歌音さんの話、わたしは共感するな。
「元男の子」コミュニティに属したくない思い。
傷の舐め合い。被差別意識のエコーチェンバー。
何よりも“女性”研究は熱心なんだけど、男性目線ばかり。
女性として社会で生きるための内面はあまり意識されない。
みんな美意識は高いよね。キレイの研究。
女性より女性らしいなんてよく言われる人多いけど、
女性の色気を研究してるからね。
でも、そこじゃないのよ。
美への憧れって女性にもあるし、そういう意味でニューハーフの男性なのにキレイっていう女性から愛でたくなる対象としてのニーズはもともとあった。恋愛対象も男性である点で共感できる。そういう思いに共感できる女性の感性がニューハーフのことを差別なく認められる理由だと思う。
でも、あくまでも「男性なのに」がついてくると思う。だって、共通するのは「美意識」にすぎず、恋愛の相手にすぎず、女性のコミュニティの大きな価値観は共有していない。
世間では女性目線、女性の声、女性の感性というものが重宝されている。性別で差がないのであればこんなニーズはない。女性コミュニティには女性特有の何かがある。その点に気付いていない当事者は多い。美意識の価値観で打ち解けても、人間として理解し合えても、殊集団としての女性コミュニティから見たときに私達は異物となる。
この外見ではない内面の女性らしさ。私はまだまだ少ない。遺伝子的なものなのか、三つ子の魂なのかはわからないけど、正直ちょっとやそっとじゃ直せない。でも、多くのトランスジェンダーさんよりはマシになったと思う。実際に女性コミュニティに属して女性のコミュニティのマナーは最低限守れるようにしてる。
そう言ってる時点で、やっぱり真の女性ではないと自覚してる。
女性を演じているだけなのかもしれない。でも、母親をやっていく中で、ドロドロなママ友・主婦友の輪の中で磨かれて来たとは思う。リアルを見ること、真似ることの大切さ。
そういう意味で歌音さんの努力は私はすごいと思う。
ゴリラが今の可愛い姿になることに、当事者は“仲間として”羨望の念を抱く。
でも、本人はそこが女性らしさではないことに気付き、磨くべきものを磨いている自負がある。
当事者は、病気のお陰で可愛くなれたんだと“仲間の裏切”を恨み、やはり外見で嫉妬する。
なぜ、当事者は中身に意識が行かないのか。
なぜ、当事者は外見にばかり執着するのか。
はっきり言って、それがその人の限界だと思う。
人の気持ちにより添えない。共感できない。
苦しんでいる彼女のことに共感すらできないで、
自分たちの苦しみに共感しろとか、差別だとか。
元男の子って自称するのはビジネスの問題だから難しいけど、あたしは好きじゃない。正直…。
けど、彼女の女性として生きる覚悟、身につけた感性、あたしは本物だと思う。そういう思いは私も学ぶところだし、当事者こそ大切にしなきゃいけない価値観だと共感する。真に女性からの受け入れてもらえるのはそういう人だと思う。
女性の文化を尊重し、それにどっぷり身を置く覚悟なしに、女性に受け入れられるわけがない。
外国人が日本の風土、食、芸術、もてなしが好きだと旅行に来て、一方神社で暴れてゴミをポイ捨てして道路のど真ん中で撮影するなど、嫌われる行為をするようなもの。日本のことなんでも知ってる、ニホン通、私の中にはニホンジンの遺伝子が〜みたいなもん。
そんなものおもてなしをするお客様なら構わないけど、深くまでは来てほしくない。女性のコミュニティからは締め出される。
外見の女性らしさではない。内面こそ女性の核。
男性恐怖症の女友達からも言われたよ。
ニューハーフって所詮男だ。
美意識はすごい。きれい。
だから男性よりは付き合いやすいかと思ったけど、
結局中身は男性なんだってかんじちゃう。
話し方、所作がやっぱり男の人よね。
女性だというなら何でそういうところ気をつけないかな。
友達としてはいやじゃないけどね。
その意味を女性は多分理解できる。
当事者は、真に理解できない。
だからこそ大切なのは女性としての躾と経験。
丁度今日、誕生日だというこの子、よったん。
しってるYou Tuberさんから覚えている限りで引用してるだけなんだけど、お母さんから沢山学んでくれると思う。社会でちゃんと揉まれてさ。しっかり女の先輩たちにもまれて磨かれていってね。お母様、女の子教育よろしくお願いいたします。
ずっと応援してます。おめでとう。
最近多い、早い頃から女の子に囲まれて女の子として生きてる子。こういう子たちには本当に期待してる。生まれながらに男は男なのかわかる。女性的感性は環境由来なのか、遺伝子由来なのか。環境由来だとして、逆に女の子として普通に育てたこういうい子達が、反トランスジェンダーの流れに巻き込まれないで済むようにしてあげたい。
多くの当事者は思うだろう。クラインフェルターとか、もともと美人だとか、カミングアウトしやすい環境だとか。そんなの人との違いを見つけてやる妬み僻みやっかみ。トランスジェンダーは足並み揃えて権利獲得ってやってたら、「非女性の男性が団結して女性の社会の秩序をぶち壊しに来た。そんな女性の価値観が古臭くて男性の価値観を受け入れろ?」って思われるのは関の山。
私は真似しても簡単には真似できないでまだまだ難儀していますし、ドロドロも中にいてキツイ。でも、それでも女性の社会の価値感のほうがいい。内面としても女性としては不完全だからこそ謙虚でいたいと思う。
女性同士でも胸のことは時に意識してるだろうけど、だからといって男の娘も女性の胸に意識がいっても構わないとは思わない。関係性ができてない人からジロジロ見られたり指摘されたり、そこにだけ注目されて公衆浴場に侵入されたら女性は嫌に決まってる。デリカシーがなさすぎる。男でも嫌でしょ。女子が入ってきてサイズチェックとか、どーよ。男子でも嫌だろうに、まして女子だよ?女子の性差に対する苦労の何も意識できないで女子ヅラするな!ちょーキレイなのに大股開いて下ネタ言うようなニューハーフと同じ。
「そういう人の生き方は尊重するけど、美意識は尊敬するけど、女性としてコミュニティに入ってこないでほしい」そう表現する女性の気持ちを当事者はもっと意識してほしい。そこに意識がいかないから、そういう自分を悪いと思えないからこそ、女性らしい外見への憧れにすぎないからこそトランスジェンダーは‘癖’だと断じられるんだ。
癖を押し付けられても「勝手にやってて、巻き込まないで」それが普通の反応だろう。どういう生き方をするのかは自由だし、それは尊重する。けれど、公共の福祉に反する自由は制限される。“元男の子”界隈の価値観が当たり前になってはいけない。界隈の価値観は「女性になりたい」と願っている人、つまり女性ではない人たちの価値感。励まし合うことがあってもいい。けど、そんな人たちが寄り集まって権利を主張してもしかたない。
私の経験上、トランスジェンダーの差別を減らすのに役立つのは当事者が権利の主張をやめることだと思う。
議員になっても意味はない。知名度高めたり芸能人になるのもあり、経営者になって差別しない会社作ってもトランスジェンダーを盾にするばかりで、節度をわきまえなければ潰される。
ネットで情報発信するにも何を発信するか。旧来の考えを否定した先に幸せがあると思っているのは自分勝手。壊された価値観の中で幸せに暮らす人は古臭い既得権者だというのか。そういう活動家こそ女性を差別しているようにしか見えない。女性を名乗る人が、女性の文化を理解しようとせず、男性世界の価値観で女性社会に侵入し、女性が守りの権利を主張することを差別的だと言う。まったくもってちんぷんかんぷん。あべこべなのよ。
私は女性の権利こそ守られるべきだと思う。女性として生きさせてもらって、女性の不安を共感してる。女性の大変さも世間からの見られ方も体感してる。女性の権利は守りたい。元男という属性はあるけど、やっぱり奪っちゃいけないって。
今の女性という地位を奪われたくはないし、何とか折衷案が見つかればいいなって心から思ってるけど、今の活動家がどんどん強硬になっていったとして、あたしは当事者として男認定されたとしても女性の権利を守る。ウーマンリブの人たちからも所詮男って罵られるけどさ。そのくらい必死に守ろうとする彼女たちの気持ちあたしはわかるよ。そのためなら私は女性としての社会的地位は捨てても構わない。でも、きっと私の友達はあたしを女友だち、大変な育児を共に乗り越えたママ友だって認めてくれる。それがあたしの中の自己実現。戸籍も何もいらない。あたしはあたし。それでいい。
その上で言いたい。女性の権利を土足で踏み荒らすことは絶対に違う。そんなものトランスジェンダーの権利でもなんでもない。
何度も言うけど美意識だけが女性ではない。差別されているから守られるべきだという固定観念も要らない。女性として生きるってどういうことなのか、等身大の女性からしか学べない。トランスジェンダーの先輩なんか見ていても仕方ない。生き方として憧れの女性を見つけるべき。
私の場合は、祖母、母親、先輩里親さん、ママ友、恩師、親友、幼少期に仲良くしてもらった近所のお姉さん、元カノ。かっこいいな、素敵だな、愛らしいな。いろんな憧れを抱いて、そんな魅力的な女性になりたいなってのが原動力。女性の魅力は見た目だけじゃない、内面の美しさ、生き方の選択だと思う。
権利じゃない、見た目でもない、どんな人になりたいか。その世界観を共有すること。女性のコミュニケーション、価値基準、人生観、恋愛観。それを自分の世界の自分の選択肢として理解することがスタート。それが難しいんだけどね。だからこそ思春期から女の子として友達と感覚を共有できた若い子たちは強い理由なんだと思う。若い頃からホルモンをすることではない。見た目が可愛いとかインフルエンサーだとか、ホルモンが効きやすいとか、そんなことでない。“女性”という心に自らを近づけられるかに重きをおいたトランスをしてほしい。ホルモンの限界や時間的な問題、そのあたりはもう情報があるんだから。夢を見るのもいい加減にしたらいい。いつまでも夢見る少女だから、現実が見えなくなってる。リアルな女性はリアルに生きてるから。リアルな年齢や実力と向かい合わなきゃ。その上で自分の目標を定めて行動する。
もう殴り書きしてるから意味わかんなくなってきたけど、とにかく現実と向かい合って生きること。そして、女性のリアルを共有すること。それなしに価値観だけ破壊しにいっても受け入れられるわけがない。女性になりたいのか、女性の価値観を自分たちで上塗りしていきたいのか。LGBT、被差別だといえば女性を意のままに従わせられるって思ったら大間違い。女性にも人権はある。私達マイノリティにも人権はあるけど、他人の人権を尊重できないで自分の人権を主張する権利はない。双方を見て初めて折衷案を出せる可能性があると思う。自分たちがそれをできなくて、他人に求めるのも筋違い。いい加減やめよう。こんな哀しい争いは。
