってる知人のところに年末のご挨拶周り。買い物しながら急いで家に帰って晩御飯の準備。そして泥だらけのユニフォームの洗濯。


うーん、、、体力持つかな…


大掃除も終わってない。

お節の計画も立ててない。

今年最後のホルモン注射もいかなきゃ。

美容院にも行きたかったけど暇ないよなぁ…

お年玉は用意できた。

出願書類の申請がまだだ…。

数は減ったけど年賀状まだ作れてないガーン


今年のお正月はグタグダ確定だ…




と、ヘロヘロになってた私に、上の子が夢を語ってくれた。


「将来警察官になろうかなって思ってるんだ。

 警察官になったらお母さんに喜んでくれる?

 昔、沢山迷惑かけたし、お世話になったし、

 優しくてカッコよかった警察官になりたいんだ。

 みんなを守ってあげたいって今は思うんだ。」


警察官でなくても、あなたが社会のために、誰かのために、何かしてあげたい、こういうことやりたいって、そう夢見てチャレンジした事が叶ったのなら、それはお母さんにとっても嬉しいことだよ。

警察官もそりゃ立派な仕事だけど、あなたがあなたらしく、生きがいを持って幸せに暮らしてくれたら、それだけでお母さんにとって何より嬉しいのよ。だから、どの仕事とか地位とか名誉とかそんなのお母さんのためにだなんて気にしなくていい。頑張るも諦めるも、あなたにとっての幸せって何なのかを一番に大切にしていいから。

そしてあなたが結婚して子どももできたときに、また子どもたちのために幸せを願ってあげられる人でいてくれたら嬉しいな。

とにかく、警察官なんて素敵な夢だと思うよ。その夢叶えられたらいいね。お母さんもその夢を叶えられるよう応援するね。



そしたら、嬉しそうに「うん」だってさ。可愛い子だよ。そしてこんな素敵な夢を語ってくれてさ。その姿を見てるだけでお母さんは幸せいっぱい。

クソガキがこうも変わるんだ。子どもたちの生きる力ってすごいんだね。このこたちの幸せな未来を沢山見てたいな。こんな薬漬けの体だけど、長生きしたい照れ

先日書いたことについて、本人の謝罪ではない説明動画がアップされてたので見てみました。



前に取り上げた以上は今一度感想を書かせていただきます。

 謝罪という謝罪がなかったことは残念でした。しかし、彼女なりの筋は通したと好意的に理解しました。

  勝手に世間の評価を推定、そして私の感想

 印象として彼女は自虐に走ることで、事の原因を説明しており、悪ふざけのような印象を世間に与えたように私には見えましたが、みなさんはいかがだったでしょうか。私の理解では、彼女の説明は悪ノリではあれ真実だと感じました。悪ノリの部分は「クズ人間」などといった人格否定を強調していた点。真実の部分は「変態」と特性を評していた点。

 クズ人間という人格否定は私は同意しかねるところです。ウクライナの件は存じ上げないですが、知識や思想や価値観など人それぞれ。政治的な発言が人格評価につながる社会こそ間違えていると私は思うので、いかなる政治的なデリカシーのない発言があったにせよ、人格否定をすべきものとは考えません。
 公衆浴場に関する動画での炎上についても同様です。意見は多様で良いと思います。ただ、私も同じトランスジェンダーの当事者の一人として、人権活動は私の私生活にも影響を受けます。世論の動向や私の周囲での肌感覚・知識・思想・価値観と照らし合わせて、彼女の動画が及ぼす影響を推測したところ放置できないと思い、私なりの意見を書かせていただきました。それもまた言論表現の自由と考えています。彼女の人権活動のそれと方法論が明らかに違うことを表現したかったんです。

  「人間のクズ」ではない。

 人格否定のセリフはその点で同意しかねるところですが、印象論として悪ふざけに見えるのは、謝罪をせずに自分の個性を自虐的に扱うことは感情を昂らせている人には嘲笑ってあしらっている印象を与えているように見えました。おそらく多くの非当事者にはそう見えたのではないかと感じます。そういう意味で、(結果論ですが)不適切だったのではないかと感じます。ただ、私が本人だったとして適切な謝罪ができるとは思えないので、その点を批判することもできません。
 何より、彼女の自虐的な表現の意図は「当事者への誹謗中傷が理不尽で不適切である」という思いを表明したもの、身を呈して当事者を守ろうとしたんだと私は感じました。その思いが世間に通じたのかは別として、必死に責任を取ろうとしたのではないかと感じています。なかなかできることではないと思うので、この点ではすごいなぁと感じました。
 しかし、怒っている方々には悪い印象が残ったと思うので、風当たりが強くなる懸念は残りました。その点で非常に残念に思います。私も含め、当事者、特にインフルエンサーの方々は、この点を他山之石として行くべきでしょう。

  彼女が「変態」であることに同意します。

 そして、自分のことを「変態」だと評した点。これは良くも悪くも事実だと思います。差別的な意味で同意しているのではなく、「変態」である彼女のことを私は否定する気は全くないです。そして、トランスジェンダーに変態が多いことを、実体験としてやむを得ないと感じています。これらのことはこのあとで敢えて深掘りさせていただきたいと思います。

  「変態」は悪いことなのか

 世間では変態は基本的に嫌われる。下ネタが好きなのは一部男性だけ。女性社会では原則嫌われている。だからデリカシーがあれば普通は言わない。そういう意味で変態は悪だと言えると思います。うちの子どもたちの保護者たちと親同伴の温泉合宿に行ったときに、やはりオヤジたちはお酒を飲みながら下ネタざんまい。それを女性たちは冷ややかな目で不愉快そうに見ていました。子どもたちがその場にいなくても、仕方がないと呆れながら放置はするが下ネタを許容する考えはママたちには微塵もない。本当は下ネタは周りから排除したくて仕方がない、本当に本当に嫌いな人も多い。
 他方、新宿や堂山、ミナミ、栄など私もそれなりにお店に遊びに行ってきましたけど、そういう歓楽街のニューハーフのお店に来る女性は下ネタが大好きだった。飲んでる横で縛られてローソク垂らすような人もいる始末。女性でも変態は確かにいます。トランスジェンダーだからといって変態だっているでしょう。ましてや、性の迷子のなかに変態が理由で迷子になった人もいるでしょうことは、何度も書くけど当事者として迷惑だけど確かにあります。その点は女性の変態を沢山見てきたゆえに否定できません。
 ただし、そういう女性たちが何故ニューハーフのお店で変態を大っぴらにしているのか。私の推測ですが、女性社会は殆どがそういう変態に対して不寛容だからだと思います。だからこそ女性社会で変態を隠す女性が夜の街で変態になっているのではないかと思います。逆説的ではあるけど、女性社会で生きる上で変態はやはり悪なんです。
 

  ニューハーフの価値観

 そんな変態の性の捌け口としてのニューハーフの盛り場。そこでトランスジェンダーは初めて女性と交流を持つことが多い。ニューハーフのコミュニケーションの相手は変態になることが多い。そういう変態こそニューハーフの存在意義。男でも女でもない、変態がぶっ飛んだ発言をするからこそニューハーフの価値が認められている。
 よく当事者の人たちが言う。ニューハーフは職業だと。本当はそんな自分ではないけど、演じなきゃいけない。ニューハーフを楽しみに来てくれるお客さんのためにニューハーフであろうと努力している人もいる。当事者の受け皿としての社交場が、当事者の変態化を促していると私はずっと思っています。しかし、それが沢山のお客さんたちの喜びに繋がっていることも私は見ています。そういう世界感を作れる彼女たちのことを、私は尊敬もしています。
 変態はいるし、そういう変態的価値観を求める人たちも確かにいる。だからこそそれが絶対悪だとは私は言えません。ただし、それは女性の社会の外だからこそ認められるものなんです。

 しかし、夜の世界だけで生きていると昼の感覚はどこまで養えるのでしょうか。ニューハーフの世界観は世間の女性のそれとは大きくズレている。仕方がないです、悩みや苦しみを抱えた人たちが仮面を外すために来ている世界なんですから。そして、少なからず夜の世界の価値観を見ているトランスジェンダーの当事者は、変態性を疑いもせず受け入れています。そういう価値観の中に輝く先輩トランスジェンダーがいるんだから尚更でしょう。変態的な価値観をあっさり披露できることが自信だと勘違いしてしまう。いやいや、何度も書きますが、世間の女性は変態性に比較的否定的です。
 そのことに気付いたのは、私も女社会に身を置くことを決めたあとでした。それまでは女性も本音では下ネタが好きな人が多いと素直に思っていました。実際は相手の変態性に害があると認めたときは分厚い壁を作る人が多いと思います。
 ここにニューハーフと女性の文化的齟齬が生まれていると思います。この齟齬に当事者には気付いてほしいです。みんな昔はニューハーフの生き方をしたいわけじゃないと言ってたのに、知らぬ間にその世界観で生きてしまっていませんか。女性としての生き方をしたいのか、ニューハーフになりたいのか。前者ならばやはり女性の価値観をもっと必死で学ぶべきです。女性の思いを尊重し、心に共感しなければならないです。憧れるべきはトランスジェンダーの先輩当事者ではなく、女性の先輩だと思います。私達に足りないのは女性の価値観、女の矜持です。女友だちや母親から学ぶはずだった「女の子らしさ」です。「女の子らしくしなさい、はしたない。」そう叱られるべき価値観を認識することです。
 やはり青木歌音さんの「当事者とはあまり関わらない」ことこそ埋没のために必要なことだと私は思います。

  今後の展望

 現状、変態性を堂々と見せてしまう当事者が多いことは残念ながら事実。その変態性を世間がどう評価するのか、その結論を当事者は受け止めなければならないと思います。
 それと同時に、スザンヌさんも今回の謝罪動画で話していたし、私も先日の記事に書いた通り、スザンヌさんの発信に批判的な当事者が多かったことも確かでしょう。スザンヌさんを批判したい人が積極的に書いただろうことを考えると額面通りには評価できないですが、沢山似たような思いの当事者がいることは確認できました。そういう当事者が、トランスジェンダーの界隈に少しでも経験を伝えていけたらいいと思うし、若い世代の子たちは女子のグループに自然と入っている、まさにネイティブ女子も増えてきています。そういう子たちの活躍がきっと社会を変えてくれると信じています。



 最後に、権利獲得の方法論が全然違うので、彼女の発言を批判的に見てはしまいますが、今回一定の考えを示してくださったし、これまでの功績は大きかったと素直に思うので、決して否定はしません。前の記事では異論は申させていただきましたが、いろんな意見や考え方があってこその自由な社会だと思うので、騒動に心が苦しくなりましたが、私なりの思いの丈を書かせていただきました。
 もともと彼女のことを特段追いかけてなかったので、不快なら見ないでほしいという彼女の意志を尊重して、私は今後も炎上のとき(社会問題となった場合)以外は特段見ません。