クラシックを聴いて表現欲求が高まるも、自分ではクラシックの楽器が出来ないので、ロックでドラムを叩くしかない。

 

本番まで2週間を切り、先日調達したスネアのヘッドを新品に替えた。

 

 

分解はここまで。樹脂パーツが余計に傷むとイケナイから、ラグは外さずにクリーニング。フープは磨き粉でピカピカになった。

 

 

表は、反応の良いREMO アンバサダー・コーテッド。当初、裏は替えるつもりはなかったが、ついでなのと万全を期して、いつものスネアサイドに換装。スナッピーはもとのままの24本である。

 

 

カノウプスのスナッピー・テープに替えた。ちゃんとは叩いていないが、高めのチューニングにしてカラっとした音を狙った。変な倍音というかノイズ感がなく、とても美麗に鳴る。これは素晴らしい。ノー・ミュートでもいけちゃう感じなのだが、実際にはリング・ミュートを載せることになりそう。

 

楽器はいいから腕を磨けよ! と自分で自分にツッコミを入れている。

仕事を1時間早引けして、杉並公会堂へ。今日ほど「電車で行けばよかった」と後悔した日はない。職場を15:30に出て、荻窪に着いたのが18:00だった。初めは電車で行こうと思ったのだが、雨も強いし、帰りの面倒臭さを考慮して、車で行ったのが裏目に出た。

 

夕方の環八の渋滞があんなに酷いとは思っていなかったのである。もう、現地に着くまでにへとへとになった。

 

 

杉並公会堂・大ホールは、すごいホールになっていた。私は昔の杉並公会堂しか知らない。突如、30年ぐらい前に妻が乗ったブラスのコンサートを聴きに来た記憶が蘇ってきた。あれはどこのアマチュア楽団だったか。妻はトラでの出演だったが、よく思い出せない。

 

 

ウィーン・フィルが来日ツアー中である。その合間を縫って、ウィーンの楽員さんたちがチャリティーコンサートにゲスト出演している。オケはアマチュアで、このような友好チャリティーコンサートを主催することを目的に活動しているのだという。たいへん素晴らしいと思う。

 

 

 

メンデルスゾーン《ヴァイオリン協奏曲》を、ウィーン・フィルのヴァイオリン奏者、エカテリーナ・フロローヴァが独奏した。そのほかにも3人のウィーンの弦のメンバーがゲストで乗っていた。

 

久しぶりに「メンコン」を聴いたが、やはり名曲である。演奏も素晴らしかった。指揮者の丸田隼輝は、今年から神奈川フィルハーモニー管弦楽団の副指揮者だと書いてあった。

 

フロローヴァさんも丸田さんも、今後は注目していようと思う。

叔母と従弟がやっている信楽焼(滋賀)の会社が、木曜日から横浜に滞在して展示会に出展しているので、母と一緒に顔を見せてきた。信楽に泊まった時の日記。 ↓ もう8年前になる。

 

 

会場は大さん橋。

 

 

横浜土産の定番、ハーバーを持って。

 

 

 

 

クラフトは叔母、陶器の釉(うわぐすり)の開発は従弟がやっている。

 

 

こういう世界もあるんだな…と見聞を広めるのに十分な展示会だった。たくさんのブースにて、様々な「素材」が展示即売されている。ブースの人も来場者も、女の人がほとんどで、しかもみなさん美しい。ハンドクラフト界隈というのは、そういう世界なのだろうか。俄然、興味が湧いてきた。

 

 

僕のように美的センスも手先の器用さも持ち合わせていない男には、ハードルが高すぎる。でも、会場のみなさんの高揚感みたいなものは理解できた。我々がオーディオの展示会に行く時の気分を思い出してみればいい。

 

 

土曜日の午前10時、横浜はとても静か。湘南新宿ラインやみなとみらい線を使って来横する方々は、もう少し遅い時間に着くことが多いのだ。他県ナンバーの車も、この時間だと、まだ少ない。

 

妻の親友で僕の後輩でもあるEちゃんが、お墓参りをしたいというので、午後に待ち合わせた。親戚で納骨式をして以後、はじめてのお客様だ。

 

霊園からの帰りはEちゃんと歩いて、回る寿司で一杯。奇しくも、今日は結婚記念日。結婚式の司会は、Eちゃんがしてくれた。「あれからもう27年なんですね~」なんて言葉に、こちらもちょっと感傷的になる。

 

妻のことを好きだった、というクラリネットの後輩の話になった。学生時代のことだし、本来なら微笑ましい話で済むところなのだが、今日、いきなり耳にして、一瞬どう受け止めたらいいのか分からない心境に陥った。

 

その後輩を、僕もよく知っている。卒団以来、会ったことはないのだけれど。

 

サカナクション《新宝島》のコピーの合わせを初めてやった。本番は2週間後。キーボードが完璧にコピーしていた。負けてはいられない。練習しよう。

 

スネアは今回、ピッコロに近いものを調達した。

 

 

写真では5.5インチぐらいに見えるが、4.5である。ピッコロではないのに、スタンダードでもない。しかしこれが、カラっとしたとても心地よい音を出す。ミュートして超タイトに攻め、《新宝島》にマッチさせよう。

 

なんか、全てうまくいきそうで、頬が緩む。

忙しいと、なかなか家では音楽を聴けないが、時間を縫って無理に聴こうとすると、どうしてもヘッドホンで、ということになってしまう。

 

AKG K501は、いま温存してあって、ほぼ未使用状態を保ったまま箱に入れて棚に納められている。これでディスクロージャー・デイが来て世界がパニックに陥っても大丈夫である。(?)

 

Focal Spirits One Sは、もっぱらドラム練習用だ。いつもローランドのキットと共に在る。

 

現在、ATOLLのアンプに繋げっぱなしなのは、SENNHEISER HD598である。このヘッドホンは良い。現行機のHD599よりも好きだ。

 

昨夜、ある店で、beyerdynamic Custom One Proという、何やら大仰な成りをしたヘッドホンを見つけた。中古の状態は「並」であったが、安かったのと、面白そうだったので、買ってきてしまった。

 

 

低音を調整できる可変ポートが付いている。

 

 

さっそく愛聴盤を聴いてみた。

 

検索して得た評判とは少し違って、意外と低音過多には感じない。むしろ、音に包まれる感じがして好印象である。可変ポートは4段階だが、最も低音が出る位置より一つ下げて聴くのが好みに合致した。

 

もうひとつ意外だったのは、ロックも愉しいが、クラシックにもぜんぜんイケたこと。やはりオーケストラには、低い音で音楽そのものを抱擁するような音場感が不可欠で、再生帯域的にも余裕のある機械でないと、再生は難しいのかもしれない。

 

HD598よりも、このCustom One Proの方が、オーケストラには臨場感を感じられたのである。

 

今回購入した個体は、ケーブルの付根に被膜切れがあったり、ヘッドパッドに劣化があったりして、オリジナル状態とは言えなかった。

 

ヘッドパッドの代えの汎用品は、まだ売っているみたいである。改良の余地はありそうである。

 

beyerdynamic Custom One Pro

 

(2026.10.31追記)

リスニングで密閉型をしばらく使っていなかったので、その良さに改めて気づかされた。エレキベースやコントラバスが良いばかりか、ヴォーカルも良い。耳元で唄っている。

 

開放型は「自然さ」は抜群だが、細かい音をしっかりモニタリングしようとすると、家の騒音が邪魔をする。つまり、スピーカーと同じ対峙の仕方が前提になるのだ。

 

一方、密閉型は、子供たちが家で活動している時間帯でも、音楽の世界に没頭できる。それが一番の良さかもしれない。

 

さらに、意外なことに、このヘッドホンの音の出方はSONY MDR-CD900STとどこか似通っている。モニターヘッドホンという位置づけなのだろうか。その割には、ケーブルが1.5mしかなく、コンセプトがよく分からない。

 

2.0mの代えのケーブルはアマゾンで購入した。明日届く。

 

『ディスクロージャー・デイ』を2回観てしまったので、最近、テーマが頭の中を巡っていた。

 

Qobuzでも再生した。でも、レコードが出てることを知って、ちょっと躊躇った末、結局購入したのである。

 

 

映画のストーリーの中でキーになっていた「ブルー・アイリス」のヴァイナルが2枚封入されているという。

 

 

たしかに綺麗なお色。所有欲を満たすのに十分である。

 

 

レコードはスリーヴも大きくて、「作品」の一つを構成する。

 

 

見開くと、これも劇中のキーとなる鹿さん。

 

 

ぐるぐる廻るブルー・アイリスのヴァイナルは、とても美しくて、癒される。

 

 

ジョン・ウィリアムズは、もう「クラシック」といえる。ここ最近は作曲活動をしていなかったようだが、スピルバーグからのたってのオファーということで、コラボが実現したのだという。

 

音楽は、「ハラハラ、ドキドキ」の部分と、「ぐーっと心を持っていかれるような」の部分と、「セルフ・オマージュ的」な部分とが、うまく融合されていて、自ずと映画の特定の場面を思い起させる。ビデオもDVDもなかった時代、サントラはたしかにそんな聴かれ方をしていた。

 

演奏は、特に女声とシンセサイザーの使われ方が心地よかった。2枚組、16曲入りで、各面4曲入り。オーディオ的に見ても、音溝に余裕があって、音質がとても良い。1977年の『未知との遭遇』と比べたら、録音技術が別次元に達している。

 

買って正解のLPだった。

 

 

 

 

先週の日曜日は、ドライブがてら川崎市北部で催されたアマチュア・オーケストラの演奏会を聴きに行った。

 

 

チャイコフスキーの《フランチェスカ・ダ・リミニ》と交響曲第4番だった。

 

お客さんがあれだけ入って、あれだけのパフォーマンスを繰り広げられる市民オケというのは、もう完成の域にあると思う。

 

いやー、良かったな、愉しかったな、って純粋に思えるひと時であった。

 

《4番》はオーボエのソロがとっても素敵だったことを、備忘録として記しておこう。

 

アマチュア・オーケストラというのは、かくあるべし、というお手本のような団体だと思う。今後もフォローさせていただきたいと思った。

先週の12日、愉しみにしていたコンサートを堪能した。どのくらい愉しみにしていたのかといえば、演奏会が告知された4月に、速攻で電子チケットを入手していたほどである。

 

 

読売日本交響楽団の首席オーボエ奏者・荒木奏美をゲストに呼んだアマチュアの定期公演。場所は、ほぼ私の庭、みなとみらいホール。

 

 

先月来た時とは、うって変わって、とてもよく晴れていた。

 

 

 

プログラムノーツを読んで「なるほど」と思った。演目はすべて「ニ長調」の曲。そして「ウィーン」繋がり。

 

今回の指揮者さんとは縁があるのか、もう5回~6回は聴いている。職場の同僚が乗る相模原のオケの指揮も何度かされていた。東響のOBさんで、僕の福島の師匠の後輩さんだというのも、なんだかご縁を感じてしまう。

 

その「東響」繋がりということで、おそらくソリストに元・東響の荒木さんが選ばれたのであろう。

 

リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲は実演では初めて聴く。そもそもR.シュトラウスを、僕は実演ではほとんど聞かない。ディスクもあまり持っていないし、サブスクでの予習も、今回はしなかった。

 

しかし、ぜんぜんリヒャルト色を感じない聴きやすい曲だった。荒木さんのオーボエは、音量と音色の「幅」が非常に広く、こんな音がオーボエから出るのか…と始終、僕は感動しどおしだった。

 

最前列で聴いたのだが、オーボエがホール全体を震わせていた。僕の背後には大ホールの客席の空間が広がる。そこからの反射音が、これまでのどの体験よりも圧倒的だった。ホールを「鳴らして」いた…という表現ではちょっと真意が伝わらないのではないか、陳腐になってしまうのではないか、と思いながら、いまこれを綴っている。

 

今日は18日であるが、12日の余韻があまりにも大きすぎて、今日までこのコンサートのことを書けなかった。こういう時、コトバというものは、なんて頼りないものであろう。

 

とにかく、この日は荒木さんの奏でる音のマッスを全身に浴びた。あの可憐なお姿からは想像できないような大きな大きな音楽であった。

 

ああ、こういうのを脳がバグる…っていうのかな、と少し若者言葉に共感。

 

帰りにディスクユニオンまで歩いて、R.シュトラウスのオーボエ協奏曲のCDを買った。この曲を完全に気に入ってしまったのだ。

 

 

当CDで聴けるソロは、R.シュトラウスがこの曲を献呈したジョン・デ・ランシー。指揮はマックス・ウィルコックス、室内オケは当レコーディングのためのメンバーで、1987年の録音だった(RCA)。

 

ジョン・デ・ランシーは、ピッツバーグ交響楽団の首席で、第二次世界大戦終戦直後、スイスにいたR.シュトラウスを訪ねて作曲を依頼した。この時ジョン・デ・ランシーはアメリカ陸軍の軍曹であった。

 

曲が好きになると、いろいろ調べてしまう。日本初演が読売日本交響楽団だったとか、その時の独奏がオットー・ヴィンターだったとか。

 

荒木さんは一枚CDを出しているようである。が、初回限定盤がものすごく高騰している。だが、いずれ入手したいと思った。

 

いま、いろいろと話題の反田恭平のオケにも名前を連ねていらっしゃるようである。ま、その前に読響かな。俄かに読響にも興味を感じる今日この頃なのである。

 

 

 

 

 

前の記事:

 

木曜日から休みを取り、いろんなものをインプットしたので、今日はアウトプットしたくてしかたがない。

 

というわけで連投である。

 

ロッキン・エブリ・ナイト

~ゲイリー・ムーア・ライブ・イン・ジャパン

(1983,Vergin)

 

 

ミューザ川崎シンフォニーホールでショスタコーヴィチを聞いて心を奪われながらも、しっかり寄り道してディスク・ユニオンへ。

 

そして、買ったレコードがハードロックという…実に僕らしい流れである。

 

 

欲しかったレコードを手ごろな値段で入手する。これがあるから、レコード店巡りはなかなかやめられない。

 

『ロッキン・エブリ・ナイト』は、1983年の来日公演のライブ盤で、日本限定盤。

 

中2のとき、同じバンドのギタリスト君にダビングしてもらってよく聴いた。バンドを組み始めたばかりの頃で、ディープ・パープルのイアン・ペイスしか聞いたことがなかったから、とても驚いたのを覚えている。

 

とにかくドラムの音がヘヴィーだ。《ファイアーボール》や《紫の炎》の疾走するドラミングしか知らなかった中学生には知的刺激が大きすぎた。

 

 

ラディックじゃなくて、日本のドラムセットを使うんだなーとか思いながら、当時のFMレコパルの記事などを見ていた記憶も。

 

当時、FM雑誌は貴重な音楽的情報元であった。それこそ、2週間に一回、一文字も逃さず、隅から隅まで読んだ。だから、当時の音楽ファンは、自分の得意ではないジャンルのアーティストのことでも、番組表などで名前ぐらいは知っていた。

 

連載エッセイっていうのにも目覚めた。たけかわゆきひでのエッセイは、僕の文章読本である。中2の夏休みの宿題で、入院体験記をユーモアを交えたエッセイのスタイルで書き、先生に褒められたのは、たけかわゆきひでさんのおかげなのである。

 

話が逸れた。

 

ゲイリー・ムーア・バンドにおけるイアン・ペイスは、わざとタイムを後ろにしているフシがある。80年代になり、HR/HMが流行音楽化して、ドラミングのスタイルやサウンドも様変わりした。そんな変動に、当時のイアン・ペイスは一所懸命に合わせようとしていたのかもしれない。

 

《さすらいの日々》におけるスネアドラムは、「丸い」音だ。ウッドスネアである。『マシンヘッド』などで聴けるラディックのアルミスネア(LM402)のような「シャープ」なサウンドとは様相を異にしている。

 

CSヘッドのふくよかな、ちょいとハイピッチなハイ・タムの音も特長的。

 

 

本当に、あのマシンヘッドと同じ人? って、当時たしかに僕は思っていたのである。

 

そして、このライブ盤の翌年の1984年、ディープ・パープルが再結成する。

 

『パーフェクト・ストレンジャーズ』(1984年)のイアン・ペイスのドラムをいきなり(例えば『マシンヘッド』の延長として)聞いたとしたら、僕はもっと驚いていただろう。

 

幸い、僕はこの『ロッキン・エブリ・ナイト』で、既に免疫を獲得していた。だから、あまり違和感を抱かなかった。

 

《ノッキング・アット・ユア・バック・ドア》のスネアの入りを聞いて、「あっ、ゲイリー・ムーア・バンドと同じ音だ」と思えたのである。

 

ともかく、いま、このレコードを聴きながら懐かしい気分に浸っている。それにしても、バンドとしてのクオリティーが非常に高いと思わせる演奏だ。もちろん、ギターは完璧である。

 

これ、ほんとうに厚生年金会館でのライブのテイクだけで出来ているのだろうか。ダビングや修正はされていないのだろうか。もし、編集なしなら、これは驚くべきギター・プレイである。

 

『大いなる野望』のCDは、どこかに行ってしまった。レコードは持っている。しかし、自動車で聴きたいのである。CDを再入手する必要がありそうだ。

 

 

 

 

インフルエンザが流行っていて、職場が休校なのである。そこで、2日間年休をもらって、福島に行ってきた。

 

朝、突然思い立って出立したので、都内を抜けるのに時間がかかった。もっと早朝に出ればよかった。

 

 

新車のNV200での遠っ走りは初めてかもしれない。まだ走行距離が2,000kmなのだ。

 

平日で、現地の先輩や元同僚は仕事だから、誰にも連絡しないで福島入り。向かったのは、福島市飯野町。ここを訪れたのは、2013年の秋以来だと思う。

 

 

食堂の閉店ぎりぎりに間に合った。

 

 

なぜか、これがものすごく旨いのだ。なんでだろう。宇宙のパワーが注入されているのであろうか。

 

 

アダムスキー型UFOが飾られている。壁にはリトル・グレイ。

 

 

飛来しないかなあ?

 

 

小さな飛翔体なら、いっぱい飛び回っているらしい。宇宙のパワーもカメムシには無力のようだ。

 

 

千貫森とUFOふれあい館。長男が小さいときは、ここの2階の大浴場をよく利用した。いいお風呂だったが、今回は見送り。

 

 

なんか、リニューアルされている感じが…。10月31日にイベントがあるという。

 

400円払って入館。来館簿に出身地を書くのだが、僕の前はなんと「UK」の方。その2つ前には「USA」と記入があった。なんと国際的な! 

 

どうやら、帰りに駐車場で軽く会釈したご夫婦がUKの人だったみたいだ。足立ナンバーのレンタカーで来訪されていた。ビリー・マイヤーみたいな風貌の旦那さんだった。

 

 

入ってすぐのところにあるトイレ。このサイン、最高じゃないか。併設の物産店で売ったらいいと思う。意図的に宇宙を意識していかないと、地球人はダメだと思う。同じ星の中でいつまで戦争や紛争をやってんだ、って話だ。

 

 

わくわくする。右側のは、例のビリー・マイヤーが乗ったというプレアデス星人の宇宙船。

 

 

「ムー」とのコラボなんかやってるんだ。すごいなあ。

 

 

さすがに千貫森の山頂まで歩く気力はなかった。

 

 

…ということで、音楽もオーディオも出てこない、単なるドライブの記録なのであるが、掲載した写真はすべてフイルム写真である。半年に1回ぐらい動かさないと、フイルムカメラがちゃんと動くか、心配になってしまうのである。

 

ちゃんと現像できていて良かった。しかし、DATA機能はお釈迦のようで、オレンジ色の日付がまったく写り込んでなかったのが、ちょっと残念。

 

ところで、UFOとか宇宙とかを考えると、自分の存在が非常に微小なものと再認識できる。だから、たまに来なければいけない。そして、そうだ、明日この地で『ディスクロージャー・デイ』を観よう! と決めて下山した。

 

日帰りの予定だったが、急遽ホテルを取り、いわき市小名浜の映画館の予約をした。幸いにして、元同僚にも連絡が取れたので、いわき市に急行。駅前の「ポテトハウス じゃがいも」という店で飲んだ。ここはとても良いお店! 今度は子供たちを連れて訪れようと思う。

 

写真データ:

Nikon F70D

AF Nikkor 28-70mm/1:3.5-4.5D

Kodak UltraMax ISO400

 

 

 

 

 

 

 

木曜日から有給をとって、いろんなものを「吸収」している週末である。日産NV200は快調で、ロング・ドライブもナンのそのである。いざというときは車中泊できるし…という心の余裕を生んでいるのも関係しているだろう。

 

運転しやすくて、ドライビング疲れがほとんどない。

 

第2の故郷「ふくしま」にふらっと出かけ、先輩夫婦からのおもてなしを受けた。先輩は僕の音楽の師匠である。先輩は、土曜日に合唱の指導で日曜日に県の本番だそうである。お忙しそうな中、僕の突然の訪問に、無理して時間を合わせてくださった。

 

本当に感謝である。

 

…と同時に、音楽を現役でやられている姿に羨望を抱いた。一方、僕は何をやってるのだろうか。

 

2泊して、土曜日の昼に帰ってきた。どうしても、東響のショスタコーヴィチを聴きたかったからだ。

 

 

ロレンツォ・ヴィオッティさんの指揮。「かっこいいは正義」なのだと、今日ほど思った日はない。

 

往年の指揮者はみな指揮姿がかっこいい。カラヤンもバーンスタインも。

 

そして、もちろん、シャルル・デュトワも。

 

ヴィオッティはローザンヌ出身というから、デュトワの後輩である。もう「後継者」と呼んでも間違いじゃないんじゃないか、と今日僕は思ったのだ。

 

祈りと怒り 人間の深淵…。

 

最後まで聞いて、なるほどと思った。福島でスピルバーグの『ディスクロージャー・デイ』を観てきたばかりだったからだと思うが、今日のコンサートのテーマは、とても心に響いた。

 

ショスタコーヴィチは、戦争臭が凄い。今日のJummiさんのスネアが素晴らしかった。これは突撃銃や短機関銃である。兵士が持つ突撃銃はやや軽量級のはず。だからメタルの浅胴でなければならない。すばらしいチョイス(予備に木胴も置いてあったが出番なし)。

 

Jummiさんは、自身のシグネチャースティックで、シングルストロークの連射(連打)。第1楽章では太いスティックでヘヴィーな音を引き出していた。これにはびっくり! だって、同じスネアであんなに音が違うなんて! プロは凄い。

 

 

指揮者も打楽器もよーく見える席で、最高。ヴィオッティさん、かっこよすぎる。

 

 

終演後。みんなで称えあえる職場環境ってすばらしい。僕も最後まで精一杯の大拍手を送った。

 

東響は音楽監督がかっこいいし、楽員さんもみなかっこよくて、かわいいから、正義である。

 

そう考えると、背の低い、こじんまりとした指揮棒を振る日本人指揮者は、完全にビジュアルで負けている。特に女性指揮者がそうで、それなのにダイナミックな指揮も振れないのでは、なんか、ほんとうに哀れに思えてくる。

 

でも、こればかりは仕方がない、と思う。

 

東響は素晴らしい音楽監督を選んだと思う。ウィーン・フィルでのヴィオッティの映像も見たけど、楽団も誇らしいだろうと思う。実にうらやましい職場環境(2回目)。

 

それにしても…。

 

「戦争? なにそれ、おいしいの?」

 

そんな風に言える時代が早く来ればいい。ディスクロージャー・デイを信じて待ってます。