4月になりました。

うちの事業所では、珍しく新年度らしさを感じています。いや、自分自身がそう感じているだけかもしれません。

 

それは新しい職員が入りました。それも新卒。

うちの事業所で新卒の人を採用するのは初めてとのこと。自分自身も今まで働いていた場所で新卒の人を迎えたことはなく、初めての経験。それだけにいつになく新年度らしさを感じています。

 

と同時に、新年度は変更の嵐。

特にこの時期に絶対にやらなくてはいけないことが、東京都への変更届。就労継続支援B型などの一部の事業所は毎年4月に報酬に関しての変更届を出さなけければいけません。もし出さないと・・・最下位の報酬体系で各種加算も認められない状態なので、必要な報酬と必要な加算を取るためには必ず変更届を出さなければいけません。

 

特に今年度は報酬改定の年。

そのためほぼ全ての障害福祉サービス事業所で変更届を出すことになります。自分もそれに向けて3月から準備をしていましたが・・・今日になりようやく、東京都から変更届の書式が提示されました。

 

これは毎年思うことなのですが・・・いつも書式の提示がギリギリなんですよね。

今日新しい書式が提示され、4月1日から新しい報酬を算定をしたい事業所は4月12日までに提出しなければいけません。厳密には4月11日の消印で12日に到着とのこと。10日に満たない期間で全ての書類を作成して届け出るなんて・・・本当、なんでこんなに無茶振りをするのかといつも思います。

 

なので想定される部分は事前に準備をしないと作成が大変です。

それを見越してある程度は準備をしているものの、やはり大変です。それを今まで親方様(うちのボス;管理者ですね)が1人でやっていたと思うと・・・いやぁ、大変です。日々の業務があまりに多い親方様なので、せめて自分ができる部分は自分がやらなきゃです。

 

ただ、今年度はこれだけじゃ済みません。

6月にはまた変更届の提出が必要。と言うのは、6月から処遇改善加算が変わり、それに合わせてその届出が必要になります。その部分については今の段階からどの加算を選ぶか検討をしているところ。もちろん今までの実績に基づいて選択する部分はあるのですが、職員の給料を確保するためにはできるだけ優位な段階を選びたいと思うのは当然のこと。と同時に、法人としてどの段階まで実行できるかも見据えながら選ぶ必要もあるので、なかなか大変です。

 

さらに、うちの事業所に関して言えば5月にも変更届を出す準備も。

5月から算定できる加算があるので、その変更届の準備もしています。で、その加算を算定するためには4月15日までに届かないと5月から算定できないとのこと。つまり・・・4月のからの変更届と5月からの変更届、そんなに期間を待たずに出さなければいけません。できれば4月の時にまとめて申請をしたいのですが・・・4月の変更届の段階ではまだ算定できる要件に合致しないので、その分は別に出さないとダメなんですよね。

 

もちろん、それも見越して準備はしています。なので、同時に出す予定です。

作成する書類は結構あるので、正直東京都が提示してから作るのでは遅いです。事前にできるものは準備して、提示されてから修正していかないと間に合わないですね。これだけは事業所の収入に直結するものになるので、絶対に遅れるわけにはいきません。

 

で、計画相談の方もどうやら届出は必要そうで・・・

まぁこの時期特有なものなのでありませんが、届出書類に追われている状態。不幸中の幸いなのは、今月の計画作成とモニタリングが少ないこと。少ないから力を割くことができる部分もあります。

 

まぁこう言うことをやるのも、前の事業所での経験があったから。

イヤイヤながらも課長になったことでこう言ったことにも意識せざるを得なくなり、結果的に報酬や指定基準のことも理解することに。大変な経験でしたが、今となっては役になっているので良かったのかもしれません。親方様の苦労も身にしみてわかるので、自分ができるところはやらなきゃと自然になりますね。

 

これはうちの事業所だけでなく、全ての事業所でやっていること。

大きな法人であれば事務方がやると思いますが、うちは小さな法人なので事務方はいません。なので自分たちがやるしかないのですが、その分色んなことを経験したり学ぶことができるのは、それはそれで貴重なことだと思います。大変ですけどね・・・

もはや、もう無理なのかも・・・と思っています。

これも「諦め」なのかもしれません。

 

この仕事をしてこんなことを言うのも何ですが・・・人見知りです。

特に異性は苦手で、異性と話をするのはとても苦手なことです。

 

にも関わらず、自分の仕事は相談支援。

話をしなければ始まらない仕事なのに、話をするのが苦手って・・・矛盾していますよね。

 

一応、仕事上では大丈夫みたいです。

利用者さんとのコミュにケーションは問題ないですし、それは男性女性限らず支障はありません。職員間のコミュニケーションも問題ありません。対外的なコミュニケーションも問題ありません。いわゆる「社会人」としてやるべき場面では問題はないようです。

 

が、プライベートでは・・・どうでしょう。

もちろん仕事の経験で多少は話せるようになったと思いますが、それでも自分から積極的に話をするのは、未だに苦手です。それは仕事でも同じかも。知っている人であれば話せるけど、懇談会や懇親会などの席で自分から話をするのは、やっぱりダメですね。

 

そんな自分ですから、当然ながら合コンとは全く縁なし。

そんな場に行きたいと思いませんでしたし、仮に誘われたとしても行かないですね。自分の中に強烈な苦手意識があるのだと思います。

 

何でこんなにダメなのか・・・多分小さい時の経験があるかも。

見えない相手に言うのも何ですが、小さい時も今もぽっちゃり(と言えば聞こえはいいが、要は太っているだけのこと)体型。なので小さい時は容姿から敬遠されることもあり、そんなことが頭の中に残っているので、いつまで経っても積極的になれない自分。

 

それは大学生になっても同じ。

どこか自分の中で「こんな自分が・・・」と引いてしまう部分もあり、自分から積極的に付き合いをするタイプではありませんでした。そのうち同性の仲間といる方が心地良くなり、お付き合いをしている人を羨ましく思いながらも、どこか自分の中では諦めていたかもしれません。

 

一時期だけ気持ちが盛り上がった時もありました。

それは友人が結婚していくこと。その時は自分も色々と考えるところがありましたが・・・その頃は自分の体調が悪く、仕事も不安定な雇用状態。結婚を考える前に自分のことで精一杯の状態でした。

 

そんな時代を超えながら、ようやく最近になり余裕の出てきた自分。

でも今から恋愛・・・まだ40代(いや、今年アラフィフか・・・)だから遅くないのかもしれないけど、でももう40代。もはやどうやって恋をすれば良いのかわからない状態。いや元から恋の仕方がわからないだけかも。わからないから恋愛をしてこなかったのだと思うし、わかっていれば恋の1つや2つくらい話せたでしょうね。

 

それでも、心動かされた時もありました。

でも実際には何もつながらず。恋の仕方がわからないのもあったと思うし、自分に勇気もなかったのでしょうね。勇気がないのは、自信がないから。つまり、ネガティブ。自分の基本性格はネガティブです。

 

とはいえ、これでも多少はポジティブに考えるようになりました。

今更体型のことを考えてもしょうがないし、そんなことをいちいち気にせずに行こうと考えるようにもなりました。だから仕事では問題なくできているのだと思いますが・・・プライベートになったら、話は全く別になってしまうのでしょうね。

 

やっぱり、恋愛はもう諦めの時かな。

もちろん、人生何があるかわからないので、あとは時の成り行きに任せるしかないですけどね。

 

恋愛を諦める時ってどんな時

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今日は半日だけ研修。

当初は研修でも自己研鑽のためとしてプライベートで行く予定でしたが、所長から「出勤扱いにしてもいいよ」とのことで、仕事として研修に行くことになりました。

 

内容は4月からの新年度報酬改定について。

この研修には市役所の人も「一緒に行きたい」とのことで、一緒に参加。会場も満席で、多くの人が関心を持っていることを感じました。

 

報酬改定のことはここでも書きましたが、基本的に人件費分がプラスの改定。

しかし生活介護や居宅介護では実質マイナスになるものもあり、就労継続支援B型も報酬体系によってはマイナスになるものもあり、純粋に「プラス改定」と受け止められない部分もあります。

 

計画相談も同様で、大きくプラス改定になった部分もあります。

しかし自分の事業所で算定している体系では、プラスの幅はごく僅か。他の加算で多少の上乗せができそうな感じですが、所詮「加算」程度のもの。基本の報酬が高くないと経営は難しいです。

 

今回計画相談で大幅なプラスになったのは、上位報酬区分。

平たく言えば、常勤専従の相談支援専門員を複数配置している事業所には改定幅が大きく、1人事業所の改定幅は小さいものです。国としては「手厚い配置をしている」ことを「質の高い相談支援事業所」と考えているみたいです。

 

とはいえ、現実に計画相談支援事業単体での常勤専従は大変です。

ましてや複数の常勤専従の相談支援専門員を配置するのは、経営的にも頑張らないと難しいもの。事実、国の調査でも常勤専従の相談支援専門員の配置が「1人」ないし「配置していない」と答えた事業所の数は調査全体の78%。理由は様々だと思いますが、現状として複数配置・常勤専従の配置は難しいと言うことを表しています。(下図参照)

 

一方で今日の研修では「量を行うことは、アピールとして必要」とのこと。

決して人員体制が厚ければ「質が高い」と言うわけではないが、それでも計画相談が必要な人に対してサービスを提供し実績を残すことは客観的に評価することになるとのこと。他方量をこなして質が下がるのも問題であり、そのバランスも重要とのこと。この答えには納得しました。

 

今日の研修は報酬改定と共に、地域生活支援拠点についての話も。

実際に聞きながら「その支援も必要だよなぁ」と感じました。どうしても今の地域生活支援拠点の在り方は形だけのものになりがちですが、実際には障害を持っている人がどんな時でも地域の中で生活できる支援体制を整えていきべきもの。また長く精神科病院に入院(いわゆる「社会的入院」)している人に対しても支援の手を伸ばさなければいけない現状も感じます。

 

実際のところ、自分も今の職場に就職していろんな研修を受けました。

その中で思うのは、計画相談支援だけでなく地域移行支援・地域定着支援の必要性。計画相談を行う事業所は増えてきているけど、地域移行支援・地域定着支援を行う事業所はうちの自治体ではゼロ。でも精神科病院は存在し、長期入院している人がいるのも事実。しかしそこまで支援の手が伸ばされているかというと、そこは疑問。

 

本来であればそこにアウトリーチすべきだと思うけど・・・現状、できていません。

本来業務ではないと言うのもありますが、それ以上にその余力がないのが本音。計画相談支援の業務もさることながら、法人全体の業務や他事業のサポートを行なっていると、さらに手を広げる余裕がないんですよね。

 

今日の研修を受けても、やはり必要性を感じつつ動けない・・・と言う現実。

最初から「できない」と思ってしまったらできないのかもしれないけど、それでも現状の自分の業務を考えると、そこまで手が回らないです。もしそこにもう1人いれば・・・と思うこともありますが、その「もう1人」を雇えるお金は・・・ないです。結果、1人職場。

 

さっきの「78%」と言うのも、そんなのがあるかもしれません。

どの事業所も「できれば複数配置」を考えたいのが本音だと思いますが、先立つものが無ければ持続できる事業として考えられませんよね。本来であれば「1人事業所でも経営できる報酬体系」が望まれ、それができればさらに増員・・・なんてことも考えられるのかなと感じます。

 

まぁこのことは計画相談だけでなく、他の事業にも当てはまるかも。

今回の報酬改定で生活介護はかなり厳しい改定に感じています。なぜなら、今の報酬を維持するためには利用者さんを7〜8時間の支援をしなければいけないから。この7〜8時間には送迎の時間は含まれません。でも多くの事業所で職員の労働時間は8時間。送迎の時間や利用者さんの受け入れ前の時間・利用者さんが帰った後の翌日以降の受け入れ準備の時間、その日の業務の振り返りやその他の業務の時間を除いて8時間の労働は・・・普通に考えて無理なような気がします。

 

もちろん財源に限界があるのは承知していますが・・・

でもこれでは従事する人がいなくなってしまうのではないか・・・そんな気もします。報酬改定を見ていつも思うのは、真面目にやっている事業所は年々厳しい状態に追い込まれているようにも感じ、利益優先の悪質な運営によって評価を下げられてしまっているのかな・・・と思うこともあります。それでも、自分たちは実直に支援していくしかないんですけどね。

今だから笑って話せることですよ。

別に世間の言うほどの「ブラック」ではないと思いますが、今の職場と比較するとブラックだな・・・と思うだけのことです。

 

基本的に「ブラックだな」と感じることはほぼありませんでしたが・・・

強いて言えば、やはり前の職場環境はブラックだったのかもしれません。

 

最初こそは「開設準備」でそこまで厳しいと感じることはなかった自分。

しかし施設がオープンしてからは、その傾向が強くなったと思いますね。(その辺はここの昔の記事にも書いてあるかも・・・)

 

例えば、残業の取り扱い。

普通残業すれば、残業代が出るのは当たり前。事前の取り交わしがあればまた違うかもしれないけど、自分の労働契約では特別な取り交わしはなし。もっとも、法人もそんなことを考えていなかったのかもしれませんが、日々の業務がありすぎてとても定時では終われない状態。流石に午前様になるまで働くことはなかったものの、ほぼ毎日残業。

 

で、ある日1月の残業時間が45時間を超えた時、人事から一言。

「45時間を超えた分は残業代払えないから、その分休んで。」

 

イヤイヤ、休んだら余計仕事できないし。

よくよく話を聞くと、払えない理由は「(45時間超えたら)労基に怒られるから」とのちっぽけな理由。実態がそんなのだから、労基がなんと言おうと事実を見てもらうべきでしょう・・・と呆れてしまいました。結局、自分で計算してその分は休みました・・・って、なんで自分で計算するの?法人から「これだけ休んでね」と言われて休むのが普通でしょ。今思えば、嘘ついても休んでも良かったんですかね。バレなかったかな?

 

「お金じゃない」と言いながらも、お給料は気になるもの。

当時その職場で働いていた時の給料は、今まで働いていた中で一番もらえていました。ただ、それはある意味当然の話。係長・課長として仕事をしていたのだから、その分の役職手当が出ていたわけで、当然給料の全体を引き上げることに。

 

でも・・・基本給は決して高くありませんでした。

給料の中には「評価給」と言うのもありましたが、自分が働いている間は一度も評価給が変わることがありませんでした。係長・課長にもなっているのに、その評価はされない・・・なんか不自然な感じでした。

 

極め付けは、賞与。

求人票には「3.0ヶ月」と書いてあったのでそれを期待していましたが、実際にそんなに貰えませんでした。最初の賞与こそは少なくても入職期間が短い・オープンしたばっかりの施設だから・・・と割り切っていましたが、その後も貰える賞与はほぼなし。月々の給料が上がっても賞与が雀の涙だから、年収ベースで考えると前職と大きく変わることはありませんでした。

 

管理職として仕事をしても、それが評価されない。

で、仕事はどんどん増え責任だけ重くなる・・・その果てが、休職であり退職。自分の体を壊したワケですね。復職しても思うような回復はできず、むしろ出勤できないから給料から控除されるものが多くなり、収入はほとんどない状態。かといって仕事を辞めても次の仕事が見つかる保証もないし、社会人として仕事を遂行できる自信も保証もない。なので辞める時は「辞めるのも地獄、残るのも地獄」と言う感じでしたが、その時は辞める地獄を選びましたね。

 

で、今はどうなのかと言うと・・・ここでも書いている通り、一応健康。

収入に関して言えば・・・前職より上がりました。年収もアップ。一応主任としての役割は担っていますが、前の職場のようなキツさはありません。残業はありますが、自分で最大ラインを引きながら仕事をすることができるので大きな残業はなし。ここ最近は月10時間程度で済んでいますね。そのくらいの仕事で前職より収入があるのですから、いかに前の職場は大変だっったか。結論、ブラックだったのかな。

 

まぁ前の職場も立場によって違ったと思います。

役職のない現場レベルではそんなにキツくなかったと思いますが、役職・管理職レベルになると世界は違ってきますからね。それに管理職の仕事だけやっていればいいわけではなく、現場の仕事もする。自分の場合は課長の仕事をしながら、相談支援専門員としても仕事をする。で、時には施設全体のことを見据えた仕事もする。ハッキリ言えば、最初の求人票に書かれていた仕事と変わってしまったんですよね。求人票では「開設後は相談支援専門員として」と書いてあったのに、実際には運営管理もしていましたからね。

 

ただその経験が無駄だったかというと、そうではないですね。

むしろその経験があるからこそ、自分の体を労わりながら仕事をしていますし、管理者の仕事の大変さを実感しているので全体のサポートもするようになっています。今の職場は小さいな職場なのでやることも多いですが、一方で自分たちで決めたことをすぐにできるので、風通しもいいですね。

 

なので利用者さんには「嫌な経験も大事な経験の一つ」と話しています。

確かに前の職場でのことは、できることなら体験したくなかったこと。体を壊すことも、できればしたくなかった。でもそんな経験があるから実体験を伝えることができるし、嫌なことも役立つことがあることもわかっているので、そんなことも伝えられるようになったのかなと思います。

 

ブラックなことは、できれば避けたいもの。

でも経験したから見えることもありますね。まぁ自らブラックに飛び込む必要は全くないと思いますけどね・・・

 

今よりブラックだったと思うこと

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昨日、社会福祉士と精神保健福祉士の合格発表がありました。

精神保健福祉士の合格率は大きな変化はありませんでしたが、社会福祉士については過去最高の58.1%でした。

 

自分が社会福祉士を受験した21年前(第15回)の時の合格率は31.4%。

当時としては高い合格率でしたが、今回は受験した人の半分以上は合格できたことになります。この傾向は去年から始まり、去年の合格率は44.2%。去年と比べ極端に問題の難易度が変わったとは思いませんが、より現実に沿った出題がされるようになったのかもしれません。

 

時同じくして、自分は社会福祉士の現場実習受け入れが今日終了しました。

自分としても社会福祉士を目指す学生さんの実習受け入れと実習指導は初めてのことで、実習の受け入れに当たってはそれなりに準備してきました。日本社会福祉士会が作ったプログラミングシートも作っていましたが・・・完成できませんでした。すみません。

 

とはいえ、実習は標準カリキュラムを基に構成し、その中で工夫もしました。

実習生からの希望も聞きながら、できる限りオーダーメイド型の実習内容が組めるように工夫しました。その結果・・・ちょっと実習生にとっては負担の大きい内容になってしまったかもしれませんが、中身の濃い実習になったと思います。

 

そんな今回の実習生は、来年の国家試験を受験します。

来年の国家試験は新しいカリキュラムのもと実施される最初の試験。逆を言えば、今回の国家試験は旧カリキュラムでの最後の試験でした。そのため自分が指導した実習は新しいカリキュラムを基にした実習をしました。正直自分が学生で実習をしていた時とはだいぶ内容も変わったような気がしますし、自分自身も現場経験を積んでより実践に近い実習プログラムを組みました。

 

社会福祉士に求められるものも、時代と共に変わっていると思います。

自分が受験した時、福祉の考え方はいわゆる「福城六法」の考え方で、働く分野も高齢者か障害者か児童か行政か・・・など、そんなに多くはありませんでした。しかし今ではあらゆる名の「福祉」の考え方ができ、司法福祉という考えも今はあります。そのためいわゆる施設で働く選択肢以外に刑務所や保護観察所など、自分が社会福祉士を受験した時とは環境もずいぶん変わったように思います。

 

社会福祉士のカリキュラムや試験内容も、そんな時代に合わせていると思います。

自分が受験したときは「更生保護制度」なんて科目はありませんでしたし、「社会調査の基礎」や「福祉サービスの組織と経営」は自分が受験した時でいう「社会福祉援助技術論」の1つとして含まれていました。基本的に「〜論」という科目で試験がありましたが、今の試験は分野としての試験を行なっているように感じます。

 

間違えなく自分が受験した時に比べ学ぶ範囲は広がっていると思います。

ただ一方で学ぶ内容の基本は変わっていないのかなとも思います。例えば「相談援助」(新しいカリキュラムでは「ソーシャルワーク」)はいつの時代になっても学ぶことの内容や基本は変わりません。自分が勉強した時も今の学生さんも「バイスティックの7原則」は共通言語として理解できますし、ケースワーク・グループワーク・コミュニティワークの考えも基本的には変わりません。細かいところでは変わった部分や増えた部分はありますが、学ぶ基本に違いはないのではないかと思います。

 

そして来年以降の試験も、カリキュラムこそ変わるものの内容は維持かなと思います。

昨日合格率を見た時は「来年の問題は難しくなるのかな」と思ったところもありますが、「社会福祉士国家試験の在り方に関する検討会」の提言を受ければ、昔のような細かいことを問う試験よりソーシャルワーカーとしてより実践的な人材を生み出す方向になるのかなと思います。となれば、やはり試験内容は極端に変えることなく、カリキュラムに基づき基本とソーシャルワーカーとしての考え方を求める内容になるのかなと感じます。

 

まぁ時代によって求めるものが変わってくるのは当然です。

自分の時は細かなことを求められていた試験のように思いますが、今の試験は比較的現実的な試験になっているのかなと感じます。実際に来年になって試験が実施されてみないと今後の傾向を断言することはできませんが、一定の質は担保しつつ福祉に従事する人の基本的資格の性格を持ってくるのかなと思います。結果としてそのことが福祉従事者の地位・待遇改善につながってほしいものです。

先日ブログで作業療法士さんの熱い思いに涙した話をしました。

その後、自分の思いは色々と動いている状態です。

 

作業療法士さんの話を受けた翌日、以前脳梗塞を診てもらった病院に行きました。

結論としては、当初予定していた部分ではない部分に脳梗塞が見つかったのこと。そのまま入院となりました。

 

その後精密検査をし、新たな脳梗塞は見つからなかったとのこと。

しかし色々と検査をする中で、心臓とは別の部分に解離が見つかったとのこと。現時点では解離した血管がそのまま残り、そのまま血流が流れている状態で何かできる形ではないとのこと。特に詰まりなどが起きなければ経過観察とのことでしたが、嫌なことを知っちゃった形です。

 

そして昨日、とりあえず治療が終了し転院。

また元の病院に戻って来ました。しかし母親の身体状況は良くありません。以前なら自分1人で対応できたのですが、今の母親のADL・身体レベルは自分1人で対処するのは難しい状態。そのため介護タクシーをお願いしました。

 

実際のところ、身体状況だけでなく精神状況もあまり良くないです。

恐らく言えるのは、脳血管性認知症。ある程度ちゃんとしている時があれば、全くもってズレちゃっている時もあります。なので面会した日や時間で受け答えも全然違います。自分も頭の中では理解していても、実際に目の当たりにすると受け止められない現実があります。

 

昨日の転院後診察でも、母親の様子はしっかりしない状態。

転院前の病院で会ったときはヘンテコなことを言い、転院後の病院での診察では寝ている状態。で、病室のベットで休んでいる時はまぁまぁな状態。たった数時間でこんな感じ。

 

正直なところ、在宅復帰は難しいのかな・・・と感じています。

もちろん母親自身がしっかりとしていて気持ちもあればそれも考えられますが、今の母親からはその部分を感じられないのが実情です。先生とも在宅復帰の可能性について聞きましたが、栄養管理が重要とのこと。今の母親は低栄養状態で、仮に自宅に戻ったとしてもしっかりと栄養を取ることができないとケアが必要とのこと。

 

またそもそもの話、人工透析をしている状態。

その状態で先日市役所からは「要介護度4」の通知。これだけ介護度が高く人工透析に対応できる介護施設は東京都に聞いたことなく、調べたところ東京郊外にはそういう対応をしている特養もあるにはあるらしい。それでも、数としてはごく一部。

 

実際のところ、多くの特養で人工透析の対応ができるところはかなり限られます。

週3日、当然ながら特養の中ではそんなことできませんし、毎回透析施設に連れていく必要もあるので、それだけの体制を整えるのは大変だと思います。手間もリスクも高いですし、特養側としては受け入れたくない利用者になると思います。

 

そんなことを考えた時、今の母親はとても難しい状況にあると感じています。

というより、自分自身も本当の意味ので終末期と捉えている部分もあります。大動脈解離を起こし、脳梗塞を多発している現状。人工透析をしているので普通の人より血管ダメージも蓄積しており別の血管解離も見つかっている。考えれば、何が起きてもおかしくない状態なので、自分もそれなりの覚悟を持っている必要があると考えています。

 

ただ・・・前よりは受け止めもしています。

大動脈解離を起こした時は自分も現実を受け止められず、死が受け入れられない気持ちがありました。でもここまで色んな状況を経てくると、もう何が起きても不思議じゃないと感じるようになり、それに向けて自分も向き合わないといけない気持ちになります。

 

とはいえ、まずは身体評価を行った後に今後のことを考えることになると思います。

その時に今後のことを改めて考えることになりますが、自分自身も納得のいく考えをしていこうと思っています。

悩みを相談する人・・・主治医です。

何かあれば相談の窓口になるのは、かれこれ20年近くお世話になっている、主治医である精神科医。

 

いや、答えが出ないことのほうが多いです。

相手は精神科医なので、明確な答えがないことのほうが多いと思います。基本、傾聴。

 

ただ自分の危機的状況になることを避けるようにしてくれます。

例えば、今の職場で法人の主任を打診されたときのこと。前職で課長(管理職)をした結果体調を崩し、休職・退職までした経緯があるだけに、自分では判断できませんでしたね。

 

そんな時に頼るのは、主治医。

自分がパニック障害を発症し、休職し、復職し・・・と、あらゆることを知っている主治医には、何か自分の人生のエピソードになりそうなことが起きそうなときに必ず相談しています。先生の助言を受けて最終的に判断をしていますが、大体の判断は「先生の言ったままに」ですね。

 

もちろん最初からすべてを受け入れていたわけではありません。

もともと今の先生にお世話になるきっかけになったのは、てんかんの鑑別。自分の中では「てんかんに間違えない」と思って受診していたので、てんかん発作ではなくパニック発作と言われてもすぐに受け止められませんでした。

 

しばらく受診していても「やっぱりてんかんじゃないのか・・・」と思うことも。

夢の中で先生から「やっぱり、てんかんでしたね。」と言われるのを見るくらいだったので、相当根深い状態だったのだと思います。仕事を辞めて1年間失業状態だった時も「焦らないで」と受診のたびに言われることに「いつまで待つの?」と思うくらいでした。

 

でも、結果はちゃんとついているんですよね。

1年間失業状態でも、ちゃんと仕事に復帰できましたし、先生の話すプロセスを辿ればちゃんとできているんですよね。今では先生のことを信頼していますので、やはり時間が信頼関係につながったのかなと思います。

 

前の職場を休職するのも、ドクターストップではありますが先生の助言。

その当時は正しく判断する能力が著しく低下していましたが、最終的には先生の話を受けて自分で決めたこと。復職してすぐに辞めることも考えていましたが、結論を先延ばしにしたのも先生と話しながら決めたこと。何かあれば、第一に先生に相談しています。

 

中には相談にならない相談もあります。

母親が大動脈解離で生死を彷徨ったとき、あまりの辛さに先生に電話したことも、決してないか解決するわけではないですし、先生に解決できる問題ではないことはわかっているのですが、それでも辛い気持ちを話せるのは先生しかいませんでした。

 

でも、そんな先生の姿勢も「職業人」としての自分も形成しているかもしれません。

冷静になったときに先生の対応を振り返って、それを自分の仕事でもやることがあります。「焦らないで」というのも、まさにそれ。利用者さんに「焦らないでって言われても、焦っちゃうよね」とその気持ちを受け止めつつ「でも、自分も言われ続けたけど最終的には大丈夫だったよ」と自分の実体験も話しているのは、経験を振り返っての行動。

 

そういった意味では、先生は自分にとって必要な存在です。

今の自分には近くに親がいませんし、ほぼ自分がすべてを抱えている状態。もちろんそれはとてもきついのですが、それでも定期受診で先生と話すことで、幾分かは和らぐものです。診療行為ではありますが、その時間は自分にとっては必要な時間です。まだまだ先生との時間と関係は、長く続いていくと思います。

悩みを相談する人

 

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先日、令和6年度からの障害福祉サービスの報酬改定概要が決まりました。

 

まぁ正直なところ、期待もせず・・・といったところです。

自分の関わる業務(計画相談支援)についても、細かいところでは加算の見直しなどもありましたが、根本的な部分である基本報酬については、自分の該当する報酬区分は劇的な変化ではありませんでした。結局のところ、手厚く人員配置ができる事業所を強化しただけかな・・・と感じています。なので、この改定でどれだけの事業所が恩恵を受けられるのか・・・疑問です。

 

そんな中、色々と報酬関係のことを調べていると、興味深いものを見つけました。

ある行政書士事務所が計画相談支援の収支モデルを載せていました。そのまま転載しにくいので、そのページの内容をまとめてみました。

計算条件を見ると・・・いやぁ、現実的ではないですよね。

この記事が書かれた当時と今の最低賃金に違いがあると思うので一概には言えませんが、それでも相談支援専門員を時給900円で雇うなんて・・・ちょっと考えられません。それに計画20件・モニタ20件で計算をしていましたが、それだと1件分は減算対象になるので、この計算通りにはなりません。

 

ということで、これらを修正した計算をしてみました。

あくまで東京23区で営業することを想定し、東京都の最低賃金で計算。

減算にならない基準ギリギリでやれば、黒字収支にはなるみたいです。法定福利費を払っても、まぁ大丈夫そうですが・・・正直毎月39件の計画書・モニタリング報告書を作成するなんて、自分にはできません。中身のない内容で良ければいくらでも作れますが、それって相談支援専門員じゃなくてもできることですよね。そんな仕事は、ありえないです。

 

なので、現実的にみると、こんな感じなんだと思います。

現実的に、お給料を月給30万円にしてみました。法定福利費もざっくり入れました。

そして作成件数も、頑張ってこれくらい・・・いや、今の自分にはこの数字も大変かも。相談支援専門員になりたての頃はこれだけの数字もやっていましたが、経験を重ねるにつれより内容に慎重になるため、こんなにパンパンと作ることはできないですね。

 

さらに・・・ありえないですけど、お給料を最低賃金で計算すると、こんな感じ。

最低賃金で支払っても・・・赤字ですよ。

結局体を壊すまで無理して仕事をすれば黒字運営ができると思いますが、そんな仕事のやり方は通用しませんし、仕事は長続きしません。

 

黒字計算をしたホームページでも但し書きで

・収益のモデル例で、同じ利益が出るとは限らない

・モデル例の数値は保証できない

 

って、そんな無責任なこと書かないで欲しいです。

ましてや「行政書士」を名乗っておきながらこういう計算を出してしまうのは、正直どうなのかなと思います。自分から言わせてもらえば、現場の実態や現実を全然理解していないと感じます。それでいて「障害福祉のコンサル」を名乗るのですから、怪しいにもほどがあります。

 

というか、最初の収支モデルみたいにできる事業所はあるんですかね。

そんなに甘くないよ、と思いながらツッコミどころ満載の内容だったので、ちょっと書いてみました。本当はこんなことを言わなくても、働いている人が生活できる程度の収入が得られればそれでいいんですよ。別に黒字は求めていないけど、赤字にしかならない設計はやめてほしい。そういうことを改善する報酬改定になって欲しかったのですが・・・なかなかお役所の人には理解してもらえないみたいです。

2月は1年の中で一番タイトな月。

稼働日数が少ないのはもちろんのこと、なぜかモニタリングの多い月。さらに今年は社会福祉士の実習生を受け入れる都合で、そのための準備もしている状態。結構大変です。

 

そして目前にあるのは、新規依頼。

そのうちの1件を今日は契約してきました。先日インテーク面談をした方で、正式にご本人から「お願いしたい」との依頼を受け、改めて訪問してきました。

 

今日は計画を始めるにあたっての契約と、詳細な聞き取り。

前回のインテークで概要は聞いていますが、今回は正式に書類を作成するため前回より詳細な話を聞かせていただきました。まだ関係もできていないので、聞き取り方も慎重。人によっては「こんなことも聞くの?」と思う方もいるので、ちゃんと聞き取りの目的も説明しながら行いました。

 

初回の計画作成の場合は、聞くことがたくさんあります。

計画を作成するためのアセスメントをすることも必要ですが、合わせてこれまでの生育歴や病歴なども確認が必要です。また正式に支援関係を結ぶので家族構成などプライベートなことも聞き取りを行います。インテークの時は本当に必要最低限のことしか聞いていませんが、実際に関係構築となるともう少し詳しい情報が必要です。

 

その背景には個人票(書類的には「申請者の状況」)の作成もあります。

計画書(今の段階では計画案)にはニーズ・課題や目標・役割、支援方針などを書き込みますが個人に関することは書かれていません。計画案と一緒に申請者の状況を提出することで、行政にも支援を必要としている人を把握してもらう目的があります。そのため計画案と同じぐらいに個人票も大事な書類になります。

 

となると・・・この聞き取りには、ものすごく時間がかかります。

今までの経験上、最低1時間はかかると考えていますが人によっては2時間かかることも。そして今回も、2時間かけて色々とお話をお聞きしました。ただその人を知るにはその位の時間は必要です。かといって長すぎると相手の体力も消耗するので、その点は様子を見ながらかつ効率的に話を聞きます。

 

もちろん話の中には、いわゆる「脱線」もあります。

事実ご本人から色々と話を聞く中でご本人が色々と話したくなり、長くなってきてご自身で「すみません、脱線してしまいました」と話されることも。でも自分は「いえ、全然構いません。むしろそんな話から大事なものもありますから、気にしないでいいですよ。」と返しています。

 

個人的には脱線した話をしてくださる方、歓迎しています。

必要なことだけの話でも構わないのですが、一見関係ないようなことであってもその話の中から人となりを知ることもでき、また普段どんな考え方をするのか、どんな思いを持っているのかを理解するきっかけにもなります。関係なさそうな話の中に、実は大事なことが結構隠れていたりします。

 

一通り話を聞いて終わる時には、半ば定型的に話す言葉もあります。

自分の終わりの挨拶は「長い時間ありがとうございました。色々と話をしてくださって助かります。」とすると今日の方は「Mitakeさんは話しやすかったです」と、思わぬ言葉をかけていただきました。

 

自画自賛ではないですが、話しやすさはかなり重要なことだと思います。

自分は相談支援専門員の立場ですが、実際の現場では世話人さんや支援員さんなど直接関わる人が多いです。今回グループホームの入居が前提にありますが、そこでも話しやすい職員がいないとちょっとしたことも話せず、それが積もり積もっていくと不満だけが残っていきます。不満にならない場合でも、言えないことから精神面の不調を来たすこともあり、些細なことでも話せる関係は非常に重要です。

 

前回のインテーク時にご本人に「拒否する権利もある」と話した自分。

その言葉を受けて色々と考えたみたいです。でも最終的には自分を選んだことについて、ご本人からは「同性の方がいいなと思っていたけど、色々と話してみて異性の人でもいいのかなと思ってお願いしました」と話されました。ご本人としては色々と考えられての結論だったことを感じました。

 

自分も同性か異性かについては、結構大事にしています。

どうしても同性がいいという方もいますし、どっちでも構わないと話される方もいます。ただ実際に関わることで考え方が変わる方がいるのも事実で、やはり支援は「人」というのがかなり重要であることを改めて感じました。関わる人がどんな人かで、支援も変わっていくのでしょう。さっきのグループホームの例もそうですが、話しやすい人と関係が作れれば円滑な支援がありますし、逆に話しにくい人だと支援もうまくいかない可能性があります。

 

この仕事をする上で知識や経験は大事です。

しかしそれ以上に「誰が関わるか」も大きな要素になるのかもしれません。支援者を見つけるには、その人にとってどんなタイプが合うのかを見極めていくことが必要ですね。

今日は母親の入院先で、今後に向けたカンファレンス。

しかし事態は思わぬ方向に進んでいます。

 

予定では母親のリハビリ状況を見てからのカンファレンス。

午後からの予定だったため、午前は普通に仕事。利用者さんから面談の希望があったので面談をしていましたが、その最中に病院から電話が。ただ面談中だったのでその場では電話に出ず、面談が終わってから折り返し電話をしました。

 

すると、母親の状況が変化。

今朝から左の上肢と下肢に力が入らない状態とのこと。そのためCTを撮ったものの異常は認められず。ただ今の時点ではCTに出てないだけでの可能性もあるので、脳梗塞で入院していた病院にMRI等の診断依頼をしたとのこと。そのため明日急遽他科受診をして今後を考えていくとのことでした。

 

正直、こんな状態になるとは思ってもいませんでした。

思えば大動脈解離の時も突然のことで、その時は完全に生死を彷徨った状態。大手術を乗り越えまた病院に戻ってきて、今後のことに向けて話をしましょう・・・となった時に、再び脳梗塞に。ホント、心が壊れそうです。

 

ただカンファレンスは予定通り行うとのことで、午後は病院へ向かいました。

今週から面会も再開したので、カンファレンス前に母親と面会。様子を見ると意識ははっきりしているものの、話し方は明らかにおかしい状態。左手もまた力が入らなくなっていました。多分、脳梗塞はあると思います。これまでに右橋の脳幹梗塞と右脳で脳梗塞を起こしており、今回も左側で力が入らないのでおそらく右脳で小さい梗塞を起こしているはず。多分明日MRIを撮ればハッキリすると思います。

 

面会の後、主治医の先生から現状説明が。

今日の発症までは非常に順調にきていたとのこと。リハビリも順調で今後自宅復帰に向けて・・・と思っていた時に起きてしまったとのこと。今後がどうなるかは明日の受診次第で、治療が必要なら転院、リハビリ継続ならそのままとのこと。でも個人的には転院になるんじゃないのかなと思っています。母親には「明日次第」と話しましたが、現状は難しいかな・・・と思っています。

 

その後看護とリハビリから状況報告。

リハビリも以前のようなペースとは言えないもの、杖歩行を始めていたとのことで、着実にリハビリは進んでいた様子です。自分からは電話がかかってきた時の母親の様子や、今の母親の心情推察も伝えました。

 

とはいえ、今後のことは全て明日の受診次第。そんな感じでカンファレンスは終了。

そのまま帰ろうとした時、作業療法士さんから「少しお話し、いいですか?」とのことで、ロビーで話をしました。で、作業療法士さんから言われたのは・・・

 

 

私は自宅に戻ることを目指しています。

お母様にとって戻ることが一番と考えているので、その方向でやっていきたいです。

 

 

思わず、涙が出てきました。

大動脈解離を発症して以降、ことある事に泣いていた自分。ただ今回は今までのような「辛い涙」ではなく「希望の涙」だったように思います。

 

正直自分の中ではリハビリは振り出しに戻ってしまった状態。

いや、もしかしたら振り出しよりもマイナスになってしまい、在宅復帰が遠のいてしまったようにも思っていました。食事もしっかり食べられていない様子で、面会で弱々しい母親の様子を見て困難さを感じていた自分。そこに作業療法士の方からそう言ってもらえ、本当に涙が出てきました。

 

そもそも、自分はリハビリ専門職の方には尊敬と敬意を持っています。

特に作業療法士さんに対しては特別な思いを持っています。その思いは自分がまだ社会福祉士を目指して勉強していた学生の頃。実習先で作業療法士さんに付きながら実習をした時に、作業療法士の方からソーシャルワークのあり方を学びました。その時から「作業療法士、すげぇ!」と思い、数年後には自分も作業療法士を目指して学校に行きました。

 

ただ自分は作業療法士になれず、学校を退学。

作業療法士の学校に通っている時に学校で意識を失い、パニック障害であることが発覚。心身ともに崩れてしまい、作業療法士を断念しました。志半ばながら「自分は作業療法士になれない」と諦めました。自らも目指した道だから、作業療法士さんには特別な思いがあります。

 

この作業療法士さんにも、色々と思いがあります。

大動脈解離の治療を終え再び病院に戻って来た時に、個人的にお願いしたことを話しました。その内容は「体のリハビリだけでなく、心のリハビリもしてほしい」と言うこと。大動脈解離の入院で心身ともに弱ってしまった母親。特に気持ちの面の弱さが気になっていたので、この病院の本来のリハビリ目的ではないことを理解しつつも、そのようなお願いをしてました。主治医の先生は「できる限りで」と言っていましたが、この作業療法士さんは「任せてください。その部分も作業療法士が担う部分なので。」と話して下さったことに心強さを感じていました。もちろん作業療法には「精神科作業療法」もあるので、その考え方であることは自分も理解していました。

 

でも今日、改めて作業療法士さんから強い決意を聞いて、本当に嬉しかったです。

自分もそんなことを言われるとは思ってもいませんでしたし、その言葉を聞いて本当に自然と泣いていました。作業療法士さんも母親と関わっていく中で「在宅に戻すべき」と考え、段階が進めば在宅復帰に向けた家屋調査もしたいとのこと。もちろん、二つ返事で承諾しました。こんなにも患者の思いに寄り添ってもらえるなんて、本当にありがたいです。やっぱり、作業療法士さんは尊敬です。

 

そんな思いを知ったから、自分の気持ちも変わりました。

何がなんでも、自宅に戻す。そのためには、今の作業療法士さんにお願いしたい。脳梗塞の治療が必要になっても、またリハビリ先に戻す。正直今日ブログを書くつもりはなかったですが、気持ちを切り替えて前を向いていきたいです。