4冊目: やわらかい砂のうえ
寺地はるな
2026/02/15

★ひとことまとめ★
手を離して、一人でしっかり歩く勇気
↓以下ネタバレ含みます↓
作品読みたい方は見ないほうがいいかも
【Amazon内容紹介】
ためらいなくつないだ手を離せるように、あなたを信じたい。
圧倒的共感度で大注目の著者が贈る“人生がいとおしくなる”恋愛小説。
砂丘の町で育った万智子は大阪の税理士事務所で働く24歳。
顧客のウェディングドレスサロンのオーナー了さんに頼まれ、週末だけお手伝いのアルバイトをすることに。
了さんに連れていかれた「あつまり」で万智子は美しくてかっこいい年上の女ともだちに出会う。
そんなある日、サロンに早田さんという男性が現れ、人生はじめての「恋」のときめきを感じる万智子だったが……。
きれいになるのは誰のためかをぜったい間違えたらあかんで――
自分を好きになりたい万智子の、小さな勇気を抱きしめたくなる成長物語。
【感想】
万智子はご縁に恵まれた人だな~と感じた。
万智子自身は真面目で不器用で人付き合い下手なタイプだけど、周りの人達によって助けられているよね。
了さんの女友達の中に義姉と同じ名前の人がいて、そんで義姉も似たような感じの人だから、読んでいる間ずっと義姉を思い浮かべていた
万智子ももっと柔軟な考えができたらいいのに~と思ったけれど、24歳ってそんなもんだったよなとも思う
早田さんも早田さんで頼りない男というか、器の小さいやつだなぁ〜と思ったけれど、27歳だと思うとそうかもな。社会人5年目なんてまだまだだよな~。
菊ちゃんの言うように、自分が20代前半のときは27歳くらいってとても大人で魅力的に見えたんだけれど、今考えてみたら当時の彼ら(元カレs)はまだまだお子様だったよな。もちろん自分もね!!
「あんたが自分の思う『正しい生きかた』を実践するのは勝手やけどな。それを盾に他人を裁くのはどうなん。ちょっと傲慢なんとちゃう?」(P160)
「あなたは思っていることを言って、それを聞いた美華さんが怒った。ただそれだけ。それとも誰かに怒られたら主張を曲げるの?自分の意見を言う時は殴られる覚悟が必要よ。」(P163)
彼らの心は、彼ら自身のものだった。わたしはただ欠けたり不用意に傷つけることのないように、そっと手のひらにのせればよかった。正しいとか、間違っているとか、賢しらにジャッジするより大切なことがあったはずなのに。(P165)
「自分に自信を持つ」ということは「わたしは美しい」と思えるという意味ではなかったと気づく。わたしがわたしのまま世界と対峙する力を持つ、ということなのだ。不躾な他人の視線を、毅然とはね返せるということ。(中略)
もしも誰が何かを思っていようとそれはその誰かの心の中の問題であって、それはわたしのありかたとは、なんにも関係ないんだ。(P213)。
私も私のなかの基準で人をジャッジしてしまうことがあるけれど、相手の心や信条は相手のものなんだから、勝手にジャッジする必要も権利もないんだよね。同じように、私だって人からのジャッジを必要以上に気にする必要ないんだよな~。
結婚して子供産んだ今は私は私、うちはうち他所は他所的な考えに自然となったけれど、独身の頃は人と比べて落ち込んだり、自分にも他人にも「こうあるべき」みたいなルールでガチガチだったなあ。生きづらかったもん
あのまま独身のままだったら、私も傲慢な人間になっていたかなあ~。
「もう誰の子どもでもなくなってしまったのだと思うと、心もとないですね」(P189)
本多先生の言葉だけど、自分の親も私にとっての祖父母を亡くしたとき同じような気持ちだったんだろうなあ。
やっぱり子供にとっての親って特別なんだよなあ。特に母親。基本的にどんな自分でも無条件に愛してくれた存在が、この世からいなくなる寂しさ。
私もいまだに夢とかで親に甘えたりわがまま言う夢を見るもん。この歳(3●歳)で
多分この先もずっとそうなんだろうな。
人間だからいつかどこかのタイミングで自分の親も亡くなるわけで、その時私は大丈夫なのかな~。
子供の存在に救われるんだろうか。少なくとも子供を遺して後追いしようという気にはならない気がする。
つくづく、親や祖父母は自分の見本、お手本だと思うね。
特に葬祭関連が多いけれど、いつか自分にもこういう日が来るって思って過ごしている。
祖父母が亡くなったときは、悲しみの中葬儀やらなんやらの手続きをする両親を見て、いまは元気な両親もいつか祖父母のように入院したりして亡くなる日が来て、その時は自分がいまの両親のように対応しなきゃいけないんだって思ったなあ~
こういうの考えすぎると鬱になるけど、自分の性格的にちゃんと想定をしていた方がショックが和らぐんだよね~。
とうとうこの時が来たな、って気持ちのほうが落ち着いて対処できる気がする…が、実際はわからないけど。
やわらかい砂のうえで二人手をつないで歩いたら、どちらかがふらついたときに両方とも倒れてしまう。
人は一人では生きていけないというけれど、時には手を離さないと転んでしまうこともある。
隣を歩く人を信じて、ためらいなく繋いだ手を離せるように、自分の足でしっかりと立つ。
そうだよなあ…。二人でお互い支え合ってってのが大事な時もあるけれど、基本は各々がしっかりと一人で立てることが大事だよね。同じく寺地はるなさんの作品で、「みちづれはいても、ひとり」って作品があるんだけれど、その作品を思い出したなあ。
人は結局、どこまでいっても一人なんだよね。子供がいても、夫がいても、友達がいても、それを生きる目的とか、了さんの言葉を借りるなら”ポラリス的なもの”にしたらだめなんだよね。
自分の人生や機嫌やその他もろもろは、結局自分でしかどうにもできないんだよね~ということを、改めて感じました