今更私感を書いても仕方ないし、思ってたならもっと早く警鐘しろとのお叱りはごもっとも。後出しジャンケンです。ですが、あえて、思うことを書きたいです。


 彼女の公衆浴場利用に絡む動画での発言の数々、あれは本当に下劣。言葉に出すのも憚られる。ああいうふうに考えることにも共感できない。それを公衆の門前でもあるSNSで発信することにも怒りを覚える。性同一性障害/性別違和/トランスジェンダーといったカテゴリに分類される当事者の、現実への認識が大きくズレている、そう思えてしかたない。彼女には地下で広がるアンチトランスへのムーブメントが見えていないのだろうか。大きな議論になったときに己の夢見る理想だけ掲げたら、全国民がついてくると思っているのだろうか。半分の国民に否定され恨まれ憎まれ、それでも半分の国民に支持され法律を変えさせ街中を闊歩できたらそれでいいのか。それが差別解消につながると思っているのか。


 古今東西、差別の歴史は特権意識、貧富、文化や思想の相違といったものが生み出してきた。中国人が日本で嫌われる理由と同じだと思えばわかりやすい。日本人の目線で豪遊し法律やマナーを守らないイメージが先行するから嫌われてしまう。かつて日本人が西洋諸国でメガネとカメラを下げてる黄色いジャップとして差別されていた。今では文化においても憧れられる存在となった。あの当時の日本人は、何とか日本人を受け入れてもらおうとして、現地の文化を学びマナーを学び、相手国のそれを尊重しようと努力してきた。現地に暮らす日本人が、人と結びつきその土地人文化を愛で、逆に理解を獲て、現地の仲間とともに権利を獲得してきた。差別解消の歴史なんてそんなもんだろう。

 他方、昨今の人権活動というものは、権利なんだから認めろ、やりたいことがてきないのは差別だと、簡単に社会を断じて責任を転嫁する傾向がある。BLMなどもそれだろう。そしてLGBTQ問題。それではただ対立を生むだけ。なぜマイノリティーはマジョリティを尊重できないのか。なぜ相互理解、融和をしていけないのか。かつての日本人は世界を理解し、世界は日本を理解し、異文化を尊重しあえる力があったはず。なぜ対立ばかりを望むのか。

 

 私はかねてよりずっと一貫して話してることがある。私達を受け入れてくれることに感謝しよう。制度慣習がある以上対応できないことがある。けど、その相手が本当に差別しているのか、相手も経験なくわからなくて困っているだけなのか、ルールに従ってるだけなのか。私の経験では、差別はある。しかし、微々たるもの。ほとんどの困難は差別ではなくて、対処する根拠や経験が社会にはないだけなんだ。私達という存在が何なのかわかれば、ほとんどの人は別け隔てなどしない。戦う必要なんてない。

 差別なんてほとんどない。大切なのは心を通わせ相手を敬う心だけ。



 そして、あの方。昔から懸念していたことがある。トランスジェンダーを大量に生み出していること。その敷居をかなり、かなり低くしてくれたこと。彼女の発信するトランス経験のノウハウは的を射てる。彼女が発信する前から私も同じことをアドバイスしてきたことが何度もある。しかし、あそこまで大々的に伝えることに懸念を抱いていた。人の人生を大きく変えてしまう大切な情報。当事者にしたら天国にも地獄にも簡単に行ってしまう重大な選択をするための情報。それを容易く発信することに不安を覚えていた。当事者は苦しいときに冷静な判断なんてできやしない。そもそも冷静な判断でもおかしな人もいる。私はそういう人たちに自己責任論でトランスを指南することはできない。私が指南した子たちには、一生責任を持つ覚悟でアドバイスしてるつもり。私には何百人のトランス女性を生み出す責任は果たせない。

 他方、あれだけのカリスマ性と発信力を持って、沢山の当事者を救っている点では、感謝もし、これも時代なのかと半分喜んでも見ていた。それと同時にルールに従えば簡単にトランスできるノウハウの伝授なわけで、頭のおかしい人たちを引き込むこと、それがトランスジェンダーを社会の掃き溜めにしてしまわないかという懸念もあった。そして、今回の騒動。


 せっかく社会が私達当事者によりそって作ってくれたルールを、ルールなんだからと徒に運用してしまったら、社会の善意の悪用になってしまう。そして、社会の善意が想定していなかった弊害が見えたときに、それでも当事者は闊歩するのか。そんなこと赦されるわけがない。社会秩序と私達の自由の間でもっと話しあいが必要だし、その議論を始めなければならなかった。だからこそ私も声を上げ始めた。しかし、現実はアンチの中で怒りばかりが増幅している。当事者でありながら私はアンチの気持ちが痛いほどわかる。トランスジェンダーの人権活動はおかしい。トランスジェンダーのすべてがこんな社会秩序を壊す現状に同意しているわけじゃないと知ってほしい。

 しかし、彼女が発信しているトランス指南の数が本当なのならば社会に対して、彼女の思いに共鳴した当事者たちがたくさんいるんだという証明になってしまう。実に悔しい。実に悲しい。


 私も彼女のやり方を不安だ、同じ知識はあるけどあまり発信するのは好まないとSNSで発信したことがあった。でもね、多くの困ってる当事者は、救いのある情報に群がる。自由を求めたがる。私のことを輝けない人のスターへの嫉妬だと蔑まれた。


 だからこそ思う。この問題は当事者の撒いた種だ。自分たちで刈り取るしかない。しかし、彼女一人を悪者にもできない。してはいけない。彼女に救われた当事者もたくさんいるはず。そういう恩を忘れないでもいてほしい。



 唯一、この騒動で嬉しかったことがある。


 彼女を尊敬していた当事者たちの中にも沢山、彼女の今回の発信に異を唱える人がいること。むしろ批判的な人がほとんどではないか。それが見えただけでもよかった。社会は是非見てほしい。当事者の殆どは彼女の考え方を違うと思っている。それが現実だろう。どうか彼女のような考え方がほとんどだとは思わないでほしい。色眼鏡で見ないでほしい。


 同時に、当事者は、社会がこれだけの不安を持ってトランスジェンダー問題をみていることを今一度認識すべきです。私達の自由を認めてほしい気持ちは激しく同意します。しかし、これだけの不信を煽る実績を当事者に属する人たち自身の中で発生させてしまってます。自由権利を語る前に、自らの襟を正してみませんか。社会からの見られ方は法律で変えられるものではない。人として交わって理解し合ってはじめて変わる。「トランスジェンダーは差別を受けているから守られるべき」という特別意識から脱却しましょう。生産性のないトランスジェンダーではなく、社会に役立つトランスジェンダーでいよう。みんなに喜んでもらえるトランスジェンダーでいよう。難しいことだし大変なことだけどね。