こんにちはニコニコ

LAS認定ソウルコーチのみさこです。



今日は父と母とだんなさんと
4人でランチ🍣してきました。

40歳を過ぎてから
反抗期をさせてもらったあと
(その時のことは、こちらの記事で詳しく書いてますラブラブ

最近はかなりリラックスして
会えるようになってきました。


そんな今回は
とってもドキーッアセアセとしたことがありまして。

ごはんを食べ終えて
駐車場の中を車に向かって歩いているとき

わたしの後ろを歩いていた母が
いきなりバッターンビックリマークと転んだのです。

どうやら
車止めの縁石に足を引っ掛けたようで
前のめりになったあと
膝、両手、上唇とコンクリートの地面へと
打ちつけた模様。。。

幸い、頭を打つことはなく
足を捻ることもなく
上唇とズボン越しに膝を擦りむいた程度で
無事でしたが

めちゃくちゃ
ドキーッとしました。。。


不思議なことに

そのときのその瞬間よりも
家に帰ってきてからのほうが
そのドキドキを感じたので

しばらく
その感覚を感じてみました。


病気もせず元気ではあるものの
母が確実に歳をとって
老いていっていることを
胸の痛みとともに感じました。

もしもあれが
エスカレーターや階段だったら・・・
思わずそんな場面が浮かんで
ぞっとしました。

同時に
わたしはこんなにも
母に元気でいてもらいたいと思っているんだ
と再認識しました。


だからこそ

今までずっとそうだったように

何かわたしに出来ることないかな?

母が転ばないように
筋力をつけるような教室に誘おうか?

そう言えば少し前から
足を引きずるような歩き方だったから
それを伝えたほうがいいかな?

いろんなことが
浮かびました。


でも

ふと

なんか、ちがう。。。

という感覚も湧いてきました。


反抗期をする前から
こんなふうに、一見
「母のことを思って」言っていたことは

本当は
「わたしのために、母にしてほしいこと」
なのでした。


わたしが
母にずっと元気でいてほしいから

わたしが
母に転んで怪我してほしくないから

わたしが
わたしが
わたしが・・・。


でも

母はもう十分やっているのです。

毎朝の散歩を欠かさず
テレビを見ていても
体操が始まると家の中でやったり

自転車に乗って
たくさんの買い物をして帰ってくるし

家の中での一切の家事を
ひとりで切り盛りしてる。

わたしなんてとうていできないようなことを
何十年もやってきた人。


もちろん老いるし
筋力も落ちていく。

これからもきっと
転びもすれば、怪我もし
病気だってするかもしれない。


だからといって
もうすでに十分がんばって
食事も運動も気をつけている母に

聞かれてもいないし
頼まれてもいないのに

もっとこれをしたら?
あれをしたら?
と言うのは

なんか違うんじゃないかな・・

という思いが湧いてきました。


転んで倒れた彼女を
父とわたしで助け起こしたときに感じた

力の入らない彼女の身体の重みや

久しぶりに握った手の温もり。

実家に着いて
自分の擦り傷のことよりも
わたしに持って帰らせたい食べ物のことで
頭をいっぱいにしている姿。。。


それをわたしのハートのままに
感じてみると

母を失うかもしれないという
ドキドキとした恐れと

それを感じたくなくて
あれこれしたくなった自分の向こうに

わたしを生み育ててくれた
母の温もりを感じて

母が生きている、ということを感じて

泣けてきました。

ありがとうの涙でした。


わたしはこれを感じていたいんだ
と思いました。

あれもしたほうがいいよ!
もっとこうしなよ!

と言いたいんじゃない。


そのまんまの母でいい。

いてくれてありがとう。

大ケガにならなくて
本当によかった。

また一緒にごはんを食べに行こうね。


そしてもうひとつ
大事だと思ったことは

そんなふうに
自分の中にある
痛みと温もりを同時に感じながらも

わたしは
わたしのやりたいことをやる
ということ。


母が、母が、、と
心配と不安でいっぱいになるのではなく

母を弱い者として
力のないものとして扱うのでもなく

かと言って
何も感じないように
切りはなすのでもなく

母の人生を信頼している、ということ。

そして
わたしが今やりたいことを
思いっきり楽しんでやる!のだ。

それが母への愛に
繋がっているような気がした
そんな一日でした照れ


今日も読んでくださって

ありがとうございました。


* * *


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