新年度が始まり、少し落ち着いた。昨日今日と、連休である。ゆっくり思考できるところで、ここまでの2週間余を振り返ってみたい。

 

今度の自分の目標を「優良なリスナー(鑑賞者)」と定めた。これには二つの意味が掛けられている。

 

1.プロの演奏を「愉しむ」

素直に音楽を浴びる。これを最上の目標とするのである。これまで、誰も見ていないのをいいことに、当日記には好き勝手なことを書いてきた。その中で次の日記のような反省も生じた。

 

 

このままでは音楽が愉しくなくなってしまう。大いに反省したのである。

 

2.オーディオを「愉しむ」

好きな(オーディオ)ブランドよりも良い音を優先する。プレイヤーとしてのリアリティよりも、オーディエンスとしての臨場感・心地よさを追求する。そして、クラシック音楽やアコースティック音楽に重きを置く。

 

「オーディオ」の方は、すでに春休みぐらいから動き出している。この二週間、休日はオーディオ店巡りに忙しかった。

 

それは、とりもなおさず、松下電器や三菱電機の亡霊から逃れようとする行動であった。

 

この間、改めて分かったことがある。西洋音楽には西洋のオーディオ機器が最もしっくり来るということである。新たに導入した機器については、おいおいこの日記に記していくことになるだろう。

 

 

…ということで、今日から当ブログのカテゴリーを「音楽鑑賞」(「オーディオ・リスニング」)系に変更する。一時、「音楽活動」というカテゴリーから外れてみて、自分を客観視したいという意思の具現である。もちろん、秋にはラージアンサンブルの公演を予定しているので、その時は多少「音楽活動」に寄せられてしまうとは思うが…。

 

亡妻の影響は多分にある。志半ばで他界した彼女の無念をそのままにしてはおけない。私は私の人生を歩むんだ。

前の記事:

 

怒涛の年度末/年度始で、ブログを書く暇も、音楽をじっくり聴く余裕もありませんでした。

 

これも生きている証、かな。

 

そんな中、ちゃんとデュトワ/モンテカルロ・フィルの放送録音は聴くことができました。聞き逃し配信が終わってしまう前で良かったです。

 

もちろん、カセットテープにエアチェックしてあります。

 

やっぱり、デュトワの振るラヴェルは良いです。モンテカルロのオケも素晴らしい。なんだか文化的な違いを見せつけられた気がします。

 

ここのところのデュトワさんの実演といえば、日本のオケばかりだったのですが、放送とはいえ、今回のモンテカルロ・フィルの音は素晴らしかったです。ああ、こういう音を来日公演で聴きたいなあと切に感じました。

 

 

ポーランドの新しいホールでのコンサートの模様でした。しかし、秘密はそれだけじゃないんじゃないかといつも思うのです。

 

この放送音源の収録はポーランド・ラジオ。音が生々しいのなんのって。録り方の根本的な理念が、日本の録音会社や放送局とはまったく違うのでしょうね。空気感がまったくと言っていいほど違うんですもの。

 

感動しました。今後、このカセットテープは何度でも聴くことになるでしょう。

メンデルスゾーン:

ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64

アンネ=ゾフィー・ムター

ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(1980,グラモフォン)

 

 

ノスタルジアに関する本を読んでいる。ノスタルジアは現代の日本風に謂うと、「懐古厨」だろう。

 

AIによると…。

 

懐古厨(かいこちゅう)とは、過去の作品や状況を過度に懐かしみ、それに比べて「現在は良くない」と現在の状況を批判・否定する人を指すネットスラングです。特定の分野(ゲーム、アニメ、音楽など)で「昔は良かった」と繰り返し主張し、時には現在進行系のファンに対して攻撃的になることもある蔑称です。 

 

おお、たしかにそんな感じだ。

 

読んでいるのはこれ。

 

 

 

 

「古き良き時代」なんて存在していない、のだそうで。

 

これ読んで、頭を冷やした方がいいのかもしれない。

 

…といいつつ、カラヤンとムターは、やっぱいいなあ。

 

 

 

 

 

円熟のマエストロ(2)シャルル・デュトワ
初回放送日:2026年3月24日


【曲目】亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)ピアノ協奏曲 第1番(ベートーベン)優雅で感傷的なワルツ(ラヴェル)「ダフニスとクロエ」組曲第2番(ラヴェル)ほか【演奏】マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)シャルル・デュトワ(指揮)【収録】2025年9月9日 国立音楽フォーラム(ポーランド、ウロツワフ)【案内】東涼子

 

「楽曲一覧」
●ラヴェル:

亡き王女のためのパヴァーヌ

(3分46秒)
●ベートーヴェン:

ピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
(34分58秒)

●スカルラッティ:

ソナタ二短調K.141
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
作曲: スカルラッティ
(3分25秒)
●バッハ:
パルティータ第2番ハ短調BWV826から

「サラバンド」
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
(3分46秒)
●ラヴェル:
優雅で感傷的なワルツ
(17分12秒)
●ラヴェル:
《ダフニスとクロエ》組曲第2番
NFM合唱団(合唱) 

(17分21秒)
●ラヴェル:
組曲《マ・メール・ロワ》から「妖精の園」
(4分21秒)
 

シャルル・デュトワ 指揮

モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団

(2025.9.9、ポーランド国立音楽フォーラム)

 

来週、3月24日(火)のベストオブクラシックにシャルル・デュトワ登場!

 

久々に聴く、日本のオケ以外の最近の録音。これは愉しみでしかない。デュトワ氏のフランスのオケでの「復活」はまだなのかもしれないが、今回の放送はフランス文化圏のオケとの演奏会ということに意味がある。しかも、ソロはアルゲリッチだし。

 

そろそろ近年のデュトワの「和製オケ」との平板な演奏と、面白みのない放送録音に飽きてきていたので、これはひじょーに愉しみ。きっと美しい響きなんだろうな…。

 

愉しみにしすぎて、今週末は眠れないかもしれない。

安全地帯/リメンバー・トゥ・リメンバー

(1983,キティ)

 

 

「2枚目」とは何ぞや? というと、このLPの所有が「2枚目」ということなのである。「1枚目」は、おそらく1990年代に中古屋で買ったものだったが、底が抜けていて、盤面の

状態も良くなかった。

 

思い出せないが、おそらく「100円」ジャンク・コーナーあたりから入手したものだろう。

 

しかし、先週買った「2枚目」は違う。ちゃんと「値段」がついていた。ずっと探していたので、とにかく嬉しい。

 

さっそく針を落とす。

 

 

いい。やっぱりいい。

 

田中裕二が鬼籍にいってから、あまり安全地帯を聞かなくなっていたから、妙に胸が締め付けられる。

 

いまの玉置浩二も最高だが、このデビュー作の透明さは何だ。A-1《サイレント・シーン》での澄んだトーンは、若き歌声の魅力を今に伝える。

 

全体のサウンド的には、うっすらとキーボードの音が重ねられているし、コーラスもライブとは違って非常に綺麗にはまっている。パーカッション大活躍の曲まである。クレジットには、田中裕二のほかに中島御。中島御はショーグンの初期メンバーだそうだ。

 

安全地帯のオリジナルメンバーによるライブに、一回だけ行くことができたことが、僕の中では宝物のような思い出となている。2010年のツアーで、震災に襲われる数か月前の、福島県いわき市でのコンサートであった。

 

田中裕二の生のドラムが聴けた夢のような時間だった。

 

震災から15年。あの時、一緒に「生き延びた」妻は、もうこの世にいない。

 

遠い遠い物語のような気がしている。

NHK-FM「名演奏ライブラリー」

「ライプチヒ生まれの名指揮者 マックス・ポンマー」
初回放送日:2026年3月8日

案内:満津岡信育

 

バッハ:管弦楽組曲第4番ニ長調BWV1069
マックス・ポンマー 指揮

ライプツィヒ新バッハ合奏団
(1981,ドイツシャルプラッテン)

 

 

知らない指揮者を知れるのはこの番組の素晴らしいところ。マックス・ポンマーという指揮者については、「知らない」=「聴いたことがない」どころか、名前さえ知らなかった。

 

管弦楽組曲の全曲盤をドイツシャルプラッテンから出しているようだ。録音場所はライプツィヒ、パウル・ゲルハルト教会。ライプツィヒ新バッハ合奏団というのは、ゲヴァントハウス管弦楽団の有志で拵えた合奏団だそうである。その創設者で指揮者がこのマックス・ポンパーだというのだ。

 

調べたら、まだご存命の指揮者である。

 

1936年、ライプツィヒ生まれのドイツの指揮者。
ライプツィヒ音楽大学で指揮とピアノ、ライプツィヒ大学で音楽学を学び、博士号を修得。少年時代にヘルマン・アーベントロートに、その後1959年から1961年にはヘルベルト・フォン・カラヤンのもとで学んだ。1974年から1987年までライプツィヒ大学の音楽監督を務め、1978年から1987年までライプツィヒ新バッハ合奏団を創立、芸術監督を務め、「ブランデンブルク協奏曲全曲」をはじめとする名録音でドイツ・シャルプラッテン賞などの数々の国際的な賞を受賞、東西ドイツ統一前にヨーロッパやアメリカ、日本でも名前が知られるようになった。

https://www.sso.or.jp/sso/staff/max.php

 

 

後半にかかったのは、札幌交響楽団のCDだった。メンデルスゾーンのあの長大な歌入り交響曲である。日本にも来ていたのだ。録音が平凡で、日本人の歌はあまり良くなかった。

 

ところで、指揮者と言えば、最近、『巨匠指揮者列伝』という本が出た。すぐに2冊とも買ったのであるが、まるで三流出版社の装丁で笑ってしまった。これ、ソフトカバーだからね。店頭で見たら絶対に買わなかったことだろうよ。(amazonで買ったのです)

 

アルファベータの方がすっとカッコいいよ。

 

 

「列伝」だから、物故者のみの記載である。小澤は載っていてもデュトワは載っていない。(つまんなねーな)

 

一人の指揮者で、3ぺージから最大で6ページが充てられている。カラヤンは6ページだが、カルロス・クライバーは3ページだった。ディスクが多い指揮者は有利だ。

 

 

老眼には優しいが、情報量の少なさが…。

 

これで、4,400円。出版物の値段もだいぶ上がった。こんなんだから、1990年代が恋しくなる。分厚くて情報量の多い「ONTOMO MOOK」が1,800円とかの時代。

 

1998年に戻りたい。本気で。

NHK-FM「ベストオブクラシック」

「クリスティアン・テツラフ&hr交響楽団」
初回放送日:2026年3月5日

案内:東涼子

ベルリオーズ:《幻想交響曲》作品14

エドワード・ガードナー 指揮

hr交響楽団(管弦楽)

(2025.4.4、アルテ・オーパー大ホール フランクフルト)
 

 

聴き逃し配信で聴いたこの《幻想》が良かった。例によって、良い演奏に出会うとカセットテープにエアチェックをしてしまう。いま、第4から第5楽章を繰り返し聴いているが、すばらしい。4楽章はリピートありで、期待したバスーンのフレーズを二度愉しむことができた。

 

ホールの響きもよくとらえてある録音で、部屋で聴いていても客席にいるような臨場感を味わえる。

 

なんというのかな、楽器間のバランスが良くって、そして無理してない感じも素敵。ガチガチじゃないし、かといって柔らかいかというとそれも違う。要所を押さえながらも、美麗な基調は崩さないといった感じ。品位があって、こういう《幻想》が僕は好きだ。

 

満足度の高い放送録音だった。ベストオブクラシック最高。私の母は受信料を払わないと言っている困った老人だが、こういう良い放送がたまにあるから、私には「払わない」という選択はないのである。

今日は日々思っていることを。

 

僕の世代では、1980年代は中高時代、90年代は大学から就職7年目辺りまで、という世代感覚だ。

 

僕はいま、90年代に強いノスタルジアを感じる。80年代には思い出したくないことがあったのに対し、90年代はバラ色だったからかなぁ。いや、そうでもないんだけれど。

 

これは、ビューキなんだろうか。

 

今日のストリーミングサービスに、まだついていけてない。

 

Apple Musicで気に入ったアルバムを見つけると、カセットテープにダビングせずにはいられない。そんな衝動を抑えられぬ。

 

 

昨日も、「あぁ、松田聖子もアップルミュージックで聴けるんだなー」「懐かしいなー」とか思って、カセットテープにダビングしてしまった(『ユートピア』1983年)。

 

で、カセットテープを何度もひっくり返しながら、リピートして聴いている。ストリーミングはダビングのソースとして利用する。そんな感じなのだ。

 

なんだこれ。

 

90年代のクルマを買い、カーステでは、90年代の音楽ばかりを聴いている。オーディオセットはまだマシで、プリアンプとスピーカーだけが、90年代製。

 

でも、プレーヤーは70年代製だし、パワーアンプやカセットデッキは80年代製だ。DACは辛うじて2000年製である。微妙に前世紀だけれども。

 

私は成長をしていないのではないか、とちょっと怖くなった。気にしなきゃいいんだけれども、気になりだすと、何かに罹(かか)っているのではないかと疑いたくなる。

 

しかし、こうして「自覚」しているうちはまだいいのかもしれない。

 

一昨日、怖い夢を見た。舞台に乗っていて、ラチェット・ハンドルを握っている。この場合のラチェットというのは、打楽器の小物のことである。

 

演奏しなければならないが、どこで入ったらいいか分からない。ふと気づくと演奏したこともない曲だ。「何もできない」「何もできない」…と思いながら目覚めた。『熱中時代』の水谷豊ばりの夢オチだ。

 

普段からこのブログで、プロの演奏家のことを言いたい放題に語っているから、その戒めだと思う。

 

お前、何もできないくせにエラそうに書いてんじゃないよ。

 

と。

 

素直に反省する。そう、僕には何もできないのだ。できない人ができる人を語ってはいけない。それはそうである。

 

慎ましやかに生きていくことにする。

 

 

 

前の記事:

 

旧いクルマの写真をフイルムで撮っているうちに自分も欲しくなってしまい、昨年末、3代目トヨタ・ソアラを手に入れた。被写体に恋してしまったのだ。

 

フイルムは魔物だ。というのは単なる言い訳か。

 

2026.2.15, EOS-1N HS  EF50mm F1.4USM

カラーネガ(KODAK 200)
神奈川県平塚市(相模川橋梁)

 

新幹線電車 N700系と、ソアラ30系。昔ここで、20ソアラ(2.0GTツインターボL)と一緒によく写真を撮った。あの頃はフイルム。だから今回もフイルムで撮った。

1999年当時、新幹線はまだ0系が走っていた。そういえば、ソアラのホワイトパールって、0系のアイボリーホワイトに感じが似ている。

翻って、現在の新車の「白」って、みんなN700系みたいな真っ白な「白」である。私は密かに「ガンダムホワイト」と呼んでいる。顔つきも、いまのクルマはどことなくロボット的である。

クルマのことは、いつも「みんカラ」に記録している。

 

https://minkara.carview.co.jp/userid/3743962/blog/

 

 

要らない雑誌や本を放出しにブックオフに行くと、代わりに余計なものを買ってきてしまう。不要ではないかもしれないが、余計であることは間違いない。

 

ジャンク品コーナーにそれはあった。

 

 

ヤマハのフットペダル、FP-510である。一瞬、FP-710か? と見紛う外観、よく見ると下位機種のFP-510だった。

 

フットボードのデザインだけで購入したくなるこの魅力。僕はノスタルジアに罹っているのかもしれない。

 

 

ビーターのアングル調整は出来ないやつで、カムは偏心、ベルト駆動。当時で言えば中級機である。

 

 

中高時代を思い出させてくれる。価格は1万円くらいだったのかな。最近は、ビンテージ物としてそれと同じぐらいの中古価格で出ている時がある。

 

 

なんと、今回はこの値段。店員に「このプライス、間違ってないですよね?」と尋ねてから購入したら、怪訝そうな顔をされた。

 

動作確認は良好。変なノイズも皆無だし、動きが思ったよりもスムーズ。外観はまずまずだが、この個体は「当たり」だったようだ。

 

世間の相場とは完全に隔絶された世界観。そんなブックオフさんが、僕は大好きだ。まいどありー。

 

でも、いつ使うんだ? このペダル…。